第26話 黒幕

 ルフィア公爵ーーセントアメリア国王の弟にして、ここルフィアの街を収める領主でもある。

 温厚で国民が最も大切だと常に言っている国王と違い、特権階級に対する意識が高く、国民は貴族王族の為に存在していると言ってはばからない傲慢な性格であり、国民や街の者にはあまり好かれていないらしい。

 ただ、非常に優秀な男であり、貴族達からは尊敬されているという話だ。


 というような話をアリスから聞かされた。

 リンは正直あまり好きになれそうな相手では無いと感じた。


「そうですね、正直なところだと私もあまり頼りたい相手ではありません。 でも今の状況で最も頼りになる相手なのは間違いありません」


「アリスがそう決めたなら反対する理由はないよ」


 現状で最も危険なのはどう考えてもアリスだった。

 であれば、アリスの判断に従う他無いだろう。


「とりあえず私はこの男を騎士団に引き渡して来ましょう、リン様方はこのままおやすみ下さい。

 部屋の前に従業員を立てておきますので、何かあればすぐにお声掛けいただければと思います。 ただ念の為、出来ればリン様かルナ様が警戒した方がよろしいでしょう」


『なら私が見張りを引き受けるわ、私なら数日寝なくても問題ないし、リンくんも念の為休んでおきなさい』


 シンの提案にルナが見張りを買って出た。

 ルナ一人に負担をかける訳にはいかないと言ったが、問題ないの一点張りなので、リンもルナに任せ休ませてもらう事で話は落ち着いた。


「では私はこのまま引き渡しと合わせて公爵への取次をお願いしておきます。 早ければ朝には謁見が可能かと思いますので、その際にはお声がけさせていただきますのでごゆっくりお休み下さい」


 シンはそう言って、未だ意識の戻らない襲撃者の男を担ぎ部屋を出ていった。


「では私たちも休みましょう。 明日以降の事は分かりませんが、少しでも疲れを取るのが今の私達に出来る事です」


 アリスの言う事は確かなのだが、正直目が冴えてしまい、眠れる気がしない。

 それに問題は他にもあった。


「ベッド、血塗れだし俺はソファーで休ませてもらうよ」


 どうせ眠れる気がしないのでそう言ったリンだったが、


「それは良くありません! し、仕方が無いので私のベッドで休みましょう」


『なに馬鹿な事言ってるのよ! ダメに決まってるでしょ! リンくん、シンに言ってすぐにベッドを変えて貰いなさい!』


 もうお馴染みになりつつあるやり取りが始まってしまった。

 リンはどうしたものかと思ったが、その後すぐに従業員がベッドを交換してくれた為、問題は解決した。


 解決したのだが……


「ーーーーーー!!」


『ーーーーーーーっ!』


 一向に収まらない二人を無視してリンはベッドに入り休む事にした。

 眠れないだろうと思っていたが、ベッドに入るとすぐに意識は眠りへと落ちていった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『……なさい! ……くん……起きなさい!』


 リンは胸に掛かる重さと息苦しさを感じ意識が浮上する。

 目を開くとそこには鳩尾みぞおちの上で少し浮いては鳩尾に落ちる事を繰り返すルナの姿があった。


「……あのさ、結構苦しいんだけど」


 とりあえず文句を言っておく。


『何回声を掛けても起きないんだもの、リンくんって寝起き悪いのね、昨日だって殺されたって気がつかなかったし』


 リンはこれまで寝起きが悪いと感じた事など無かった。

 むしろ目覚ましが無くても起きる事に苦労などした事など無い。


(自分で思ってる以上に負担が掛かってるって事か……)


 そんな事を思いながら身体を起こす。

 外を見ると朝日が差し込んでおり、朝七時から八時ぐらいの時間だった。


『さっきシンが部屋に来たわ、この後すぐに公爵の屋敷にアリスと行く事になったからリンくんもすぐに準備しなさい』


 リンはその言葉に少し驚いた。

 確かに昨夜シンがそんな事を言っていたが、まさか本当にすぐに会えるとは思っていなかった。

 リンは漠然と数日は掛かるのではとおもっていたのだが、それだけアリスの存在が大きいのだろうと納得する。


「わかった、すぐに準備するよ。 ところでアリスは?」


 アリスの姿が見えず、少し心配になるが、


『とっくに起きて今別室で支度してるわよ、シンが付いてくれてるから安心していいわ』


 ルナがそう教えてくれた。

 リン自身は大して準備に時間はかからない、寝癖を直し、顔を洗う。

 着崩れた服を姿見で直しているとルナが話しかけてきた。


『リンくん、公爵の事だけど一応警戒しておきなさい』


 突然そんな事を言い出すルナだったが、リンに驚きは無かった。


『公爵が平民嫌いだからーーとかじゃ無いんだろ?』


『あら? リンくんも気がついてたの?』


 ルナが意外そうな声を出した。


『そりゃね……帝国とやらが、アリスの動きを掴んでいるのは間違い無いんだろうけど、問題はどこからその情報を掴んだのかって事だ』


 リン自身感じていた事だがあまりにも動きが早すぎる。

 アリスを助けたのが3日前、奴隷契約を交わし、清風館に滞在して僅か2日目の夜だ、帝国の情報網がどれほどのものか分からないが、いくらなんでも早すぎると感じていた。

 帝国が情報を掴んだと考えるより、情報が漏れている、もしくはと考えた方が辻褄があってしまう。


『まぁ、この世界の情報伝達技術がどれほどのものか分からないし、普通に帝国からの刺客と考えた方が気持ち的には楽なんだけどね、楽観視出来る状況じゃないだろ?』


『驚いたわね、リンくんって本当に平和な世界で生きて来たの?』


 ルナの言葉に思わずリンは苦笑いを浮かべた。


『世界は平和だったよ、


 正直思い出したくも無い事だった。

 そんな気持ちを察したのかルナは深く聞くことはしなかった。


『まぁいいわ、そこまでわかっているなら特に言うことは無いわね、ーーーーでも一つだけ、万が一アリスの身に危険が迫ったらリンくんはどうするの?』


 ルナの声は真剣だった。

 だからリンははっきりと答えた。


『なにがあっても助けるさ』


 アリスが王女であるとか、戦争中だとか、そんな事は関係なかった。

 アリスと奴隷契約を結ぶ切っ掛けとなったキースの言葉「パートナーとして」

 そう、リンにとってアリスはもうパートナーなのだ。

 であれば例え己にとって都合が悪くなったからと言って切り捨てる事だけは絶対にしない。

 自分に誓った生き方を曲げる事だけは絶対にしたくなかった。


『そう言うと思った』


 ルナが人間であったなら、きっと満面の笑みを浮かべているだろう、そんな声だった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「こちらの部屋で少々お待ち下さい」


 そう言って通された部屋は今までテレビや漫画の中でしか見たことの無い豪華な部屋だった。

 あの後、準備が終わったアリスと共にシンの案内で公爵の屋敷にやってきたリンだったが、その扱いは不躾なものだった。

 門番の見下したような物言い、案内してくれた執事などリンとルナには目もくれない。

 なによりリンが許せなかったのはルナに対する言動だった。

「汚らわしい生き物を屋敷には入れられない」と言われた時、思わず殴り掛かりそうになるのを必死に堪えた。

 アリスの言葉もありなんとかルナも一緒に屋敷に入れたが、そうでなければ帰る所だった。


『リンくん……気持ちは嬉しいけど、もうちょっと冷静になってね?』


 ルナがそう注意してきたが、その声はどこか嬉しそうだった。


『そうですよリン、叔父様がどういう行動を取るかわかりませんが、あまり問題になりそうな行動は避けて下さい』


 アリスにも注意されてしまった。


『あ、ああ、気をつけるよ』


 そんな事を言っていると部屋をノックする音が響いたかと思うと扉が開いた。


「おお! アリス王女ご無沙汰しております」


 そんな事を言って部屋に入ってきたのはまさにリンがイメージする嫌な貴族そのものだった。

 派手な服に肥えた身体、髪は頭頂部が少し薄く、なにより声がうざったい。

 この時点でリンは公爵を好きになれそうに無いと感じたのだが、その後の公爵の言葉でそれは確定した。


「ふん、貴様が話に聞いていた異界人いかいじんか、どうりで貴族に対する敬意が感じられない訳だ。 貴様に用は無い、視界に入れるのも不快だ、早々に屋敷から出て行け」


 異界人いかいじんーーーそれはこのエデンでもごく一部の者が使う異世界人アナザーに対する蔑称だった。

 そのあまりにも傲慢な物言いに先ほど注意されたばかりにも関わらず、リンは不快感も露わな顔をしてしまった。


「なんだ! その顔は! 貴様のような異界人など私の一声で街から追い出す事も出来るのだぞ!」


 当然の様に怒りを露わにするルフィア公爵だったが、


「叔父様、リンは私の命の恩人です。 私の恩人に対してその様な物言いは見過ごせません」


 アリスのその一言にルフィア公爵は慌てた様に言い訳を始めた。


「いや、違うのですよ王女、私は王女が野盗やドラゴンに襲われたと聞いて寿命の縮む思いをしまして、つい神経質になってしまったと言いますか……」


 苦しいにも程がある言い訳をしたかと思うと突然リンに向き直り、


「んん、ご苦労だったな。 執事に言って報酬を受け取って帰るといい」


 言い方は変わったが結局は出て行けと言う事だった。


「叔父様、リンには私の護衛を任せています。 一人で帰らせる訳にはいきません」


 アリスがそう助け舟をだした。


「そうはいきません! 王女の護衛を異界人などに任せるなど言語道断です! 王女には安全が確認出来るまでこの屋敷に滞在していただきます!」


 そのあまりにも勝手な決定に流石のアリスも驚きを隠せなかった。


「それこそ認められません! 私はドールへ行き、ドール国王へ助けを懇請する使命があります! 叔父様の屋敷に滞在するつもりはありません!」


「そんなもの騎士団の者に任せておけば良いのです! 兎に角王女には私の屋敷に滞在していただきます!」


 公爵の有無を言わせない態度にアリスも呆れたのか、


「そんな事出来るはずがありません。 だからこそ私がドールへ出向くのです。 これ以上話しても納得していただけそうもありませんし、失礼させて頂きます」


 そう言って優雅にお辞儀をすると部屋を出ようとする。

 しかしそれを許さない公爵が強行手段に出た。


「いいのですか? このままではそこの異界人は王女誘拐の罪で手配される事になりますぞ」


「どういう事ですか?」


 アリスのその言葉はしっかりしていたが、その影には焦りがあった。


「王女は現在行方不明の扱いになっております。 しかし、一緒にいるそこの異界人が誘拐したと疑われても仕方がない事でしょう」


 それははっきりとした脅しだった。

「もし、屋敷から出たらそこの異界人を誘拐犯に仕立てるぞ」と、そう言っているのだ。


(ここまで強引な手段でくるとはな……さっきの言葉といい、野盗の件も含めて今回の襲撃の黒幕は……)


 リンは少し後悔していた。

 こう言われてしまえばアリスは動けなくなる。

 それを見越しての事だろうが、なるほど悪知恵が働くものだなと感心してしまう。


『リン、ルナ』


 頭の中にアリスの声が響いた。


『残念ですが公爵の言う通りにしましょう。 私もこんな形でお別れするのは嫌ですが、リン達が捕まるよりはマシでしょう。 本当にありがとうございました』


 とても悲しそうな、寂しそうな声だった。

 その声に思わずリンが動こうとすると、


『いけません! これ以上逆らって公爵の機嫌を損ねればそれこそこの場で捕まってしまいます。 公爵は保身の為に私を匿うつもりなのでしょう、悪い様にはされないでしょう。 大丈夫です、ですから、お願いです。 ここは引いて下さい』


「わかりました。 リン、本当にありがとう、約束とは違いますが、ここでお別れとしましょう」


 そう言ってアリスはリンに背をむけた。

 そしてそれ以上何も言わなかった。

 それはアリスの覚悟、リンが気がついたのだアリスが今回の黒幕に気がついていないはずが無い、

 この後自分の身に起きる事が分かっていて何も言わないのだ。

 その覚悟にリンは拳を握りしめた。

 そして自身もアリスに背を向ける。

 そして最後に、


『絶対に助けてやる、待ってろ』


 そう言った。

 背後でアリスが振り返った気配を感じながら、リンは部屋を後にした。

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