第9話 死んだら滅茶苦茶痛い

「私、もうすぐ死ぬもの」


 実にあっさりとしたものだった。


「死ぬって……嘘だろ? とても死にそうには見えないぞ!」


「そう? これでも結構辛いのよ? まぁ、弱ってる姿を見せない様にはしてるけどね。」


 その声には僅かな照れが見えた。


「でも竜にとって死はそれ程の事じゃ無いのよ、竜は死んでも転生して再び竜として生まれてくるの、 だから他の種族よりずっと死を恐れていないのよ」


 強がっている。

 凛には何故かそう、確信が持てた。

 出会った時の様に心の声が聞こえた訳では無い、竜の表情から読み取れた訳でも無い。

 それでも、そう強く感じた。


「いったいなんで死ぬんだ? 寿命とかじゃ無いんだろ? 怪我をしている様には見えないし…」


「……別に気にしなくていいわよ、それより早く出発した方が良いわ、さっき私が威圧しておいたからこの周辺にドラゴンはいないはずよ、貴方の脚なら気取られ前に草原を抜ける事が出来ると思う。」


「どういう事だ?」


「貴方がここに来る前、外でドラゴン達に囲まれていたでしょ? あんまり騒がしいから様子を見に行ったのよ。 そうしたら、丁度貴方がブレスの直撃を食らって吹き飛ばされた瞬間に出くわしたの」


 その言葉に凛は驚いた、あの時の様子を見られていたとは思ってもいなかった。


「最初は死んだと思ったから生きてるのを見た時は驚いたわ、とは言えどう見ても瀕死だったし、ドラゴン達も一瞬驚いた様子だったけど、すぐに追撃に動き出した。このままじゃあのヒュームはすぐに殺される、そう思ったらなんか可哀想でね、つい助けちゃった。その後、貴方は出会うなり襲ってくるんだもん、結構ショックだったんだからね」


 凛は言葉を失った。

 助けられていた。

 あの時逃げだせたのは、ドラゴン達が自分を見失った訳じゃ無かった。

 知らず知らずに、目の前の竜に助けられていたとのだと。

 そんな相手に自分は憎悪を向け、襲いかかっていた。

 知らなかった、では済まない。

 自分を許す事が出来ない。

 だから、どうしても聞かなければならなかった。


「……どうすれば、お前を助ける事が出来るんだ」


 償いたい。

 それが例え、独り善がりな想いだとしても。


「な、なに言ってるのよ! 言ったでしょ、私は死んでも転生して蘇るの! 助けるとか…必要ないの!」


「でも死にたいとは思わないはずだ! 俺は例え生き返ると分かった今でも死にたいなんて思わない! 転生するから死が何でもないなんて筈無いだろ!」


 感情のままに叫ぶ。


「か、勝手ながら事言わないで! 私は死ぬ事なんて怖く無いわ! 貴方達ヒュームと一緒にしないでよ!」


 それは無意識に零れた本心、


「俺は怖いなんて言ってない……それがお前の本心なんだろ? 本当は怖くて仕方なくて、孤独が怖ろしいから……だから思わず俺を助けるてくれたんだろ?」


 なんて勝手な言い分だろう、


 なんて押し付けがましい言い分だろう、


 感謝されたい訳じゃない、


 ただ俺は目の前の優しい竜を、


 助けたい。


「ば、馬鹿じゃない?! 本当に馬鹿!」


「馬鹿でも愚かでも良い、でも助けたいんだ……勝手なのは分かってる、それでも俺はお前を助けたい!! だから頼む! 助け方法があるなら教えてくれ!!」


「……無理よ」


 月竜は無理だと答える。


「無理……なんだな?」


「そうよ」


 短い答え、だが


「無い……じゃ無いんだな!」


「ーーーーッ!」


 それが答えだった。


「そうよ! でも無理! この呪いを解く事は貴方には絶対に無理!」


「それでも良い!! だから教えてくれ!!」


「無理よ!」


「頼む!!」


 そんなやり取りが繰り返され、遂に、


「分かったわよ!! 言えばいいんでしょ!!」


 遂に月竜が折れる


「この呪いを解くには女王ドラゴンの卵が必要なの! でも女王ドラゴンの卵は無数のドラゴンと女王が守っているの! そんな所から卵を無傷で奪い取るのよ! あいつらは卵を守る為なら捨て身になって襲って来る! 例え圧倒的に格上の相手でもね! だから貴方には不可能よ! 貴方が死なないとしても卵を守り切る事は出来ないわ!」


 そう言って月竜はおもむろに翼を広げる


「貴方の希望通り呪いを解く方法は教えたわ! ついでにそれが無理な理由もね! 分かったら今すぐここから出て行きなさい! まだ何か言うならこの場で私が貴方を殺すわ! 例え何度生き返ろうとも貴方がここから出て行くか、私が死ぬまで殺し続けてやるんだからっ!!」


 そう言って月竜は巨大な尻尾で祭壇を破壊する。

「本気よ」そう、態度で示す様に

 そんな月竜の姿を見て凛は一言


「分かった…」


 そう言って月竜に背を向け、そしてそのまま駆け出した。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 大聖堂に残された月竜はその背中を見送り、安堵する。

 もう一度あのヒュームを殺さなくて済んだ事に、そして彼が去ってくれた事に。

 それと同時に


(やっぱり、一人は寂しいなぁ)


 孤独に包まれた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 全力で走る。


 あの心優しい竜の気持ちを裏切らない為に、


 最後まで、自分の事を考え、あの場から追い出してくれた彼女の為に、


 マップを開き、目的の場所を確認する。


 不安はあった、あの場で確認し、マップに表示される事は分かっていた。

 だがその場にがあるかはマップでは確認出来なかった。


 だが、それでも次善策は考えてある。


 その方法を使えば絶対とまでは言えないが、ほぼ確実に上手くいく確信があった。


 だから走る


「……絶対に助ける、だからそれまで死ぬなよ……っ」


 女王ドラゴンの居るその場所まで


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(これは…ヤバいな…)


 目の前の光景に冷や汗が流れる。


(ここまで来たんだ、例え殺されても絶対に卵は貰っていく)


 決意とは裏腹に、脳裏にこれまでの痛みと死がフラッシュバックする。


(ーーッ、怯むな! 念の為、絶対一回は死ぬ事になるんだ……それでも助けたいからここまで来たんだ!)


 分かっていても震えが止まらない、

 だから前を見据え、走り出す!

 決して止まらない、止まるのはむしろ危険だ。

 それ以上に、止まれば恐怖に支配される気がした。


「ガァァァァァ!!!」

「グガアア!!!」


 凛に気がついたドラゴン達が咆哮を上げる。

 それを合図に、無数のドラゴンが襲い掛かる


(クソ!例え殺されても一歩でも先に進む!)


 前後左右あらゆる方向から襲いかかるドラゴンに凛は回避と前進のみ考える。

 それでも無数のドラゴン相手ではすぐに限界がくる。

 最初は右手、次に左腕、振り下ろされた爪で背が抉られる。


「がああああああ!!! 痛い! チクショウ!痛い痛い痛い!!」


 あまりの痛みに視界が白に染まる。

 それでもドラゴンの猛攻は止まらない。

 立て続けに全身に牙が、爪が突き立てられる。

 あまりの痛みに脳が痺れる、呼吸が止まる。

 それでも前に進む為、脚だけは止めない


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!)


 遂に、バランスを崩し地面に倒れる。

 ドラゴン達は凛に群がりその身体に牙を立てる

 この時、最初の一撃で頭を潰されたお陰で即死したのはある意味幸せだった。

 ともすれば全身を喰い千切られる苦痛を味合わずに済んだ。

 ドラゴン達は一通り凛を貪るとその場を離れる、

 そして一時の間を置いて凛は蘇る。


 意識が浮上する、そして再び走り出す。

 凛はすぐに自覚する。

 

 蘇生前には認識が追いつかなかったドラゴン達の動きが

 背後から頭を狙い、牙を突き立てようとするドラゴンを頭だけ下げて回避する、的に回避されたドラゴンが頭上を通り過るタイミングに合わせ拳を突き上げる。

 その強化された拳はドラゴンの腹に!


(通った!)


 その手ごたえを感じ、続けて襲いかかって来る前方のドラゴンの横っ面へ、反対の拳を叩き込む。

 その拳は隣に飛んで来たドラゴンも纏めて吹き飛ばした。


「このクソトカゲ野郎! いくら生き返るって言ってもな、

 死んだら滅茶苦茶痛いんだよ!!」


 凛は今まで怒りを込めて吼えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る