奴隷の王女様

第13話 空の旅

『ところで体調は大丈夫か? 一応傷は回復した様子だけど……』


『そうね、こうして飛んだり多少の魔法なら問題無いわ』


 ここは上空3000メートル、リンとルナは空の旅の真っ最中だった。

 普通なら人が耐えられる環境では無いが、そこはルナが魔法で地上と同じ環境にしているそうだ。


『ただ、呪いの影響でまだ能力は下がったままね、簡単な魔法ならともかく、強力な魔法はほとんど使えないわ』


 呪いは解けたが、本調子には程遠いようだった。

 その為、これほどの高度を飛んでいるらしい、高度1000メートル程度だと魔物も存在しており危険らしい。

 他のも人の目を避ける意味合いもあるらしい、『さっきも話したけど竜は普通、聖域で生活しているからね、いたずらに姿を晒して騒ぎになると面倒でしょ?』との事


『それよりリンくんは今後どうしようと思ってるの?』


 言われて改めて考えてみる、元の世界に未練が無い訳では無い。

 家族は居ないが、叔父家族や学校の友人達に心配を掛けているのは間違いない。

 だが、どうしても帰りたいかと言われれば実はそれ程でも無かった。

 そんな事を伝えると、


『ふーん、そっか、リンくんの世界がどんな所か知らないけど、こっちの世界も悪くないわよ、時間はあるんだしゆっくり考えたらいいわ』


 そんな事を言われた。


『ちなみに、もし俺が元の世界に帰る事になったらルナはどうなるんだ? 一応契約してる訳だし、聞いておきたいんだけど』


 流石に向こうの世界に連れて行くことは出来ないだろう、だがすぐに帰る訳では無いので念の為、その程度でしか無かった。

 だが、


『わかんないわ、でも過去に竜が契約者とケンカ別れした時、契約はそのままだったって聞いたわね』


『それは問題無かったのか?』


『特に問題無かったらしいわよ、数年後には自然と契約が切れたらしいわ、多分契約者が亡くなったのね』


 契約者が亡くなった、リンはその部分に引っかかりを覚えた。


『ちなみにさ、契約って破棄出来るのか?』


『え?! なんで? リンくん契約解除したいの?!』


 慌てたルナにリンは


『違うって、そうじゃ無いから安心してくれ、ただもし死ぬまで契約が解除出来ないとルナが困ると思っただけだよ』


 そう言ってルナをなだめる、


『なら良いけど……ちなみその通りよ』


 リンの背中に嫌な汗が流れる


『その通りって、まさか本当に俺が死ぬまで契約は解除されないのか?』


『そうよ、でも別に気にする事じゃ無いわよ、たかが数十年、竜の寿命から見たら大した事ないわ』


 そう、確かに死ぬまでと言っても寿命を考えれば数十年だろう。

 


『そう……か、死ぬまでか……その辺は分かってて言ってるんだよな?』


 そうだと言って欲しかった。


『なに言ってんの? 当たり前でしょ? リンくんが死ぬまで…………死ぬ、まで?』


 分かって無かった!


『…………一応言っておくけど、多分俺は放って置いても死なないと思う』


 不死のスキルではあるが、スキルを無効にすれば死ぬ事は出来る。

 だが今のところ死ぬ予定は無い、好き好んで死にたいと思える程生きてはいないのだから当然だろう。


『…………』


『…………』


 その後しばらくの間、無言で空の旅を続けた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『そろそろ日が暮れるわ、見晴らしの良い場所で野営でもしましょうか』


 数時間後、落ち着いてきたのかルナが提案してきた。


『そうだな、確かに言われてみたらお腹も空いてきたし』


『……不死でもお腹は空くのね』


 若干含みのある言葉だが、気の毒なので気にしない事にした。


『でも食べ物が無いな、食べられる木の実とか分かるか?』


 この世界の植物の事は分からないので必然的にルナに頼る事になる。


『その辺で動物でも狩った方が早いと思うわよ、私でもそれくらいは出来るし、リンくんだって多分動物くらい簡単に仕留められるわよ』


 ルナはそう言うが狩りの経験など無いし何より


『火は良いとしても、解体する道具も技術も無いぞ』


 動物を狩っても食べられないのでは意味が無かった。


『……食べられる木の実とか教えてあげるわ』


 結局木の実で我慢する事になった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 数分後、ルナが野営に適した場所に降りた。


 森の中にぽっかりと空いた広場の様な場所だった。


「さて、まずは木の実でも探したいところだけど、ルナは森の中に入るのは難しそうだな」


 野営地に選んだ場所は開けていて問題無かったが、森の中は木が邪魔で身体の大きいルナでは移動も大変そうだった。


「それなら大丈夫よ、良い方法があるの」


 そう言うと同時にルナの身体が淡く光り、一瞬強く光ったかと思うと、ルナの姿は体長30センチほどに変化していた。


『どう? びっくりしたでしょ?』


 変化したルナはどこかデフォルメされた雰囲気で、大きな姿の時と違い、目がくりくりとして可愛い、そして何より背中やお腹のあたりにふわふわとした毛が生えていた。


『霊獣化って言うのよ、すごいのはこの状態になると本来の身体が自然回復するの、時間は掛かるけどわ』


 その言葉にリンは再び嫌な予感がした。

 むしろ予感と言うよりどこか確信めいたものすら感じる。

 その予感が正しいのか、リンはストレートに聞いてみる事にした。


「どんな状態異常も回復出来るのか?」


『ええ、程度によって掛かる時間は変わるけどね』


「じゃあ、例えばとかも治るのか?」


『もちろんよ! 時間は掛かるけど例えどんな呪いでも……』


 気がついたらしい、


「でも流石に竜王の呪いは無理なんだろ?」


 そう、リンの予感、それは……


『そうね、竜王の呪いは……流石に……』


「流石に?」


『……霊獣化すると喋れないのが欠点ね、あと戦闘には向かないわ』


「…………」


 契約の時にも思ったが、今確信した。

 ルナはアホの子らしい


『あ、アホ?! アホの子ってなによ!!』


「アホだろ! というか人の思考読むなよ!」


『読みたくて読んでる訳じゃ無いわよ! リンくんが思考制御下手くそなの!』


「下手くそってなんだよ! 初めてなんだから仕方ないだろ! ルナだって初めてあった時はダダ漏れだっただろ!」


『またその話出す?! 』


 ルナとの初めてのケンカはものすごく低レベルだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあ、実際竜王の呪いも解除出来た可能性が高かった訳か」


『……はい』


 あの後、10分程下らない口ゲンカを続けたが、今ではお互い落ち着いて話が出来る程度には落ち着いた。

 冷静に話し合いを行った結果、竜王の呪いに関しては “ 分からない ” という事に落ち着いた。

 霊獣化による回復はかなり万能だが流石に竜王の呪いまで回復出来るかは微妙な所らしい。

 霊獣化は竜族なら誰でも使えるらしいので、竜王も当然分かっているはずだ。

 なので機会があれば竜王に聞いてみる、という事に落ち着いた。


 その後は森の中で木の実などを探した。

 非常に豊かな森だったようで簡単に見つけることが出来た、アポルと呼ばれる木の実であちこちの木になっていた。

 見た目は完全に林檎だった。

 二つ程食べて満足した後は明日に備えて寝支度を始める。

 と言ってもする事はほとんど無く、50センチ程の巨大な木の葉っぱを重ねて地面に並べるだけだった。


『周囲に結界を張ったから、余程頭の悪い獣で無ければ近づいて来たりしないわ』


 《竜の守護》という魔法らしい、物理的な結界では無く心理的な結界で、自分より弱い動物や魔物は結界に近づく事が出来ないらしい。

 ヒュームなど知能が高い者には効果が無いらしいが、この辺りは街道も無く、野盗など居ないらしい。

 万が一結界を超える者が居たらすぐにルナに伝わるらしい。

 ものすごく便利な魔法だった。


『それじゃ明日は日の出の時間には出発するから早く寝ましょ』


「ああ、おやすみ」


 そう言って身体を横にしたが一向に眠気が来ない。

 気持ちの整理はついているが、今日は余りにも色々な事が起きすぎた。

 何度か寝返りを打っていると、


『眠れないの?』


 ルナが話しかけてきた。


『ま、私も同じだけどね、昨日までは眠るのが怖かったわ……寝たらもう目が覚めないんじゃ無いかって思うとね』


 当然だろう、呪いの影響で徐々に弱っていく中で普通に眠れるはずが無い。


『……ごめんなさい』


 突然ルナに謝られた。


「突然どうした?」


『女王ドラゴンの卵、無駄にしちゃったから』


 なんだそんな事か、と思う


「気にすんなって、別に損はしてないよ」


『なんで? あれを売ればリンくんはこっちでのんびり暮らせたのに』


「代わりに相棒が出来たからな、むしろラッキーだったよ」


 それは本心だ、知り合いの居ない世界で今も一人きりだったかもしれない、そう思うと薄ら寒いものがある。

 だから気の置けない相棒がいるというだけで精神的な余裕が出来る。


『ーーッ! ホントにリンくんは時々歯の浮く事言うわね!』


 ルナの照れた様子に思わず笑いが零れた。


「ルナ、ちょっとこっちに来てくれないか?」


『え? なに?』


 そう言ってルナがふわふわと飛びながら近づいて来たので両腕で胸に抱え込む。


『ちょ! え?! リンくんなにして?!』


 ルナが慌てた様に腕の中で暴れる。


「いや、ちょっと寒かったから、ルナふわふわしててあったかそうだったから、嫌なら放すけど」


 リンはそう言いながらもルナを抱える力は緩めない。


『寒いって、結界があるからそんな筈は無いんだけど……まったく、私これでも女の子なんだけど?』


 腕の中の相棒が抗議の声を上げる


「でも相棒だろ?」


 ルナを抱きしめていたら急激に眠気が襲ってきた。

 ルナが居てくれて本当に良かった、リンはそう思いながら眠りに落ちていく。


『はぁ……まぁいいけどね』


 リンが完全に眠りに落ちる直前、相棒のそんな声が聞こえた気がした。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 目覚めは快適だった。

 空はまだ暗く、うっすらと朝日の気配が漂う


『目が覚めた? もうすぐ日の出だから出発するわよ、昼前にはセントアメリアにつけると思うわ』


 ルナは既に起きてアポルの実を食べていた。

 リンもストレージからアポルの実を出し食べる。


「早起きなんだな」


『誰かさんはグッスリ寝てたけどね、普通初めて野営したらそんなに眠れないと思うけど』


 ルナがちょっと嫌味っぽい事を言ってくるのでリンはお返しをする事にした。


「ルナが居てくれたからな、ふわふわしてて気持ち良かったよ、これからも寝る時はルナが手放せそうに無い」


 言ってて自分でもちょっと恥ずかしかった。

 だが言われた方は焦った様子で、


『ーーーーッ!! ば、バカ! ほらさっさと行くわよ!』


 そう言ったかと思うと元の竜に戻った。

 リンは笑ってその背に乗った。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 空の旅は快適そのものだった。

 ルナもどこか上機嫌で飛び続ける。

 そんな時、リンの目にとまる物があった。


『ルナ、なんか背中の鱗が一枚だけ薄っすら光ってるんだけど?』


 最初は光の反射かと思ったがどうやら違った様だ。


『え? ホント? リンくんラッキーね、それ生え変わりよ、引っ張ったら取れるから取って良いわよ。 捨てないでね?』


 一瞬驚いたが、ルナが良いと言っているので軽く引っ張ってみた。

 すると抵抗も無く鱗が剥がれた。

 剥がされた鱗はまだ少し光を放っていた。


『竜鱗よ、それ一枚で王都にだって屋敷が建つくらいの価値があるわよ』


 とんでもない物だった。


『大切に保管しておいて、売れば当面お金に困る事は無いわね。 運が良かったわ』


 言われてすぐにストレージにしまう。

 鱗一枚で屋敷が建つならルナの鱗だけで大金持ちになれそうだ。


『言っておくけど、鱗は無理やり剥がせるものじゃ無いからね……だから枚数数えるのやめて?!』


 声に出して居ないのにバレてた、未だに思考が漏れている様だ。

 ルナが言うには鱗は自然に生え変わる時にだけ剥がれるらしい、不思議な事にそれ以外で取られた鱗は耐久性に乏しく役に立たないらしい、本当に不思議だ。


 そんな事を考えていたら突然ルナから真剣な声が飛んできた。


『リンくん! 前方でヒュームの馬車が襲われてるわ!』


 初めて出会う人はトラブルと共に現れた。

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