第28話 白月

 グラスは今、目の前で起きたことが信じられなかった。

 職業柄数えきれない程の剣士を見てきた。

 その中には熟練の技を持つ剣士も少なくなかった。

 その技はどれもがグラスに衝撃を与えた。

 だが、リンのそれはこれまで受けた衝撃とは大きく異なった。

 まずグラスにはリンの太刀筋が

 銀線が走ったかと思った直後には切り飛ばされた丸太が2つ宙を舞っていた。

 初撃はおろか二撃目すら映らず、気がつけば既に終わっていた。

 グラスはもしこれが実践であったなら、相手は己が切られた事にすら気がつかないだろうと思い戦慄した。


「えーっと……これで良かったのか?」


 グラスの反応が無い事にどうしたらいいか分からず、リンが話しかける。

 その声にグラスはただ頷く事しか出来なかった。

 そして衝撃を受けていたのはグラスだけでは無かった。


『嘘でしょ……リンくん、今のなに? なにかのスキル?』


 ルナの目にもリンの技は驚愕の一言だった。

 グラスとは違い、かろうじて目で追う事は出来たが、あくまで見えただけだった。


『え? いや、ただの居合抜きだけど……それよりグラスさんの前で会話すると無言になっちゃうから話なら後でな』


 ルナと意思の疎通が取れる事を知っているのはアリスとシンだけなので、それ以外の人の前ではどうしても無言になるか独り言になってしまう。

 リンとしてはそんな切ない絵面を晒したくは無かったので、極力人前ではルナと会話する事を避けていた。


『……ちょっと納得がいかないけど仕方ないわね、でも後で色々聞かせて貰うわよ』


 そう言ってルナは黙ってくれた。


「あー……なんだ、もう言葉も出ないな」


 ようやく衝撃から落ち着いたのかグラスが話し始めた。


「正直、なにも見えなかったが、少なくともリンのウデが確かな事はわかった。 それに、刀というものが扱いの難しい武器ではあるが、使い手次第でこれほどの威力を発揮するというのは本当に勉強になったよ。 まったく、武器職人として己の無知が恥ずかしいわ」


 そう言って先ほどリンの手の中にある刀をなまくら扱いした事に恥ずかしさを覚えたのか、頭を掻いた。


「なんにせよいいものを見せて貰った! 約束通りその刀は持っていってくれ」


 グラスはそう言って豪快に笑った。


「本当に貰っちゃって良いんですか? 試し切りした今だから自信を持って言えますが、この刀は相当な業物ですよ?」


 リンとしては実際使ってみてかなり気に入っていたので、貰えるものなら貰いたいところではあったが、その価値を考えると少々気が引けるものがあった。


「いや、むしろ貰ってやってくれ、俺が持ってても宝の持ち腐れだ ーーーだがそうだな、手入れの時には声をかけてくれ」


「わかった、その時は頼むよ」


 リンはそう約束し、改めてお礼を言うと手に入れた刀を握りしめた。

 そして気になっていた事をグラスに聞いた。


「そう言えば、この刀に銘を知らないか?」


 通常、日本刀においては刀匠により銘を切る。

 無名の場合もあるが、これ程の業物であれば銘があるだろうと思った。

 だがグラスの口からは意外な言葉が飛び出した。


「ああ、そう言えばその刀を譲って貰った時そんな話しがあったな、俺にはよく分からなかったが、結論から言えば無いらしいぞ」


 リンはその言葉に驚いた。

 どう言った理由かは分からないが、無名だとは思ってもいなかった。


「悪いな、理由も聞いた気がするんだが、忘れちまったよ、だが覚えている事が一つある、譲ってくれた人からの伝言だな」


 グラスはそう言ってリンの持つ刀を指差すと、


「 “銘は持ち主がきめてほしい“ だとよ、まぁリンに聞かれて思い出したんだがな!」


 そう言ってグラスは笑った。


「その様子だとグラスは銘をきめてないんだな?」


 リンはそうグラスに確認した。


「ああ、だからリンが決めればいいさ」


 そう言われてリンは手の中の刀に視線を落とし、一瞬だけ考え、すぐに視線をあげると思いついた銘をグラスとルナに告げる。


白月はくげつーーーに決めたよ」


 それは白く輝く月を意味する言葉、一目みて思い浮かんだその言葉は、大切な相棒の姿を表すかのようだった。

 それを聞いたグラスは一瞬ルナを見て、そして優しい笑顔を浮かべた。


「いい名前だな……確かにお前の相棒にぴったりだ」


 ルナはそんな二人のやり取りを見て、その意味に気がつくと、どこか恥ずかしそうにしていた。

 その姿を見てリンも思わず笑顔が浮かんだ。

 どこか暖かさを感じる空気にリンは居心地の良さを感じた。


 しかし、直後にその空気は壊された。

 リンの視界に映し出されたにリンの心臓が大きく跳ねる、背中や額に嫌な汗が流れ、呼吸が乱れる。

 突然様子が変わったリンを見てグラスが怪訝な表情を浮かべ、声をかける。


「どうした突然、顔色が悪いぞ、具合でも悪くなったか?」


「い、いや……大丈夫だ、それより悪い、急用を思い出した。 後日改めて礼にくるよ」


「いや、そもそも今回は俺がリンに礼をしたかっただけだから、それには及ばない。 それより本当に大丈夫か?」


 リンは本当に大丈夫だとグラスに伝えると、急いでグラスの店を出る、そして店を出ると途端に走りだした。

 それまで様子を見るだけだったルナが慌てて声をかけてくる。


『ちょ、ちょっと! 突然どうしたの?!』


 リンが立ち止まり、ルナの質問に答えた。


 その答えはリンが動揺するには十分なものだった。


『マップからーーーーアリスの反応が消えた』

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