第60話 哀哭

「こちら神宮司。東山、どうした?」


 ヘッドセットを押さえて彩奈からの通信に応答する神宮司。どうやら彩奈は戦闘中らしく、ノイズと金属がぶつかり合うような音が耳に届く。


「現在、唯と交戦中です! 唯は敵の洗脳を受けて、それで・・・!」


「なんだと!? 高山が敵の手に堕ちたというのか・・・・・・」


 唯が生きていることは分かったが、彩奈からの報告で神宮司は表情を曇らせる。これでは救出どころの話ではない。


「唯は私が・・・・・・」


「東山、応答しろ!」


 ザザッと大きなノイズが入って通信が切れてしまった。再三の呼びかけに対して全く応答がない。


「くそっ・・・! なんてことだ!」


「じ、神宮司お姉様。我々はどうしましょう?」


「進路このまま! 敵艦に突っ込むぞ!」


「突っ込むのですか!?」


「そうだ。今、東山と高山は艦の外にいるのだから遠慮はいらない。あの艦のデカいケツに魔道砲を叩きこんでやる」


 敵の唯に対する横暴に怒りを覚えるのは彩奈だけではなく、神宮司もそれは同じで冷静さを欠いていた。

 指揮官としては問題ではあるのだが元来神宮司とはそういう人物だし、そもそもこれしか敵艦を止める方法は無いのだ。


「魔道砲を撃った後は上陸戦だ。適合者各員はスタンバっておけ!」






「さてぇ、私もユイちゃんの援護をしてあげようかしらぁ」


 彩奈と唯の空中戦を観戦していたメイムも魔具を装備して戦闘に割り込もうとしたが、別の方角から接近する影を視認して立ち止まる。


「敵の魔道戦艦は速度を落とさずにくるのぉ・・・?」


 レーダーで敵艦が追ってきていることは知っていたが、接近速度がメイムの予想を上回っていた。

 しかも後部デッキに迷いなく向かっているのを見て、横づけするのではなくこのまま突撃を敢行してくるのだなと舌打ちをする。


「度胸がいいのねぇ・・・!」


 ビューリカに警告して回避運動を取ろうにも時は既に遅い。ターミナートル級の運動性能の低さでは旋回スピードは亀のようなもので、高速で迫る敵艦を避けるなど不可能だ。

 メイムが衝撃に備えて手すりに掴まった次の瞬間、ラグナレクがターミナートル級の後部に突っ込んだ。激しい振動が艦全体を揺らし、けたたましいアラートが鳴り響く。




「皆、無事か?」


 ブリッジのメンバーの無事を確認した神宮司は砲術士の肩に手を置いて魔道砲の状態を確認させる。


「魔道砲、健在! 魔力充填率百%、いつでも撃てます!」


「よし、撃てっ!」


 砲術士が魔道砲作動レバーを引き下げるとラグナレクの先端に内蔵された魔道砲が発光し、すさまじい魔力の奔流を解き放つ。

 ラグナレク自体も強い衝撃に見舞われるが、魔道砲を内部から撃たれたターミナートルの被害こそ甚大であった。

 射線上の建造物は軒並み融解し、高熱が伝播して動力部を誘爆させる。それによって推力が落ちてコントロールが不可能となった。


「よし、やったな。適合者は順次出撃!」


「ですが神宮司お姉様、ラグナレクは損傷してもう動けません。予測では敵艦と共に富嶽付近に落下します」


「お前達は直ちに艦中央部にあるシェルターに向かえ。こんな無茶な作戦に従事させてしまって申し訳ないが、適合者以外の者はできるだけ安全なエリアで待っていてくれ」


「了解しました。神宮司お姉様もどうかご無事で!」


 ブリッジクルー達を退避させ、神宮司はターミナートルの中に降り立つ。

 魔道砲の攻撃で灼けた金属の匂いなどが充満していて気分が悪くなりそうだがそうも言っていられない。


「二木、お前達は無事か?」


「はい。でも、唯が・・・・・・」


「ああ。しかし東山に任せるしかない。我々は敵を討伐して生命の樹を守るんだ」


 彩奈の援護をしたい気持ちは当然ある。しかし現状でできるのは敵艦を制圧して一人残さず敵を倒すことだ。そうしなければ生命の樹を奪われ、唯や彩奈の救出どころではなくなってしまう。


「各員、私に続け!!」


 降り立った戦闘可能な適合者はハウンド小隊も含めて約二十人。これでは全く数は足りていないが、それでも戦わないという選択肢はない。

 闘志に漲る戦士達が通路を突き進んでいく。




「野蛮人なのか、地球の連中は!」


 非常灯に切り替わったブリッジで悪態をつくビューリカは艦長席から立ち上がる。

 コンピューター表示では各所にダメージが出ていてもはや航行能力が失われたことを察した。


「ノルド級のオートコントロールもイカれたか・・・これでは通信妨害もできん」


 日本の上空にてECMを作動させていたノルド級魔道巡洋艦のオートコントロール装置も異常をきたして制御不能になっていた。つまりは日本における電波障害は解除されて、完全に劣勢に立たされたということだ。


「だがもう遅いな。たとえ艦を破壊されても私が生命の樹に辿り着けさえすればよかろうなのだ!」


 もう富嶽は目の前であり勝負は決したと言ってもよい。後は生命の樹を制御できれば他の何も必要ではない。


「しかし敵は許すまじ。この私の邪魔をする愚かな者どもは直接殺す!」


 ビューリカはブリッジの隔壁を破壊して敵の上陸したポイントへと向かう。これは自分が強者であるというプライドによる行動で、はっきり言って無駄なことなのだ。

 乗り込んできた敵など無視して富嶽へ向かえばよいものを、そんなくだらないプライドで合理的な選択を破棄するというのはビューリカも感情を持つ生の生命体であるからで、それこそ人の悲しい側面だとは気づかない。




 ビューリカがブリッジを出ると、慌てた様子のサリアが駆け寄って来た。

 嫌いな相手ではあるが現状で頼れるのはビューリカしかいないし、普段ぞんざいに扱われているとはいえ従うしかないサリアのこの行動もまた人の性なのかもしれない。


「あのっ、私はどうしたら・・・・・・」


「知るか」


「私は皆さんみたいに戦えないですし、翼だって出せないので・・・・・・」


「だから知らん。我らと同じ力に適合できなかったお前が悪いし、そんな弱者にかまってはいられん。墜落するこの艦と運命を共にするか、お前が考えろ」


 ビューリカは邪魔をする地球人類への怒りでサリアのことなど考えている余裕はなかった。いつも通りと言えばそうなのだが、何より自分の目的が達成できそうな今においてサリアなどとっくに不要な相手となっているのだ。

 去って行ったビューリカの背中をしばし呆然と見つめていたサリアであったが、しかしある意味で呪縛から解放されたような気分になる。


「なら・・・好きにさせてもらいます。もう私だって自由なんだ」


 見捨てられたのならもう自分の心に従って動けばよい。これまでの宇宙航海の中ではどうすることもできなかったが、この地球でならやり直すチャンスがあるかもしれない。


「まずは・・・・・・」


 サリアは思いつく限りの選択肢を実行するべく、まずは宝物庫へと急ぐのであった。






「唯、お願いだから元に戻って!」


 爆煙を上げながら降下していくターミナートル級の装甲の上で対峙する二人の少女。それぞれに翼をはためかせ、装甲を滑走するように滑りながら魔具をぶつけあっていた。


「コロス・・・・・・」


「唯っ!」


 鋭い斬撃を回避して彩奈は唯の背後に回りこもうとするが、唯も素早く旋回して隙を晒さない。

 普段の二人の戦闘力を比較するならば断然彩奈の方が上である。しかし彩奈は防戦に徹して全く攻勢に出ておらず、洗脳されて容赦のない唯が今は圧倒していた。

 いくら敵となって襲われているとはいえ、彩奈に唯を傷つけるなどできるはずもなかった。


「くっ・・・!」


 唯の重たい一撃を受け止める。だが彩奈の腕への負担は大きく、このまま攻撃を受け続けるのは不可能だろう。

 何よりSドライヴによるオーバードライヴ状態の持続限界時間もそう遠くない先にやって来る。


「ダメなのか・・・・・・」


 回避に専念といっても全て避け続けることもままならない。

 しかし距離を取って仕切り直そうにも、唯には杖があって魔力光弾を飛ばしてくるのだ。そうなれば今度こそ彩奈に対抗手段がなくなり一方的な射撃戦となってしまう。


「唯、私の目を見て」


 鍔迫り合いになりながら、彩奈は唯の瞳を見つめる。


「私・・・あなたとずっと一緒に居たいの・・・あなたと一緒に生きていきたい」


 ただひたすらに唯への想いがこぼれる。


「ここでお別れなんていやなの。だから、お願い・・・・・・」


 だが言葉が届いているようには見えなかった。唯の顔を覆う仮面が彩奈の言葉を阻害しているようなのだ。

 運命の相手といえる唯と出会い、絆を深め合ってきたこの二年間。辛いことだって沢山あったが唯と一緒だったから乗り越えることができた。唯とだから幸せだと感じることも数えきれないほどあったのだ。

 しかしその唯との時間が終わろうとしている。


 二人の未来は、閉ざされようとしていた。






 彩奈が唯と交戦している最中、ラグナレクから出撃した神宮司達は魔道機兵ヴィムスと乱戦状態となっていた。


「雑魚どもが、邪魔をするな!」


 神宮司は両手に刀を携え、一気に敵に斬りかかる。そして素早い刀の応酬で五体のヴィムスを瞬時に撃破した。


「ええい! 敵の親玉はどこか!!」


 唯が戦ったという敵の主力こそ神宮司の倒すべき敵で、それを見つけるために進軍しているわけでヴィムスなどにかまっている暇はない。

 と、苛立つ神宮司の前に一人の甲冑姿の人物が現れた。


「好き放題暴れてくれたな。貴様達のおかげで順調だった計画も乱れまくりだ」


「それは結構なことだ。で、お前がこの艦の主か?」


「そうとも」


「なら死んでもらう」


 神宮司は一気にビューリカとの距離を詰め、刀を振り下ろす。衝撃波さえ発するほどの斬撃だったが、しかしビューリカは両手で握った剣で受け止める。


「やるな。私の本気の一撃を防ぐとはな」


「貴様如き劣等種族に後れを取る私ではない」


 切り返して反撃に移るビューリカ。その剣筋は並みの適合者では追えないほどのものだったが神宮司は難なく対処し、二人は激しい近接戦を繰り広げる。

 唯であればとっくに劣勢に追い込まれているであろうビューリカの猛攻を涼しい顔で回避、防御できるのも神宮司だからこそで、前線から退いているとはいえ鬼神の異名はダテではないと証明している。


「なかなかやるな。そんな重たい甲冑をつけながらも私の動きに付いてこられるのだからな」


「貴様も地球人類にしてはよくやる。だがお遊びはここまでだ。貴様は私の手で葬ってやろう」


「できるかな? この私を倒せるのは美影長官ただ一人。それ以外の者に負けることはない」


「大した自信だ。そういうヤツを叩きのめすのが私の趣味でな」


 ビューリカは翼を展開して最大パワーを引き出す。いわゆる天使族の魔力によって限界まで強化された彼女は間違いなく強者だ。

 

「久しぶりに強いヤツと戦えて楽しかった。それではな」


 剣を腰だめに構えて神宮司へと吶喊していくが、神宮司はその場から動かずジッとして迎え撃つ。

 そして至近距離まで近づいたビューリカは一気に横薙ぎに払った。


「甘いな」


 神宮司は剣が振るわれる直前になって一歩前に出てビューリカの間合いの内側、懐へと入り込む。これで刃が当たることもないし、なにより神宮司が優位に立てる。


「チッ・・・!」


 まさか前に出るとは思わなかったビューリカは正直焦りを感じている。

 こういう場合、大抵はビューリカの気迫に押されて防御に専念するか後ろに後退するものだろう。だがそれこそビューリカの思うつぼで、一度相手の姿勢を崩してしまえば後は押し込めるのだ。

 しかし今回はそうなならなかった。


「これで私に勝とうなど」


 神宮司の膝蹴りがビューリカを狙う。その程度であればビューリカの着込んでいる甲冑で容易に防御できるのだが、本能的な反射で避けようとしてしまった。


「これまでだな?」


 その一瞬の隙は致命的だ。神宮司の腕が振りあげられ、刀が一閃してビューリカの右腕を剣と共に斬り飛ばした。

 自分の体が切断されたという考え難い事態にビューリカの思考は何が起きたかを理解できなかったし、理解した時点ではもう遅い。

 更なる追撃で胴を斬られ、左足までもを失った。


「くっ・・・!」


 激痛に見舞われる中で、ビューリカは翼で後退を図る。


「逃げる気か?」


 挑発的な神宮司の言葉に耳も貸さずにビューリカは上昇し、穴が開いた箇所から上の階へと退避。そしてラグナレクの魔道砲で吹き飛んだ甲板の隙間から外へと出る。


「なんたる・・・・・・」


 自分を強者と信じて疑わなかったビューリカのプライドはズタズタに引き裂かれていた。これまで勝利を重ねてきた自分がまさか地球などという泥の惑星に住む者に負けるなど夢にも思わなかった。

 しかしこれで終わりではない。まだ生きているのだからチャンスはある。


「憶えておけよ・・・・・・」


 艦の近くで空中戦を行う彩奈と唯の視界に入らないよう降下し、一路富嶽を目指して滑空していく。

 日本で一番標高の高い山は、すぐそこであった。


   -続く-

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