第15話 デコピン
ヒュームの馬車が襲われている。
そう言われてリンは前方を見るがなにも見えない、
『どこだ? 全然見えないけど?』
身体強化のスキルの影響で今のリンは常人より遥かに優れた視力を獲得していたが、それでも上空3000メートルから地上の様子はほとんど窺い知れない。
『当たり前でしょ! 私だから見えるの私これでも目は良いんだから、ってそんな話してる場合じゃ無いわよ!』
確かに襲われているなら一刻を争うかもしれない、
『襲っているのは多分野盗の類ね、今のリンくんなら素手でも余裕だと思う』
野盗という事は相手は人だ、その事実にリンは少しだけ二の足を踏んでしまう。
『出来れば殺したくは無いんだけど難しいか?』
『手加減すれば可能だと思うけど? そのくらいの能力差はあると思うわ』
野盗は基本的に世間からはみ出した者達で、大人数で商人などを襲って生計立てている、ただ世間からはみ出してしまうくらいなので優秀な者はほとんどいないらしい。
その上、野盗は捕まればほぼ確実に処刑されるらしい、その為野盗は生死を問わず捕らえれば報奨金が出る。
という話をリンは事前に空の上で聞いていた。
だが殺人が重罪である、という認識で育ってきたリンには殺しは忌避感が強い。
だから出来れば生かして捕らえたかった。
『……わかった、どちらにしても見殺しはしたくない。 助けに行こう!』
『リンくんならそう言うと思った! もう着くわ! このまま突っ込むと襲われている人達も巻き込んじゃうから合図したら
確かにこの速度で突っ込んだら隕石が衝突するのと変わらないだろう、
だがいきなり飛び降りると言うのは流石に躊躇いがある、ぶっちゃけ怖い。
『えーっと……飛び降りるの? 俺空飛んだり出来ないけど……』
『私が魔法で補助するから大丈夫よ! 準備はいい?』
全然良くなかった、しかし今のルナの速度では覚悟を決める時間すら無かった。
『ーーーーーーー今よ!』
『ーーッ!!』
無理だった。
『ちょっと! なにしてんのよ! 通り過ぎちゃったでしょ!』
『いきなり飛べって言われたって無理だって!』
現在の高度は今まで飛んでいた高度よりは低空だった。
それでも眼下に広がる世界はミニチュアレベルだ、いくらスキルの恩恵があるからと言ってフリーフォールする度胸はリンには無かった。
『そんな事言ってる場合じゃ無いわよ! もう既に襲われてる人達から死人が出てる! このままじゃ全滅するわよ!』
ルナが急旋回しながらリンを
『ルナ、信じるからな!』
『任せなさい! ーーーー今よ!』
リンはその合図と共に、目を閉じたままルナから飛び降りた。
心臓が今までに無い程の早鐘を打つ、目を開ける。
通常、人が落下に掛かる時間は1000メートルで1分程だと聞いた気がする。
という事は地面まで到達するのに恐らく1、2分しか無い、
『ルナ! どうすればいいんだ!』
『そのまま落ちていけば大丈夫よ、勝手に着地出来るわ』
そう言われてしまえば後はルナを信じるしか無かった。
そんな事を言っている間にも地面はどんどん近づいてくる。
近づいた事でリンにも地上の様子がはっきりと見えてきた。
街道上に馬車が4台止まっており、馬車の周りに何人か倒れている人も見えた。
馬車を取り囲む者が十数人のおり、馬車の周りにいるのは2、3人程度。
そして争っている者が数人いたが、状況が芳しく無い明らかだった。
地面が迫る、もう数秒も掛らないだろう高さ、それでもリンはなにが起きてもいいように地上を見続けた。
そこまで来ると地上の者達も気配を感じたのかこちらに気がつく、地面まで数メートルの所で突然の浮遊感を感じた。
そのまま何事も無かったかのように着地する。
そのあまりにも突然の出来事に、地上にいた者達が一瞬固まる。
最初に動いたのは恐らく野盗と思われる男だった。
血に濡れた短剣を構えて、一気にリンの間合いに踏み込んできた。
リンはこの世界でルナを除けばドラゴンしか見たことが無かった。
初めて見た自分以外の人、その動きはドラゴンと比べれば余りにも
自分に迫る野盗らしき相手を冷静に見つめ考える、身体強化により加速した思考が世界をスローに変える、
(殴ったら多分殺してしまうな)
迫る短剣を一歩下がり躱す、
躱し切った所で今度は一歩前に出る。
加減が分からないので出来るだけ優しく突き飛ばす、
が、突き飛ばされた野盗と思われる男は、そのまま数メートルも吹き飛んだ。
(まじか……どんだけ力がついてるんだ俺)
相当手加減したので恐らく死んではいないと思うが、その様子を見てリンは考える。
これ以上に手加減をしつつ相手を無力化する方法、鳩尾では恐らく穴が開く。
そしてそれを思い付く、一撃で動きを止め、かつ致命傷を避ける攻撃
ゆっくりと考える時間は無い、今度は左右から二人の男が迫る。
リンは迫る相手に思考を切り替える。
右から来た男の短剣を半歩下がり躱し、左から来た男が振り下ろした斧を半身で躱す。
そして思い付いた攻撃をそれぞれの男の額に打ち込んだ。
その技は親指と中指で繰り出される攻撃、親指によって溜められた中指の力を叩き込む事で脳震盪を起こし無力化する。
ただのデコピンだった。
当然、普通はデコピンで脳震盪など起こさない。
だが、人外まで強化されたその身体能力により、見事に狙い通りの効果を発揮した。
額を撃ち抜かれた男達は白目を剥いて倒れる。
リンは狙いが的中した事を確信すると、今度は自分から仕掛けていく。
馬車を取り囲む男達の額を次々と撃ち抜いていく。
ある者はなにが起きているのか分からないまま気絶させられ、 また別の者は反撃するも躱されて額を撃ち抜かれた。
10人程気絶させた辺りで状況が変わる、それまで抵抗していた男達の数名が馬車後方へと逃げていく。
「撤退だ! 気絶している奴は放っておけ!」
男の声に馬車を取り囲んでいた者達が一斉に逃走を始めた。
しかし、
影はその場で咆哮を上げる。
それは《竜の威圧》絶対強者による恫喝の咆哮
その圧倒的な存在を前に動ける者は一人も居なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『リンくんの希望だからね、死なない程度に加減しといたわ』
『ナイスだ! ルナ!』
野盗達はルナの登場に完全に戦意を喪失しており誰も動かない。
動けないだけかもしれないが、ルナが見ていてくれれば逃げ出す事は無いだろう。
馬車の周りには野盗にやられたと思われる人が何人か倒れていた。
正直キツイ光景だった。
だがまだ助かる人がいるかもしれない、そう思い倒れている人達に治癒魔法を使って回る。
だが、殆どの人は既に事切れていて回復する事は無かった。
そんな中、無傷の男を見つけた。
だが、ルナの威圧が原因だろう、こちらに気がついている筈なのに反応が無いので近づいて声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられた男が弾かれた様に動いた。
「あ、ああ、大丈夫だ」
「なら良かった。 まだ助かる人がいるかもしれません、俺は他の人の治療に行きまので、出来れば馬車から離れないで下さい」
ルナが見張っているとは言え、まだ野盗が多く残っている。
ここにいれば安全だと考えての提案だったが、予想外の答えが返ってきた。
「私は大丈夫です、それよりも治療なら手伝わせて下さい!」
リンは一瞬驚いたが人手が多いに越した事は無いと思い、比較的軽傷な者たちを任せる事にした。
その際、野盗には十分注意し、なにかあればすぐに呼ぶように伝える。
合わせてルナに危険が無い事を伝えるのも忘れない。
商人と思われる男はリンの言葉に頷くとすぐに動き出した。
リンも引き続き倒れている人達に治癒魔法を使って回ったが、結局、倒れた人達は皆亡くなっていた。
その後、治療を終えた者達と共に野盗を全員縛り上げる。
終わる頃には日も登り切り、正午になろうかという時間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます