第67話 渦巻く策謀

 ハウンド小隊と魔道機兵ホウセンカの活躍によって侵攻していた魔物の群れを食い止めることに成功し、散発的に続く残存戦力の抵抗も間もなく鎮圧されることだろう。

 そんな中で彩奈は負傷した唯を臨時拠点へと急いで搬送する。こういう時に飛行能力は有効であり、疑似天使族としての改造手術を受けて良かったと思う。


「唯、安心して。もう間もなくサリアさんの治療を受けることができるわ」


 希少な治癒能力を持つサリアならば深い傷であっても治すことができる。通常の医療とは比較にならず、傷跡すら残すこともないのだ。

 事前に要請を受けていたサリアが着地した彩奈のもとに駆け付け、抱えられたままぐったりとしている唯の右脚に魔具である杖を当てがう。


「これは酷い怪我ですね・・・ですがお任せください。ハイレンヒール!」


 術を唱えた瞬間、杖の先端から緑色の光が溢れ出る。この光は魔力が凝縮されたものであり、唯の傷口を覆うようにして拡散されていった。


「ありがとう、サリアちゃん。脚に感覚が戻ってきたよ」


 出血も収まって唯の顔色も良くなってくる。神経がズタズタに裂かれていた脚が元に戻ったことで徐々に復調してきたようだ。


「これでもう大丈夫です。でも今日は安静にしていてください」


 唯は彩奈に支えられながら立ち上がり、右脚を動かして状態を確認して頷いた。Sドライヴを使ったこともあって魔力を消耗していたし、このまま戦線復帰したところで役には立てない。


「舞達は?」


「魔物の残党を叩き潰しているわ。もう魔人のような強敵もいないし、決着はすぐに付くと思う」


「そっか。ヤクト・バズーカがあれば後方支援くらいはできるかもだけど・・・・・・」


「唯は魔人を倒すという活躍をしたのだから休んでいいのよ。それに、加奈がいるのだから心配はいらないわ」


 神宮司に次ぐ最強候補と目されるのが加奈である。その加奈なら低級魔物などまとめて薙ぎ払えるだろうし、舞をはじめに春菜と麗の支援があれば簡単には負けはしないだろう。


「不甲斐ないな、私は・・・・・・」


 唯は不完全であるも自分は天使族だと自認している。しかし、特異な力を持っているにも関わらず役に立てているかは懐疑的であった。実際に魔人を倒しているのだから立派なものだが、そもそも純粋な適合者としてのセンスはあまり高くない。


「皆、生きて帰ってきて・・・・・・」


 今の唯には祈ることしかできなかった。

 





「了解しましたわ。唯さんが無事で良かった」


 彩奈からの報告で唯の安否を確認した舞は安堵し、これで目の前の魔物に集中できると魔力を体に漲らせた。

 この区画に現れた魔物は既にほとんどが撃破され、今舞達が相対している一団さえ撃破すれば人間側の勝利となる。他の適合者チームは疲弊して動けなくなっているため、ハウンド小隊が引き受けることになったのだ。


「唯は大丈夫なんだな?」


「はい、加奈さん。あとは敵を撃滅して帰るだけですわ」


「なら任せろ。残りは全てあたしが倒す」


「無茶は禁物ですわ。あなたを失いたくありませんもの、わたくしにも援護させてください」


「フッ、そう言ってくれて嬉しいよ。いつも通り、後ろからあたしを守ってくれ」


 春菜と麗を後退させ、加奈が一人で前面に立つ。残り少ないとはいえ三十体近い陸戦タイプの魔物が目の前から迫っており、並みの適合者なら一人で相手にするのは困難だが加奈にとっては脅威には成り得ない。


「これ以上は進ませねぇ・・・大事な人達を傷つけさせはしない!!」


 唯が負傷したと聞いた加奈は自分を責めていた。もっと早く魔物達を倒し、魔人を引きつけることができれば唯が怪我をすることはなかったと責任を感じているのだ。

 

「さあこいよ! あたしがお前達の相手だ!」


 春菜達には舞の護衛を任せ、一気に駆け出す加奈。俊足の猟犬という異名はダテではなく、神宮司以外は追従できない高速移動で魔物との間合いを詰めた。


「切り裂く!」


 薙刀を勢いよく振り回し、魔物数体を同時に切り捨てた。

 両刃の薙刀は扱いづらい魔具であるが攻撃範囲が広く、特に一対多での戦闘における薙ぎ払いで威力を発揮する。加奈はその特性を活かした突撃戦法で多くの魔物を葬ってきた実力者であり、突撃隊長としての彼女の役割にピッタリとマッチしていた。


「ソッチも生きるのに必死なんだよな・・・けど生憎コッチもそれは同じでね! 襲いくる敵は全て倒す!」


 更に千切れて肉塊へと還る魔物達。加奈の猛攻を凌ぎ切れるわけもなく、瞬く間に戦力が減っていく。


「これでラスト!」


 加奈は殴りかかってきた魔物を両断し、薙刀を回転させて血肉を落とした。その背後にはまだ蠢く影があり、音もなく跳躍して掴みかかろうとするも、


「わたくしの加奈さんには触れさせません・・・!」


 舞の渾身の魔力光弾が側面から襲い掛かって魔物は消滅する。加奈自身も当然魔物に気がついてはいたが、舞が狙撃の体勢に入っていたことからあえて処理を任せたのだ。これは舞を全面的に信頼しているからこその判断であり、自分の命を預けていい相手として認定している。


「やったな、舞。春菜と麗も怪我はないか?」


 魔具を収容しつつ仲間の安否を確認し、加奈はようやく戦いが終わったなと胸をなで下ろす。こうした魔物の侵攻は度々発生するため、これで魔物との戦争が終わったわけではないが。


「魔道機兵ホウセンカの戦闘データも手に入りましたし、これらが量産されてわたくし達適合者も楽ができるようになるといいですわね」


 ハウンド小隊を援護した魔道機兵ホウセンカは魔道コンバータを動かすための電力を使い切って置物と化していたが、この兵器が前線に配備されるようになれば適合者の負担も減る。実際に魔道キャノンによる砲撃で魔物の一団に有効なダメージを与えることができていた。


「舞はあたしの手で直接守りたいから、あたしは前線から退かないけどね」


「あら、ならわたくしも加奈さんのコトを守りたいので退くわけにはいきません」


「ははっ、なら最期の瞬間まで一緒にいてもらおうかな」


「それはむしろ本望ですわ!」


 身を乗り出すようにして意気込む舞の頭に手を置きつつ、唯と彩奈の気持ちが分かるようになってきたなと口角を上げる。この温もりを永遠に感じていたいし、多少独占欲のような感情が加奈にもあった。


「私も加奈先輩達に付いていきますので! 今はまだ訓練生ですが、正式配属の折にはハウンド小隊の一員として頑張ります!」


「春菜と同じで、私も先輩方の力になれればと思っています」


 犬をあやすように舞を撫でる加奈に、二人の後輩がそう決意表明をする。彼女達も魔道保安庁の適合者として戦う覚悟があり、ハウンド小隊員として尊敬する先輩達と肩を並べたいと思っている。


「二人も成長したもんだ。とても心強いし、もう訓練期間は終わりにしていいレベルだよ」


 少し前の春菜は姉の仇である魔人を見て取り乱し独断行動を取ったり、麗はチームに馴染む気が無く一人で戦おうとしていた。しかし、その頃の不安定さは克服されて今ではハウンド小隊に欠かせないメンバーなのだ。加奈や唯のように目立つ活躍というよりは、味方の援護などの戦力の空白を補完して下支えするといった動きをしていて、地味ではあるが隊の生存率を上げる重要な役職である。


「ですわね。神宮司さんにわたくしから上申すれば、お二人を正式なるハウンド小隊員としてお迎えすることができるはずですわ。ただ知っての通り、ハウンド小隊には過酷な任務が課されることが多いです。自ら死地に赴くこととなりますが、よろしいですわね?」


「はい。その分多くの魔物を倒せる機会もあるということですし、死ぬその瞬間まで戦った姉のように私も戦います」


 かつての舞達の仲間である雪奈の意思を継ぐ春菜には、魔物との戦いから逃げ出すなどという選択肢は無い。姉の信じた魔物の存在しない平和な世界を目指して戦地を駆け抜けるだけだ。


「私にとって適合者は天職ですし、この力で春菜や皆を守りたいと思うようになりましたから・・・・・・」


「守りたい対象になれてうれしいよ、麗ちゃん」


「そ、そんなに顔を近づけるな」


「耳まで真っ赤にしちゃってカワイイ~!」


 唯と彩奈の影響をモロに受けている二人の関係性まで似てきているが、それは悪いことではない。支え合う相手ができて、その相手がいるから生きる気力が湧くこともあるのだから。

 四人は周囲を索敵して敵の残りがいないことを確認し、唯達の待つ臨時指揮所まで後退するのであった。






 ハウンド小隊員が臨時拠点で合流して神宮司に報告を行っている裏で、彼女達をコソコソと監視する者がいた。首から魔道管理局のロゴが入った名札を下げており、スマートフォンを取り出して電話をかけはじめる。


「中原さん、先程こちらの戦闘は終了しました。監視対象の高山唯は負傷して途中で戦線離脱しましたが、現在はサリア氏の治療術によって回復した模様です」


「そのまま死んでくれてもよかったのですがね。まあ出来損ないとはいえ天使族の因子を持つ者ですから、データ収集に活用させてもらうだけのことです」


「本来であれば処刑案を出して揺すりをかけ、我々が譲歩して命の保証をする代わりに生きた標本として体を活用させてもらう・・・・・・当初の計画通りに進めばこんな監視の仕事もいらなかったのにと思わずにはいられません」


「神宮司真央に美影翡翠・・・彼女達が余計な口出しをするものですからねぇ」


 中原が唯の処刑を提案したのは、その処刑案を取り下げる代わりに唯の身柄を魔道管理局に差し出させるための策略であった。そうすれば天使族に関するデータ収集を行うことができ、魔道保安庁に対するイニシアチブを握ることだってできたはずである。

 しかし美影長官達によって阻まれてしまい、こうしたストーキングのような監視を続けていた。


「東山彩奈のほうも注意しなくていいのですか? ヤツもまた天使族の力に適合した人間ですが」


「疑似天使族は劣化品のようなものですし、不完全な高山唯よりも更に劣っていますから注視する必要は無いでしょう。それにあの二人は常に行動を共にしていますから、高山唯のついでに見張ればいい」


「そうですね。魔道研究所での例のアレの進捗はどうですか?」


「順調ですよ。間もなく本格始動できる段階まできています。これが成功すれば高山唯など脅威ではなくなり、過去の存在となる。そうしたらさっさと暗殺して消えてもらうことにしましょう」


 スピーカー越しに中原の薄ら笑いが聞こえる。まるで自分が世界の支配者にでもなったかのような傲慢さが滲んでいて、これでは魔女や魔人と同類だ。


「天使族だって道具にしか過ぎません。そして道具は適切に管理、運用されるべきなのです」


「我々魔道管理局によって・・・・・・」


 中原達魔道管理局の謀略と、人類駆逐を目論む魔族・・・・・・


 互いの生存をかけた二つの種族による戦乱が続く世界の中で、人類は果たしてどこを目指すのか。

 混迷する情勢の出口は、まだ見えない。



   -続く-

 











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る