第27話 試し切り

  『で? どうするつもり?』


 公爵の屋敷を出た所で今まで黙っていたルナが話しかけてきた。


『助けるさ』


 リンは当たり前の事の様に言い切る。


『助けるのはいいけど、助けた後はどうするの? 確実に追われる身よ?』


 ルナの言うことはもっともだった。

 だが何も考えていない訳ではなかった。


『詳しくはわからないけどドールって国へ行くつもりだ、少なくともここにいるよりは安全だろ?』


 アリスが亡命を決意してまで目指した国だ、きっと今より悪くなることは無いだろうとリンは考えていた。


『確かにその可能性は高いわ、けど本当に分かってるの? そこまでしたら人助けじゃ済まないわよ? 戦争に介入する事になるわ、公爵だけじゃなく帝国まで敵に回す可能性もあるのよ?』


 王女であるアリスが帝国の侵略に対抗すべくドールを目指していた。 その手助けをすると言うことはすなわち戦争に介入する事に他ならない。

 ルナの言う通り、下手をすれば帝国からも敵視される可能性がある。


『分かってるよ、でももう決めたんだ』


 危険は承知の上だった。

 それでもリンの決心は僅かも揺らがない、そう感じ取ったルナがため息をついた。


『はぁ……私の時もそうだったけど、リンくんは苦労を背負い込む性格ね、お人好し過ぎるわ』


『そうかもしれないな、でも保身の為に他者を見捨てる様な生き方だけはしたくないんだ、絶対に』


 人は誰しも自分が可愛い、だからこそ他者を利用し、己の利益を優先する。

 自分は利用され、搾取される立場だった。

 故に、その辛さを知っている。

 なら、自分は人を助けたい。

 自分と同じように他者に利用され、踏みにじられる者を助けたい。

 それはリンの信念だった。


『……まぁいいわ、リンくんが決めたことなら私はそれについて行くだけよ』


 ルナは以前からリンがなにかトラウマの様なものを抱えている事を感じ取っていた。

 だが詮索などするつもりはない。

 自らが主人と認めたものを信じ、付き従う。

 それがルナの信念だった。


『ありがとな、相棒』


 リンもそんなルナの優しさを感じ取っていた。

 出会って間もない二人だったが、そこには確かな信頼が築かれていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『まずは準備だな、流石に丸腰って訳にはいかないだろ』


 リンが最初に取った行動は準備だった。

 今後の動きによっては、実力のある者と一戦交える可能性もある。

 であれば武器や防具の用意は必須だと考えていた。


『それはいいけど、リンくんって武器とか使えるの?』


 ルナはこれまでリンが武器を使うところを見た事がなかった。

 リンは寝ているところをこの世界に飛ばされたのだ、武器など持っていないのも当然である。


『一応な、こっちの世界でどこまで通用するかわからないけど心得はあるよ』


 そう言ってリンは久し振りに視界にマップを開いた。

 目的は二つ、一つはアリスと公爵の動向を監視する為に、もう一つは装備品を揃える心当たりを探す為だった。

 心当たりはすぐに見つかった。

 リン達のいる場所からそう遠くない様で、すぐにそちらに向かい歩き始める。


『どこに向かってるの?』


『グラスさんのところさ』


 装備を揃えるに当たって、真っ先に思いついたのが鍛治師であり、商人であるグラスだった。


『ああ、そういえばそんな事言ってたわね。 でもグラスがどこにいるかわかるの?』


『マップで探したらすぐ見つかったよ』


『マップ? 地図って事よね? そんなものどこに持ってるのよ?』


『え? 前に言わなかったか? この辺の視界に映せるんだよ』


 リンはメニューの事を始めて出会った時に伝えていたつもりでいた。


『……そういえば、めにゅーとかなんとか言ってたわね。 そんな事も出来るのね……』


 ルナが呆れた様に言った。


『そう言う事だ、ちなみにアリスと公爵が屋敷から動いていない事も確認できているよーーーおっとここだな』


 リンはそう言って一軒の建物の前で止まった。

 [グラス武器商会]と書かれた看板をかろうじて読み取り、間違いない事を確認する。

 扉を開けると、それ程広くはない店内に剣や槍、鎧などが所狭しと並べられていた。


「いらっしゃい! って!リンじゃないか! よく来てくれたな! 待ってたぞ!」


 店内にいたグラスがリンに気がつき歓迎してくれた。


「こんにちはグラスさん、くるのが遅くなってしまってすみません」


 ルフィアの前で別れてから色々あったせいで、ようやくかおを出せた事を伝えると、


「気にしてないさ、それより本当によく来てくれたな、良かったら店を見てってくれ、気に入ったものがあれば命の恩人相手だ、限界まで勉強させて貰うぞ!」


 そう言われて改めてじっくりと店内を見回す。

 ゲームやマンガの中でしか見た事のない武器や防具が実際に並べられている。

 しかしその中に目当ての武器は見当たらなかった。


(やっぱりこっちには無いのか……)


 予想はしていたが、残念な気分になる。

 そんなリンの様子を見て、グラスが声を掛けた。


「なにか探している物があるのか? よかったら教えてくれ、表に出ていない武器もあるぞ」


 グラスにそう言われ、おそらく無いだろうと思いつつも目当ての武器の特徴を伝える。


「名前は刀とか太刀と呼ばれる物で、細身で片刃の剣なんだが……」


 知らない者にでも出来るだけ伝わる様に特徴を伝える。

 刀は無理でも出来るだけ近い物があれば良いな、などと思っていたら、グラスの口から意外な返事が返って来た。


「なんだ、リンは刀が欲しいのか、待ってろ、前に偶然手に入れた物があったはずだ」


 グラスはそう言って返事を聞かずに店の奥へと姿を消す。


(刀があるのか? 本当にそうならかなりラッキーだ)


 半ば諦めていたリンはグラスの言葉に期待が膨らむ、程なくして戻ってきたグラスの手には確かに一振りの刀が握られていた。


「これだ、だが本当にこれでいいのか? 言っちゃなんだが、細いだけあってあまり丈夫じゃ無いし、軽い分切れ味もイマイチだと思うが……」


 その言葉にリンは笑顔を浮かべた。

 確かにこの世界の武器相手に刀で打ち合ったら簡単に折れてしまうだろう。

 それに心得の無い者が使えば本来の切れ味も発揮出来ない事も理解できた。


「かなり大金を叩いて手に入れたんだが、思っていた物と違ってな、使い手もいないし倉庫にしまいこんでいたから手入れもしてないが大丈夫か?」


 グラスはそう言ってリンに刀を手渡した。

 リンは手にする前から思っていたが、その刀の外見は美しいの一言だった。

 ーーー真っ白な鞘と柄、その白の中で唯一黄金の鍔が一際目を惹くーーー

 左手で鯉口を切り、ゆっくりと鞘から刀を抜くとその刀身は僅かな光を受けて輝いていたーーー


「とても手入れをしていないとは思えないほど状態がいいですね」


 リンはそう言って刀を鞘に戻すと、グラスに刀を差し出した。

 それを見てグラスは刀を受け取ろうとせずリンに押し返した。


「気に入ったなら持っていてくれ、こんな事で恩を返せるとは思えないが、少しでもリンの役に立つなら使って欲しい」


 その言葉にリンは驚いた。

 リンの目から見て見せられた刀は相当な業物であり、まさかタダで渡されるとは思ってもいなかったからだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、グラスさんはこの刀を手に入れるのに大金を叩いたって言ってたじゃ無いか。 それをタダで譲ってくれると言われても正直心苦しいんだが……」


 そんな事を言うリンを見てグラスは少し考える様な仕草をすると、おもむろに、


「ならリン、その刀で実際何か切ってみてくれないか? 俺にとってその刀は見た目は良いが、武器としてはなまくらだ。 だが使い手によってその真価を発揮するなら、武器職人として是非見ておきたい」


 そう言ってグラスはリンを店の裏庭へと連れてきた。

 裏庭には作った武器を試し切りする為の物であろう大量の丸太が地面に突き立てられていた。


「俺が以前その刀で試し切りした時は、このぐらいの丸太に刃が食い込んだ程度だった。 使い手が変わるとどれだけ違うのか見せてくれ」


 そう言ってグラスが一本の丸太を指す。

 普通試し切りには巻藁などを利用するものだが、リンは先ほど手にした時の感覚から、例え丸太でも問題なく両断出来ると感じていた。


「わかった、少し離れてくれるか?」


 そう言って丸太の前に立つ。

 リンは目を閉じ、精神を集中する。

 幼い頃から何千回何万回と繰り返してきた動作ーーー

 鯉口を切り、横一文に振り抜くーー

 返す刃で切り飛ばした丸太を袈裟斬りにする。

 その切り口は豆腐を切ったかの様な断面を晒した。


「ふぅ……」


 久しぶりの事ではあったが、身体に染み付いた動きで、イメージ通り動いてくれた事に安堵した。

 刀を鞘に戻し、視線を移すと、そこには口を開けたまま固まっているグラスと呆然とした様なルナの姿があった。

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