第68話 復活の天使

 魔道管理局の主導のもとで設立された魔道研究所。ここでは魔物や適合者に関する調査の他にも、一連の魔道戦争で活躍した希少種である天使族の研究も行われていた。そして、その天使族に関する新たな実証試験をスタートする手筈が整い、同席する中原は満足そうに笑みを浮かべている。


「さて・・・上手く成功するといいのですが」


 広い実験室の中央部、手術台にも見える真っ白な長方形の台の上に横たわった人間の顔を覗き込みながら呟く。その人間の横には大型試験管が置かれており、中には生命の樹の枝が金属のアームに支えられて佇立していた。

 中原達に見守られるその人物は微動だにもしないが、それは当然であると言える。何故なら心臓は破壊されているため生命活動が停止しているからで、つまりは死体なのだから。


「では初めてください。このミリアという天使族に生命の樹の力を注入するのです」


 天使族のミリア・・・彼女は魔女を従えて人類に攻撃を仕掛けた人物である。富嶽頂上に封印されていた生命の樹を解き放って世界の支配を目論んだのだが、最終的に高山唯との戦いに敗れて死亡した。その遺体は極秘に保存され、今は魔道研究所によって調査が行われている。


「生命の樹は、文字通り命を司り産みだす存在・・・その力をコントロールすることを可能とすれば世界を手中に収めたも同然ですね、中原さん」


 研究員の一人が中原の隣に立ち、作業の様子をチェックしながら話しかける。


「世界を調和のもとに適切に管理するのが私の夢です。その一歩が、今まさに踏み出される。この天使族の肉体に生命の樹からエネルギーを入れ込むことで新たな命として再誕させ、私のコントロール下に置く。さすれば魔道戦争も早期に終結し、以後の世界でも天使族の魔力を用いた統治が可能となるでしょう」


「高山唯のような中途半端な出来損ないの天使族など不要になりますな。この実験に成功すれば、完全且つ従順な天使族を手に入れられるのですから」


「あの小娘は世界に不要です。調和を乱し、人々の敵となるかもしれない。不完全とはいえ、あのような力を持つ者が野放しになっているのは危険極まりないですから、後で死んでもらうことにしましょう」


 まさに言いたい放題言われている唯。もしこれを彩奈や神宮司が聞いていたら、この研究所は速攻で潰されていたことだろう。

 大型試験管に収納された生命の樹の枝から抽出された魔力がチューブを通り、ミリアの体に流れていく。するとミリアの胸の傷が再生されていき、血液の循環が始まって肌に赤みが戻り始めた。


「これは・・・! 肉体の再生が始まっています。恐らくですが脳機能なども復活していますよ」


「ようやくここまで辿り着きましたね。天使族という忌まわしい存在の研究も次なる段階へと進めることができる」


 後は意識さえ覚醒すれば完璧である。肉体だけの再生でも有用ではあるが、戦闘マシーンとして扱うためには自立稼働してもらわないと困るのだ。

 中原がミリアの全身を舐めるようにして観察していると、


「うっ・・・・・・」


 小さな呻き声と共に、ミリアは瞼をゆっくりと開いた。自分の置かれた状況を確認するように目を動かし、生命の樹の枝を見つけて焦点を合わせる。


「おお・・・! 目を覚ました・・・!」


 中原は嬉しそうにミリアの顔を覗き込むと目線が交わり、相手が自分を認識したという確信を持つ。ただ生き返ったわけではなく、明確に自己意識を形成した状態のようだ。


「天使族よ、私の声が聞こえますか?」


「・・・ああ、聞こえるぞ。フフ、蘇るとはこういう気分なのか」


 ゆっくりと上体を起こしたミリアは、両手を開いたり閉じたりして肉体の確認をしているようだ。

 そして自分の意思通りに動かせることに満足したのか、寝かされていた台から立ち上がる。


「待ってください、ミリア。アナタには私達に協力していただく」


「協力・・・? 私が貴様達にか?」


「蘇らせたという恩義があるでしょう? 我々によって再び命を得る事ができたのですから、言う通りに動いてもらいます」


「フン・・・確かに貴様達のおかげで生き返らせてくれて感謝はする。しかし、な・・・・・・」


 ミリアは近くに居た研究者の首を掴んで締め上げ、バキッと一瞬にして骨を折った。そして絶命した研究者を放り捨てて中原にも詰め寄る。


「私は貴様のような下等人類とは違う。偉大なるガイアの正当種族にして、貴様達の言う天使族なのだよ。だというのに、何故私が貴様達の指示に従わなければならん?」


「そうする義務があります。でなければミリアという自我には消えてもらうことになります」


「私を目の前にしてよく喋るものだ。その強気に免じて一つ教えてやるが、私はミリアではない」


「ハ?」


「ミリアとは、この体の元の人格であろう? 今の私の名はビューリカだ」


 魔道戦艦ターミナートルに乗って地球に飛来した天使族、ビューリカ。彼女は唯と彩奈の攻撃を受けて消滅したハズだが・・・・・・


「何故ビューリカが・・・? 富嶽で死んだのでは・・・・・・」


「確かにあの小娘達によって私は死んだ。しかし意識は生命の樹と一体化していて、あそこにある枝にも乗り移っていたのだよ。この体に枝からエネルギーを注入した際、意識も同時に流れたというわけだ」


 融合を果たした事により、生命の樹そのものがビューリカと化していたのだ。幹の大部分は破壊されてしまったが残骸に魂は残っていてらしく、特殊な魔力と共にミリアの体を支配したのである。


「あの時は負けたが、今度こそは私の野望を叶えさせてもらう」


「そうは問屋が卸しません! ここから逃げられるとお思いか!?」


 中原が部屋の隅にある監視カメラを指さす。どうやらセキュリティーに一連の事態を見られていて、直後に部屋の扉が開き十数人の適合者と警備員が突入してきた。


「私を倒すなら、もっと兵力を用意しておくべきだったな。あるいは、この体に爆弾でも仕掛けておくとかの事前措置も考えなかったのか?」


「・・・参考にさせてもらいましょう。次回に適用させて頂く」


「次回など、無い!」

 

 ミリアの姿をしたビューリカは素早い動きで中原の腕を掴み、適合者達に向けて放り投げた。大人一人を容易に投げ飛ばすとは流石のパワーだが、これは造作も無いことである。


「私のために武器を運んできてくれてありがとう」


 翼を展開して魔弾や銃弾を回避し、中原をぶつけられて姿勢を崩した適合者の剣を奪う。そして近くの適合者と警備員を切り裂き、今度は杖も奪った。


「体のスペックが低いか・・・・・・」


 ビューリカは思考に体が追い付いていないことにイラ立っていた。これはミリアの鍛え方がビューリカに遠く及んでいなかったことに起因するラグであるが、すぐさまビューリカは体に合せて動きを修正する。


「寝起きでこれだけ戦えるのか!?」


 魔道管理局の適合者達はビューリカが高度な戦闘を繰り広げることに驚嘆しながらも、なんとか倒すべく全力で立ち向かう。

 だが鈍っているとはいえビューリカである。唯を圧倒し、負けたとはいえ神宮司と渡り合う実力のある彼女は、並みの適合者が集団で襲ってきたところで簡単に殺されたりはしない。


「ナメるなよ・・・貴様達如きが勝てる相手と思うな!」


 更に調子を取り戻して二人を一気に両断する。もう適合者側の人数は少なく、数の優位性すら失われようとしていた。


「さて・・・完全ではない現状で、成り損ないとはいえ天使族の魔力を持つユイとは会いたくないから、もう終わらさせてもらう!」


 万全なら唯などビューリカの敵ではない。とはいえ今は会敵するのはリスクがあるので、増援として来る前に脱出しなければならなかった。

 ビューリカは残りの適合者と警備員を殺害し、ふぅっと一息をついて部屋の中央部に戻る。


「これは貰っていく・・・いや、返してもらう」


 大型試験管を破壊して生命の樹の枝を掴む。生命の樹に関する残骸はコレだけであり、何かしら使える機会があるかもしれないので回収するのは当然であろう。

 魔法陣を描いて枝を収容し、ビューリカは部屋から去って行くのであった。






 研究所の事件が起きてすぐ、魔道保安庁に救援の要請が飛んだ。詳細については報告されてはいなかったが、実験対象の敵対的な行動によって甚大な被害が出ているという内容である。


「まったく、魔道管理局は何をしているのでしょうか・・・・・・これで大きな態度を取るのですから困った連中ですわね」


 当然ながらハウンド小隊に出撃が命じられ、舞は眉を下げながら文句を口にする。というのも、唯と彩奈のイチャつきを見て癒されていたタイミングでの事だったので、邪魔をされて怒りを感じていたのだ。


「魔道研究所での事件か・・・なんだか嫌な予感がするね」


「あそこの研究内容は不明ですものね・・・・・・唯さんの魔力が必要があるかもしれませんわ」


「役に立てるよう頑張るよ」


 ウインクしてヘリに乗り込む唯の精神は安定しているらしく、舞もホッとする。これも彩奈が近くにいるからであり、戦闘前の緊張でアドレナリンが分泌されているのも影響しているのだろう。おかげで暗い思考をする状態になっていないのだ。

 魔道保安庁本部からハウンド小隊員を乗せたヘリが飛び立ち、一路魔道研究所を目指す。




 ハウンド小隊が到着する頃には研究所は厳重に閉鎖されて、呼びつけられた警察ですら現場となった部屋に入れずにいた。これは一般人にどうこう出来るレベルを超えているためであると管理局側が判断したらしい。


「本来であれば、アナタ達の手を借りたくはなかったが・・・・・・」


 研究所の屋上でハウンド小隊を待っていた管理局職員が呟く。それに気を悪くするのは舞で、普段の温厚さなど微塵も感じさせない冷徹な目で睨みつけていた。


「よく言えるものですわね・・・・・・少しはご自身らの不甲斐なさを反省するべきでは?」


「・・・好きに言ってくれればいい。ともかく我々と来てもらう」


「何が起こったのです? アナタ達が頼りたくない保安庁に救援を要請するとは、相当な失態を犯したからですわよね?」


「くっ・・・ああ、そうさ。天使族の力を借りなければならんかもしれんのだ」


 下唇を噛みながら管理局職員は悔しさを滲ませていた。管理局と保安庁の関係性は悪く、正直に言えば頼りたくはないのだろう。こういう組織間の対立は全く有益ではないのだが、人間が自らの所属するテリトリーを優先してしまうのは昔からの習性である。


「それで敵は何処に?」


「もうココにはいない。既に逃走している」


「は? 追跡はしているのですか?」


「残念だが追尾を巻かれてしまった・・・裏世界に逃げ込まれてしまって・・・・・・」


 呆れた舞はヤレヤレと首を振る。普段から怠慢だから起きた事件ではと追及したいが、それよりも気になるのは敵対的な実験対象とやらの正体だ。


「一体何者なのです、その敵とは」


「・・・ビューリカだ」


「・・・もう一度言ってくださるかしら?」


「だからビューリカだと言った! アナタ達が富嶽で倒した天使族の・・・・・・あのビューリカなんだ」


「・・・・・・なんというバカなことを!」


 唯が死にかけ、彩奈が自らを改造して、やっと倒すことのできた強敵がビューリカだ。それを密かに再生させたという事実は舞を激怒させ、握りしめられた拳は強く震えていた。

 一連のやり取りを聞いた唯は急に不安が押し寄せるが、自分の冷たい右手を温かく柔らかな感触が包み込んだことで冷静さを保てた。


「大丈夫よ、唯。私達なら倒せる」


「そうだね。あの時のように、絶対に勝たないとね」


 ひとまずはビューリカの戦いの痕跡を見てみることになり、まだ死体が転がっている研究室を目指す。



   -続く-










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る