第14話 商人キースの受難

 この仕事に危険が付いて回る事は承知の上だ、リスクに対して見合うリターンが得られるなら危険を冒してでも利益を追って来た。


 拠点のルフィアからセントアメリアに赴き、仕入れをして戻る、その工程はさほどの危険は無いはずだった。

 だが計算外の事件が起きた。


 帝国がセントアメリアへ戦争を仕掛けたのだ、おかげで本来平和な国であるはずのセントアメリアの治安は一気に悪化した。

 最悪だったのは道中の護衛に満足のいく者を雇う事が出来なかった事だ。

 ウデの立つ冒険者達は軒並み戦争に雇われているか、リスク回避の為に他国へ移動しており、残った者から護衛を選ぶしか無かった。


 セントアメリアに留まるリスクと実力不足の護衛を雇い出国するリスク、天秤に掛けるまでも無かった。

 帝国の武力は世界でも指折りの強国だ、小国のセントアメリアなどあっという間に敗戦するだろう。

 そんな国に留まれば巻き込まれるのは自明の理、出国しない理由は無かった。


 少しでもリスクを下げる為に、同じ境遇の商人達と商隊を組み普段より多くの護衛を雇った。


 だが、今回はそれが裏目に出た。

 戦争の影響だろう、雇った大半の護衛が野盗と繋がっていたのだ。

 奴らにしてみればわざわざ獲物が纏まってくれているのだ、都合の良い話だろう。


 気がついた時には既に囲まれており、先頭を走っていた商人は真っ先に殺されてしまった。

 逃げ出そうにも既に囲まれている。

 身一つであればあるいは、とも考えたが奴らはそれを許さなかった。

 同じ事を考えたであろう他の商人は命乞いも虚しくあっさりと殺されてしまった。

 ゴロツキでも冒険者だ、今後の為にも目撃者を出すつもりなど無いのだろう。

 残されたのは既に私と、生き残っている商人が一人、そして少数の護衛だけだ。

 もう一人の商人は心得があるのか、護衛と共に今も抵抗を続けている。

 だが時間の問題だろう、数が違い過ぎるのだ。


 私は既に覚悟を決めていた、商人であれば避けては通れないリスク。

 今回、そのリスクに対する備えが甘かった。

 判断がを誤ったのだ。


 せめて最後は苦しむ事無く逝きたい。

 残して来た家族に申し訳ない気持ちが込み上げてくる。

 だが、野盗供は待ってはくれないだろう。


 私は自決用の毒薬を握り締める、こんな時の為に肌身放さず懐に忍ばせていた。

 これを飲めば苦しむ事無く逝ける。

 そう思った時だった。


 地面に影が走った。

 直後に空から人が降って来たのだ。

 何事も無かったかのように地面に降り立ったその人物は黒髪の青年だった。

 自分の持つ常識とはかけ離れた光景に唖然としてしまう。

 それは野盗供も同じだった様で、一瞬動きが止まる。

 だが腐っても冒険者だ、直ぐに立ち直り青年に迫る。

 青年は丸腰だった、殺されてしまう、そう思った瞬間に野盗が吹き飛んだ。

 なにが起きたのか分からない、混乱する私の目の前で更に二人の野盗が倒れた。

 そして次の瞬間、青年は目にも止まらぬ速度で動き、次々と野盗の懐に入り込むと次の瞬間には野盗は地に伏せていく。


「いったい……なにが起きてるんだ……」


 私は思わずそう零していた。

 既に自決の事など頭から消え去り、その圧倒的な青年の大立ち回りをただ眺める事しか出来ない。


 野盗の半数が倒された頃、野盗の男が叫ぶ、


「撤退だ! 気絶している奴は放っておけ!」


 野盗供がセントアメリア方面へと逃げて行く。

 その時になって漸く、助かった、そう思った。


 しかし、直後に戦慄する事となった。

 最初にその存在を見た時、はぐれドラゴンだと思った。

 ドラゴンは一度だけ実際に見たことがあり、その凶暴性は今も脳裏に焼き付いている。

 その時は討伐隊の手により多数の被害が出たが間も無く討伐された。

 だが目の前の存在はその時目撃したドラゴンと比べて、なお圧倒的だった。


 その存在は知識として知ってはいたが、見たことは無い。

 その素材を扱う事が出来るのは超一流の大商人だろう、どこかの国では国宝とされてすらいる。

 確かに存在はするが、目撃情報も殆ど無い、伝説の様な存在。


 だが、半ば確信に近いものを感じる、本能が訴える存在

 ーーー竜

 ドラゴンと似て非なる存在、

 比べる事すら烏滸おこがましい。


 その圧倒的な存在感、


 知性を感じさせる双眸、


 畏怖を覚える程の神々しさ。


 その印象は竜の咆哮によって身体に刻み込まれた。


 息がつまる、指先一つ動かす事が出来なかった。

 その場にいた全員が同じだった。

 野盗も護衛の冒険者も生き残った商人も誰一人動く者はいない。

 違う、一人だけ平然と歩き、私に近づいてくる人物がいた。

 その人物が動く事が出来ない私に声を掛けて来た。


「大丈夫ですか?」


 声の主は先程の黒髪の青年だった。



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