第56話 地球降下作戦、始動ビューリカ

 唯が連れ去られた翌日、ハウンド小隊は佐倉や神宮司と共に裏世界を訪れていた。

 しかし目指すのは魔物の拠点などではなく魔道戦艦が保管されている場所だ。


「いよいよ修復が完了して後は稼働テストを残すのみになったよ。敵に対抗するためにもコイツを早く実戦配備しないとね。ちなみにコイツの艦名はラグナレクだ」


 佐倉が指で示す魔道戦艦ラグナレクは魔女エリュアから奪取したもので、戦闘で受けたダメージの修復と改修作業を受け魔道保安庁の戦力として投入されることになっている。

 切り札である唯が失われた今、敵の保有する魔道戦艦に対抗しうるのはラグナレクであり、神宮司の進言を受けて生命の樹防衛のため富嶽へと配備される予定であった。


「ハウンド小隊はラグナレクで臨戦態勢のまま待機しておけ」


 敵は再び地球へと降下し、その時こそ対魔道戦艦戦闘も行われる一大決戦になると神宮司は予測していた。だからこそ、その戦いで主役となるであろうラグナレクの搭乗員としてハウンド小隊も招集したのだ。


「佐倉さん、すみませんが皆を案内していただけますか」


「了解ですよ」


「頼みます。東山はここに残れ」


 舞達に艦に入るよう指示しつつも、神宮司は彩奈を呼び止める。


「なんですか?」


「高山も心配だがお前のことも心配でな。どうだ? 作戦には従事できそうか?」


「やりますよ。唯を・・・救わないといけないんですから」


「それならばいい。救える希望があるのだから諦めるなよ」


 そんなことは彩奈とて分かっているし、神宮司も彩奈が唯のことを諦めるなど思ってはいない。それでも伝えておきたいことがあった。


「私は鬼神などと大仰に呼ばれているが、ここぞという時に大切な人を守ることができなかった情けない人間なんだ。どうしてあの時もっとアイツを・・・なんて後悔ばかりが今でも消えないし、一生忘れることもできないだろうな」


「そんなことが・・・・・・」


「高山がどうなっているかは分からない。だがその場で殺さず連れ去ったのなら生きている可能性がある。ならばその可能性に懸け、私の二の舞にはなるな。お前の全てをかけてでも救ってやれ」


「はい。勿論です」


 彩奈の目に光が戻ったことで神宮司は安堵する。これならば戦いの中でも目的を見失わずにいられることだろう。


「後は、敵の出方だな・・・・・・」


 迎え撃つ準備は着実に進んでおり、後は神宮司の見立て通りに地球へと降りてくるのを待つだけだ。






「うふふふふ・・・そろそろかしらねぇ」


 満足そうな笑みのメイムは洗脳装置である仮面を取り出した。前回は失敗したが今回こそは上手く洗脳できるだろう。何故ならメイムの調教によって唯の精神は完全に破壊されているからだ。サリアの治療でせっかく回復した気力も再び失われ、もはや抵抗する様子はない。


「さぁ、私の忠実なる下僕になりなさいなぁ」


 仮面に魔力を通して唯の顔に押し付ける。紫の閃光が頭を包み込み、仮面が唯の顔の半分を覆った。


「これからアナタは私のものよぉ。いいわねぇ?」


「ハイ・・・メイムサマ・・・・・・」


 透き通るように綺麗だった茶色の瞳が変色し、迸る魔力のように紫色になってメイムを見つめる。優しく柔和な表情は死に、堕ちた唯はメイムの下僕へと成り下がってしまった。


「これからも可愛がってあげるわぁ。ありがたく思うことねぇ」


「ハイ、アリガトウゴザイマス・・・・・・」


 拘束を解かれるが逃げ出したりはしない。それどころか膝をついてメイムに頭を下げていた。

 その唯を見下ろし、地球を支配した後の生活を夢想するメイムの高笑いが独房に響き渡っている・・・・・・





「ビューリカ、入るわよぉ」


 艦内にある工業ブロック、その一角は研究所のようになっており、それはこのターミナートル級が単なる軍艦ではなく多目的用途を想定した移動要塞として建造された名残である。

 その研究所でビューリカはエルデ魔結晶と生命の樹の枝を掛け合わせるなどして反応を確かめていた。


「首尾はどうかしらぁ?」


「順調だ。このエルデ魔結晶はちゃんと使えるし、これで生命の樹をコントロールできると確信した」


「なら地球へと降り立つのねぇ?」


「ああ。時は来た」


 ビューリカは実験を終えて振り返り、メイムが連れてきた唯を一瞥する。


「お前のほうも上手くいったようだな」


「そうよぉ。ユイちゃんは私の言いなりだから、何でも命令しちゃってちょうだぁい」


「そうか。役に立てばいいのだが、コイツはサリア並みの出来損ないだぞ?」


「それでも私達に近い性質の魔力を持つことに変わりはないわぁ。きっと役に立つはずよぉ」


「ならよいのだがな。コイツの指揮はお前に任せる」


 ビューリカにしてみれば唯は歯牙にもかけないほど低性能な適合者なのだ。いくら魔力の質が似ているとはいっても基本的な戦闘力が大きく違うし、その程度なら正直居てもいなくても戦局に影響はないだろうと考えている。


「作戦を立てる。サリアもブリッジに呼べ」


 最終戦争が始まる。ビューリカはエルデ魔結晶を魔法陣に格納してブリッジへと足を向けた。






「よし集まったな。それではブリーフィングを始める」


 ターミナートル級の船体上部にあるメインブリッジに艦のメンバー全てが集まる。といっても堕ちた唯を含めて四人であり、広い空間の隅にあるホロスクリーン前で向かい合っていた。


「これより我々は生命の樹奪取のために地球降下を行う。しかしこのターミナートル級は大型であるがゆえに被弾面積が大きく、大気圏内においては機動力も減衰してしまうのでこのまま降下しても集中砲火を浴びて一瞬で沈められてしまうだろう」


 そもそもターミナートル級は宇宙空間における拠点として建造された艦であり、大気圏内での運用は想定されたものではない。元から機動力が低いのに重力と空気によって更に低下して簡単に捕捉されてしまうのは目に見えている。


「とするならば、まず我々が叩かなくてはならないのは敵の通信、及びネットワークシステムだ。これらを妨害、無力化することで組織だった抵抗を排除し、本艦の脅威となりうる長距離誘導兵器を使用不可にするしかない」


「なるほどぉ。でもターゲットである島国全体のシステムをどうやって阻害するのかしらぁ?」


「そのための第一段階として先発隊を送り込む。本艦にはノルド級魔道巡洋艦が七隻搭載されているだろう? それらを遠隔コントロールモードで先行して各所に降下させ、電子妨害装置であるECMを作動させる。それによって広範囲をカバーさせるのさ」


「確かにそれならば誘導兵器は無効化できるわねぇ。けれど通信網を無効化しても航空戦力による攻撃の可能性は取り除けないわよぉ?」


「そうだな。敵は最後の手段として航空機による目視戦闘を実施してくるだろう。だがこれらは空戦型魔道機兵シハールで対応できるはずだ」


 ビューリカの操作でスクリーンに表示されたのは円盤状の兵器だ。いわゆるUFOとして人間が認識しているシルバーカラーのその円盤こそが空戦タイプの魔道機兵であり、ターミナートル級には多数搭載されている。


「これをノルド級に搭載して迎撃に使う。それならばある程度の時間はもたせられよう」


「それで私達はどうするのぉ?」


「本艦は先発隊発進の三十分後に大気圏に突入だ。作戦開始は一時間後とするから各員準備を急げ」


 慎重な気質があるビューリカがこうも急かすのは旅の終わりに興奮を隠せないからだ。作戦を立てた時点で勝利は自らのものと疑っておらず、後は実戦あるのみである。






「発進準備完了しましたよ、神宮司さん」


「では起動をお願いします。浮遊後に適合者によるシフト魔術を用いてラグナレクごと表世界に移動し、富嶽を目指します」


「了解です。では魔道エンジンの一番から四番まで始動させてくれ」


 佐倉の指示で先ほどまで調整を受けていた魔道エンジンに点火され、ラグナレクは順調に浮遊を開始する。

 

「どうです? 魔道エンジンの性能は」


「どう、と言われましても・・・・・・」


 自らの成果とばかりにドヤ顔で問いかけられても神宮司は困惑するだけだ。だがそんな神宮司の鈍い反応もかまわず佐倉は語り始める。


「魔道エンジンというのは私が名付けたのですがね。我々の保有する魔道機械より高度な技術が用いられていて仕組みを理解するのも難しかったのですが・・・・・・」


 それを自分の技術に吸収できるのだから佐倉は天才なのだろう。


「は、はあ・・・そ、それはともかく表世界へのシフトを開始する。各員、頼むぞ」


 艦内放送にて呼びかけ、搭乗している適合者達が一斉にシフトを唱えた。するとラグナレクを光が囲い裏世界から表世界へと無事にシフト完了する。


「神宮司お姉様、本部より緊急入電です」


 その直後、オペレーターの一人が慌てたように手を挙げながら神宮司に連絡が入ったことを知らせる。その内容は聞かずとも天空の先にいる敵の動きであると直感していた。


「ン、内容は?」


「敵艦に動き有り。総数不明ながらも艦載機の出撃、降下を確認。尚、降下ポイントは複数個所に予測されて特定を急いでいるとのことです」


「まずは陽動と攪乱を目的とした部隊を送り込んできたのだな。よし、本部に回線繋げ」


「はい・・・これは・・・?」


「どうした?」


 オペレーターの元に寄った神宮司は計器の動作がおかしくなっていることに気づいた。どうやら通信自体が繋がらなくなってしまったようだ。


「連絡がつきません。急にノイズのようなものが入って・・・・・・」


「どうしたのだ・・・スマートフォンも電波が入っていないな・・・・・・」


「レーダーも使用不可です。電子装備が軒並み使えません」


 艦内にあるあらゆる通信機器が機能しなくなってしまった。一つならまだしも全てとなれば、これは単なる機械の故障ではない。


「もしかしたら敵の妨害工作かもしれません」


「なるほど・・・衛星軌道上の敵艦もジャミングによって周囲の衛星や観測機をダウンさせていた。つまり降下してきたという艦載機がそうした電子妨害を行うことで日本の通信能力を奪い、混乱している隙に生命の樹を乗っ取る算段か」


 とするならばかなりマズい状況だなと神宮司は腕を組みながら対策を考える。


「神宮司さん、もしかしたら解決できるやもしれません」


「どうするんです?」


 佐倉はブリッジ後方にある装置を操作しながら神宮司を呼ぶ。装置にはいくつものメモが貼り付けられており、急場で解析していた日ノ本エレクトロニクススタッフの努力が垣間見れる。


「これは電子戦用の機器でして、電子妨害対策、つまりECCMを展開すれば敵の電子攻撃を遮断することができるはずです」


 話しながら佐倉はいくつかのスイッチやレバーを操作した。

 電子妨害を行うのがECMで、それに対抗するための手段がECCMなのだ。そのECCMによって通信設備が復旧、レーダーも完全でないにしても動き始めた。


「上手くいったようです。ラグナレクを中心とした局所的な回復ですけれど」


「さすが佐倉さん。それでも充分ですよ」


「そうでしょう。これで戦況も少しは把握でき・・・」


 一難去ってまた一難。ガタンと船体が揺れて姿勢制御に大きな乱れが発生し、佐倉は転倒しそうになる。


「こ、今度はどうした!?」


「佐倉さん!第三、及び第四魔道エンジンが停止しました!」


「なんと!?」


 機関室からの連絡によると魔道エンジンに不調が発生し、計四発の内二つのエンジンが停止してしまったようだ。


「こうなったら着陸するしかないが・・・・・・」


「ですが神宮司さん、例えば魔道保安庁支部などの設備が整った場所に降りなければ修理や調整に手間取って、敵の迎撃どころではなくなりますよ」


「うーむ・・・だとするならば・・・・・・」


 神宮司は何かを思いついたらしく、オペレーターに指示を出す。


「ここから近い場所で有力なのは新設された国防空軍の鷲見丘航空基地だが、繋がるか?」


「お待ちください・・・鷲見丘航空基地、応答有り」


「よし、私が話す」


 オペレーターからヘッドセットを受け取り現状を互いに伝えあう。どうやら鷲見丘航空基地も電波障害で通信が遮断されていたが、ラグナレクのECCMの効果範囲内に入っているようで限定的ながら通信が可能となったらしい。


「進路、鷲見丘に合わせ」


 着陸許可が出たのでひとまずは危機を脱せそうだが、神宮司は全く楽観的になることはできなかった。






「さて・・・これで全て終わらせる」


 先行したノルド級七隻が予定通りに動いていることを確認したビューリカは艦長席に座り、メイムに降下開始を命じた。艦の推進機関が起動し、少しずつ地球に向けて

近づいていくのが流れる景色から分かる。


 宇宙に浮かぶ美しい青い星の、その運命を分ける戦いの火蓋が切って落とされた・・・・・・


   -続く-

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