第65話 ヤクト・バズーカ

 魔物達には唯の崩壊寸前のメンタルなど知ったことではない。今日も今日とて人類のテリトリーを奪うべく侵攻するのみであり、それに対処する魔道保安庁本部の動きは慌ただしくなっていた。


「新田、表世界にて魔物共の攻撃が始まった。現在、敵の侵攻ルート上にある廃墟都市に魔道保安庁が防衛線を展開して迎撃しているが苦戦中だ」


「表世界の出来事となれば、最優先で対応しないとなりませんね」


「そこですまないが、ハウンド小隊にも出てもらう。現場の適合者の数が足りていないんだ」


「了解しましたわ。しかし唯さんは・・・・・・」


「もし不調なら待機させるが・・・高山次第だな」


 オペレーティングルームにて舞が神宮司から任務を受領する。富嶽での戦闘以来ハウンド小隊は軟禁処置にあり、暫くぶりの出撃だ。とはいえ実力が衰えているわけではないので不安は無いが、舞は唯のことを心配していた。彼女の不安定な精神状態で果たして任務を全うできるかという憂いである。


「この戦いはいつ終わるのでしょうね・・・・・・」


 舞の呟きに神宮司は答えることができなかった。この不毛な戦いの終わりは、現実的には人類が滅びる時に訪れるのだろう。それは誰しもが予感しているけれど口にはしない。終末論などいつでも唱えることができるし、悪あがきと言われようが生きて明日を迎えるという希望を失いたくなかった。






 舞はハウンド小隊の待機室に戻り、メンバーに任務概要を伝えて準備を促す。


「というわけで我々は二十分後に出撃となりますわ。各員装備チェックをお願いしますわね。それと唯さん、お話がありますのでわたくしに付いてきてくださいな」


「分かった」


 彩奈が不安そうに唯を見つめるが、唯は困り眉ながらもウインクを飛ばして舞の後に付いていく。そして待機室の隣にある更衣室へと入り、小さな椅子に腰かけた。


「唯さん、どうでしょう? いけますか?」


「問題ないよ。精神刺激薬を常用している人間が戦地に向かうのが問題とするなら、それに反論はできないけどね」


「唯さん以外にも、前線に立つ兵士や適合者の中には精神安定剤の支給を希望する方は多いですわ。そうしなければ正気を保てないのが戦場ですものね・・・ですからそこは問題ではありません。わたくしが聞きたいのは、唯さん自身に戦いを拒む気持ちがあるかということですわ。加奈さんから聞いたのですが、彩奈さんが唯さんと適合者から身を引くことを考えているとか。そのことについて彩奈さんと話し合われたのでしょう?」


「うん。もう適合者としての生き方を辞めようって言われたよ。でもね、私は辞める気はないって答えたんだ」


 先日の彩奈との会話を思い返しつつ、改めて続投することを決意して舞に伝える。それは舞にとって意外ではなく、唯ならそう考えるだろうと聞いていた。


「それにさ・・・こういう考えはいけないんだけど、戦っている間はイヤな思考から離れることができて、一種のストレス発散になってるんだよ・・・・・・おかしいよね」


「まあ運動はストレス発散になると言われていますから・・・体を動かすことは心身の健康に良いですからね」


「ふふ、とても好意的な解釈だね」


「一人くらいそういう仲間がいた方が気が楽になりますでしょう?」


 舞の優しい笑みが唯には眩しく、自分の矮小さを心の中で嘲笑う。元々ポジティブな人間ではなかったが、最近嫌な事が続いて卑屈になっており、思考改善したいのだが上手くいっていない。


「唯さんのサポートはキッチリさせて頂きますから、何かあれば遠慮なく言ってくださいね」


「ありがとう。でも頼りにしてばかりで、私は何も返せていないな・・・・・・」


「そんなことはありませんわ。わたくしのお節介ですし、唯さんと彩奈さんが仲良くしている場面を見ているだけでわたくしはもう・・・・・・」


「そ、そっか」


 なにやら妄想の世界に浸ってしまった舞。唯はちょっと困惑しながらも、縁の下の力持ちとして支えてくれている舞に報いるため、小隊の一員として与えられた役目はしっかり果たそうと拳を握るのだった。






 準備を終えたハウンド小隊はヘリにて戦場付近に到着し、臨時拠点の指揮所へと入る。表世界での魔物の侵攻はまさに人類のピンチに直結するもので、防衛線を突破されれば後は蹂躙が始まるのみだ。


「ああ、ハウンドの皆さんで?」


「はい、わたくしがハウンド小隊戦闘指揮官の新田舞ですわ。それで、戦況はどうなっていますか?」


「芳しくないですよ。魔物を一時的に退けることができましたが、再び攻め込んでくる兆候を見せています」


「ふむ・・・戦力を立て直すなど、魔人タイプのリーダーでもいるのでしょうか・・・?」


 舞は臨時拠点の現場指揮者に現状を聞き、ハウンド小隊の配置位置を確認する。


「我々の展開ポイントはここですね?」


「はい。戦力の空白を埋めて頂くにはここが最適かと。しかし全面的に敵と相対する位置となりますが・・・・・・」


「問題ありませんよ。わたくし達は遊撃隊ですから、もっとも問題のある区画を担当することはいつもの事です」


「頼もしいです。それと、日ノ本エレクトロニクスの新型兵器の実証試験も行われるそうで、佐倉という研究員がアナタ達の到着を待っています。外にある武器保管区画へお願いします」


「佐倉さんが・・・?」


 新兵器の話は知らされていないが、佐倉が来ているのであれば直接聞けばいい。

 唯達を引き連れて指定の場所へと移動し、見慣れた白衣を纏った佐倉とサリアが彼女達を出迎える。


「やあ、よく会うねぇ私達は」


 手を振って歓迎する佐倉の背後には、数機の魔道機兵ホウセンカが佇立していた。以前に日ノ本エレクトロニクスにて唯が見せてもらった物であり、これが実証試験を行う新兵器なのだ。


「ホウセンカのテスト結果は良好でね。後は実戦での運用データさえ収集できれば、それをフィードバックして本格的な量産が可能になる。コイツがあれば戦力の数合わせになるだろう」


「適合者は常に不足していますものね。それを補えれば対魔物の戦略も大きく転換することになるかもしれませんわ」


「しかし、我々の魔道機兵では適合者のような高度な戦闘はできない。あくまで敵を抑える程度しかできないから、最後はキミ達に託すしかないのは変わらないさ」


 そう言って魔道機兵のエンジンをスタートさせ、頭部にあるモノ・アイカメラセンサーユニットが点灯する。


「キミ達の配置場所近くにホウセンカを置くことになっているから、可能であれば観測の手伝いをしてほしいんだ」


「ならわたくしにお任せを。後方から支援を行うわたくしなら、魔道機兵も視界に入れて戦闘することができますわ」


「さすが新田君だね。それじゃあ頼む」


 佐倉が手に持ったタブレット端末に指示を入力すると、魔道機兵ホウセンカは四輪のタイヤを駆動させて移動を開始する。そのスピードは決して速いとは言えず、それ単体では魔物に対抗するには少々貧相に思えた。


「あと、これも私が作った武器なんだけど」


 足元の大きなケースを開け、佐倉が取り出したのはロケットランチャーだった。国防陸軍に配備されているような物だが、これも佐倉製の武具らしい。


「これはヤクト・バズーカだ。ラケーテンファウストで使われているのと同じ対魔物用のS弾頭を使用している。つまり、魔物に有効なダメージを与えられる携行武器なのさ」


 そのヤクト・バズーカに興味を示しているのは唯だ。ラケーテンファウストもそうだが、唯は爆発系の武器が好みらしい。


「ラケーテンファウストと違うのは、ヤクト・バズーカはカートリッジ式の弾倉を装着しているので連射が可能という点だ。弾頭は小型化されて火力は落ちているが、その分数で勝負できる。しかもリロードが容易だから、予備弾倉を持っていけば継戦能力は更に高くなる」


「いいですね。魔物をたくさん木っ端微塵にできるってことですね」


「そういうこと。まあこういうのは高山君なら上手く扱ってくれるだろう。それじゃあ使用法をレクチャーするから」


「はい、お願いします」


 唯は佐倉からヤクト・バズーカの運用法を教わり、その間に舞は今回の布陣について小隊メンバーに伝える。


「さて、我々が担当するエリアを全てカバーするには隊を二つに分ける必要がありますわ」


「確かに任された範囲は広かったよな。で、どう分けるんだ舞?」


 ハウンド小隊の担当範囲は、一個小隊でカバーしきれる広さではなかった。これはハウンド小隊の戦果を鑑みた現場の判断なのだろうが、しかしこうせざるを得ないほど適合者の人員が足りていないのだ。


「それについては私に考えがある」


「うえっ! 神宮司さん!?」


 舞のスマートフォンがスピーカーモードとなっていて、そこから神宮司の声が聞こえてきた。神宮司本人は本部にいるため、舞が中継して状況を伝えていたのである。


「話は聞かせてもらった。そこでだな、新田、二木、三宅を第一分隊とし、高山、東山、黒川を第二分隊とする。戦力を均等に分けるという観点では別の案があるのだが、高山の精神状態を考えれば東山を近くに置いておくのが最適だからな」


「唯のことは私が守ります」


「ああ。頼んだぞ、東山。高山にとっては東山が希望そのものだからな・・・・・・」


 唯の精神は彩奈が近くに居る程安定する。だから今は一緒に配置したほうがいいと神宮司は判断した。


「お待たせ。準備オーケーだよ」


「唯、すげぇゴテゴテの装備だな」


 加奈の前に立つ唯は、まさに火薬庫といった存在だ。専用のマウントラックを着用し、二門のヤクト・バズーカを縦に接続して背負っている。正面からだとまるで両肩から大砲が突き出しているように見え、人間のシルエットを逸脱していた。更に腰にはラケーテンファウストとヤクト・バズーカの予備弾倉を装着していて、一人で戦争でも始めるのかといった重装備である。


「このヤクト・バズーカも国防軍や魔道保安庁にも配備予定となっている。高山君に試してもらえばいいデータが得られるな」


「任せてください!」


 佐倉とサリアに見送られ、ハウンド小隊は指定の配置エリアに急行する。






 かつては人々が行き交って賑わっていたであろう街には住人などおらず、崩れかけのビルや、ひっくり返ったバスなどが無残に転がっているだけだ。こうした光景は世界各地に広がっており、いかに魔物によって生活圏を奪われているかの証左でもある。

 そんな廃墟都市の一角にハウンド小隊は陣取り、侵攻してくる魔物達の正面に配備されていた。


「麗ちゃん、緊張してる?」


 唯は四階建ての建物の屋上にて、近くに立つ麗に声をかける。こういう時に後輩を気遣うのは先輩の役目だと自負していて、心が荒んでいても決して優しさを忘れていないのが唯なのだ。


「いえ大丈夫です。高山先輩こそ平気なんですか?」


「私?」


「はい。最近あまり体調が優れないようですから・・・・・・」


「そう見えていたか・・・・・・」


 空元気で誤魔化していたつもりだが、ちゃんと見抜かれていたらしい。緊張をほぐしてあげようとして、逆に気を使われてしまった唯は自分が情けなくなる。


「高山先輩は無理し過ぎです。このままでは壊れてしまいますよ」


「私は私にできることをしたいだけなんだ。彩奈を守るためには魔物共を皆殺しにしなければならないし、皆の役に立てるというのも悪くないしね」


「そうかもしれませんが・・・・・・私、頑張りますから。高山先輩の負担を少しでも減らすために」


「麗ちゃん?」


「最初ハウンド小隊に来た時、失礼ですが高山先輩の凄さをイマイチ理解できていませんでした。天使族とはいっても他の適合者とどう違うのかと・・・・・・でも一緒に戦ってきて、高山先輩がどれだけ苦労をして、心も身体も傷つきながら頑張っているかを知りました。私はそんな高山先輩を尊敬していますし、力になりたいって思ってます」


 一匹狼だった麗は他者に興味は無かったが、ハウンド小隊に来てメンバーと関わるうちに彩奈のように変わっていったのだ。それは華々しい戦果の裏に隠された苦難を見たからで、特に唯の悲惨さは麗の心を打ち、今では慕う気持ちすら生まれていた。


「恵まれているな、私は・・・・・・」


 そんな麗の言葉が嬉しく唯は口角を上げるが、直後に表情は険しくなる。何故ならヘッドセットを通じて魔物の接近が知らされたからだ。


「きたか・・・!」


 唯はヤクト・バズーカの一門を右肩に担ぎ、セーフティロックを解除して臨戦態勢を取る。

 目標の魔物の群れは、廃墟都市に侵入してハウンド小隊に迫りつつあった・・・・・・



   -続く-

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