第2話 初めての死

 空に浮かぶ二つの太陽。

 凛にとって信じられない光景だった。


(あり得ない…太陽が二つ?あり得ないだろ!こんなの夢に決まってる!)


 あまりにも衝撃的光景を受け入れることが出来ない凛は


(そうだ…夢に決まってるんだから考えたって仕方ない…どうせ夢なら好きにするか!


 現実逃避した。


(さて…まず夢とは言え何が出来るか確認が必要だな…とりあえずゲームっぽい事なら出来るだろう、俺の夢だし。)


 先の一人自己紹介でも言っていた通り、凛はどちらかと言うとオタクよりな人種である、そっち方面の知識はそれなりに豊富だ。

 故にまず試したのが…


(お約束通りならメニュー画面みたいなのが出せたりするんだろうけど…お?!)


 そう考えた途端に視界に広がったのはまるでゲームのメニュー画面だった。

 空中に浮かんだ様な半透明のウィンドウはどこから見てもゲームそのものだった。

 視界右側にはストレージやステータスを始めスキルや魔法と言った聞いた事がある項目が並んでいる。

 そして、視界左側にはマップなど、やはり見た事がありそうな項目が表示されている。


(びっくりした…本当に出てくるのか…でもこれどうやって操作するんだろう…)


 とりあえず触ってみる事にした。


(あれ…触っても反応しない、というか触れない…どうやって操作するんだろう…ステータスとか見たい…お!)


 音もなく視界に変化が起きると表示が変わっていた。


 名前:リン クサカベ

 HP:15

 MP:5

 LV:1


「弱いなオイ!」


 思わず声に出していた。


(こういうのはラノベのお約束的には滅茶苦茶強いもんじゃ無いのか…)


 内心ガッカリする。


(まぁ、とりあえず他にも見てみるか……どうやって戻るんだ…って、戻った…なる程…頭で考えるとそれがそのまま操作、反映されるのか…だったら、〔スキル〕)


 凛の予想通り音もなく視界が変化する。


(スキルは…項目が分かれてる見たいだな…)


 視界には


<スキル一覧>

<スキル装備>

<スキル習得>


(とりあえず…〔スキル一覧〕)


 再び視界が変わりそこに表示された項目は


 自動蘇生

 蘇生時自己強化【極】

 成長促進【大】

 痛覚無効

 痛覚耐性

 全属性耐性【極】

 魔法適正【極】

 鑑定【LV1】

 ストレージ【小】

 ???

 ???

 ???

 ・

 ・

 ・


(おお! なんかスキルは凄そうだ! 自動蘇生とか、まんまゲームっぽいな)


 続いてスキル装備を操作する事にした凛は同じように念じる


(スキルは……とりあえず全部装備されてるのか……ん? 痛覚無効は装備出来ないな……まぁいいか、とりあえず耐性は装備されてるし、そもそも戦う相手も見当たらないしな……)


 そう思い再度周囲の景色に目を凝らすが凛以外には影も見当たらない。


(ちょっと退屈な気もするけど、まぁ目が覚めるまでだしいいか……)


 そう思い他の項目も操作していくが特に目を引くものは無かった。


(うーん……魔法は無し、ストレージは多分アイテムを入れておく所だろうけど空っぽだし、なんだか中途半端だな……)


 一通り操作終えると凛は次のメニューの最初に戻りマップを開く


(ふむふむ……こっちが北か、そして多分この光点は……)


 パッと見ではマップがどの程度正確なのかは分からないが、方角と現在位置が分かったのは大きかった。


(このマップもっと広範囲を見ることは出来…るんだね……流石夢)


 もっと遠くの情報が欲しいと考えると直ぐにマップはより広範囲を映してくれるという事も分かった。

 そして何より--


(この青い点は…なんだろう…青い点の詳細、と考えれば…やっぱりだ!)


 そこには【ミトラの街】と表示されていた。


(まずはこのミトラの街に向かって歩いてみよう、かなり距離はありそうだけど、ここで何もしないでいるよりマシだろ)


 そうして歩きながら凛はメニューで出来る事を確認してみる、すると色々な事が分かった。


 メニューの操作は〈思考〉で操作するのは分かっていたが、このメニューはかなり優秀だった。

 例えばメニュー画面を開くのに特定のイメージである必要は無い、メニューでもオープンでも表示でも開く。


 それと項目に関してもゲームの様に操作に段階を必要としない、これも例えを持ち出せば、メニューを開いた最初の状態を一層目とすれば、ステータス詳細は二層目にあたるが、この二層目を〈ステータス詳細〉と意識すれば、非表示からでも一層目を飛ばして表示する事が出来る。


 それとメニューは視界に表示されているが、目を閉じていても認識出来る事も分かった。

 視界に表示するのだから邪魔になるかとも思ったが、何故か視界を邪魔する感じが無い、走ったり特定の景色を見る際にはメニューが視界に入らない。

 不思議な感覚だが実際そう感じる以上、そういうモノなんだろう、と納得しておく。


(それにしてもこのマップ、実際歩いてみたらかなり広い範囲見ることも出来るな、精度がどの程度か分からないけど、多分かなり正確なんだろうな…ゲームっぽいし、夢…だし…)


 マップに表示され、白く点滅している自分を指すアイコンはゲームではおなじみの二等辺三角形のアレである。


(やっぱり、夢だよな…でもなんでこんなにリアルなんだ…未だ目が覚める気配も無いし…本当に、夢なのか…)


 この草原で目覚めてから結構な時間が経っていた、時計がある訳では無いので正確な時間は分からなかったが、それでも体感では三時間以上は経っている。


(落ち着け…そもそもどう考えてもこんな非常識な事はあり得ない。こんな非現実的な事があるはずが無いんだ!)


 もう一体何度目になるかと言うほど自分に言い聞かせる。


(現実って奴は常に現実的な事しか起きない!理不尽な事でも当たり前のことの様に襲ってくるんだ…だから…こんなの…ありえないんだ…)


 自分に言い聞かせる。

 だが、心はそろそろ限界だった。

 どこか遠くから眺めている様な自分が考えたくも無い事を話し掛けてくる。


 《そうさ、現実は理不尽さ…そう、本人の意思なんか関係無く襲ってくる。

  まさに 今 み た い な こ の 状 況 こ そ 現 実 的 な 理 不 尽 だ よ な ぁ !》


(うるさいうるさいうるさいッ!)


 《認めちまえよ…正に現実的な理不尽そのものじゃないか》


(やめろ…馬鹿な事は考えるな…)


 《これで終わりじゃない…まだまだこれからさ…世の中悪い事は続くんだ…どんどんひどくなってな…》


(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)


 そんな認めたくない不安を振り切る様に目を瞑り、頭を抱えて叫ぶ。


「早く覚めてくれ!俺を現実に返してくれ!」


 だが…誰も答えてなどくれない。

 虚しく自分の声が草原に響くだけだった。

 自分を誤魔化し、押し殺した心が悲鳴をあげ、何も考えられない。


 故に見落とした。


 マップに表示された、それまでに無かった反応


 目の前に映るマップにすら意識が行かなかったのは、ある意味では仕方が無かったのかも知れない。


 自分の置かれた状況を認める事が出来ず、誤魔化し続けた。


 あるいはもう少し早く、可能性として考慮していれば回避出来たかも知れない危機


 知識自体は持っているのだから、少し考えれば推測出来る事だった。


 いや、むしろ推測自体はしていた。


 だが、(夢だから)と安易に棚上げしていた危険


 故に襲いかかる、理不尽に


(ん…なんだ?この黄色い点は…動いてる?)


 まだはっきりしない頭がそれに気がついた時は既に手遅れだった。


(これ…凄い早いんじゃ…え?)


 気がついた次の瞬間には黄色から赤に変わる。


(赤くなった?…!!!???)


 頭をよぎるその予感は、ゲーム好き故の知識、MMO RPGではよく見られる、エンカウントでは無くシームレスな戦闘システムのゲームではありふれた光景


 マップでは既に自分の位置と重なりそうな程近づいた赤い点


(ッッッ!!)


 慌てて振り返るとそこに落ちている黒い影


(上?!)

「ガアアアアアッッ!!!」


 見上げた視界に映ったのは

 目の前を覆う程の巨大な赤とそこに並ぶ白い牙


「うわぁぁぁぁぁ!!!」


 それは考えて行った行動では無かった、反射に近い動き

 それでも丸呑みにされていた筈の危機を、遮二無二に身を投げ出す事でなんとか躱す。


「グルルル…」


「嘘だろ…」


 凛の目の前に降り立ったそれは


「ド…ドラゴン?」


 ゲームの世界ではありふれた存在

 だが現実となれば話はまるで違ってくる。


「なんでいきなりドラゴンに襲われ…」


 気がついた違和感

 あるべきものが無い、そんな激しい違和感

 次に気がついたのはドラゴンの口元から滴る赤い液体

 グチャグチャと咀嚼するように動くドラゴンの口

 ドクドクと早鐘の様に凛の鼓動が早まる、信じたく無い違和感

 それでも恐る恐る、その違和感に視線を移す

 


「あ…あああ……っっ」


 そこにある筈の左腕は


「ああああああああっっッ!」


 自分の左腕はそこに無かった。


「うわああああああ!!!!」


 恐怖が頭を支配する。

 しかし、恐怖に支配された筈の頭が現実に追いつき襲ってきたのは痛み


「痛い!痛い痛い痛い痛い痛いいいいい」


 目の前が真っ白になる。


「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!痛い痛い!」


 よく小説なんかでは焼けた金属を押し付けられた様な感覚と表現されたりするが、そんな生易しいものじゃなかった。

 今まで経験した事の無い不快感と激痛

 胃の中はおろか身体中を掻き回される様な吐き気を催す感覚


「っっうぇ…おえぇ…」


 耐えきれずに胃の中身をぶちまける。


「グルァァァッ!!!」


 目の前のドラゴンに、そんな凛への容赦など無い、あるのは痛みと不快感で打ちのめされたそのに喰らいつく本能だけ


(ははは…)


 そんなドラゴンを凛は視界に捉える


(夢じゃ無かったな…だって…)


 まるでスローモーションになった様な世界で凛は認める


(夢でこんなに痛い筈ないじゃ無いか…)


 ここが現実だと


 そして


 意識はそこで消えた。


 その日、草壁 凛くさかべ りんはこの世界で

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