第17話 奴隷商人

「いやはや、小さな時から教えられて来た言葉ですが、まさか本当に使う事になるとは思ってもいませんでしたよ」


 キースは照れた様子で頭を掻いた。


「いえ……なんだかすごく救われた気分です。 セントアメリアへ向かう中で何度も不安に思っていたんですが、キースさんのお陰で心が軽くなりました」


『だから大丈夫だって言ったじゃない、気持ちはわかるけどリンくんは心配し過ぎよ」


 ルナは少しだけ不満そうに言った。


「ルナの事を疑っていた訳じゃ無いよ、でも実際に受け入れられるとやっぱり違うんだ」


 リンはルナにフォローを入れる。

 その様子にキース達が不思議そうな顔を浮かべる

 。

 ルナの事は話したがやはり側からみれば独り言を言っているようにしか見えないのも仕方がなかった。


「あ、すみません」


「いえ、いいんですよ。 最初は不思議でしたが、話を聞いた後なのでーーーそれよりリン様は先ほどセントアメリアへ向かっているとおっしゃっていましたが……」


 キースの表情が僅かに険しくなった事にリンは違和感を覚えた。


「ええ、そうです。 ああ、それとその“リン様”はやめませんか? 俺の方がずっと年下ですし」


 年上の人に様付などされた事が無いので若干居心地が悪かった。


「ああ、すみません、命の恩人という事もありますが商売柄の癖のようなものでして、気を悪くされたのであれば謝ります」


「いえ、気分が悪い訳では無いんです。 ただ、ちょっと照れくさいだけなので、でも出来れば“様”はやめていただけるとありがたいです」


「わかりました、では恐縮ではございますが、今後はリンさんと呼ばせていただきます」


 そう言ってキースはお手本のような営業スマイルを浮かべた。

 しかしすぐにその表情を消すと、


「それでセントアメリアへ向かっているとの事ですがそれはおすすめ出来ません」


 突然の話にリンは一瞬戸惑ったが、その戸惑いは続けて発せられたグラスの言葉で驚きに変わった。


「セントアメリアは今戦争の真っ最中だ、そんな所に行ってもいい事は何も無いぜ。 傭兵でもやるってんなら話は別だが、相手が相手なだけにおすすめは出来ないな」


「セントアメリアはユーロ帝国という軍事国家に侵略戦争を仕掛けられているのです。 帝国はこのエデンでも指折りの強国で、セントアメリアが敗戦するのは時間の問題でしょう。 なので私達は逃げ出して来たのですよ」


 そういう理由なら納得がいく。

 確かにわざわざ戦時中の国に行く事は無いな、とリンは思った。

 だがそうすると次の問題はどこへ向かうかという事だが、その問題も続くキースの言葉で解消された。


「もし行く当てが無ければ私達と一緒にルフィアへ行きませんか? 王都と違いこちらは戦争の影響はほとんどありません、私達としても道中をリンさんがご一緒してくれれば安心して移動出来ます。 もちろん護衛の報酬はお支払いしますので」


 さすが商人といった所かと感心してしまうが、確かに良い提案だった。

 リンとしてはどこで一旦腰を落ち着けたい気持ちもあるし、ここでキース達と別れ、そのごもしもの事があれば目覚めも悪い。

 そこまで計算しての事では無いと思うが、断る理由は無かった。


「わかりました。 一度ルナと相談しますのでちょっと待ってもらってもいいですか?」


 キース達に断りルナに事情を話す。


『なるほどね、確かにそれならわざわざセントアメリアに向かう理由は無いわ、リンくんがいいならそうしましょ』


 ルナの賛成もあり、リンがキース達に同行する事を伝える。


「ありがとうございます。 では移動の前に亡くなった方の遺品を集めるのを手伝っていただけませんか? 出来れば遺族の方に届けてあげたいのですが」


「それは構わないのですが、遺体はどうするんですか?」


 遺品を遺族に届けるのであれば遺体ごと届けてあげた方がいいのではないかとリンは思ったのだが、


「全員を運ぶのは難しいですし、血の匂いで魔物が寄ってくる可能性があります。 リンさんであれば問題ないでしょうが、あまり時間を掛けてしまうと明るい内にルフィアへ辿りつけません。 そうなれば野営する事になるなど色々と問題も出てきます、薄情と思われるかもしれませんが、魔物の多いエデンでは遺体はそのままに遺品だけ持ち帰るのが一般的なのです」


 言われてみれば確かにそうだ、荷物もあるし亡くなった人を全員運ぶのはかなりの負担になる。

 心苦しくはあったが、キース達の安全を考えればそうせざるを得なかった。


 その後手分けをして遺品となりそうな物を集める。

 遺品はキースが責任を持って預かると言うので任せる事になった。


「では移動しましょう、今から行けば急がなくても日暮れまでにはルフィアまで行けるでしょう、グラスさん先導をお願いしてもよろしいですか? リンさんは野盗討伐の権利についてお話しますので、私の馬車に乗って下さい」


 リンは一瞬なんの話かと聞きたくなったが、権利というくらいだから悪い話では無いと思い口を挟む事はしなかった。


「では僕たちは亡くなった方の馬車で捕まえた野盗を運びます。 2台あるのでどちらかの馬車を開け、そこに乗せましょう、荷物はキースさんとグラスさんの馬車に乗せる事は出来ますか?」


「それなら俺の馬車に野盗を乗せるといい、俺の馬車は二頭引きだし、セントアメリアで荷は全て納品したから空っぽだしな、なんとかなるだろ」


「ではそれでお願いします、あと問題は……リンさん」


 キースはルナの方を一度見るとリンに話掛けて来た。


「ルナさんですがこのまま一緒に移動するのは難しいかもしれません、もし知らない者がルナさんを見たら間違い無く騒ぎになります。 どこかで待機してもらう事は出来ませんか? 私としてもルナさんもリンさんと同じ恩人です、本当はこんな事は言いたく無いのですがーーー」


 なるほど、とリンは思った。

 確かに最初ルナを見たキース達の様子から考えればこのまま街に近づくのは問題が多いだろう、だがルナにはがある。


「それなら大丈夫ですーーールナ!ここからは馬車で移動するから小さくなってくれ」


『小さくって……霊獣って言って欲しいんだけど……』


 ルナは不満そうにしながらも素直に小さくなってくれた。

 それを見たキースが驚いていた、無理もない


「すごいですね、確かにこれなら問題ありません、街にも入れるでしょう。 しかし本当に驚きました」


 確かに初めて見たらそう思うだろう、なにせ馬車ほどの大きさの竜が突然30センチ程度まで小さくなったのだ、驚かない方がおかしい。


 あと小さくなった事で街に入れるという情報が得られたのは大きかった。


「おい! 野盗は全員乗せたぞ、 そろそろ出発した方がいいんじゃないか」


 グラスの声を合図に馬車に乗り込み出発する。


 馬車はグラスを先頭に、リン達の馬車、ガイ、ゼンと続く、グラスの話では野盗は既に抵抗の様子も無く、大人しくしているらしい。

 キースが言うには、「お二人の実力は奴らも分かっているのでしょう、抵抗しないのも無理ありません」との事だった。

 余程ルナの威圧が堪えたらしい。

 それでも万が一に備え、グラスの馬車はルナが見張っている。


「リンさん、今お話しても大丈夫ですか?」


 キースは馬車を操縦しながら話し始めた。


「リンさんはご存知ないでしょうから、お教えしておきましょう、まず野盗を捕えた場合ギルドに引き渡します。 ギルドからは報奨金が出ます。 金額は野盗の人数や規模、懸賞金の有無などで変わりますが、それなりの金額が貰えると考えていいと思います。 野盗は殆どが処刑されますが、一部は奴隷として売られます。 ギルドに登録していればその代金の一部もリンさんに支払われます。 ですがギルドに登録していないと貰えないので登録しておく事をおすすめします。詳しい事はギルドで聞けますので、聞いてから決めてもいいでしょう。 ここまではよろしいですか?」


 リンは無言で頷いた。


「はい、それからここからが本題です。 今回野盗に襲われた私達を助けたリンさんは私たちへ報酬を請求することが出来ます」


 この時リンは内心、非常に驚いていた。

 なにせ自分は何も知らないのだ、ここで黙っておけば誤魔化せるかもしれない、にも関わらずきちんと教えてくれる。

 リンの人生にそれまでそんな人間は居なかった。

 誰もが自分の利益を優先し他人に損を押し付ける。

 それが当たり前だと思っていたリンはキースに密かに感動した。

 そんなリンをよそにキースの話は続く、


「 この報酬額ですが、通常、報酬は事前に取り決めておくものですが、今回の様にたまたま居合わせた場合はその限りではございません、まぁ当然ですね、一刻を争う状況ですから報酬を決める時間など無いのが普通です」


 普通と言うくらいだ違う場合もあるのだろう、とリンは思った。


「報酬額は当人達で決める事もありますが、通常は揉める事がほとんどです。 残念ながらこれも当然ですな、なのでその場合はギルドに判断を依頼します。 そうする事でトラブルを防止するのです」


「そうなのか、でも俺は別に報酬を請求するつもりは無いけどーーー」


 今回助けたのは本当に偶然だった。

 なのでリンは報酬を請求するつもりはなかったのだが


「それはいけません。 リンさんの人柄は短い時間でもある程度は分かったつもりです。 なのでその言葉も本心なのでしょう、私としても大変嬉しい事です。 ですがこの場合、リンさんはきちんと私達に報酬を請求しなければなりません。 いえ、請求して欲しいのです。 言い方は悪いですが、貸し借りを残さない為にも報酬という形できちんと清算する事で対等な立場を作りたいのです」


「なるほど、確かにキースさんの立場で考えれば先々に恩を着せられたら堪らない、きちんとけじめをつける必要があるのか」


 言われてみればその通りであった。


「キースで結構ですよ、そうですね、その通りです。 私としてはリンさんとは今後とも良い関係を築ければと思っています。 なのできちんと報酬をお支払いして、対等な立場で関係を築きたいのです。それはグラスさんも同じでしょう。」


 キースは苦笑いを浮かべながら言う、しかしすぐに表情を正し、話しを続けた。


「しかし、今回は残念ながら亡くなった方もいます。 その場合の報酬は、亡くなった方が残した物、それがリンさんへの報酬になります」


「残したもの、というと?」


 リンはいまいちピンと来なかった。


「はい、今回であれば亡くなった方の装備や持ち物です。 具体的には装備品や馬車、そして馬車の荷物です」


 リンは驚いた。

 なにせ装備品は遺品としてキースに預けたがだけなので大した量はない、だが馬車はそうはいかない、馬もいるし、荷物は確認していないが商人のものだ、場合によっては相当な量だろう。


「遺品に関しては、遺族に代金を請求する事ができます。 これは相場が決まっているものであれば相場の範囲で、決まっていない物であればギルドに仲裁してもらうのが一般的です。 ですが遺品に関してのみ遺族に返すという選択肢もあります。これはギルドでは推奨していないので暗黙の了解です。 その為、報酬の件で話した通りトラブルを避ける為に代金を払う遺族の方が多いです。 中には代金が払えず、受け取らない方もいます」


 リンとしてはお金など要らないので受け取って欲しいと思った。

 むしろ助ける事が出来ず申し訳ないと謝りたいほどだ。


「今回、問題なのは商人の荷物でしょう、一人の商人は私と同じ物品を扱う商人なので売るなりすれば特に問題はないでしょう、馬車も同じです」


 では何が問題なのだろうとリンは思った。

 しかしキースの言葉で判明する。


「しかし、もう一人の商人は奴隷商人です。 荷物も当然奴隷です」


 この奴隷商人が残した奴隷が、今後リンの異世界での人生を大きく変える事になるとはまだ気がついていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る