第25話 ルフィア公爵
唐突に意識が浮上してくる。
眠りから覚め、ぼんやりとする頭を動かし周りを見ると部屋にはアリスとシンがいた。
だからだろう、半分寝ぼけた頭でリンは思った事を口にする。
「んん……あれ? ルナ? なんだよ、もう朝か?」
アリスだけならまだしも、シンがいるのだからそう思っても無理は無かった。
リンが時間を確かめる為に窓の外に視線を移す。
「え? なんだまだ真っ暗じゃ無いか、なんだってこんな時間に……」
そこまで言って気がついた。
まず、アリスの目は真っ赤に泣き腫らしており、それだけでただ事では無いなにかがあった事に気がつく。
そして先程は気がつかなかったが、部屋の隅に見知らぬ男が紐で縛られ、転がっていた。
更には、驚愕の表情のシンと、心配そうな、だが何処か呆れた様なルナの目を見て思い当たった。
「まさか……俺、殺された感じか?」
状況的にはその可能性が一番高そうだった。
『その通りよ、まったく……心配して損したわ』
言われて確認すれば、色々と異常事態だった。
まず服装だが、確かにこの世界に飛ばされた時の服だ。
だが、大分汚れ、色々なトラブルで痛んでいたのでいい加減新しい服を用意するつもりだったはずの服が、この世界に来た時と同じ様に綺麗になっていた。
蘇生すると服も再生される事はドラゴンに散々殺された時に経験している。
それだけでも十分自分が死んだ事実を裏付けていたが、決定的なものがもう一つあった。
それは自分が寝ていたベッド、そのシーツが真っ赤に染まっていた。
特に枕周辺はそれが血液だとすれば間違い無く出血死していると思われる程に真っ赤に染まっていた。
「あー……とりあえずルナ、一体何があったのか教えてくれ」
状況的に死んだ事は間違いなさそうだが、流石に理由までは分からない。
ならば一番状況が分かっていそうなルナに聞くのが早いだろうと思ったのだが、
『よく分からないわね』
まったく疑問を解消するものでは無かった。
しかし、意外な人物がその疑問を解決する糸口の様な答えを話し始めた。
「おそらくですが、殿下を狙った帝国の手の者かと思われます」
そう言ってシンが「あくまで推測ですが」と付け加え話してくれた。
帝国は現在セントアメリアに侵略戦争を仕掛けている。
だが戦争先の国民を大量に殺したところで、侵略後はデメリットが大きい。
何故なら侵略後、国を作り変える為には人手が必要なのだ。
その際の人では敗戦国の国民を使った方が帝国としてはメリットが大きいのだから当然だろう。
であれば、最も簡単で、かつ誰の目にも明らかな勝利の条件は王家の一族を纏めて殺してしまえば良い。
圧倒的な力を持って王家とその親族を殺してしまえば後に残るのは貴族と国民だけだ。
当然ながら国王の娘であり、最も次期国王に近いアリスを生かしておく理由など無い
となれば刺客を送り込み、暗殺を企てるのは当然の流れでしょう、とシンは言った。
「確かにその話を聞くとそんな気がしてくるけど、ただの強盗って可能性は無いのか?」
リンの疑問に答えたのはルナだった。
『それは無いわね、前にも言ったけど盗賊とか野盗は実力的に半端者の集まりよ、そこの男は明らかに手練れだったわ』
賊を捕らえたルナが言うならそうなのだろう。
「そうか、ルナがいてくれて助かったよ」
『うぐっ……捕まえたのは私じゃ無いわ、シンよ』
暴走して危うく周りに被害を出すところだったルナは痛いところを突かれ、思わず呻いた。
「は? シンさんが? シンさんってそんなに強かったの?」
『元Sランク冒険者らしいわよ』
Sランク冒険者、昼間にギルドで聞いた話によればこの世界で最高ランクの冒険者だったという事だ。
その事実にリンは驚きを隠せなかった。
「昔の話ですよ、今では自分の宿に賊の侵入を許してしまう程に衰えてしまいました。 本当に申し訳ございません」
そういってシンが頭を下げた。
その姿にリンは慌ててしまった。
「とんでもない! ルナの話だとシンさんが来てくれなければルナもアリスも危なかったって事ですよね? そう考えればシンさんがいてくれて本当に助かりました」
アリスを守ると言ったのに肝心な時に真っ先に殺されてしまった。
感謝こそすれど、責めるいわれなど無い。
「そういえば、アリスは? 怪我は無いのか?」
リンはここまで一言も発しないアリスに声をかけた。
しかし、アリスは未だに呆然としたまま動かない。
心配になったリンが近づき再度声を掛けようとする。
すると目があったかと思うと、アリスが突然抱きついてきた。
予想外の行動と女性経験の少なさにリンは思わず固まってしまった。
「リン、大丈夫ですか?! どこか痛いところはありませんか?!」
そう言って泣き腫らした目に再び涙を溜めながらリンの身体をあちこち撫で回した。
リンは自分の顔が熱くなるのを自覚し、すぐにアリスの肩を掴み、引き剥がした。
「だ、だい、大丈夫! なんとも無いよ!」
熱くなる顔を抑え、リンはなんとか声を絞り出す。
しかし、それでも心配なのか今度は息がかかる程に顔を近づけてくる。
「大丈夫って、全然そうは見えませんでした! 血が沢山出てて、死んでる様にしか見えなくて、ルナも死んでるって言うし、本当に心配したんですよ!」
アリスは言っててその光景を思い出してしまったのか再び泣き始めてしまった。
その姿にリンは焦りのあまり言葉が出ない。
そこにルナが助け舟を出した。
『だから! 大丈夫って言ったでしょ! いいから離れなさいよ! リンくんが嫌がってるでしょ!』
「いや、別に嫌がっている訳じゃ……」
ルナに言われてアリスは自分がなにをしているのか気がついたのか、慌てて身体を離した。
「あ! いえ! これは! 深い意味は無くて、ちょっと取り乱したと言いますか……」
『いくら桃頭だからって状況くらい考えなさいよ』
「だから! 違うって言ってるでしょ?!」
また下らないケンカが始まりそうな空気を察してリンが二人を止めようとしたところにシンが声をかけた。
「そうですね、リン様はあの時、確かに亡くなっていました。 詮索するつもりはありませんが、差し支えなければ詳しい話を聞かせて頂きたいですな」
『そうね、約束もしたし、下手に隠すより話した方が良いわね』
意識を切り替えたのかルナがそう言ってリンに説明する様に促した。
リンはこの世界に飛ばされてきてからの事を話す。
とは言え、蘇生時自己強化に関しては伏せておく事にした。
必要があれば改めて説明すれば良いと思ったのもあるが、何処かでその力の異常さを理解しつつあったリンは説明する事に僅かな不安を感じた面もある。
その点をルナが指摘しない事を見ても、おそらく間違いでは無いと思えた。
一通り説明が終わるとやはり二人は驚いた表情で固まっていた。
先に口を開いたのは意外な事にアリスだった。
「なんですか、その出鱈目な異能は……無敵じゃ無いですか!」
アリスの言葉には驚きと僅かな恐怖が見えた。
その事にリンは内心、僅かばかりショックを受けた。
しかしそんなアリスの言葉をシンが否定した。
「いえ、確かに驚異的な異能ではありますが、無敵とは言えないですな、むしろ危険です」
最初こそ驚いた表情をしていたシンだが、既にいつもの表情の戻っていた。
いや、少しばかりその表情は固かった。
「危険? 何故ですか? 不死なのですよ?」
アリスは意味がわからないと言った表情でシンに問いかけた。
「不死と言えば聞こえはいいですが、その不死の過程が危険なのです。 正確に言えば死なない訳では無いのです。 死んでも生き返る、言い換えれば殺す事は出来るのです」
シンの言葉を聞いても釈然としないのかアリスは難しい表情のまま唸っていた。
『シンの言う通りよ、考えても見なさい、仮に手足を拘束されて監視の元殺されたらどうなると思う?』
そこまで言われてアリスは気がついたのか顔を青くした。
「そうです、何度でも殺される可能性があるのです。 それだけではありません、死んでいる間に厳重に拘束されてしまえばその時点で無力化されてしまいます。 もしそれが敵対する相手で情報を引き出す為だとすれば、その後どうなるかは容易に想像出来るでしょう。 それ以外でも不死というだけで人体実験の材料にでもされれば……その結果は悲惨という言葉でも足りないでしょう」
リン自身もその言葉には戦慄を隠せない。
考えた事が無い訳では無かった。
だが改めて他人からそう言われれば嫌でも想像してしまう、死の苦痛はあるのだからその恐怖は言葉に出来ないだろう。
『それに今回の事で新たに欠点というか弱点の様なものも分かったわ』
ルナがそう言うとシンがその言葉に続いた。
「心臓の短剣ですな、恐らく即死する程の外的要因が残っていると蘇生の条件を満たせないと言いたいのでしょう」
『その通りよ、いいリンくん? その力は諸刃の剣よ。 十分注意してね?』
そう言われてもリンとしてはそもそも死にたくなど無い。
死に至る苦痛は何度味わっても耐え難いものであり、そもそもが絶対の保証など無い。
万が一スキルが無効になってしまえばそれで終わりなのだ。
そう考えれば死なないに越した事は無い。
「俺はそもそも死にたく無いよ、それよりこれからどうする? このままって訳にはいかないだろ?」
自分の話よりこれからの事の方が問題だった。
襲撃者は捕らえたが、今後も襲撃される可能性は高い。
であれば、何かしらの対策が必要だろうと思った。
「そうですね、捕らえた者の引き渡しも兼ねて私からルフィア公爵へ取次ましょう」
シンの提案にアリスが反応する。
「そうですね……こうなったら仕方ありません、お願い致します」
「えーっと、そのルフィア公爵ってのは誰なんだ?」
「ルフィア公爵はこの街を収める領主様であり、国王陛下の弟君です」
「要するに私の叔父様です」
こうしてリン本人の意思とは関係無く、帝国とセントアメリアの戦争へと巻き込まれていくのだった。
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