第59話 Wings of Fire

 ラグナレクから発艦した人員輸送ヘリは一路ターミナートル級を目指して飛行しており、戦闘開始の瞬間は刻一刻と迫っている。

 そのヘリの中での彩奈は特に緊張することもなく闘志に漲って、自らに与えられた武具に両手をのせていた。


「もう間もなく投下ポイントになりますわ。彩奈さん、そこからはお一人で出撃していただくことになりますが・・・・・・」


「大丈夫よ。心配することはないわ。だって唯の力が私を守ってくれるもの」


 唯の細胞を用いて疑似天使族へと改造された彩奈。唯由来の特殊な魔力にも適応し、魔女サクヤのように自己崩壊することもなく行使することができる。


「なら、良いのです。敵は降下地点からかなり移動しており、もう間もなく日本へと上陸してこのまま富嶽へと直進するコースを進むでしょう。ここで何としても食い止めなければなりません」


「そうね。だからこそ私は全力で戦うわ。唯のためにも」


 本音を言えば高山唯の確保こそが彩奈の第一目標だ。勿論魔道保安庁の一員として日本を守るべく敵を倒すという使命も忘れてはいないが、それでも唯を超えて優先するものは彩奈の中にはない。


「そろそろね・・・・・・」


 彩奈は席から立ち上がり、ヘリの後部に設けられたハッチ前へと移動する。後はヘリの旋回運動が終了したタイミングで開いたハッチから大空へと飛び立つだけだ。


「彩奈」


 一息深呼吸をした彩奈に加奈が声をかけて彩奈の近くに立つ。


「あたしは何の役にも立てないけど、それでもちゃんと後ろから見守っているからな。一人で飛ぶことにはなるとはいえ、彩奈は決して一人じゃない」


「どうしたの、突然」


「ただ仲間を見送ることしかできない自分が情けなくなってさ。それでも少しは支えになれればと思って」


「加奈らしいわね。そういうところを舞は気に入っているのでしょうね」


「そうなのかな?」


 それに気がついていないのは加奈だけだ。


「ありがとう」


「彩奈の口から素直に感謝の言葉が聞けるなんて嬉しいぜ」


「こういう時はちゃんと感謝もするわよ」


「ふっ・・・・・・必ず、必ず生きて帰ってこい。唯も連れてな」


 加奈が拳を彩奈に突き出し、彩奈もそれに応えて拳つき合せる。


「当然よ。私を誰だと思っているの?」


「だな。それじゃあ行ってこい」


「ええ。行ってくるわ」


 ハッチが開き、冷たい風が機内に舞い込む。

 ついに戦の時は来た。


「Sドライヴ!」


 その彩奈の声に呼応するようにSドライヴが始動し、急速に彩奈の魔力を増幅させてオーバードライヴ状態へと移行する。疑似天使族の完成系である彩奈の背中には魔力で構成された翼が生えていよいよ準備は万全となった。


「東山彩奈、行きます」


 右手に対艦ライフル、左手にショットゲヴェールを握り、腰にはラケーテンファウストをひっさげた彩奈がヘリから飛び出して大空に舞い上がる。

 その姿はまさに天使。


「待ってて、唯」


 スピードを上げて目標の敵艦隊へと飛翔する彩奈は、ただ自信に満ち溢れていた。




「ビューリカ、敵艦から発進した足の速い飛行物体が近づいてくるわよぉ」


「何体いる?」


「それが反応は一つだけなのよねぇ」


「一つ?それでこのターミナートルを沈めようというのか」


 地球人類の戦力を正確に把握しているわけではないが、ただの一つの兵器でターミナートル麾下の艦隊を仕留められるほど高性能なモノはないと思っている。


「魔道砲の射程には?」


「もうすぐで入るわよぉ。でもこんな小さな標的じゃあ魔道砲だと当たらないんじゃないかしらぁ」


「なら護衛艦に対処させろ」


「了解よぉ」


 メイムがコンソールに指示を入力すると、護衛についていた五隻のデトルト級魔道駆逐艦がターミナートルの後方に集結して守りを固めた。一体の敵を迎撃するのには大仰すぎるかもしれないが、少しでもリスクを取り除くためには大胆に動く必要がある。




「敵が動いた・・・・・・」


 彩奈の視界には既に敵艦隊の姿が入っていて、その内の五つの影が集まりだしたことを確認した。こちらに気がついているなと彩奈は緊張するが、それでも迷わず加速していく。


「あれが標的の艦ね」


 彩奈の任務は二つ。

 一つは敵護衛艦とおぼしき小型艦を沈めること。

 もう一つは大型魔道戦艦の主砲を破壊することである。


「やってやるわ」


 対艦ライフルとショットゲヴェールのセーフティを解除し、一気に敵との距離を詰める。

 その彩奈の突進に反応したデトルト級から円盤状の魔道機兵シハール十数機が発進し、進路を妨害するように小型ロケットミサイルを斉射してきた。


「チッ!」


 それらをわずかな回避運動で避ける彩奈。ターン回避ではスピードが激減して狙い撃ちにされてしまうので、なるべく失速しないで避けるという高難度な技術を駆使しなければならない。

 初めての空中戦でそれだけ動けるのも彩奈の才能の高さゆえであり、日ごろ唯の戦いを見てきたからそれを応用してのことでもある。


「今度はこっちの番よ!」


 接近してきたシハールは円盤の周囲にブレードを展開して彩奈を切断しようとしてきた。そのシハールに対して左手のショットゲヴェールを向けてトリガーを引く。

 バッと勢いよく放たれた散弾はシハールをハチの巣にして破壊し、後方に位置していた二機のシハールも同様に爆散した。


「次っ!」


 不用意に迫って来たシハールを蹴り飛ばして一隻のデトルト級の側面に近づく。 

 そして右手の対艦ライフルを撃ち出し、見事に艦後方の魔道エンジン部に直撃させた。

 弾丸は装甲を貫いて爆散、艦内の動力パイプを伝って爆発が連鎖して内部から火を噴きながら粉々に砕け散る。


「一つ!」


 まずは一隻を沈めた。これだけでも大戦果だが、まだ破壊しなければならないターゲットは健在だ。


「邪魔をして!」


 三機のシハールに囲まれた彩奈は苛立ちながら上空に一旦退避。そして急降下しながらショットゲヴェールを撃ちこんだ。

 先ほど彩奈を囲んだシハールはすれ違いざまに撃破され、更に対艦ライフルでもう一隻のデトルト級も仕留める。


「二つ!」


 しかしまだ三隻残っている。対艦ライフルの残弾は三発、ショットゲヴェールの残弾は二発となり心許ないが攻撃を続ける。


「三つ!」


 対空砲火を撃ちあげてきたデトルト級のエンジンを爆散させて三隻目を撃沈。ここまではわりと順調である。

 炎上しながら落下するデトルト級の傍をすり抜けた彩奈はもう二隻にも肉薄しようと迫るが、


「くっ・・・!」


 すぐ近くでシハールが発射したロケットミサイルが爆発して彩奈は姿勢を崩す。

 そんな隙を晒してしまった彩奈に一機のシハールがブレードを展開しながら吶喊していく。


「やられるわけには!いかない!」


 並みの適合者ならここで殺されていたろうが、今の彩奈には通用しなかった。根性で姿勢を立て直した彩奈は翼をはためかせてスレスレでシハールの攻撃を回避、逆に散弾を叩きこんだ。


「唯のためにも!」


 唯への燃え上がるような想いを乗せる翼は止まらない。

 ひたすらに、この空を駆ける。


「いくわよ!」


 かかと落としの要領で先ほどロケットミサイルを撃ってきたシハールを沈黙させ、直後に対艦ライフルを放つ。

 その一撃も的確にデトルト級のエンジンに直撃して爆散させた。


「四つ!」


 そしてショットゲヴェール最後の一発で二機のシハールを仕留め、これでシハールの部隊を全滅させた。

 残弾の尽きたショットゲヴェールを放棄し、彩奈はラスト一隻のデトルト級に近づく。


「五つ!」


 両手で構えた対艦ライフルの正確無比な一撃でデトルト級も全滅。これでターミナートル級の護衛部隊は一機残さず消滅したのだ。

 たった一人のために五隻の艦艇が沈められたという事実は前代未聞である。しかし彩奈にとってそんな功績などどうでもよかった。これは唯救出の工程の一つにしか過ぎない。






「そんなバカなことがあり得るのか・・・?」


 ビューリカはモニターの表示が壊れているのではと疑わざるを得ない。護衛のデトルト級全ての信号が途絶えていることが現実とはどうしても思えなかった。


「・・・・・・しかしまだ負けたわけではない」


 このターミナートル級さえ無事なら戦いには勝てる。なんならビューリカさえ生き残れば問題ないのだ。


「敵はこの艦にも近づいてくるわよぉ」


「そうか・・・メイム、艦のコントロールはオートモードにし、お前が敵を迎撃しろ」


「分かったわぁ。ユイちゃんも連れていっていいわよねぇ?」


「かまわん」


 メイムは傍に控えている唯を連れ出して敵を迎撃するべく艦後方へと向かった。

 残されたビューリカは一息つき、冷静な心を取り戻す。


「やるな、地球人類。しかし最後に勝つのは私だ」


 富嶽はもう近い。そこに佇立する生命の樹さえ奪取できれば、全てはビューリカの思うがままだ。






「よし、東山がやってくれたな」


 戦況を見ていた神宮司は彩奈の活躍を見届け、今度は自分達の出番だと艦に号令をかけた。


「敵大型魔道戦艦に対して突撃をかけるぞ。機関、最大船速!」


 修理された魔道エンジンが唸り、出力を上げて推進機関に伝達する。






「なんてデカいの」


 彩奈はターミナートル級大型魔道戦艦のすぐ傍で対空し、その威容に息を呑む。全長約二kmにも及ぶのだからもはや一つの島のようにすら見えた。


「潰すべき砲は二つ・・・・・・」


 ターミナートル級は簡単に言うならば縦長のビルを横倒しにしたような形状で、その前方、中腹、後部にそれぞれ二つづつの計六つの巨大魔道砲を搭載している。

 ラグナレクの接近を支援するためには後方にある砲を破壊する必要があり、その一つに対してラケーテンファウストを撃ちこんだ。

 着弾後、爆光を上げながら砲は崩れ去り、彩奈はもう一つの砲も同じように叩き潰す。


「しかし抵抗が薄いわね」


 ターミナートル級の攻撃手段はその巨大魔道砲だけのようで、対空砲火もミサイル攻撃もなくスムーズに目標を達成できた。

 彩奈はターミナートル級に着地し、装甲の隙間に身を隠す。


「はぁはぁ・・・・・・」


 長時間空中戦を演じていたことと、慣れない力が相まって彩奈は強烈な胸の苦しみに襲われた。揺らぐ視界の中で魔結晶を取り出し、貯められていた魔力を吸収しながら呼吸を整える。


「これで後は艦に潜り込むだけね」


 未だ万全ではないが数分の回復によって体調がある程度戻った彩奈はカーゴ部と思わしきハッチを発見した。そこに最後のラケーテンファウストを放ち、爆発によって扉に大きな穴を開けることに成功する。


「・・・!? この気配は!」


 天使族の魔力を行使できるようになった影響か、彩奈のカンも鋭くなっていた。普段唯が感じ取るような強いプレッシャーが彩奈の脳にズシンとのしかかる。


「敵・・・? いや、この感じは・・・・・・」


 その気配の主を探るべくカーゴ内に侵入する。内部はかなり広く、それこそデトルト級魔道駆逐艦のような兵器を格納できるほどだ。


「あらぁ、アナタはあの時のコじゃなぁい」


 彩奈が顔を上げると、カーゴ内を行き来するための渡り橋の上にメイムが立っており、その隣には彩奈のよく知る人物もいた。


「唯・・・どうしたの?」


「このコはもうアナタの知るユイちゃんじゃあないわよぉ。私のものになったのだからぁ」


「なんだと・・・!」


 メイムは見せつけるように唯の腰に手を回す。


「貴様! 唯から手を離せ!」


「怖いわねぇ。でもその威勢もいつまでもつかしらぁ?」


「手を離せと言った!」


「ほら、ユイちゃんも何か言ってあげなさいよぉ」


 ねっとりとしたメイムの手つきを拒絶することなく受け入れている唯は、虚ろな目で彩奈を見下ろしつつ口を開く。


「メイムサマノタメ・・・オマエヲコロス・・・・・・」


「聞いたぁ? 私のためにアナタを殺すですってぇ」


 彩奈の心を絶望の色が染め上げる。唯が敵となり、あまつさえは他の女のために自分を殺すとまで言われてしまったのだからそうなるだろう。

 戦意すらもはや消し飛び、彩奈の足から力が抜けそうになる。


「さぁあのコを殺してしまいなさぁい」


「ハイ・・・・・・」


 唯はSドライヴを起動し、紫色の禍禍しい翼を生やして渡り橋から降下。そして彩奈へと刀で斬りかかる。


「唯・・・でも、こんなの!!」


 今にも挫けそうな心をなんとかギリギリで立て直し、唯の斬撃を回避する。

 現実を受け止めきれないのもそうだが、彩奈は唯との約束を思い出していた。

 それは休暇で訪れた海での一幕。夜の砂浜での甘いひと時のことだ。


 ”正気を失って害悪をもたらす存在になったら・・・その時は私を殺してほしい。彩奈の、その手で”


 それは唯の切実なる願いであり、彩奈は了承したのだ。

 

「唯・・・!」


 まさにその時が今来てしまったのだろう。


「Sドライヴ!!!!!」


 様々な感情に押しつぶされそうな彩奈は、それを振り切るようにクールタイムの終わったSドライヴを起動。そして再び翼を展開して唯と切り結ぶ。


「唯、私よ! 彩奈よ!」


 その言葉は届いているのか分からない。唯の顔の半分を覆う仮面は強烈な邪気を纏い、それが彩奈の言葉を弾いているように思えた。


「無駄よぉ。今のユイちゃんは私の命令だけに忠実な下僕として洗脳されているのだものぉ。アナタの言葉は響かないのよぉ」


「貴様っ!!」


 目の前の唯が洗脳されていると知りますます怒りを増幅させる。その洗脳でどれほどの苦痛を味わったかなど想像もできないが、また唯が貶められるような事態に遭ってしまったということは確かなのだ。


「ゴメンね・・・唯・・・守ってあげられなくて・・・・・・」


 唯の攻撃をいなしながら彩奈は後退して艦の外へと出た。いくら広いとはいえ艦内より外のほうが飛行して戦うには動きやすい。


「どうする・・・どうすれば・・・!」


 人生で最大の、究極の選択を迫られているような気がして、焦りの中で彩奈はひたすらに唯の猛攻を凌ぐことしかできなかった・・・・・・


   -続く-

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