第23話 襲撃者
「では私はこちらでお待ちしています。 急ぐ必要はございませんのでリン様の用事を済ませてからお戻り下さい」
御者はそう言って頭を下げた。
「すみません、出来るだけ早く済ませてきます」
御者に礼を言ってギルドの扉を開けた。
初めて訪れたギルドの中は、リンのイメージとは少しだけ違っていた。
酒場が併設されているのはイメージ通りだったが、全体的に清潔で綺麗な内装が施されていた。
入り口で立ち止まっているとギルドの職員と思われる人に声をかけられた。
「いらっしゃいませ、お客様はギルドの利用は初めてですか?」
「はい、こちらで登録をするように勧められてきたんですが、どうすればいいか分からないので教えてもらえますか?」
具体的に何をしたらいいか分からなかった為、素直に助けてもらう事にした。
「かしこまりました。 ではこちらへどうぞ」
職員に案内されカウンターへとくると先ほどとは別の職員が出てきた。
「はじめまして! 私はルルと言います。 本日はどのようなご用件でしょうか!」
元気いっぱいなメイドさんだった。
なぜギルドでメイド? と思ったが口にはしなかったが、目は口ほどにものを言う、と言うだけに、ルルはすぐに視線の意味に気がついた。
「あはは、今ちょっと人で不足でして、暇な時間はこうして酒場の方を手伝ってるんですよ」
言われて気がついたが、確かに酒場の従業は皆同じメイド服を着ていた。
「私はこっちが本業なので安心して下さい! それでどういったご用件ですか?」
リンは先日クリスから受け取った書類をルルに渡した。
ルルが書類に目を通すと驚いた顔で話しかけてきた。
「え!!
そう言われて通された部屋は綺麗な個室だった。
ルルはすぐに戻ります、とだけ言って出て行ってしまった。
(えーっと、どうすればいいんだ?)
特にする事もなく、御者の人を待たせても悪いな、と思っているとノックの音が響いた。
「え? あ、どうぞ」
昨日、アリスに「入室の際には必ずノックする事! ノックをしても相手の返事を待って、許可が出てから扉を開け、入室します」とキッチリ叩き込まれた記憶が蘇った。
「失礼します。 はじめまして、私は当ギルドでギルドマスターを任されているテナと申します」
現れたのは40代くらいの女性だった。
物腰の柔らかい人で、なんとなく安心感を与える雰囲気のある人だった。
「お待たせして申し訳ありません、騎士団の方から貴方のお話は聞いております。 ようこそエデンへ、我々は貴方を歓迎いたします」
以前、キースに言われた言葉と同じ様に歓迎の言葉で挨拶してくれた。
「
そう言ってテナは色々と説明してくれた。
ギルドは世界中に支部を持ち、国家に属さない組織だという、国や種族による差別は無く、エデンに住む者はほぼギルドに登録しているらしい。
理由としては、税金などの手続きや銀行の様な生活する上で重要な役割を担っているのが大きいそうだ。
その他にも冒険者としての登録などもギルドが行なっている。
冒険者として登録すると、街や国などに入る場合、本来徴収される税が免除されたり、税金も安くなるそうだ。
ただしメリットばかりでは無く、毎年一定の成果を上げなければ、冒険者としての資格を剥奪され、再度冒険者に登録するには手数料として税金を上乗せされるといったペナルティも存在するらしい。
「ただ、
テナはそう言うと、
1、ギルドの置かれた国であればどこに住んでも構わない。
2、ギルド登録から5年間一切の税金が免除される。
3、冒険者登録に関しても最初の登録から3年間は成果を求められない。
4、希望者には3年間、無償で住居を貸し出してくれる。
5、希望者にはギルドから仕事を斡旋してもらう事が出来る。
6、無担保無金利で当面の生活費を借りる事が出来る。
と、びっくりするほどの優遇だった。
「何故それほどまでに
正直、疑問だった。
いくら突然この世界に飛ばされて当てが無いとはいえ、見ず知らずの相手にここまでしてくれる理由がわからなかった。
「そうですね、一つ言えるのは、
「異能ですか?」
「はい、異能は
正直、納得の理由だった。
将来的に利益になるので、保護をする。
もしかするとそれ以外にも理由があるのかもしれないが、雰囲気的には教えてもらえないだろうと考え、それ以上の質問は控えることにした。
「ですのでリンさんには是非、冒険者登録も合わせて行なっていただきたいと考えています。 聞けば飛ばされて来て早々にあのドラゴンの草原から生還されたとか、ギルドマスターとしてはそれほどの逸材は見逃せませんので」
そう言われてリンは考えた。
確かに今後の予定は決まっていない。
であれば、特にデメリットが無い冒険者登録も合わせて行なっておいた方が良いだろうと思った。
仮に冒険者としてやっていけなくても、3年間は無条件で冒険者として活動が出来る。
しておかない理由が見当たらなかった。
「わかりました、では冒険者登録も一緒にお願いします」
テナはそれを聞いて嬉しそうに頷いた。
そして懐から一枚のカードの様な物を取り出した。
「このカードはインテリジェンスカードと呼ばれています、長いので略してICと呼んだりもしますね。 このカードに手を翳して下さい。 登録はそれだけです」
思っていたより簡単だった。
リンは言われた通りに手を翳す。
するとカードに文字が浮かび上がった。
「ーーーっ! ありがとうございます、これで登録は完了です。 最後に冒険者ランクについて簡単な説明をさせていただいて終了となりますので、もう少しお時間を頂戴します」
そう言ってテナが冒険者ランクと呼ばれる物の説明をしてくれた。
冒険者ランクは登録時にFから始まり、実績を積む事で上がっていく。
最高ランクはSランクらしい。
この辺は元の世界でよく見た設定だったのですんなり理解できた。
「ランクアップの詳しい条件などは今後お話する事になると思います。 今はCランクを目指して頑張って下さい」
そう言ってテナがインテリジェンスカードを手渡してくれた。
「リンさんから何か聞きたい事や、仕事、住居、お金の貸付などありますか?」
とりあえず今は必要ない事を伝える。
「では今後の活躍に期待しています。 ああ、ICは無くさない様に気をつけて下さいね、再発行には手数料がかかりますので」
そう言って、出口に案内してくれた。
リンが最後にお礼を伝え、ギルドを出ようとしたところでテナが、
「本来は中立であるギルドから伝えるべき事で無いのですが」
と言って近づいてくると、声を潜めて、
「現在、セントアメリアは帝国の侵略を受けています。 今はまだルフィアに影響は少ないですが、それも長くは続かないでしょう。 可能であればここより西にドールという国があります。 馬車を使えば一週間程の道程です」
逃げた方がいい、暗にそう言いたいのだろう。
リンは頷き、理解を示しておく。
アリスの件があるので、行くとは言えなかった。
お互いそれ以上言葉を交わす事はなく、リンは待たせていた馬車で清風館へと戻った。
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ギルド内の一室、そこはギルドマスターの執務室として置かれた部屋。
部屋の
「リンと言いましたか、アレは異常ですね……早急に上へ報告をした方が良さそうですね」
テナはリンのICに記されたステータスを思い出しながら、上への報告書を作成した。
テナは願う。
(どうかエデンの脅威とならない事を祈るばかりです)
そう願うしか無かった。
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「お帰りなさいませ、リン様」
清風館へと戻ったリンをシンが出迎えてくれた。
「戻りました。 そういえばシンさん、今後の宿泊予定なのですが」
今後の滞在予定を伝えていなかった事を思い出し、今のうちに部屋を確保しておこうと思ったのだが、
「申し訳ありませんリン様、その件でお伝えしなければならない事があります」
そう言ってシンが頭を下げたので、リンは部屋をでなければならないのかと一瞬焦ったのだが、続くシンの言葉で思わず頭を抱えたくなった。
「お連れ様よりベッドをダブルに変更したいとお申し出があったのですが、生憎とダブルの部屋は満室となっておりまして、大変恐縮ではございますが、現状ですと今のお部屋を提供する事しか出来かねます」
昨夜のアリスの発言はどうやら本気だったようだ。
リンはめまいを覚えたがなんとか堪え、全力でシンに頼み込んだ。
「シンさん! お願いです! どうか今の部屋にしばらく泊まらせて下さい! もしダブルの部屋が空いても決して連れには言わないで頂きたい!」
色々と身の危険を感じ、リンはそう懇願したのだった。
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「おかえりなさい、リン」
『リンくん! おかえり!』
部屋に戻ると二人に出迎えられた。
「ただいま、待たせてごめん」
なんだかんだと時間を取られてしまい、既に外は暗くなり始めていた。
『全然気にしてないわ、それよりお腹がすいたわね、シンに言って夕飯にしましょう』
「リンも疲れたでしょう? そこの食い意地の張った小さいのに賛成する訳では無いけれど、夕飯にしませんか?」
アリスの発言に違和感を感じた。
ルナに対してトゲがあるのは朝と変わらないのだが、なにか違和感がある
『ふん! 小さいのは頭の中が桃色に染まったムッツリ王女の器でしょ』
「な! だから違うって言ってるでしょ!」
『よく言うわよ、シンに部屋を変えて欲しいってお願いしてる時の貴女の頭の中、とてもじゃ無いけどリンくんには言えないわね。 正直、引くレベルの妄想だったわ』
「ちょ! ちょっと! なに馬鹿な事言ってるのよ! そんな筈無いでしょ! というか、頭の中勝手に覗かないでよ!」
『〜〜〜〜〜!!』
「ーーーーー!!」
暫くその光景を呆然と眺めていたリンだが、違和感の正体に気がつき我を取り戻す。
そう、ルナとアリスが普通に会話をしているのだ。
朝の時点では、自分にはわからないが間違いなくルナは片言だった。
しかし今では口ゲンカ出来るほどに上達している。
その事実にリンは驚いた。
「ルナ、言葉を覚えたのか?」
『え? ええ、思ったより簡単だったわ』
正直驚いたし、素直に凄いと思う、思うのだが、
「誰のお陰で覚えられたのですか、誰の!」
『私の頭脳ね。私の頭は優秀なの、桃頭とは違うのよ』
「なああ! 誰が桃頭ですか!」
うるさくなっただけだった。
その後、二人は事あるごとに口ゲンカを始める始末だったが、慣れてしまえば仲のいい姉妹にも見えたので放っておくことにした。
単に面倒になっただけでもあったが。
シンが運んでくれた夕食は変わらず非常に美味しく、満足のいく品だった。
改めてこの宿を紹介してくれたキースに感謝する。
食事の後、アリスに引き続き文字を教えてもらう。
気がつくと夜も更け、眠気も強くなってきた為、アリスに就寝を申し出た。
その際もルナとアリスはなにやら言い合っていたが、いい加減疲れもあった為、先にベッドに入り、先に寝る事を告げると、アリスは残念そうにしていた。
眠りに落ちる直前、本当にツインの部屋でよかった、と思うリンだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜中、朝日が登るにはまだ早く、夜の闇が最も深くなる頃、ルナは突如強い殺気に当てられ目を覚ました。
隣で眠るアリスの胸に短剣を振り下ろそうとする男を視界に捉えたルナは、小さな身体のまま全力でその男に体当たりする。
小さくとも竜の体当たりである、男は吹き飛ばされ壁に激突する。
はずだった、しかして男は壁を前に空中で回転すると壁に両足をつけ、体当たりの勢いを殺す。
そのまま音も無く床に着地する。
その様子を見てルナはすぐさまリンとアリスに
『二人共! 起きなさい! 襲撃よ!』
その声にアリスはすぐ様反応を見せ飛び起きた。
しかし、リンが目を覚まさない。
ルナは背後にいるはずのリンに再び
『リンくん!! 起きなさい!!』
しかし、反応が無い。
そう、
息遣いすら聞こえない。
ルナは先程吹き飛ばした男への警戒で後ろを見る余裕が無い、だから、
『アリス! リンくんは?!』
「え?! ちょっと待って、暗くて見えないわ!」
その時、雲間から月明かりが部屋を照らした。
その光景にアリスは思わず悲鳴をあげてしまった。
「ーーーいやああああ!!」
その悲鳴に思わずルナは振り向いてしまった。
そこには、声を出されない為だろう、喉を真横に切り割かれ、
心臓があろう左胸に短剣を突き刺された、
一目で死んでいるとわかる、
血染めのベッドに横たわるリンの姿があった。
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