第66話 爆光が瞬く
廃墟都市に押し寄せた魔物の群れは、一路ハウンド小隊の位置するエリアに向かっていた。それを視認した唯は移動を開始し、かつて商業施設であったのだろう建物の屋上に陣取る。
「彩奈、麗ちゃん、私が先行するから後ろを任せるね」
「無理はしないで。危ないと思ったらすぐに後退するのよ」
「うん、彩奈の言う通りにするよ」
と頷いた唯は、建物の屋上から眼下に迫った魔物に対して攻撃を開始した。ヤクト・バズーカのトリガーを引き絞り、対魔物用のS弾頭を発射する。
撃ち出された弾頭は推進剤を燃焼させながら直進して、四足歩行型の魔物の一体に直撃した。そして大きな爆発を引き起こし、その爆発の範囲内にいた魔物達も消し炭になって消滅する。
「ラケーテンファウストより威力が低いとはいえ、充分に効果あり・・・・・・コレが量産されれば魔物など・・・!」
唯はヤクト・バズーカの性能を評価しつつ次弾を撃ち出す。カートリッジ式の弾倉を装着しているため連射が可能で、これが単発運用のラケーテンファウストと決定的に違う点である。
「命中。次」
戦闘マシーンと化した唯は冷徹な目で目標の魔物をターゲティングし、再びトリガーにかける人差し指を動かす。敵に対して優位なポジショニングをしていたことで一方的な攻撃を行っていたが、戦場とはそう甘いものではない。
今度は空戦タイプの魔物が飛来し、上空から唯目掛けて降下してきたのだ。
「フッ・・・なら・・・・・・」
躊躇いなくSドライヴを作動させてオーバードライヴ状態となる唯。天使を思わせる魔力の翼が展開し、屋上の床を蹴って飛び立った。
バズーカを右手に保持しつつ左手に聖剣を装備する。そしてすれ違いざまに魔物を切り裂き、側面から迫った魔物にバズーカを叩きこんで撃墜した。
「空間戦闘においても効果は絶大・・・・・・」
無誘導の弾頭を高速で移動する標的に命中させるのは難しく、これはひとえに使用者の力量次第であり、この戦果は唯の実力あってのことである。そもそも普通の人間は空を飛ぶことはできないので、空戦におけるデータを収集したところで役に立つかは分からない。
唯は近くに迫った魔物との近接格闘戦に移行し、ひとまず地上の敵は彩奈達に任せることにした。
「唯さん、相変わらず無茶をなさる・・・・・・」
その唯の戦闘を遠くから見ていた舞は、ヒヤヒヤとして目の前の敵に集中できていなかった。舞率いる第一分隊の前にも魔物達が差し迫り、加奈と春菜が前面に出て侵攻を抑えている。それを援護するのが舞なのだが、心身ともに弱っている唯が先行し過ぎているのを見て冷静ではいられなかったのだ。
「こっちの敵を早く片付けて唯達を援護しないとな」
それを察した加奈の声がヘッドセットを通じて聞こえる。加奈はどこに居ても舞を気にかけてくれていて、それが舞には嬉しいし、自分も加奈の力になって一生のパートナーでいたいとも願っている。
「佐倉さんの言っていた魔道機兵を頼ってみるか?」
「そうですわね。魔道機兵ホウセンカの運用データ収集もわたくしの任務ですし、これはいい機会ですものね」
舞はヘッドセットで後方の臨時拠点へと通信を繋ぐ。そして佐倉を呼び出し、魔道機兵ホウセンカの配備を要請した。
「現在そちらの区画に移動させている。間もなく到着するから観測を頼む」
「了解しましたわ」
通信を終えた直後、数機のホウセンカが荒れた道路の上を走行する姿を捉える。そして頭頂部に装備した魔道キャノンを動かし、加奈達に迫る魔物に向けて発砲した。
「ふむ・・・それなりの火力はあるようですわね」
舞の魔力光弾ほどではないが、並みの適合者を上回る威力の魔力光弾が魔物に直撃する。着弾後の爆発に複数の魔物が巻き添えになって絶命し、加奈達を側面から襲おうとしていた一団が壊滅した。
しかしホウセンカ達の継戦能力は低いので、支援射撃はあと数回といったところだ。
「よし、これで前面の敵に集中できる。後はあたしと舞で対処できるから、春菜は唯達を頼む」
「了解しました!」
続くホウセンカの攻撃で魔物は更に数を減らし、これでこの区画は加奈達が完全に優勢となった。残る敵は加奈と舞の二人で充分に撃破可能で、なら春菜を戦線離脱させても問題はないだろう。
舞からの報告で第一分隊が有利になったことにホッとしつつも、唯はまだ空戦を続けていた。翼を持ったガーゴイル状の魔物の数を減らしてはいるが、一人で応戦しているために圧倒的優位とはいかないのだ。
「春菜さんが第一分隊からコチラに来るわ。そしたら黒川さんと合流させて、私もオーバードライヴを発動して唯の援護に向かうわね」
「うん、待ってる」
「なんとしても持ちこたえて・・・・・・」
彩奈の心情的にはすぐにでも翼を展開して唯と肩を並べたかった。疑似天使族に強化された彩奈だけが唯と同じように飛ぶことができるわけで、空戦タイプの魔物と互角に渡り合うことができる。しかし陸戦タイプの魔物がまだ残っている中で半人前の麗を一人にするわけにもいかず、理性が働いて飛び出すのを我慢しているのだ。
「彩奈に負担をかけたくないからな・・・その前に終わらせてやる」
そもそもオーバードライヴは体に大きな負荷のかかる技で、多用するのは厳禁とされている。使用後は寿命を削っているような感覚にすら陥り、だからこそ唯は彩奈になるべくなら使ってほしくないのだ。特に唯や彩奈のような不完全な天使族の力を持つ者は、通常の適合者よりも更に強い負荷がのしかかる。
唯は一気に攻めこみ、魔物を数体切り裂くが、
「プレッシャーが・・・!」
強烈な敵意を感じてその方向に目を向けると、漆黒の翼を羽ばたかせる魔人の姿を捉えた。見慣れない魔人ではあったが、この周囲に展開する魔物達のリーダー的存在であると唯は直感する。
「天使族・・・! コイツはイイ獲物だぜぇ!」
魔人は半月のように湾曲した刀、いわゆるショーテルを構えて唯に向かって加速していく。
「叩き落とす!」
ヤクト・バズーカの一撃が飛ぶが、魔人は容易に回避して唯に迫る。さすがに魔人レベルともなれば直線的な射撃攻撃など簡単に見切ってしまうらしい。
「斬り刻んでやるわ!」
「やられるもんか! オマエを倒せば、少しは平和になる!」
聖剣で斬撃をガードするも、ショーテルの刀身が反っているために刃が滑って唯の右脚を斬った。油断があったわけではなく偶然の被害で、魔具の相性が悪かったための結果だが、戦場ではそれが命取りになる。
「チッ・・・!」
斬り落とされたされたわけではないが血がバッと散り、右脚の感覚が無くなる。これでは歩行することは困難で、魔力が尽きて翼が消失したら完全に勝ち目がなくなってしまった。
「どうしたどうした~? さっきまでの威勢はドコいったんだぁ?」
バカにして煽る魔人に苛立ちながらも、唯はどこか冷静でもある。この状況での勝利パターンを考えて一つの案を思いつく。
「こうなったら・・・・・・」
魔人と入れ替わるように接近してきた空戦タイプの魔物を撃破し、唯は急降下して建物の中に滑り込んだ。
「逃がすものかよ! オマエのような天使族を殺せば私の評価が上がるんだからな!」
魔人は唯の後を追い、舌なめずりをしながらその気配を探す。殺気は近いので、間違いなく周囲のどこかに潜伏しているのは確かなのだ。
「そこかっ!」
影が動いた先、白い翼を生やした唯を見つけた。魔力残量が減っていることと出血によって弱っており、魔人はこのまま押し込めば勝利できると確信して吶喊していく。
「死んどけ!」
建物の窓を突き破り、内部に突入した魔人はショーテルを振りかざすが、
「甘いよ」
唯は腰のアタッチメントから引き抜いたラケーテンファウストを天井に向かって放った。狙いが狂ったのかと魔人は思うが、間違いなく唯の狙い通りに弾頭は撃ち出されたのだ。
「なに!?」
天井に着弾し、弾頭は閃光と共に爆散する。その威力は周囲の壁や天井を崩落させるには充分で、建物は轟音と煙を上げながら崩れ落ちた。
「クソが・・・!」
魔人は崩壊に巻き込まれてしまうが、この程度で死ぬことはない。ガレキの山を掻き分けて上半身を外に出し、鉄板に挟まった足を引き抜こうとするが、
「貴様、どうやって・・・!」
魔人の目の前に唯の姿があった。建物の崩落に巻き込まれる直前にワープ能力を使って逃れていたのである。これこそが唯の考え付いた案で、自身の能力と爆発系火器を組み合わせた見事な戦法だと言えるだろう。
「さようなら」
慌てた魔人は強引に飛び立とうとするが、それを許さない唯はヤクト・バズーカのトリガーを引いた。躱しようのない状態の魔人は全てがスローモーションに見え、自分の体に弾頭が直撃してひしゃげた瞬間に意識が消失した。
「やった、か・・・・・・」
魔人の爆散を見届けた唯の全身から力が抜ける。ワープによってほとんどの魔力を失ってしまい、負傷した体では立つことすらできない。
その場に倒れた唯は気を失いそうだった。
「寒いな・・・・・・」
近くで燃え盛る炎の熱さすら感じず、体に寒気が走る。しかし恐怖などはなく不思議とゆったりとした感覚で、このまま死ぬのもアリかなとすら思えてしまった。
「死ぬのか、私は・・・・・・」
人間は死ぬ時に走馬灯を見るというが、まさしく記憶のフラッシュバックが始まっていた。その記憶の中心は彩奈で、二人のあらゆる思い出が頭を駆け巡る。
「いや、まだだ。まだ・・・!」
彩奈という存在が唯の生存本能を刺激する。彩奈としたいことは沢山あるし、あの温もりを二度と感じられなくなるという事を実感して急に怖くなった。
そしてなにより自分が死ぬことで彩奈を悲しませることになる。あの笑顔を曇らせたくないし、彩奈を悲しませるなど絶対にしたくないことなのだ。
「彩奈、どこに・・・?」
ヘッドセットはいつの間にか落としてしまったようで通信することもできない。サーチ用の結晶は使えるが、彩奈のいる方角を示すだけで今は役に立ちそうもなかった。
打つ手がないまま、意識の混濁が強まって瞳から光が失われていく。
その時であった。
「唯!!」
聞きなれた声が唯の耳を打つ。視線だけを動かして声のした上空を見上げると、そこには翼を展開した彩奈がいた。
「天使・・・天使がいる・・・・・・」
ボヤけた視界では、その彩奈が本当の天使のように見える。このまま天界にでも連れていってくれるのかとメルヘンチックな思考が浮かぶのは朦朧としているせいだろう。
「唯、しっかりして!!」
降り立った彩奈は唯を抱きしめながら呼びかけた。目からは涙が溢れて、唯の頬に一滴が落ちる。その感触は鮮明で、まだ自分が生きていることを唯は実感する。
「えへへ・・・失敗しちゃった」
「無理ばかりするんだから・・・・・・」
「ごめんね・・・・・・」
「ともかく臨時拠点に連れていくからね。そこならサリアさんがいるから治療してもらえるわ」
サリアはガイア出身でありながらも天使族としての能力は有していない。しかし治癒魔術を使うことができる稀有な存在で、唯がビューリカやメイムから受けた傷を治したのも彼女である。
運がいいことにサリアは佐倉と共に臨時拠点で待機していて、そこまで運んでいけば傷を完治できるのだ。
「温かいな・・・・・・」
お姫様抱っこの要領で抱え上げられた唯は、彩奈の柔らかな体から伝わる体温に包まれて心底安堵している。ここが戦場の空であることなどすっかり忘れて彩奈に身を委ねるのであった。
-続く-
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