第63話 ブレイクダウン

 都庁の大会議室の一つ、そこに唯と魔道保安庁幹部の姿があった。これからここで魔道管理局の他、国会議員も参加する唯へのヒアリングが行われるのだ。

 その内容はビューリカ麾下の戦闘部隊との交戦内容についてだが、唯そのものの資質に関しても魔道管理局は追及するつもりらしい。


「さて、これでヒアリングも三度目でしょうか。いや、四度目でしたっけ?」


 事あるごとに魔道保安庁に突っかかる中原は、魔道管理局代表として唯の前に移動する。

 唯は会議室中央に設置された証言台に立っていて、それを各機関と議員が取り囲むカタチになっていた。まるで罪人を裁くような状況に神宮司は不快さを隠さないが、唯が特に不満を述べないので抗議はしなかった。


「アナタがあの一連の騒動に深く関わっていたのは皆さんも承知のことです。囚われ、しかも洗脳されたと。それに間違いはありませんね?」


「はい」


「ですがねぇ・・・本当に洗脳だったのですか?」


「・・・と仰いますと?」


「私はね、アナタが人類に対して叛逆する気だったのではと思っているのですよ」


 中原の発言に神宮司はあからさまな殺気を振り撒く。足を組み変え、彼女の座る古いパイプ椅子がギッと鳴り、中原にはそれがまるで舌打ちのように聞こえたが狼狽えない。


「私にそのような意思はありません」


「口ではなんとでも言えます。あの時、いわゆる天使族の力を持つ同胞に出会い、手を組んだのではないですか?しかし企みが失敗に終わったから洗脳されたというシナリオにした」


「私はビューリカを倒したのです。何故手を組んだ相手を殺す必要があるんです?」


「それは利害関係に何らかの食い違いが発生したからでしょう。ビューリカが邪魔になり、全ての成果を独り占めしようと抹殺したのでは?」


「それならば生命の樹を破壊はしません。あれこそがビューリカの作戦の成果であり、アナタの言う人類への叛逆には不可欠なモノです」


「既に生命の樹はビューリカのコントロール下にあったため、自分に危害が及ぶくらいならと破壊したのでしょう?」


 もはや中原は唯の洗脳されたという話を嘘と決めつけ、裏切り者という烙印を押そうと必死になっているようだ。


「まったく貴様の妄言には呆れるな。そんな馬鹿らしい憶測をして何が言いたいんだ!?」


「神宮司さん、私は高山さんに聴取を行っているのです。アナタの出番ではありません」


「その聴取内容に疑問を呈しているんだ。何の証拠があって高山を悪者に仕立て上げる?」


「証拠、というモノは生憎持ち合わせておりません。しかし高山唯が、本来味方である魔道保安庁に刃を向けたという事実は無視できません。その理由が本当に洗脳によるものか、私達には真実を知る権利があるのですよ」


「真実は話した通りだ。高山は洗脳を受けたことで、自分の意思に関係なく交戦せざるを得ない状態に陥ったのだ」


 だがそれを証明する証拠も無いのが現状だ。直接唯と戦った彩奈が一番状況を知っているが、彼女一人の証言では魔道管理局や議員を説得するには足りない。というのも唯と彩奈が友人関係であるため、彩奈が唯を庇って嘘の証言をしていると考える者がいるからだ。


「まあ仮に洗脳を受けていたとしますが・・・それ自体が問題だとは思いませんか?」


「は?」


「洗脳を受けたのが普通の適合者であっても、一般人にとっては危険な存在になります。それなのに天使族という強大な力を持つ者が洗脳されたとなれば、それは人類にとって有害且つ大いなる脅威となる・・・・・・そんなリスクを放置してよいのかと、私は言いたいのですよ」


「リスク、だと?」


「今後も同様の手段で高山唯を操ろうとする敵が現れるかもしれません。この前は上手く元に戻すことができたとしても、次はそうはいかないかもしれない。洗脳を解除できず、我々は天使族による業火で焼かれることになる可能性がある」


 確かに唯を助けることができたのは偶然と奇蹟の産物と言える。もし彩奈があの仮面を砕かなかったら唯は正気に戻らず、彩奈を殺してビューリカの野望を手伝い続けたことだろう。


「となれば答えは単純・・・以前から申し上げている通り、高山唯の殺処分を提案します」


「貴様! 言うに事欠いてそれか!!」


 神宮司が怒りの声を上げながら勢いよく立ち上がり、パイプ椅子がカランと床に倒れる。しかし中原は神宮司を無視し、議員達へと向き直って言葉を続けた。


「議員の皆様、このリスクを放置していると、いずれ皆様の生命が脅かされることになりますよ。このような強い力を持つ者が野放しになって、あまつさえは敵対行為に及んだのです。これだけでも殺処分するに値するものと思います」


「バカを言うな!! 高山はこれまでも魔道保安庁の任務に真摯に従事し、私や貴様達の命、そして世界すらも救ってきたのだぞ!! そんな高山に言う言葉がそれか!?」


「これまでの事は関係ありません。重要なのはこれからの事なのです」


「これからだって高山は必要だ! もしまた天使族の力を持つ敵や魔女が現れたら、高山無しに対処できるのか!?」


「我々魔道管理局だって戦力を拡充しています。国防軍にも対魔物用の魔道兵器が納入され始めています。今後はそうした戦力で対応可能になるのですよ。ならば、もう高山唯など不要となる。そもそも、一人の適合者を頼り切るのは組織としてはいかがなものかと思いますがね」


 唯がいたからこそ乗り越えられた危機は何度もあったが、それだけ頼ってしまっているのも事実だ。一人の人間に運命を託すというのは危機管理上に問題があり、それを危惧する国防軍や魔道管理局は戦力増強を急いでいる。


「ともかく、私が言いたいのはリスクは排除するべきだということです。今後の人類の未来のためにも」


「その人類の未来とやらに、高山は含まれないのか?」


「はい、含める必要はありません。そもそも、彼女は人間ではない」


「なんだと・・・!? 適合者も人間と同義に扱うと、東京宣言で国際的に認められているだろう?」


「適合者の話をしているのではありません。高山唯は人間、適合者、魔族、天使族という様々な種族の要素を取り入れたハイブリッドです。それはもう・・・化け物だ」


 唯は魔人の能力も吸収し、単なる適合者だとか天使族だとかのカテゴリーを超える存在になっている。中原はそれを化け物と形容し、唯の人権は認めない方針のようだ。


「ふふふ・・・化け物、ですか私は」


「それ以外になんと言うのです?」


「さあ・・・・・・」


「化け物に生きる権利などありません。我ら人類にとって有害であると自覚し、処分を受け入れるべきです」


 唯の目には涙も無く、ただひたすらに虚無であった。

 しかし代わりに激怒するのが神宮司だ。バンと目の前の机に拳を叩きつけて真っ二つにし、中原に詰め寄って胸倉を掴む。


「そうやって都合が悪くなれば暴力に訴える。これでは適合者の権利についても協議する必要がありますね」


「協議するべきは貴様の発言だ!」


「放してください。それとも、器物損壊に加えて暴行罪も追加されたいのですか?」


 中原の根性も大したものである。今の神宮司の目を見たら魔人だって恐れを抱くだろうに、全く動じない。


「神宮司、よせ」


「しかし長官!」


 これまで黙っていた魔道保安庁長官である美影が神宮司を制止した。老齢であることを感じさせない威圧感で立ち上がり、神宮司の肩に手を置く。


「私の部下の行いについては謝罪する」


「素直に謝れることは素晴らしいですね。なら、高山唯についても・・・」


「それはそれとして、悪いが我々は退席させてもらう」


「は? まだ時間は・・・」


「退席すると言った。これ以上は議論の余地もない」


 美影長官の言葉に魔道保安庁の面々が退室の準備を始める。彼女達も唯の味方であり、怒りと抗議の目線で管理局側を睨んでいた。


「逃げるのですか、美影長官?」


「フッ、私はあらゆる敵から逃げ出したことはない。むしろ全てを叩き潰してきた」


「まるで脅迫ですね?」


「どう捉えてもらおうと構わん。時間があるのならば、私からも訊きたいことがあるのだがいいかね?」


「なんです?」


 唯へのヒアリングのはずだが、まあいいかと中原は美影長官の問いを聞くことにした。


「魔道管理局が主導して設立した魔道研究所についてだ。高山のデータも収集し、天使族についても研究しているらしいが、その内容を公表しないのは何故だ?」


「それは今関係ありますか?」


「あるさ。生命の樹の残骸すら回収したそうじゃないか。あの戦闘における重要な物品を持っていて、それで報告の一つもないのはおかしいと思わんか?」


「特に申し上げる進捗がなければ報告することもないでしょう?」


「そうか? 結構な時間があったはずなのに、何の進捗もないとは無能の集まりなのか? しかも相当な予算をもぎ取っておいてな・・・・・・」


 裏工作でもあったのか、かなりの予算が魔道研究所に投資されている。それは本来魔道保安庁に振り分けられる予算からも割かれていて、その時点で美影長官は不愉快さを露わにしていた。


「予算の源は国民の税金だ。それを好き勝手に使って、公的機関であるのに情報を秘匿するのはどうなのだ? ここにいる国会議員の方々はどうお考えで?」


 議員達は自分達にも矛先が向けられて困惑している。彼女達にはやましいことは何もないのだが、厄介事に巻き込まれるのはイヤだという国会議員の本能が答弁を拒否していた。


「美影長官、我々は魔道研究所については知らされていないので・・・・・・」


「魔道研究所は重要国家プロジェクトとして認可されたはず。ならば、その内容を知らないのは議員としてどうなんでしょうね?」


「あっ、いや、その・・・・・・ま、まあ今日はこれくらいにしましょう。議論も白熱するあまり、まとまりが無くなってしまいましたからね。もっと有意義なヒアリングにするためにも、両者共に論点をまとめておいてください」


 と言って議員達はそそくさと会議室を後にした。あまりにスピーディな引き下がり方に美影長官は呆れつつも、この場を切り抜けられるキッカケを作ってくれたことはありがたいと一息つく。

 

「これでヒアリングは終了だな?」


「さすがの手腕ですね、美影長官」


「言ったろう? 私は逃げ出したことはない。全てを叩き潰してきたと」


「嫌われますよ、こういうことをしていると」


「フッ、キミに言われたくはないな」


 美影長官は中原に背を向け、神宮司達を引き連れて退室する。


「高山、すまない」


「神宮司さん?」


「あんなに言われて辛かっただろう。なのに中原を止めることができなかった。東山達には高山は私が守ると言ったのに、これでは顔向けできん・・・・・・」


「いえ、平気ですよ。神宮司さんが反論して、私を庇ってくれたの嬉しかったです。ですから感謝しかありません」


 口ではそう言うが、全く平気そうではない。ただでさえボロボロのメンタルに更なる攻撃を受けたも同然で、唯が壊れてしまうのも時間の問題なのかもしれない。


「けど・・・・・・」


「うふふふふ、心配性ですね神宮司さんは。大丈夫ですよ全然大丈夫です」


 都庁から出た唯は、焦点の定まらない目で空を見上げた。

 

 その表情は、狂気にも悲嘆にも見える。

 こんな残酷な世界で少女は何を感じているのか・・・・・・

 


  -続く-

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