第10話 王女と秘策

いったい何度目だろう、意識が戻った時最初に湧いた疑問だった。

死ぬ度に自分が強くなっている実感はあった。

だが女王に近づく程、ドラゴン達の抵抗はそれを上回った。

最初のうちは精々Lv50から60程度のドラゴンだったが、今回の死の直前に見たドラゴンはLv100を上回る個体ばかりだった。


(本当に、月竜の言った通りこれは無理だ)


心が折れそうになる、まだ女王に辿りついてすら居ないのだ、この上卵を奪ったらどれほどの抵抗に遭うか分かったものでは無い。


(それでも…助けなくちゃいけないんだ…)


自分でも何故ここまでするのかいまいち分からない。

出会って間もない、それこそほんの数十分かそこらの時間でしかない。

それでも、例えどれ程辛いものであっても成し遂げたいと思わせる。

何故なら、


嬉しかったのだ。


凛にとって世界は残酷でしか無かった。

それは何も異世界に限った事では無い、元々の世界でも現実は凛に残酷だった。

だからだろう、月竜の真っ直ぐで不器用な優しさは、凛にとって何よりも温かかった。

そして同じくらい月竜の孤独を感じ取った。

だから助けたい。

例えどれ程の苦痛を味わう事になろうとも助けると心に誓った。


だから立ち上がる。


立ち上がった凛の前に広がった光景は死の直前と変わらない。

事以外は、

代わりに、一匹のドラゴンが凛を睥睨していた。


(女王か!)


直感に訴える程の威圧感、今まで見てきたドラゴンよりふた回りは大きいその巨体


(ならば、目的を果たさせて貰う!)


まるで巨大な鳥の巣の様な場所に女王は鎮座していた。

ならばその足元にあるはずの卵に

凛は全力で駆け出す。


「ギャアアアアアア!!」


女王が咆哮する、そして巨大な翼を広げはためかせる。

それだけで突風が巻き起こり、危うく吹き飛ばされそうになった。


(クソ! 近づけない)


凛は必死に踏ん張りその場に留まる。

それを見てかドラゴンが大きく息を吸い込む、


(ヤバい! ブレスが来る!!)


ここに来るまでに何度も見てきたそのモーションに戦慄が走る。

実は凛がここに至るまでの死因の殆どがブレスであった。

圧倒的な破壊力を持つドラゴンの必殺の一撃、

女王ともなればその威力は推して知るべしだろう。


(だが、躱せればチャンスだ!)


ドラゴンのブレスはまさしく必殺の一撃、その為かブレス後に硬直時間があった。

故に硬直中は無防備になる。

ならばその瞬間を狙う。


(多分、ブレスの瞬間にはこの風も止まるはずだ…絶対に躱すッ!)


ドラゴンの翼が動きを止める


(来る!)


しかし、ドラゴンの動きはそれまで見てきたブレスとは異なっていた。


「ーーーーッッ!!」


それまで凛が見てきたブレスは全て火球だった。

だが女王が放ったそれは薙ぎ払う火炎だった。


(嘘だろ?!)


それはまるで巨大な炎の津波、意表を突かれた事もあり、反応が遅れる。

致命的な遅れるだった。


なす術も無く飲み込まれる。

一瞬にして全身を焼かれる苦痛が押し寄せる、

酸素を求め、炎を吸い込んでしまう。

それでも酸素を求めるのは本能がさせる反射的な反応。

身体の内側と外側を業火で蹂躙される。


「ーーーーーーーーー!!!!」


叫び声を上げる事すら出来ず、永遠の様な地獄を味わう。

痛みとも違う絶望的なまでの苦痛、それでも眼だけは守る為に両腕を盾に耐える、チャンスの瞬間に確実に卵に辿りつく為に、


ーーーしかして、その瞬間はやって来る


凛は脚に全力を込め、一足飛びで女王の巣に飛び込む、


着地の瞬間、右脚から崩れて落ちる。


ブレスの業火に焼かれたその両足は黒く炭化していた。

着地の衝撃に耐えられず、右脚は砕け散る。


倒れたままに探す、目的の物をーーー


そして視界の隅に映るは人の胴体程もある巨大な卵


女王の尻尾に守られる様に転がるに這って進む。


女王は動かない、未だ硬直が解けないのか明後日の方向を向き微動だにしない。


凛は必死に卵に手を伸ばすーーー


神経が死んでいるのか、左腕は既に動かない


残された左足と右手だけで必死に前に進むーーー


そして遂にその右手が卵に触れた。


焼かれた喉で必死に言葉を紡ぐ、


卵を無事に持ち帰る秘策ーー


そのスキル名を


「ス……トレー…ジ、イ…ン」


右手に触れていた卵の感触が消える。


それは作戦の成功を意味していた。


女王が動く気配を感じる、女王の咆哮だろうか空気が震える感触、だが既に聴力は失われており、凛には何も聞こえない。

凛の意識は闇に落ちかけていた。

だから最初は空耳だと思った。

そもそも、この世界で自分の名前を呼ぶ存在など居ないのだから。

だが再び凛の耳に、否、頭に響いたその声に再び意識が呼び起こされるーーー


『リンくん!!』


薄っすらと開いた視界に映るそれは、


太陽の光を受け輝く白銀の竜だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


意識が浮上する感覚、慌てて目を開けるとそこには


足元に広がる草原、遥か上空から見下ろす光景だった。


「うをわあ!!!」


『ちょっと! 暴れないでよ! 落っことしちゃうでしょ!』


聞き覚えのある声に首だけ動かして声の主を見て安堵する。


「月竜…」


『月竜……じゃ無いでしょう! この馬鹿!! あれだけ脅かしたのに何で女王の巣に突っ込んでってるのよ! もう、ほんっとに馬鹿じゃ無いの?!』


頭に響いたその声は本気の怒りが込められていた。


「悪い……」


謝罪の言葉しか出なかった。

よく見れば月竜はその身を傷だらけにしていた。

おそらくは、自分を助ける為に女王の巣に突っ込んできたのだろう。

ドラゴン達の反撃に遭い負った怪我に違い無かった。


『あ、謝るくらいなら最初から言う事聞いてよ! 無理だって言ったでしょ! 全く、運良く助け出せたから良いものを、普通なら私だって殺されてたわよ!』


「本当にごめん…」


『全く……まぁいいわ……悪いけどもう飛ぶだけで精一杯、もうすぐ大聖堂につくから、今度こそ言う通りセントアメリアに向かってよね!』


そう言って月竜は徐々にその高度を下げて行く。


凛はメニューを開き、が無事手に入った事を確認し、安堵する。

そして月竜に話しかける。


「わかったよ、でもその前に少しだけ時間をくれないか?」


『?? 別に良いけど?』


「 ありがとう、そういえば…何でまた急に心の声が聞こえる様になったんだ?」


最初に月竜と出会った時こそダダ漏れだった副音声心の声だが、途中から全く聞こえなくなったのが少しだけ疑問だった凛は、迂闊にも聞いて地雷を踏み抜いてしまった。


『馬鹿じゃ無いの!!! 貴方を咥えた状態でどうやって喋るのよ! 仕方が無いから念話を使ってるんでしょ!!』


おっしゃる通りで


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