第57話 希望の兆し

 魔道エンジンのトラブルによって沿岸部にある鷲見丘航空基地に緊急着陸したラグナレク。佐倉以下日ノ本エレクトロニクススタッフが急いで復旧作業に当たるが少し時間がかかるようだ。


「しかし参ったな・・・通信も不安定だしな」


「これでは敵を捕捉することすら難しいですわね」


「ラグナレクのECCMを調整すれば、より広範囲をカバーできるらしいからそれに期待しよう」


 神宮司は舞と共に艦を降り、基地司令と会うために指揮所へと向かっていた。今の彼女達にできることは少なく、とにかく現状を把握するしかない。




「この度は要請に応えていただきありがとうございます」


「いえ、このような時こそ組織の垣根を越えて協力しなければなりませんから、当然のことをしたまでです」


 指揮所にていくつものバッジを付けている老齢の女性こそ鷲見丘基地の司令官、榊大佐だ。榊は神宮司の敬礼に応じ、現状を伝える。


「先刻、魔道保安庁より敵魔道戦艦の動きを知らせる連絡が入った直後に通信障害が発生し、以降は他基地と全く繋がらなくなってしまった。キミ達が乗って来たというラグナレクのECCMによって一部機能が復旧して現在は国防省や政府との交信を試みている」


「我々も本部への打電は続けていますが未だ交信できていません。ラグナレクには日ノ本エレクトロニクスの権威である佐倉研究員が搭乗していますから、彼女に技術的問題を解決してもらうしか打てる手がないのです」


「それまでは伝書鳩を飛ばしていた時代に逆戻りというわけか」


 高度な通信システムは社会を進化させたが、切断されれば機能不全に陥るという脆弱性も併せ持つ。今回の事件はそれを如実に表した例と言えるだろう。

 敵の次なる動きを知りたいという焦燥に駆られながらも、佐倉達の仕事が終わるのを待つしかなかった。






「ん? これは?」


 大気圏を突破し、目的地に向けて降下を続けるビューリカはレーダーに表示されたアラートを注視する。レーダーは識別不能の魔道戦艦をキャッチしており、それが地球側の戦力であるのは明白だった。


「ノルド級以上の大型艦か・・・宇宙からの観測ではこんな反応は無かったのに、どこに隠していたのだ・・・・・・」


「ビューリカ、どうするのぉ?」


「予定変更だ。生命の樹への直接降下は中止し、一旦海上に向かう。そこで直掩用に温存していたデトルト級魔道駆逐艦を発艦させてから再度侵攻する」


 敵艦の性能が分からない以上、無理をするのは愚策だと判断しての作戦変更だ。強行してターミナートル級が撃沈されては元も子もない。


「下等なヤツらのクセに贅沢な品を持っているなど・・・まあいい。蹴散らすだけのことだ」


 怒りを感じながらもあくまで強気な態度は崩さない。少し地球人類が延命されただけに過ぎず、勝利を勝ち取れるという自信だけは無くしていなかった。






「司令、ラグナレクの佐倉研究員から入電です! モニターに映します」


 ビューリカがラグナレクの存在を認識した頃、鷲見丘基地でも動きがあった。

 榊のみならず神宮司と舞も指揮所内にある大型モニターの前に移動し、佐倉からの連絡に耳を傾ける。


「ECCMの範囲拡大作業を実施したところ、敵と思われる艦の影を捉えたんですよ! そっちにも表示します」


 佐倉が片手間に機器を操作するとモニターにレーダー画像が現れ、アンノウン表記の大型の機影が捉えらていた。この状況ではアンノウンが敵艦である可能性が高く、しかも鷲見丘基地からそう遠くはない海上に降下したようだ。

 それを見た榊は部下に指示を飛ばす。


「哨戒機を緊急出動させろ。これが敵であった場合に備え、第1030飛行隊をスタンバらせておけ」


 一気に慌ただしくなった指揮所の端で事の推移を見守る神宮司は自らが率先して現場に向かいたいという気持ちを必死に抑えていた。せめてラグナレクさえ動けばと思うが気を揉んでも仕方がない。

 

「これが撮影されたターゲットか。最大望遠で粗くはなっているが、友軍機ではないのは間違いないな」


 数分後、画像データが哨戒機から送られてきた。そこには衛星軌道上で確認された魔道戦艦と酷似した艦影が写っており、つまり日本のピンチが近づいているという証拠である。


「スクランブルをかける。第1030飛行隊は行けるな?」


「はい、全機発進準備完了しています」


 航空機による攻撃が開始されることになったが、神宮司は複雑な心境であった。何故なら目標には唯が乗っている可能性があり、撃沈してしまったら唯を助けるどころの話ではなくなってしまうからだ。


「神宮司さん、あそこには唯さんが・・・・・・」


「分かっている。だが国防軍の職務を邪魔をするわけにもいかん。もしアレを撃沈したら、すぐさま救助に向かうしかない」


「はい・・・無事に助けられればよいのですが・・・・・・」


 舞は不安で胸が張り裂けそうになっていたが、どうすることもできず、指揮所から飛び立つF-15JCの戦隊を見送るのであった。






「敵の飛行タイプ兵器が近づいてくるわよぉ」


「フン、こちらに気づいたな」


 海上で停滞しているターミナートル級はハッチを開き、デトルト級魔道駆逐艦を発艦させている真っ最中だ。小型機ならまだしも、全長百mクラスの艦船を出すためには姿勢制御を慎重に行う必要があり、そのために今は前進も後退もできない。とはいえ簡単にやられるほどヤワな艦ではないのだ。


「武装は使えるな?」


「この艦唯一の武器である対艦魔道砲計六門は使えるわよぉ」


「図体がデカいくせに本当に武器が少ないな」


「完全な状態で運用しているわけじゃないから仕方ないわぁ。それにデトルト級と魔道機兵シハールでも充分に対抗できるわよぉ」


「そうだな。まずは前哨戦といこうか」

 

 メイムのコントロールで艦の周囲に備え付けられた巨大な砲塔が動き出す。


「頼むぞ、メイム」


「任せなさぁい」






「各機兵装自由。気を抜くなよ」


 戦闘機隊の隊長の指示で全機がセーフティを解除して迫る魔道戦艦に向けてロックオンを行う。事前にあらゆる周波数で呼びかけを行ったが応答が無かったことからの判断だ。


「大きいな・・・・・・」


 それが隊長の最期の呟きであった。次の瞬間には眩い閃光が機体を包み込み、チリも残さず消滅する。

 ターミナートル級から放たれた魔道砲の強烈な一撃が二機のF-15JCを破壊し、残った機体は回避運動を行いながら交戦に入るが、そのパイロット達もすぐに絶望に陥るのであった・・・・・・






「まさか、そんなバカな・・・・・・」


 戦果を期待していた榊の耳に入った報告は真逆のものであった。信じられないという表情のまま詳細を確認する。


「十二機のF-15が三分もたたずに全滅だなどと・・・・・・」


 敵とエンゲージした第1030飛行隊は瞬く間に撃破され、十二機のF-15JCは三分間すら生き残れず全滅してしまった。いくら旧式機体とはいえ練度の高い国防空軍の部隊が瞬く間に失われたという事実は容易に受け入れられるものではない。


「しかし、無駄な戦いではないぞ・・・・・・」


 最後に残った一機から映像データが送られていたのだ。そこには敵の繰り出す兵器や攻撃が記録されている。


「円盤状の機動兵器か・・・しかも小型の魔道戦艦とおぼしき五隻の艦が護衛についている」


 神宮司はそれを冷静に分析し、現実的に考えてコレを攻略するのは極めて困難だと認識せざるを得ない。少なくとも有視界近接戦闘では既存の兵器では優位には戦えないのは確かだ。


「神宮司さん、佐倉さんからの連絡です。魔道エンジンの調整が完了したとのことですわ」


「そうか。なら艦に戻り、対策を考えよう」


 落胆している榊に戦闘データの共有を要請し、神宮司と舞はラグナレクに戻ることにした。






「・・・現状は今伝えた通りだ。飛行隊から送られてきたデータを見て分かる通り、現存する兵器で勝つのは至難の業と言えるだろう」


 ラグナレクのブリッジに主要メンバーが集結し、神宮司からの報告を真剣な眼差しで聞き入る。


「魔道保安庁全体や国防軍全体と連絡が取れれば勝てるだろうが、今動ける我々だけではこれを鎮圧するだけの戦力に足りない。しかして放っておくわけにもいかん」


 本部からの指示を受けられない現状では待機が懸命だろうが、まさに世界を破滅に追いやるかもしれない敵を止められる位置にいるのだ。なのならば黙って見逃すなどという選択肢は無い。

 

「ですが神宮司さん。戦闘機でも撃ち落とせない相手とどう戦えばいいのでしょう?」


「本艦には仮設とはいえ武装が一応はある。艦先端に魔道砲もあるし、ミサイルランチャーもあるが、しかし有効射程距離に入れるかが問題だ。大型魔道戦艦の魔道砲もそうだが、周囲で護衛している小型魔道戦艦とその艦載機である円盤部隊を突破しなければならん」


 護衛の攻撃さえくぐり抜けることができれば、後は相打ち覚悟で敵大型艦に特攻して零距離からでも全火力を撃ちこんでやればいい。そこにどう至るかが課題としてのしかかっているのだ。


「特に円盤タイプが厄介だ。それこそ天使族のように空戦が可能で三次元立体機動を描くことができれば、これらとも渡り合えるだろうが・・・・・・」


 空戦型魔道機兵シハールの最大の特徴は小回りが効いて高い運動性能を有する点だ。それに対して戦闘機は速度面では上回っているものの直線的な軌道しか描くことができず、接近戦であれば簡単に後ろを取られてしまって勝負にならない。


「高山もいないし、これでは正直厳しいな・・・・・・」


 前回の対魔道戦艦戦では唯がまさに理想的な働きをしていた。直掩の魔物達を退け、アッという間に魔道戦艦に肉薄して友軍の突入を支援したのである。その戦法は今回だって使えるだろうが、いかんせん肝心の唯がいないのだから仕方がない。


「神宮司さん、一つだけ・・・一つだけあるんですよ。解決策になり得るかもしれない方法が」


 具体的な案が出ない中、佐倉が一歩前に出て何かを提案しようとしていた。


「それはどういう?」


「日ノ本上層部の勅命で、実は天使族の力を複製、もしくは再現する実験の一端を任せられたんです。そこで考えられた方法というのが一般適合者に高山君の細胞を埋め込み、肉体そのものを天使族に準じるモノに変化させることで、言うならば準魔人精製を真似たやり方です」


「つまり・・・?」


「天使族に似た存在を作るという研究です・・・上層部は疑似天使族と呼んでいますが・・・・・・」


 天使族という存在で唯だけが人類の味方側であり、政府や国防軍の中には天使族の数を増やしたいと考える者達がいた。そうした人間達が日ノ本に圧をかけて依頼したのが疑似天使族を創り出す計画なのだ。


「一般適合者から提供された体細胞に高山君の細胞を掛け合わせる実験をさせられましたが、しかしそのほとんどは失敗に終わりました。天使族の魔力は強く、普通では耐えられないということは皆さんも承知の事実だとは思いますが・・・・・・」


「でしょうね。ですが、それでは何も解決できませんが」


「でも一人だけいたのです。高山君の細胞を問題無く取り込み、変化を遂げることができた人間が」


「誰なんです?」


「東山君ですよ」


 佐倉に指名された彩奈はきょとんとした表情をしているが、神宮司にはそれが納得できた。


「東山君、キミには疑似天使族になれる才能がある」


「私が、天使族の・・・?」


 この場にいる皆の視線を受けながら、彩奈は自分の秘めたる才能とやらについてもっと聞きたいと思うのであった。


   -続く-

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