第58話 オペレーション・リリィストーム

 佐倉に疑似天使族の適正があると指名された彩奈。それがどのようなモノなのかは詳しくは理解しきれていないが、どうやら自分が次の作戦でのキーになるかも知れないということは事実のようだ。


「キミにかけられた魔女の呪いが解呪された後、後遺症などについて調べるためにサンプルとして細胞を採取させてもらっただろう?その時の細胞を試しに高山君の細胞と掛け合わせたのだが、そしたら見事に適合してみせたんだよ」


「なるほど。つまり私だけが唯の力の適合者というわけですね」


「そうなんだよ。つまりキミの体に高山君の細胞を埋め込めば、キミの体は天使族に近いモノとなる。あの特異な魔力を行使することができるようになるはずだ」


 オーバードライヴ状態での翼の展開も可能になるだろう。それならば敵艦隊への攻撃も可能となる。


「だが当然リスクもあるはずだ。サンプル単位での掛け合わせでは成功したが、人体そのものに埋め込んで成功するとは限らない。例え成功してもどのような危険があるかまでは分からないんだ・・・そして何より、これは人を兵器とするようなことではないかと私としては引っかかるんだよ・・・・・・」


 佐倉にしてみれば会社からの指示とはいえ全面的には賛同しかねる実験であった。これは敵に寝返ったマッドサイエンティストである時雨と同じことをしているのではとの葛藤もある。


「これは倫理に反することではないかと・・・まるでかつての時雨と同じになっているのではないのか・・・・・・」


 その葛藤は今でも消えないし、むしろ彩奈という人間で実現できそうだからこそ悩んでもいる。しかし、その実験成果が役に立とうとしている現実があるから佐倉は提案したのだ。


「いえ、時雨とかいうヤツがやっている事とは絶対的に違います。己のために人を弄ぶのが時雨であり、アナタは人を救うために新たな方法を模索してのことじゃないですか」


 彩奈の言う通り、佐倉は自己満足のためにこのような実験をしたわけではなく、ただひたすらに悪の道を行く時雨とは根本的に違う。


「私にできるなら、やります! 唯の力を・・・私に授けさせてください」


「・・・分かった。神宮司さん、よろしいです?」


 神宮司の強い頷きを受け、佐倉は早速医務室に準備をするように連絡を入れた。


「この艦でできるんですか?」


「艦の修理を手伝っている中で空いた時間でその実験をしていたんです。ですからこの艦には私の部屋が用意されていて、そこに材料は揃っています」


 道具と唯の細胞を取ってくるという佐倉は自室へと急ぎ、ハウンド小隊は先に医務室へと向かう。


「彩奈、本当にいいんだな?」


「躊躇う理由がないわ。これで敵艦に乗り込めれば唯を救えるのだから」


 加奈の心配は嬉しいが、それでも彩奈は引き下がりはしない。唯のためなら何だってするのが彩奈であり今まさに正念場なのだ。


「例えこれで死ぬことになっても後悔なんてない。唯を失うということは私にとって死そのものだし、少しでも可能性があるのならばやるだけよ。私の全てをかけてでも」


「そうか」


 彩奈の決意は固く変わらないことは加奈達には分かっている。唯のことで彩奈が妥協するなど最初から思っていない。


「待たせたね・・・それじゃあ準備はいいかい?」


「はい。頼みます」


 医務室の端に用意された簡易手術台へと進む彩奈を見送る加奈達。

 今はただ、彩奈の無事を願うことしかできなかった。






 唯の細胞を埋め込むという処置自体はすぐに終わり、十分後には医務室から彩奈と佐倉が出てきた。

 彩奈の顔色は良く、見た目には特に変化は無いように見える。


「それで、どうでしたか?」


 心配なのは神宮司も同じで、急かすように佐倉に問う。


「問題なく高山君の細胞を取り込みましたよ。その直後に東山君の体組織に変化が見られ、魔力の質が変異して天使族に近いものとなりました。つまり疑似天使族として完成されたということです」


 彩奈自身も変化を体感しているわけではないようだが、それでも成功したらしい。


「試しにこれを使ってオーバードライヴ状態になってみてくれ」


「これは?」


「量産型Sドライヴのプロトタイプさ。量産計画自体は頓挫したが、このプロトタイプはちゃんと動く」


 唯の装備しているSドライブの簡易版を受け取った彩奈は、ガントレット状のそれを手に付ける。そして、


「Sドライヴ!」


 魔力を流すとガントレットの中心にある魔結晶が輝き、Sドライヴが起動されて彩奈の魔力を増幅させる。その魔力が彩奈の体へと還元されてオーバードライヴ状態になるのだ。


「うぐっ・・・うぅ・・・・・・!!」


「彩奈、大丈夫か!?」


 いくら彩奈の体が変異したとはいえ、慣れない力が体内を駆け巡って苦悶の表情を浮かべながら胸を押さえる。溢れ出た魔力が周囲に拡散され、彩奈を包むように迸って加奈達は目を細めた。


「これが・・・唯の力・・・・・・」


 その魔力が収まると、彩奈の背中には純白の翼が生えていた。唯の翼よりは小さいが確かに天使族の翼で間違いない。


「その翼で浮けるか?」


「やってみる」


 彩奈は直感的に翼の使い方が分かった。天使族の体へと変化したからこそ理屈ではない感性も身に付いたのかもしれない。

 床をトンと蹴ってフワッと浮き上がった彩奈は天井まで高度を上げることができ、加奈達はその姿に歓声を上げる。


「これなら敵の攻撃を回避し、上手く敵艦に接近できるかもしれん。東山一人には荷が重い任務になるが・・・・・・」


「やりますよ。どんな敵だって叩き潰してみせます」


 着地した彩奈はオーバードライヴを解除してまた胸を押さえた。動悸が激しくなり、いかに負担の大きいことかを身をもって体験したが膝を付くことはできない。


「しかしどうして東山君だけが高山君の力を受け入れることができたのか、それは不明のままで・・・可能性としては元々東山君は天使族の力に順応できる才があったのか、それとも・・・・・・」


「それとも?」


「高山君と過剰な肉体的接触を繰り返していたことによって、その時に微弱ながらも東山君の体に高山君の魔力が流れて体質が変化したのかもしれない」


 この場にいる誰もが後者の可能性だろうなと思う。


「なるほど。女の子と女の子の絆は・・・奇蹟すら呼び起こすことができると。ふふふ・・・わたくしはまた世界の真理に近づいてしまったようですわね」


「お、おう・・・?」


 舞の呟きはまるで加奈には理解できなかったが、それでもまさに彩奈こそが唯の白馬の騎士になれることは間違いないことである。


「理由はただ一つ。それは、私が東山彩奈だから。東山彩奈は高山唯の全てを受け入れ、拒絶するなんてあり得ない」


 とても現実的な考えとは言えず、これが学会での発表であれば失笑ものだ。だが彩奈の言葉こそが真実であると誰も疑わないし、この世には奇蹟は確かにある。


「よし、それでは敵艦攻略のために作戦を立てるぞ。我々でヤツらを撃破し、日本の、世界の危機を救うとしよう」


 反撃の時は来た。 

 鷲見丘航空基地から発進したラグナレクは一路ターミナートルへと進路を取る。


 自らよりも大切な人を救うべく、新たな力を携えた少女を乗せて。






「東山、体調には問題ないな?」


「はい。いつでもいけます」


「ならいい。作戦会議を始める」


 メインブリッジ下部に位置するブリーフィングルームにて最後の作戦会議が始まった。この戦いで主要な人物となる彩奈と神宮司が中心となりハウンド小隊員や佐倉が集っている。


「この戦いの流れとしてはまず東山が先行して敵艦隊の戦力を削り、その後でラグナレクが大型魔道戦艦に突撃を敢行して乗り込み、高山の捜索と保護をしてから艦載魔道砲で撃沈する」


 言葉にするだけなら簡単だが、それが容易な作戦ではないことはこの場にいる全員が分かっている。そもそも彩奈だけで敵艦隊に突っ込ませること自体が無謀極まりないことだ。というより現実的なやり方とはとても言えない。


「東山の攻撃目標は大型魔道戦艦の主砲、及び周囲に展開している五隻の小型魔道戦艦だ。これらはラグナレクにとって大きな脅威になることから迅速な殲滅が必要となる」


「ですが彩奈さん一人でそれだけの敵を叩くのは困難ですわ。いくら天使族の魔力を行使できるようになったとはいえ、艦五隻を沈めるだけの火力を発揮するのはさすがに・・・・・・」


「そうだな。なので武器を用意してある」


 神宮司の言葉に佐倉が反応して目の前のキーボードを操作し、ブリーフィングルームにあるスクリーンに何やら物騒な武器が表示される。


「これは私が暇つぶしに製作した対艦ライフル、YDR-00Mだ。国防陸軍が採用している対戦車ライフルをベースに改修し、このラグナレクの装甲すら貫ける火力を発揮できる。装填されている弾薬も特別なもので、装甲貫通後に弾が爆散することで広範囲にダメージを及ぼすことが可能なんだ。つまり、このライフルで敵艦のエンジン等動力源を撃てば一撃で仕留めることもできるはず」


 得意げに説明する佐倉。この対艦ライフルはよほどの自信作らしい。


「だけど弾薬の装填数は五発だ。予備弾が無いので一発で一隻を撃破する必要があるんだけど・・・・・・」


「問題ありません。一撃で破壊します」


 いつも以上に気合の入っている彩奈は強い眼差しでスクリーンを見つめつつ頷く。


「それと大型魔道戦艦の魔道砲を撃つためにラケーテンファウスト三本と、円盤状の機動兵器対策に新型ショットガンのショットゲヴェールを持っていってくれ。これだけの火器があれば東山君一人でもそれなりに戦えるはずさ」


 一般火器は魔力を消費せずに使えるので魔力を温存することもできる。つまり翼と肉体強化に魔力を集中できるので飛行時間を稼げるのだ。


「東山、何か質問はあるか?」


「敵艦を沈め、大型魔道戦艦に取り付いた後は艦内に突入してもいいんですよね?」


「ああ、だが無理はし過ぎるな。体に不調があれば我々の到着を待て」


 そう言いつつも彩奈なら無理をしてでも唯を探そうとするだろうと神宮司は思う。


「敵艦隊は富嶽を目指して前進中だ。今我々が止めなければ生命の樹は敵の手に落ちることだろう。そうなれば世界が終わってしまうことと同義だ。それは絶対に阻止しなければならん」


 今も魔道保安庁本部と交信できておらず援軍を要請することができていない。このラグナレクだけが追い付ける位置にある。


「特に東山には無茶なオーダーをしなければならず、申し訳ないとは思うが・・・・・・」


「神宮司さんが謝ることはないです。むしろ私は唯救出のチャンスを貰えたと感謝していますから」


「フッ・・・高山のようなことを言うのだな」


 彩奈に唯の面影を重ねつつ、神宮司は最後の訓示を行う。


「これは我ら魔道保安庁最大の戦いとなるだろう。諸君の活躍に期待する」






「彩奈さんは装備チェックのために武器庫へ向かいましたわ。わたくし達も準備しておきませんとね」


「だな。戦闘着に着替えておくか」


 普段はスーツ姿で戦っている加奈達だがこういう戦いでは戦闘着を着用する。あまり好みの装備ではないのだが多少は動きやすくなるのでその長所を取ってのことだ。


「春菜と麗も着替えておけよ。隣の更衣室に後二着あるから」


「了解です」


 狭い艦内に合わせて小さな更衣室がいくつか備えられており、その一つに加奈と舞が入る。他に人はおらず実質貸し切り状態だ。


「唯、ちゃんと助けられるといいな」


「そうですわね。唯さんの現状は分かりませんが、生きているとわたくしは信じていますわ」


「ああ。絶対に生きているさ」


 確信はなかった。彩奈から聞いた話では剣で刺されたというし、もしかしたら死んでいるかもしれないのだが、それでも希望を持たねばやっていられない。

 それにサーチ用水晶はあの大型艦を示しているので連れ去られた唯が運び込まれたことは間違いない。


「彩奈さんだけでなくわたくし達にとっても大切な友人です。それに、純粋な天使族である唯さんの特殊な魔力はわたくしのような替えの効く適合者と違って唯一無二の存在ですわ。だからこそ・・・」


「そんなこと言うなよ」


 ロッカーをバタンと閉めて舞の言葉を途中で加奈が遮った。そんなことは今までになかったので舞は不思議そうに加奈へと視線を向ける。


「替えが効くなんて、絶対に言うな」


「加奈さん・・・?」


「確かに魔力は普通かもしれない。でもな、新田舞という存在はこの世で一人だけで替えなんて効かないんだよ。他の誰にもな・・・・・・」


 加奈は舞の両肩を掴み優しく諭す。

 戦力的には唯ほど重宝される存在ではないかもしれない。けれどそんな事はどうでもいい。加奈にとって舞という個人そのものが大切なわけで、その代わりは決して誰にも務めることはできない。


「だから、そんな悲しいことは言うな」


「・・・はい」


 舞の心は戦闘前とは思えないほど穏やかだった。ただひたすらに加奈の瞳だけを見つめている。


「ありがとうございます、加奈さん」






「では予定どおりだ。敵射程のギリギリまでヘリで東山を輸送し、そこからは単独で飛行してもらう」


「はい。では行ってきます」


 ラグナレク後方のカーゴには人員輸送用の大型ヘリが格納されており、彩奈はそのヘリに搭乗する。ここから翼で飛ぶのでは敵艦隊に到着するまでに魔力を使い果たしてしまうので、これで少しは彩奈の負担を減らすことができるだろう。


「神宮司さん、あたし達も付いていっていいっすよね?」


「ああ。勿論だ」


 このヘリに乗り込むのはパイロットと彩奈だけで充分なのだが加奈達ハウンド小隊員も同行することにした。大切な仲間の力になれないことに歯がゆい思いをしているからこそ、せめて見送りだけはしたかった。


「いよいよオペレーション・リリィストームの開始ですわ」


「それが今回の作戦名なのか?」


「はい。わたくしが神宮司さんに提案したのですわ」


 そう言って舞はその大きな胸を張り、ドヤ顔で腰に手を当てた。


「リリィストーム・・・どこかで聞いたことがあるような・・・・・・」


「わたくしの好きなおとぎ話、”タイタニア物語”から引用しましたの。そのおとぎ話は勇者の少女と王女様が絆を深めつつ頑張る物語でして」


「そーゆーの本当に好きだな」


「大・好・物! ですわ!」


 目をキラキラさせている舞と加奈、そして春菜と麗もヘリに乗り込み、ローターが回転を始めてカーゴのハッチが開く。


「頼むぞ、東山」


 神宮司に見守られながら発艦するヘリ。

 果たして彩奈は作戦通りに敵艦隊へ打撃を与えることができるのだろうか・・・・・・


  -続く-

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