第21話 トラブルの気配
リンはその言葉に眩暈を覚えた。
目の前の彼女は今、自分の事を王女と言った。
奴隷に扮し、亡命の為に国外へ逃亡を図った、とも言った。
「どうかされたのですか?」
言葉を失ったリンを不審に思った王女に声を掛けられた。
「い、いや……君は本当に王女様なのか?」
嘘と言って欲しかった。
だが、彼女はそんなリンの希望を打ち砕く一言を放った。
「はい、セントアメリア王国第1王女です。 知らなかったのですか?」
その言葉には何故か真実だと思わせる力があった。
「何故、私を知らない方が私と一緒にいるのですか? それにここはドールではありませんよね? まだ王国を発ってから1日程度ですし、ひょっとしてルフィアですか?」
「ああ、ルフィアで間違い無いよ、それより確認したい事がある、いくつか質問をしてもいい……ですか?」
もし本当に王女だとすれば、言葉遣いに気をつけた方がいいだろうと思い言葉を改める事にした。
(既に色々と手遅れな気もするけどな……)
「構いませんが、リンと言いましたか? まず貴方は何者なのですか? 私を王女と知らずに一緒にいる時点でなにか問題が起きたのはわかります。 それに」
そう言って王女が自分の首を確認して、
「何故、奴隷の首輪が外れているのですか? 正直、ものすごく嫌な予感がするのですが……」
とても勘の鋭い王女だった。
「……多分その予感は当たっていると思う」
そう言って、リンはこれまでの経緯を話す事にした。
話してる間、王女は黙って聞いてくれた。
そして一通り話終えると、
「…………嘘だと、いえ、夢だと言って下さい」
目から光が消えていた。
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「落ちつきましたか?」
水を入れたグラスを手渡し、声をかける。
「ええ、なんとか」
「それで、俺はこれからどうすれば良いんですか?」
リンが今一番頭を悩ませている問題だった。
まさかこのまま王女様を奴隷として使う訳にはいかないだろう、であれば、奴隷ギルドに行って解放して貰うのが良いかと思ったのだが、
「そうですね……どうしましょうか?」
王女様もどうしたらいいかわからない様だった。
「誰かに相談出来る相手はいませんか? 王女様をこのままという訳には行きませんし……」
というか正直、もう逃げ出したい気分だった。
しかしそんなリンの逃げ道を塞ぐ一言を王女が放つ、
「いえ、私が王都を脱出した事は極秘事項です。 今情報が外に漏れるのは避けたいですね、なので出来ればこのままリンに匿って貰いたい所です」
「しかしそれでは問題の解決にならないのでは?」
どうにかして逃げ道を探すリンだったが、
「いえ、本来私を匿うはずだった者が、いつまで経っても到着しない事を不審に思い、使いを出すでしょう。 野盗の件を考えれば遠からずここに行き着くはずです、それまでお願い出来ませんか?」
なるほど確かにその可能性は高い、運ぶ予定の商人は亡くなっているし、野盗の件に行き着くのは難しく無い、そうなれば自然とキースや自分に行き着くだろう。
であれば腹を括るしかない。
「わかりました、こんな事になったのは俺にも責任がありますし、出来る事は多くありませんが、責任を持って王女様をお守りします」
「ありがとう、それとそんなに畏まらなくいいですよ、呼び方もアリスと呼んでください」
随分と恐れ多い話だった。
「それは流石に恐れ多いといいますか……」
「あら、私は今奴隷なのですから当然ですよ
随分とお茶目な王女様だった。
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「では文字を覚えたくて私を奴隷にしたのですか?」
特にする事も無かったので、お互いの事を知る意味も込めて雑談をしていた。
「ええ、スキルのお陰で話したり聞いたりは問題ないのですが、文字が全く分からなくて」
奴隷を持つ事にした経緯を話す。
「そうだったのですか、てっきり私は夜伽相手にでもされるのかと……」
「え?」
王女様とは思えない発言が聞こえた気がした。
「いえ! なんでもありません、でしたら私が教えてあげましょうか?」
「ええ?! いや、そんな、そんなつもりで王女様を奴隷にしたんじゃ無いです!」
「なにを勘違いしてるんですか! 文字です!文字を教えてあげると言っているんです!」
盛大な勘違いをしてしまい、リンは顔が熱くなる
「ええっと、教えて貰えるのは助かりますが、王女様にそんな事を頼んで良いものか……」
「ですからそんなに畏まらないで下さい。 それに呼び方もアリスと、真面目な話、誰かに聞かれでもしたら不味いですから」
確かにその通りだった。
「わかりました」
「言葉遣いも直してく下さいね」
結局その後もリンは王女様と呼んでしまい、何度も注意されてしまったが、当初の目的だった文字は教えてもらう事になった。
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「あの、一つお願いを聞いてもらえませんか?」
突然アリスがそんな事を言い出した。
「え? 俺に出来る事なら……」
「えーっと、その……服を……」
そこまで言われて気がつく、アリスは現在薄汚れたローブの様なものを着ているだけだった。
間違っても王女が着る様な服では無い、改めて見てみれば色々と際どい部分もあった。
リンも年頃だ、意識したが最後、見てはいけないと思いつつも視線はそちらを向いてしまう。
視線に気がついたアリスが恥ずかしそうに身を縮めた。
「あの……あまり見られると恥ずかしいのですが」
言われてしまい、リンは慌てて後ろを振り向いた。
「す、すすす、すみません! 服ですね! ちょっと聞いてみます。 待ってて下さい!」
慌てて部屋を出たリンに声が掛けられた。
『……リンくん、なんの話をしているか分からないけど、最後の方のやりとり、なんかイラッときたんだけど』
ルナの存在をすっかり忘れていたリンは思わず、
「え? あ、ルナ! 忘れ……いや、ちょっと大変な事になってて……」
フォローになっていないフォローを口にする。
『今忘れてたって言おうとしたでしょ……ちょっと! 酷くない?! あの子が一体どうしたのよ!』
『えーっと……それが……』
ルナには要点だけをかいつまんで説明した。
『王女様を奴隷にしちゃうなんて……リンくん、私の勘が告げてるわ、絶対このままじゃ終わらないわよ』
ものすごく嫌なことを言ってくる、だが実はリンもそんな気がしてならなかった。
女性物の服なんてどうしたものかと思ったがルナに『シンに頼んでみたら?』と言われ、フロントにいたシンに聞いてみる。
「かしこまりました、お部屋にお持ちしますので少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」
シンに任せて部屋に戻るとアリスはベッドの上でなにやらブツブツと独り言を言っていた。
「まさか本当に奴隷になってしまうなんて、どうしましょう、優しそうな方で安心しましたが、でも男性ですし、先ほどの視線を考えるとやはり夜に求められたり……いけないわ王女ともあろ者が未婚でそんな事……でも今の私は奴隷の身で拒否する事は出来ませんし、でもそんな……」
一向にこちらに気がつく様子は無く、どうしたものかと考えているとルナが声をかけてきた。
『ねぇ、リンくん、私にはお姫様が何を言っているか分からないけど、何やら物凄くピンクな思念を感じるわ』
ルナの言う通り、アリスの妄想全開な独り言は続いていた。
そんな様子になんと声をかけたら良いかと悩んでいると不意にアリスと目が
「えーっと、ごめんなさい、一応ノックはしたんだけど……あ、服はフロントでお願いしてきたからなんとかなりそうです」
リンとしてはこのまま何も聞かなかった事にしてしまいたかったのだが、
「……え? あ、あ、あああああの! いつからそこに? まさか、聞いてたんですか?!」
「え?! えーっと……」
なんと答えたらいいか分からず口ごもってしまったリンを見て、アリスは察してしまったのだろう、顔を真っ赤に染め、その瞳には涙を溜めていた。
そして、
「ーーーーーーーーッ!」
(あ、これヤバい奴だ)
遊里の時、そしてルナの時と同じだと思ったリンは両手で耳を塞いだ。
「いやああああああああ!!!!」
その悲鳴は清風館全体に響き渡り、何事かと駆けつけたシンやスタッフに弁解と謝罪をする事になったリンだった。
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