第6話 白銀の竜との出会い

 それは凛を絶望させるには十分過ぎる光景だった。


 崩れ落ちた家屋や焼け落ちた建物


 街の中央に敷かれていたであろう大きな通りは、石畳諸共吹き飛ばされ、所々抉られていた。


 街のシンボルであっただろう巨大な時計塔は破壊され、かつての姿は見る影も無かった。


 人の気配は無く、耳に届くのは崩れ落ちた建物に吹き抜ける風の音だけだった。


「な…んだよ…これ…」


 凛はそのあんまりな光景に膝をつく、余りにも絶望的なその光景は瀕死の凛から痛みすら奪う。


(は…ははは…なんで俺はこんな所に…来たんだ…)


 凛は真っ白になった思考で当てもなくフラフラと歩き出す。

 本当なら、既に歩く事すら困難な程の傷、失った両腕の傷からは未だに血が流れ、僅かに残った命そのものが零れ落ちる。


 ーーーどれほど彷徨ったか、大した時間では無かったかも知れない、それすら分からない程に憔悴しょうすいしていた。そんな凛の瞳に映ったのは、十字架が掲げられた大きな建物だった。


(大聖堂…か…?)


 吸い込まれる様にその建物に入って行く。

 幸いなのか扉は既に壊れ、開け放たれており、手が無い凛でも苦労せず奥に進むことが出来た。

 辿り着いたホールは、所々崩れ落ち、屋根は既に焼け落ちていた。

 それでも尚、荘厳な雰囲気が溢れる場所だった。


 そんな場所に似つかわしく無い存在が凛の瞳に映し出された。


 かつては神父がそこで神の教えを説いたであろう、その神聖な祭壇の中央に鎮座する存在


(ッッッッ!!)


 輝く白銀の様な鱗

 混じり気を許さない程の白い翼

 漆黒の夜空を照らす月の如き、金色の瞳

 あるいは神と見紛う程に神々しい存在感を放つドラゴンだった。


「グルルぅ…」


 静かに唸る、まるで凛に問いかけるかの様な瞳、

 もしも凛の状態が普段通りであれば、動く事すら出来なかったであろう圧倒的な存在感と威圧感。


 だが、幸か不幸か、今の凛はそんな状態では無かった。


 ここまで幾度も苦しめられ、殺されてきた。


 圧倒され蹂躙されてきた恐怖の対象、


 同時に燻り続けていた怒り、


 現実は常に残酷で理不尽だった。


 今も残酷と理不尽を持って絶望を突き付ける。


 しかし、


 今この時は、これまで幾度と無く突きつけられてきた絶望に対する怒りが身体の奥底から溢れる。


 絶望が怒りへと変わる。


 眼前のドラゴンへと怒りの矛先を向ける。


「があああああああ!!!!!!!」


 凛は無我夢中で目の前の存在に飛びかかる。

 戦う術など無い。

 ただ目の前の存在が許せなかった。


「グゥ…」


 ドラゴンは小さく鳴くとその巨大な翼で凛を払う。

 その様は小虫を払う程度の所作

 しかし、凛にとっては脅威でしか無い。


「ガッ……!!」


 吹き飛ばされ、ホールに残されていた椅子へと突っ込み、破壊する。


「畜生畜生畜生ぉぉぉぉッ!!」


 凛の身体は既に限界を迎えている。

 それでも、怒りが、憎悪が、限界の身体を動かす。

 再び走り出し、ドラゴンへと飛びかかる。


「グルゥ…グゥ…」


 語り掛ける様なドラゴンの瞳を見据え、凛は叫ぶ。


「くそったれがぁぁぁ!!!」


 その姿を見たドラゴンは、静かに目を閉じると、自分へと襲いかかる対象の命を刈り取る。

 その巨大な尾を持って打ち据える。


「ーーーーッッ!!」


 凛は容易くホールの床に叩きつけられ、もはや指一本動かす力も無かった。


「グゥ…グルルゥ…」


 そんな凛へとドラゴンは、悲しみを含んだ視線を落とす。

 それが凛が見た最後の光景、

 目の前が黒く閉ざされる中、凛は最後の言葉を零す。


「なに…言ってるか…わかんねぇよ…」


 そこで凛の意識は消えた。


--------------------


 意識が浮上してくる感覚、凛はまた生き返ったと実感する。

 しかし、身体生き返っても心は簡単では無かった。

 外的な痛みは無い、生き返れば怪我も欠損すらも完全に回復する。

 しかし摩耗した心は回復してくれなかった。


(クソ!クソ!クソ!)


 何度も殺され、それでも諦めず辿り着いた街は既に滅んでいた。

 そして自分の意思とは関係無く、

 それは言い換えれば死ねないという事、よくマンガなどで不死身のキャラの苦悩が描かれる事がある。

 だが実際自分が同じ立場に置かれた時、それはフィクションの重みとは比較する事も出来ない絶望だった。

 凛にとってこの世界は全く優しくない。

 どこに居ても自分を脅かす存在がいる、簡単に殺される。

 だが死をもたらすそれは耐え難い苦痛を伴う。

 一体何度あの痛みを味わうのであろうか、

 どれだけ生き返るのであろうか、

 終わりはあるのだろうか。


(もう…嫌だ…)


 怒りは消え、再び絶望が心を塗り潰す。


(もう…なにもしたくない…いっそ死にた…)


 最悪の発想が心を支配しそうになったその瞬間、


『え?え?なにこれ?!なんでいきなり回復したの?!』


 この世界で初めて自分以外の言葉が耳に届いた。

 いや、耳と言うより頭に直接響いた様な初めての感覚


「えっ!?」


 凛は勢い良く身体を起こす。

 すると視界に飛び込んできたのは、あの白銀の竜だった。


「ーーーーッ!」


 思わず身体が強張る、先程は怒りのあまり飛びかかったが、冷静さを取り戻した今ではその威圧感に身動きが取れなかった。


(クソ!最悪だ!ドラゴンの前で生き返るなんて!なんとか逃げ出す方法を…)


 凛は必死に思考を巡らせる。

 しかしその思考を遮る声が響いてきた


『嘘…生き返った…こっち見てるし…可哀想だから助けてあげたかったのに、襲ってくるし思わず反撃しちゃったけど…やっぱり怒ってるかなぁ…竜語が通じる訳無いし…こんな事ならおじいちゃんに言われた通りヒュームの言葉勉強しておくんだったぁー』


「え…?」


 その場の雰囲気をぶち壊す様な言葉の数々に、凛は思わず視線を巡らせるが自分と目の前のドラゴン以外見当たらない。

 続けてマップを確認するが自分と目の前のドラゴン以外反応は無い。


『え?え?なんか急にキョロキョロし始めた!何か探してる…?』


 凛はまさかと思いながらも目の前のドラゴンに


「えーっと…俺の言葉分かるか…分かりますか?」


「!!」


 そう声を掛けるとまた頭に声が響いてきた


『えええ?!なんで急にのあのヒューム!ええとえと、どうしよう返事しないと…でもなんて…』


(竜語?日本語の事か?)


 凛は疑問もあったが更に話し掛ける


「ええと…俺は草壁 凛、ご覧の通り人間だ、敵対の意思は無い。 後、さっきは突然攻撃して悪かった。ちょっと色々混乱していて…出来れば話し合いで解決したいのだが、どうだろ…どうでしょうか?」


 話している途中で先程、こちらから攻撃した事を思い出し謝罪を混ぜつつ出来るだけ丁寧に話しかけた。


『人間…?って何だろう…種族の事かな…どう見てもヒュームだけど…あああ!それより返事しなきゃ!』


 ここに至って凛は確信する。

 先程から聞こえる声はやはり目の前のドラゴンで間違い無い。

 その上、この声はこちらに話し掛けている訳では無く、テレパシーの様に思考が漏れているだけの様だ、と

 そして凛の耳に今度は音として言葉が届く


「イヤイヤ!わた…ンンッ! わたくしの方こそ加減も出来ず殺してしまい申し訳ありませんでした。私としても話し合いに応じて頂けるのであれば、その方が都合が良いです。」


 別人だった。


(イヤイヤイヤイヤ!最初は素が出てた!言い直したぞ!見栄か!なんか高貴な存在っぽい話方しないとダメなのかっ!)


 辛うじて声に出してツッコミを入れそうになるのを耐える。

 その上でとりあえず話を合わせる。


「いや、最初に攻撃したのは俺の方だし、気にして無いよ。許してくれるなら有り難い」


 合わせるが、口調は砕けても良さそうなので普段使いの言葉で続ける


「いきなりで申し訳無いが教えて欲しい事があるんだ。いったいここはどこなんだ、気がついたら草原にいて、街を目指してここまで来たんだが街も滅んでいるし、分からない事だらけなんだよ」


 凛は既にここが地球上では無く、異世界である事は受け入れている。

 だがその上でこの世界の事を聞いておきたかった。


「え?ここ?ここは…此処はかつてミトラの街と呼ばれた場所です。外の草原は街が滅ぶ前はミトラ草原と呼ばれていましたが、今ではドラゴンの草原と呼ばれていますね。」


(また言い直した!と言うか聞きたいのはそう言う事じゃ無い!)


「イヤ、そう言う事では無く、この星の名前とか世界の名前とかが聞きたいんだ。」


「ふむ…世界の名前…ですか?随分とおかしな質問をしますね」

『えええ?!なにこの人、世界の名前とか何言ってるのか分かんないよ!どういう事?』


(副音声うるさいな!)


 ドラゴンの思考がダダ漏れで聞き取りづらかった!


「えぇっと…おかしな事を言ってると思うかもしれませんが、多分俺はこの世界の人間じゃ無いと思う。異世界から突然この世界に飛ばされたんだと思うんだ」


 凛は既にここが異世界である事を受け入れている。

 受け入れはいるが他人にそれを話すとなると話しは異なる。


(自分で言っておいてなんだが相当、痛々しいな…俺…)


 思わず頭を抱えたい衝動に襲われる。

 だが、ドラゴンの返答は凛の思いとは裏腹な内容だった。


「成る程…異世界人アナザーですか、それなら納得が行きます。飛ばされた先がドラゴンの草原と言うのは不幸としか言いようがありませんが…」

『ええええ!アナザーとか初めて見た!しかもドラゴンの草原に飛ばされるとか可哀想過ぎ!』


 副音声健在だった。


「あ、ああ…二回も殺されたし、街に辿り着く直前でもボロボロにされたよ…お陰でドラゴンに対して良いイメージが無くてな…最初に攻撃したのもその辺が理由なんだ。」


「え?二回も殺された?生きてるじゃん」


 副音声が主音声になった!


「あ!いや!ちがッ!ンンッ!………」

『きゃーー!驚きのあまりうっかり素で喋っちゃった!えぇぇぇっと……何言ってたか分かんなくなっちゃたぁぁー!』


 パニックってる!


(なんか盗み聞きみたいで申し訳無くなって来たな…)


 そして凛は意を決して伝える。


「あ、あのさ…非常に申し上げにくいのだが…」


「な、なんじゃ!」


(キャラブレブレじゃねぇか!)


「実はどういう訳か…あんたの…その、聞こえてるんだよ」


「…何が言いたいのだ」


(……キャラ崩壊してる)


「その…あんたの、心の声?みたいのが…」


「………え?」

「………」


「な、な、な、な何を言っておる?」

「イヤ、キャラ崩壊してるから…」


「………」

『そ、そんな筈無いわ…騙されちゃダメよ、わたし!カマ掛けてるんだわ』


「いや…カマ掛けてる訳じゃ無いし…」

「……」

『え…今声に出して無かったよね…』


「うん…声には出てなかった…」

「……」

『…なんで最初に言ってくれなかったの?』


「あー…ごめん、なんか言い出すタイミングが無くて…」

「……」

『……イ』


「イ?」

「・・・イ」


(あ、これなんか前に同じ光景を見た記憶が…)


 唐突にフラッシュバックする記憶、半年ほど前に叔父の家に泊まった時の事だ。

 風呂に入ろうと、浴室に併設された脱衣所の扉を開けた。

 すると、今まさに風呂に入ろうと服を脱ぎ、下着に手を掛けている遊里の姿があった。

 その後起きた事と今の状況がぴったりと重なる。

 その時、凛は反射的に耳を塞いだ、遊里の時はほおけていて凶悪な爆弾で耳が潰された。

 凛は思う、同じ過ちは犯すまい、と。


 直後、


「いやあああああああああああああ!!!」


 凶悪すら生温い、極悪な爆弾が破裂した。


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