第19話 キセキの石

 ルフィアの街ーーーセントアメリア領ルフィア平原に栄えてきた街であり、セントアメリアの王都から最も近いこの街は人口も多く、王都の玄関口として多くの冒険者や商人が訪れる、その為物流も盛んで、王都についで栄えている。

 と、道中で聞いていたリンだが、実際目にしたルフィアの迫力に言葉を失う。

 特に目を引いたのがその外壁だった。

 広大な平原に延々と伸び、巨大な街を囲っていた。

 魔物の侵入を防ぐ為に作られたものだと聞いたが、圧巻の一言だった。


「なんとか日暮れまでに到着できました。 まずは私が騎士団の方に事情を話しますのでリンさんは少しお待ちください」


 そう言ってキースは馬車を降り、外壁に作られた巨大な扉の方へと歩いていった。


「リンの旦那、本当に世話になったな、近いうちに一度俺の店に顔を出してくれ、キースの旦那とも話したが報酬に関してはキースの旦那にまとめてもらう事にしたから受け取ってくれ」


 グラスはそう言葉を残し、馬車で外壁の扉へと向かっていった。


「リンさん! 本当にありがとうございました! キースさんが言うには馬車はこのままこちらに置いて行っていいそうなので、僕たちはこのまま街に入ります。 ギルドでお会いする事があれば是非声を掛けて下さい」


 ゼンはそう言って深々と頭を下げると、ガイも同じように頭を下げ、街へと向かっていった。


『リンくん、おつかれ様』


 ルナがそう声を掛け飛んできた。

 ルナがリンの肩に止まる。

 リンの肩には若干大きいが、なんでも小さい状態だと飛び続けるのも疲れるらしい。


『色々あったけど無事到着できてよかったわ、実は私もこうして堂々と街に入るのは初めてなの、だからすごい楽しみ』


 ルナの楽しそうな声にリンの期待も自然と膨らんだ。


 そんな話をしていると扉の方からキースと立派な鎧に身を包んだ男達がリンの前までやってくると鎧の男たちの中心にいた一際立派な鎧を纏った男が話しかけてきた。


「ようこそ、ルフィアの街へ! 我々は貴方を歓迎します」


 そう言って、お辞儀をすると周りの男達もそれに続いた。


「お疲れのところを申し訳ないのですが、このまま街に入って頂くことは出来ないので、一度手続きの為に詰所の方へきていただけますか? さほど時間は取らせませんのでご安心ください」


「リンさん、私はこのまま騎士の方に手をお借りして馬車を私の店へ運んでおきます。 お疲れでしょうし、今日は宿を取っておやすみ下さい。 街の中心に ”清風館“という宿があります。 私の方で手配しておきますのでそちらでおやすみ下さい。

 もちろんお代の心配はいりません。 あと、念の為少ないですがこれを」


 キースはそう言ってリンに金貨を1枚握らせた。


「宿までに多くの店がありますから、ゆっくり楽しまれるのもよろしいでしょう、ただ食事は宿のものがオススメです。 この街一番と評判です、きっとご満足いただけると思いますよ」


 そう言ってキースは深々と頭をさげ、


「本当にありがとうございました。 騎士の方をお待たせするのも忍びないので私はこの辺で失礼させていただきます。 明日使いの者を宿に伺わせますので詳しいお話はまた明日にでも」


 そう言ってキースは自分の馬車に乗り込むと騎士の人たちと共に街へと消えていった。


「では詰所へご案内します。 こちらへどうぞ」


 そう言われ騎士について行くと外壁の扉の横にある小さな扉へと案内された。

 中は6畳ほどの広さで、いくつかの机が用意された部屋だった。

 その中の一つへと案内され、席に着くと正面にここまで案内してくれた騎士が座った。


「申し遅れました。 私はこの街の騎士団のクリスと申します。 本来であれば異世界人アナザーの方の手続きは騎士団長が行うのですが、今は事情があり不在の為、副騎士団長を任されている私が代わりに手続きをさせて頂きます」


 クリスと名乗った男はそう言って柔らかな笑みを浮かべた。


「あ、こちらこそよろしくお願いします。 俺はクサカ……リンです、こっちはルナです。 人に危害を加える奴ではないので安心して下さい」


 リンは慣れない状況に緊張していた。

 だがそんなリンにクリスは、


「そんなにかしこまらなくて大丈夫ですよ。お話はキースさんから大体の事は伺っています。 手続きの前にリンさんにはお礼とお詫びを申し上げます」


 そう言ってクリスは椅子から立ち上がると深々と頭を下げ、


「この街の住人であるグラスとキースを助けていただき本当にありがとうございます。 本来であれば我々騎士団が守るべきところをリンさんにはご迷惑をお掛けしました、本当に申し訳ない」


 周りにいた騎士達もクリスと共に深々と頭をさげる。


「あ、頭をあげて下さい! 俺は本当に偶然居合わせただけで、本当にそんなお礼を言われる様な事は」


 リンは場の雰囲気に圧倒されてしまい、思わず慌てしまった。

 そんなリンを見てクリスは嬉しそうに笑った。


「ははは、本当にキースさんの言っていた通りの人の様だ、我々騎士団としても安心しました」


 そう言ってクリスは再び椅子に座り、近くにいた騎士に声をかけた。


「すまないが、キセキの石と何か飲み物を持ってきてくれ」


 声をかけられた騎士が奥の扉へと入って行く

 クリスはリンに向き直ると再び話始めた


「まず最初に言っておくと、手続きと言っても大したものでは無いので安心してほしい、キセキの石と呼ばれるものでリンくんがこの世界で訪れた場所を確認するだけだ、場所以外の事はわからないし、詳細を無理に聞くつもりも無い、当然その辺りの事はキースさんからも聞いていないので安心してくれていい」


 クリスがそう教えてくれた。

 実はリンはこの手続きの内容を事前にキースから聞いていたので、特に戸惑う事もなく了承した。


 軌跡の石きせきのいし、なんでも錬金術で作られたマジックアイテムで、クリスの言った通り、その石を使うと対象者がエデンで訪れた場所がわかるらしい、わかるのは大まかな場所だけでそれ以外の事はわからないらしい。


「あとはこの用紙に名前と年齢、性別を書いて貰えば手続きは完了だ、ああ、あと名前だが先ほどリンさんは気にしていた様だが、苗字があるならそれも記入して欲しい。 確かにこの世界では苗字は貴族か王族しか持たないが、異世界人アナザーが持つ事も許されている、当然名乗ってもらって構わない、ただ普段は名前を名乗るだけにしておいた方がいらぬ誤解を受けなくて済むよ」


 その言葉に嫌な感情は感じなかった。

 純粋にリンを思って教えてくれた印象を受けた。


「おまたせしました」


 一人の騎士が飲み物と紙、そして掌サイズの青い石を机に置いた。

 クリスが礼を言うと、騎士は会釈をして下がった。


「さて、リンさんも疲れているだろうし、早めに済ませてしまおう、この石を握ってもらえるかな?」


 クリスがそう言って青い石を手渡した。

 おそらくこれが軌跡の石なのだろう、言われた通り握りしめると淡い光が掌から漏れ、すぐに消えた。


「ありがとう、ではこの紙の上に置いてくれるかな?」


 そう言って何も書いていない白い紙を差し出してくる。

 言われた通り、紙の上に石を乗せる。

 すると今度は石を乗せた紙が淡く光る、そして光が消えるとそこには、なにか文字の様なものが勝手に浮かび上がる。

 クリスがその紙を手に取り視線を走らせると、すぐに驚きの表情を浮かべた。


「ドラゴンの草原……まさか、あんな危険地帯に飛ばされてきたのですか?! よく生きて出てこられましたね、ひょっとして異能の力ですか?」


 何回も殺されました。

 とは流石に言えなかった。

 そもそも、この会話の流れ自体が2回目だった事もあり、リンは用意していた言い訳をクリスに伝える。


「転移した直後にこいつルナに助けられまして、なんとか無事、草原から脱出できたんですよ」


  「なるほど、それは幸運でしたね、我々騎士団はおろか、王国の騎士団でもあそこには近づきません、それほど危険な場所なんですよ」


 確かに二度とあそこには近づきたく無いと思う。


「それにしても、随分と頼もしい相棒に恵まれましたね、助けられたと言っていましたが、ドラゴンの子では無いですよね? ドラゴン特有の禍々しさがありませんし、差し支えなければ教えていただけませんか?」


 この質問の答えは決まっていた。


「申し訳ありません、それは出来れば秘密にしておきたいんです。 先ほど申し上げた通り、とても賢く、他人を無意味に傷つけたりしません。 それは約束します」


 実はこの質問をされた場合の受け答えは事前にキースから助言を受けていた。


 冒険者にはテイマーと呼ばれる者達もおり、使い魔を連れている事は珍しくないらしい。

 そして実力の全てを他者に話す冒険者はいないのでルナの正体を隠しても不自然では無い、とキースが教えてくれた。


「そうですか、まぁ当然ですね、わかりました。 でも使い魔の管理は徹底して下さい、万が一の際はリンさんが罪に問われかねませんので、その点は肝に命じていただきたいと思います」


 キースの言った通りだった。

 もし自分だけだったら、正直に話して大騒ぎになっていただろうと思うとキースに出会えたのは本当に幸運だった。


「軌跡の内容も申告通りですし、異世界人アナザーの認定は問題ありません、では最後にこちらに記入をお願いします」


 この時になりリンは初めて気がつく

 キース達を始めクリスにも言葉が通じていたので失念していた。

 リンが慌ててルナに念話テレパシーを送る。


『ルナ! 文字が書けない! 教えてくれ!』


 そう、スキルの恩恵で言葉が通じても、リンは当然の如くこの世界の読み書きまでは出来ない。

 なのでルナに助けを求めたが、


『え……私もヒュームの言語わからないんだけど、ていうか前からそう言ってるじゃない』


 一人と一匹の目の前に巨大な壁が立ちはだかった。

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