第24話 元Sランク冒険者

リンくんが殺された。

リンくんの死を目撃したのはこれで3回目ーーー

初めて会った時、身を守る為に反撃して結果、トドメを刺してしまった事があった。

その時はかなりショックだった。

殺すつもりなど無かったが、上手く加減が出来なかった事を後悔した。

だが、直後に生き返った時は本当に驚いた、それと同時に嬉しさもあった。

その後話してみて、すごく良い子だと思った。

だからこそ危険な目に合わせたく無くて、嫌だったけど脅しまでして立ち去らせようと思った。


ーーけど、リンくんは女王ドラゴンの卵を奪いに危険を冒した。

リンくんを見つけた時、ボロボロで、どこから見ても助かる傷じゃなかった。

間違いなく助からない怪我を負っていた。

無我夢中で、自分の身など気にせず助けた。

思えばあの時、既に私はリンくんが好きだったんだと思う。

女王の巣からギリギリで逃げ出した後、リンくんが生き返った時は思わず怒ってしまった。


だけどーーーー内心は凄く嬉しかった。

ただのヒュームが、

いや、命がけで私を助けてくれようとした事が、堪らなく嬉しかった。

更には不可能だと思っていた女王の卵を持ち帰り、自分の利益など無視して私を助けてたいと言ってくれた。


ーーーだからその時誓った。

もう二度とリンくんが苦しまなくて良いように、

もう二度と死ななくて良いように

私に名前を与えてくれて、契約してくれた主人マスターをあらゆる障害から、守ろうとーーー


でも、

また、死なせてしまった。

苦しませてしまった。


『ああああああああああ!!!!』


許せなかった。

目の前のあの男が!

リンくんに苦痛を与えたあの男が!

それ以上にリンくんを守れなかった自分が!


普段の、いや、これまでのルナであれば、冷静でいられただろう。

リンは不死であり、死ぬ事は無い。

それを知っているのだから、ただ目の前の脅威を排除すればいいだけなのだ。

冷静にアリスの安全を確保し、守備に徹すれば、すぐに人が駆けつけてくれる。

単独で暗殺を行う相手だ、多くの人に目撃されるのは避けるだろ。

万が一、そうで無くても、負ける気はしないのだから。


だが、ルナは怒りに我を忘れた。

大好きなリンを傷つけられた事に、殺された事に、冷静さを保つ事が出来なかった。

霊獣形態では足りないーーー

姿全力を持って、目の前の対象を消し去る、その為ならば、どんな手でも使おう。

例え巻き添えが出ようともーーー


ルナの身体を激しい光が包む、霊獣形態を解除すべく、術式を組む。

「ルナ! なにを?!」

アリスの声など耳に入らない。

それ程までに怒り狂っていた。


その異常な光景に襲撃者の男が動く、

襲撃者に与えられた指令は2つ、

1つは既に達成した。

後はもう1つの指令を達成すれば、ここにいる理由は無い。


そう考えた男はアリスへ迫る、

相手は戦闘経験の無い王女だ、

手にした短剣で喉を刈り、心臓に突き立てればそれで終わる。

抵抗など問題は無い。


アリスの視界から男が消える。

否、消えた訳では無い、アリスにはその動きを捉える事が出来なかった。

短剣がアリスの喉へと迫る。

ルナはまだ元に戻れない。

アリスは反応出来ない。


ーーー捉えた。

男はそう確信した。


しかし、その瞬間、男は部屋の気配が増えた事に気がついた。


「お客様になにをしていらっしゃるのですかな?」


その声が聞こえた時には、既に男の視界が反転していた。

すぐさま身体を反転させ受け身の体制を取る。


だが、出来なかった。

床に叩きつけられる。

その痛みに思わず息を吐き出してしまう、それでも痛みを堪えすぐさま、その気配から距離を取る。

しかし、


「なにをしているのか、と聞いているのですが?」


背後から声が聞こえたと同時に背中に激痛が走り、吹き飛ばされる。

再び受け身も取れずに壁に叩きつけられる。

先程、標的の使い魔に吹き飛ばされた時とは比べ物にならない程の威力に男は一瞬意識を手放しそうになる。

吹き飛ばされた事でようやく距離を取れので、声の正体を探る。

その男は執事服の様な格好をした男性だった。

手を後ろ手に組み、真っ直ぐ立つ姿には一切の隙が無い。

男はすぐに察する。

その、圧倒的な実力、自分ではまず勝ち目など無い。


そう判断した男の動きは早かった。

すぐさま逃走用の魔道具を取り出すべく、懐に手を入れる。

しかし、その手を

気配など無かった、音も無かった、瞬きすらしていない。

だが、何故か既に執事服の男が目の前に立って自分の腕を掴んでいる。


「答えたく無いのであれば仕方ありません、聞きましょう」


男の耳にその声が届いた直後、意識が闇に落ちた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「リン! ルナ! リンが!」


『落ち着きなさい、馬鹿』


取り乱したアリスにそう言ったルナだったが、内心は自己嫌悪で一杯だった。


(私とした事が、取り乱しすぎよ……人の事言えないわね)


ギリギリで竜形態への変身は解除出来たものの、あと数秒遅ければ宿ごと男を消していたであろう事を理解しているルナは後悔に苛まれていた。


「でも! リンが! ころ、殺されて……」


アリスはその顔を涙でグシャグシャにしていた。


「っ! 私がもう少し早く駆けつけていれば……」


助けに駆けつけた執事服の男、シンがそう漏らした。


「わああああっっ!! リン!! ごめんなさい! 私のせいでっ!」


アリスは立っている事も出来ないのか泣き崩れた。


『落ち着けって言ってるでしょ!! よく考えなさい! リンくんは死んで無いわ!』


「……え?」


「リンくんが本当に死んでいるなら、


リンは知らない事だが、実は奴隷は主人が死ぬと、その奴隷も死ぬ。

これは奴隷の反逆や暴走を抑止する為のもので、絶対のルールであり、エデンに生きる者であれば誰でも知っている事だった。


「そういえば……では、リンはいきているのですか?!」


その事を思い出し、アリスが顔を上げた。


『いえ、間違いなく死んでいるわね』


間髪入れずにルナがそう答える。


「じゃあ何故私は生きているのですか?!」


殿、落ち着いて下さい。 ルナ様、殿下の様子を見るとルナ様が殿下に話しかけているのですね? 私にも事情をお話しいただけませんか?」


ルナはシンの言葉に驚いた。

シンに声は聞こえていない、これまでもシンの前で話した事も無かったのに、自分だとバレた事もそうだが、殿


『こうして話すのは初めてね、それで? いつから気がついていたの?』


「それはルナ様の事ですかな? それともアリス王女殿下の事でしょうか」


『どちらも、よ。 シンの前でリンくんと会話した事は無かったし、アリスの名前も出してないわ』


「そうですね、どちらもですね。 ルナ様が竜である事は初めてお会いした際に気がつきましたし、殿下はリン様が連れて来られた際に」


再びルナは驚いた。

アリスの事もそうだが、自分が竜である事も最初から気がついていたというのは正直驚愕の事実だ。

竜はその存在自体が半ば伝説に近い、素材などが出回っている以上、その存在は知られているが見ただけで、それも霊獣形態でバレるなど思ってもいなかったのだ。


『驚いたわね、竜を見たことがあるの? まぁあの実力を見た限り只者じゃないとは思うけど』


「そうですね、昔何度かお会いする機会がありまして、その時拝見した瞳に映る知性と同じかそれ以上のものをルナ様に見ましたので」


「そんな事より! リンはどうなってしまったの?!」


落ち着きはらった2人を黙って見ていたアリスが叫んだ。


『アリス、リンくんは大丈夫、でも二人ともこの後起きる事は絶対に他言無用よ、リンくんの最大の秘密に関わる事だから、もちろん説明もするわ、だからそれだけはお願い。 もし、守れない時はーーーーー私が貴方達を殺すわ』


霊獣形態でありながら、空気が震える程の殺気を持って二人を威圧する。

その言葉に二人は全く別の反応を見せた。

アリスはルナの殺気に当てられて声も出せずに頷く。

シンは表情を変える事なく「当然です。 お客様の秘密を話す様な真似はいたしません」と答えた。


『ふぅ……シン、貴方本当に何者? いくら私がこの姿だからって私の本気の威圧を受けて平然としてるなんて異常よ?』


「シン…… ーーっ! ひょっとして、清風のシンですか?! 元Sランク冒険者の!」


「さて、どうでしたかな? そう呼ばれていた事もあったかもしれませんが、今はこの清風館の支配人ですよ」


穏やかな表情のままシンはそう答えた。


『まぁいいわ、なんにせよさっきは助かったわ』


ルナはそう言ってリンに近づいた。


『おかしいわね? そろそろのはずなんだけど……』


「そろそろってなに?! なにが起きるの?!」


ルナは騒ぐアリスを無視してリンの姿を見つめる。

その痛ましい姿に一瞬心を乱される。

しかし、いつまでも蘇生しない状況に僅かに焦りを感じつつも、冷静に観察する。

そして1つの可能性が思い当たった。


『アリス……には無理そうだから、シン、リンくんの胸の短剣を抜いて貰える?』


左胸に突き立てられた短剣、それはおそらく心臓を貫いており、決定的な死因だろう。

もし、このまま蘇生すれば、間違い無く再びすぐに死んでしまうであろうそれが原因で

蘇生が始まらないのではないか、とルナは思ったのだ。


「え? なぜそんな事を……」


『いいから、アリスは黙って見てなさい』


「ふむ……なにか理由がおありなのでしょう、かしこまりました」


そう言ってシンは静かにリンの胸に突き立てられた短剣を引き抜いた。


すると、ルナの予想通りすぐにリンの身体が淡い光に包まれる。

数秒ののち光が収まると、リンに血の気が戻り、身動ぎすると、目を覚ます。

その光景にアリスはもちろん、流石のシンも驚きを隠せないでいた。


「んん……あれ? ルナ? なんだよ、もう朝か?」


呆然とする二人を尻目にそんな事を言った。

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