第30話 揺るがぬ信念
現れたのはこのルフィアに来て最初に会った人物、ルフィア騎士団の副騎士団長クリスだった。
とは言ってもリンはマップで確認済みだったのでクリスがいる事は分かってはいた。
だが一緒に現れた人物は初めて見る顔だった。
歳の頃は30代だろうか、クリスよりは一回り程年上に見えた。
綺麗な銀髪に整った顔立ちだが、その表情は歴戦の戦士を思わせる威厳に満ちていた。
「数日ぶりですね、リンさん、盗み聞きするような真似をして申し訳ありません」
そう言ってクリスが頭を下げた。
それに合わせて隣に立つ騎士も頭を下げる、そして顔を上げるとリンの正面に立ち、口を開いた。
「最初に、突然の往訪、またこの様な形を取ったことをお詫びする。 私はルフィア騎士団団長ライズ・アウリスという、はじめまして、リン・クサカベ殿」
そう言って手を差し出してくる。
リンは慌ててその手を取ると、自身も改めて名乗った。
「こちらこそよろしくお願いします、えっと、ライズ、様」
苗字を持っているという事は、おそらく貴族なのだろうと考え、様づけする。
しかし、ライズは表情を崩し、笑顔を見せた。
「ライズで構いませんよ、敬語も必要ありません。 一応貴族ではありますが、畏まられるのは得意では無いので」
そう言ってリンの手を握り返した。
「ライズ様、クリス様、どうぞこちらへ」
シンが椅子を引いてテーブルへと着席を促す。
二人はリンの正面の席に座るとライズが改めて口を開いた。
「早速で申し訳無いが、今日訪ねてきた目的を話してもいいだろうか」
そう言って僅かに声を潜め、話始めた。
「話というのはアリス王女殿下と公爵の事なのだ」
当然と言えば当然だろう、このタイミングで訪ねてきたのだ、むしろそれ以外に無いだろう事は容易に想像がついた。
「まず、リン殿の想像通り公爵は帝国と繋がっている、それは私を中心とした騎士団の者で探った結果間違い無い、そしてその目的もリン殿の想像通りだ」
やっぱりか、とリンは思った。
しかし、リンにはそれ以外で分からない事がいくつもあった。
なので思い切って聞いてみる事にした。
「その辺は、まぁやっぱりか、って感じなんですが、いくつか分からない事があります。 聞いても良いですか? 答えられない事に関しては、答えられないでいいので」
「ええ、どうぞ」
ライズに了承を貰えたので、リンの中にある疑問を投げかけた。
「まず、俺がルフィアに着いた時点でライズさんは街にいないという話でしたが、その時から既に公爵の動きを察知して探っていたんですか?」
リンはルフィアに始めて来た時にクリスと話した事を思い出していた。
あの時クリスは本来なら騎士団長が対応する所を不在の為、副騎士団長である自分が対応する、と言っていた。
という事はその時点で既に公爵の件で動いていた可能性が高いと考えた。
その質問にライズは小さく頷く、
「その通りです。 補足すると公爵の調査だけでは無く、帝国の動きや、殿下の居場所も合わせて調査していました」
その答えにリンは少しだけ驚いた。
アリスが言うには自分が王都を脱出した事はごく一部を除いて知らされていないと言っていた。
だが、騎士団はアリスを探していた。
その事が示すのはーー
「要するに、アリ……王女様が王都を脱出している事は最初から漏れていた、という事ですね」
そうでなければアリスを探す辻褄が合わない、リンがルフィアに着いた時点ではまだ、野盗の件は伝わっていなかったはずなのだ。
であれば、アリスが王都を脱出した時点で既に公爵や騎士団に情報が漏れていた可能性が高い、だからこそ騎士団長自ら調査していたのだ。
「その通りです。 まず、内通者は殿下を逃すはずだった奴隷商が、リン殿が捕らえた野盗も公爵の手によるものです」
そういう事か、とリンは納得した。
奴隷商が殺されたのは口封じと考えれば理解できた。
「表情を見るとおそらく既に想像がついているようですね、その通りです。 野盗に誘拐させ、公爵は殿下を秘密裏に捕らえる手筈でした。 しかし、それはリン殿によって防がれました」
「なるほど、その結果、公爵は野盗を捕まえた俺を調べ、王女様の居場所を探り当てた。 そして昨夜の襲撃、って事か」
リンの言葉にそれまで黙っていたシンが口を開いた。
「その通りです。 私は捕らえた者を騎士団に引き渡した後、すぐにライズ様に連絡を取りました。 その結果、一連の流れが把握出来ましたので、今回ライズ様をお連れしました」
「先に言っておくとシン殿は騎士団の者では無い、私が個人的に信頼している協力者の一人だ、リン殿の事を聞いたのだが、一切答えてくれなかったのでね、無理を言ってこのような場を作って貰った訳なんだよ、折を見てシン殿に紹介してもらうはずだったんだが……」
ライズはそう言って再び申し訳なさそうに頭を下げた。
騎士団長であり貴族のライズが何度も頭を下げた事にリンは正直驚いていた。
この世界で最初に出会った貴族が公爵だった為、貴族に対してあまり良い印象が無かったのだが、ライズの誠実さにその考えが間違っていたと気づいた。
その事に若干の気まずさを感じ、強引に話題を戻す事にした。
「その事は本当に気にしないでください。 それより話を戻しましょう、ライズさんの話でおおよその事情はわかりました。 最後に一番重要な部分がわからないんです。 公爵は一体どうやって帝国と繋がっているんですか? 公爵の目的が王位なら帝国に差し出す見返りがあるはずです」
そう、それだけが、いくら考えても分からなかった。
公爵の目的は王位なのだ、であれば帝国の侵略は看過できない筈である。
ならば戦争を終わらせる為に差し出す
リンのその質問にクリスが反応した。
「それはわかりません、リンさんのおっしゃる通り、このまま帝国が理由もなく侵略を止める筈がないのですが……」
クリスはそう言ったが、ライズは目を瞑り腕を組んで黙っていた。
その様子をみてリンは察した。
「……ライズさん、しっているんですね? 公爵の差し出す、その見返りがなんなのか」
「団長! 本当ですか!?」
リンの言葉にクリスが驚き、ライズの顔を見た。
「…………確かに、知っています。 ですが、それを答える前に聞いておきたい事、いえ、お願いがあります」
ライズはそう言うとリンの目を真っ直ぐに見据え、リンへ問いかけた。
「リンさん、ここから先の話は国家の最重要機密になります。 なのでこれ以上は聞かずに、全てを忘れ、国外へ退避していただけませんか? これはリン殿の安全を考えた提案です」
それは驚きの言葉だった。
要するにこれ以上クビを突っ込めば後戻りは出来ないぞ、と、引き返すならばここだぞ、と言っているのだ。
そしてシンが続けて口を開いた。
「僭越ながら、私もそうするべきだと思います。 公爵がリンさんを捕らえなかったところを見ると、恐らくこれ以上関わらなければ、すぐに手を出しては来ないでしょう。 とは言え国内に止まればその限りではありません。 いずれは何らかの方法で口を封じてくる恐れもあります。 そう考えればライズ様の言う通り、国外へ退避するのが一番の良策でしょう」
そう言って、シンもリンがこれ以上関わる事を止めた。
「…………」
クリスはなにも言わずにリンへと視線を向ける。
リンはその言葉の意味、そして思いを理解した。
それは、厄介払いなどでは無い、ライズもシンも純粋に善意でそう言っているのだとーーー
それを理解してなお、リンの心は微塵も揺るがなかった。
例え、どれほど己の不利になろうとも、
例え、それがどれほど危険だろうとも、
この世界に来る以前から、
己の信念を貫く決意はついている。
故に、真っ直ぐにライズの視線を受け止め、答えるーー
「いえ、俺は王女様を、アリスを助けます」
そう、はっきりと答えた。
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