第55話 サリアの涙

 地球のすぐ近く、スペースデブリの漂う衛星軌道上に異質な金属の塊が浮いていた。それこそ唯が囚われている全長約二kmにも及ぶターミナートル級大型魔道戦艦であり、眼下の青い星を手中に収めんとするビューリカの本陣である。

 その大型魔道戦艦内の宝庫にてサリアは物漁りをしていた。何かを盗もうとしているわけではなくビューリカの命令でとある結晶体を探しているのだ。


「見つかったか?」


「いえ、まだです」


 宝庫の内部は広く、惑星ガイアから持ち出した物品や宇宙航海の間に採集した物等多数のコレクションで埋め尽くされているので探すのも容易ではない。この艦に搭乗する三人の誰も整頓が得意ではないのが裏目に出たと言えるだろう。


「ん? これは・・・?」


 サリアの目についたのは白百合の形をしたシールド状の魔具だ。長い間放置されているのでホコリをかぶってくすんでいる。


「確かリスブロンシールド・・・ガイア伝承に出てくる伝説の魔具が何故ここに?」


 遠い昔に聞いたガイアに伝わる伝承。それは心を通わせた二人の少女を中心とした物語で、このリスブロンシールドは二人の意思に共鳴して奇蹟を起こしたと伝えられている。貴重品の収集が趣味のビューリカなら持っていても不思議はないかとサリアは一人納得して元の位置に戻した。


「何を見ている?」


「あっいえ・・・これを」


「リスブロンシールド、こんなところにあったのだな。伝承では大活躍だったが私にとっては価値の無い物品だ」


「心を通わせた二人の女の子でなければ奇蹟は起こらないと聞きました」


「くだらんな。他者と心を通わせるなどバカバカしい。勝利も奇蹟も自分の手で引き寄せるものだ」


 と言ってリスブロンシールドに興味を失ったビューリカは目的の物を見つけるため宝庫の奥へと消えていった。

 それから十分も経ったころ、宝庫の扉が開いてメイムが入室してきた。


「どうかしらぁ、探し物は見つかったかしらぁ?」


「まだです」


 メイムは肩をすくめながら奥に向かおうとしたが、足早にビューリカが表れて立ち止まる。


「どうやら見つけたようねぇ」


「ああ、これこそがエルデ魔結晶だ。かの有名なガイア大魔結晶の欠片から精製されたという魔結晶さ。これ単体では用途は限られるが生命の樹へのコンタクト及びコントロールデバイスとして使えるはずだ」


「ガイア大魔結晶の子供みたいな物ですものねぇ、それくらいはできてもらわないと困るわねぇ」


 生命の樹のセット品とも言えるガイア大魔結晶自体は消失したが派生物が残っていた。ビューリカの言う通りエルデ魔結晶はガイア大魔結晶の欠片を利用して精製されて同質のエネルギーを有している。そのため生命の樹を制御するのに使えると考えたのだ。


「しかし確実ではない。メイムが回収した生命の樹のサンプルを使って実験してみる」


「結果を楽しみにしてるわぁ」


「それよりお前が捕まえてきたあの女はどうなのだ?」


「ふふ、調教は順調に進んでいるわぁ。もう少しで堕ちるんじゃないかしらぁ」


「次の降下作戦までには使えるようにしておけ。下等な者共との決戦で投入する」


「了解よぉ」


 エルデ魔結晶を小脇に抱えたビューリカはそれだけ言い残して宝庫を後にする。


「私が捕まえたあのコ、ユイって名前なのよぉ」


「ユイ、ですか」


 わざわざメイムからサリアに指令以外の事で声をかけるのは珍しい。おそらくは捕らえた少女を好き放題できているから機嫌がいいのだろう。


「なかなか強情なコでねぇ。名前を聞きだすにも一苦労だったのぉ」


 自らの成果を誇るように胸を張るメイムだが、その過程で行われた行為を想像するだけでサリアは気分が悪くなる。


「私は魔道機兵の調整を行うからぁ、アナタはユイちゃんに水でも与えておいてちょうだいねぇ」


「水分補給ですか?」


「脱水症状で死なれても困るものぉ」


 意味深なウインクを残してメイムも宝庫から立ち去る。残されたサリアはため息をつきながらもメイムの指示に逆らうわけにもいかず、水を調達するために調理場へと向かった。






 夜、宿舎へと戻った彩奈は空虚な視線を月に向けていた。本当なら隣には唯がいて一緒に眺めるというロマンチックな時間が流れているはずであった。


「唯・・・・・・」


 呟く彩奈への返答はない。

 ただひたすらに静寂が場を支配している。


「どこにいるの・・・・・・」


 漆黒の宇宙へ連れ去られてしまったという報告は耳にしているが、地球の外など想像の範疇を越えているのだ。人間は地に足を付けて生きている生命体なのだから空の彼方など想像しろと言われても不可能である。

 彩奈は今の自分にできることは無いという重い事実を痛感してベッドの上へと倒れ込んだ。


「これは・・・・・・」


 首を横に向けた彩奈はある物体を目にして手繰り寄せる。それは唯が就寝時に着用しているジャージであった。

 顔へと近づけたジャージからは唯と同じイイ匂いがして、彩奈は溢れる涙を抑えずそのジャージをぎゅっと抱きしめる。


「唯・・・唯・・・・・・!」


 全てを忘れ辛い現実から逃避するように、ただひたすら唯の香りに包まれていた・・・・・・






 そんな彩奈と同じように唯もまた思考を停止させていた。いや、正確には思考力が奪われて停止せざるを得ない状態なのだ。

 一体どれほどの時間メイムに弄ばれていたのかは知らないし、どんな情報を口にしたのかも分からない。もはや脱出を試みる力どころか気力さえも尽きている。


「あの、大丈夫・・・ではないですよね」


 声をかけられてようやく唯は自我を取り戻すように視線を動かす。メイムではなく見知らぬ少女がいつの間にか目の前におり、心配そうに見つめていた。


「ちょっと待ってくださいね」


 そう言って杖を取り出す。するとその杖が小さく発光して唯の体を暖かく包み込んだ。これはメイムの指示にあるものではないがサリアの良心がそうさせた。


「この力は・・・?」


「少しは楽になりましたか?」


「う、うん」


 その光のおかげか唯の思考も戻ってきた。揺らいでいた視界も正常となり少女の姿をはっきりと認識する。


「あと、これを」


 差し出されたボトルのストローを吸い久しぶりに水分を摂取した。ただの水のようだがこれまでにないほど美味に感じ、まるで砂漠の真ん中で見つけた水源のようにも思えたほどだ。


「ありがとう・・・ついでにこの拘束を解いてくれると嬉しいな」


「それは・・・すみません」


 本当に申し訳なさそうに謝る少女。唯はその事情を察して頼んでも無理そうだと諦める。


「こんな理不尽はあってはいけないことだとは思います。でもあの二人に逆らったら何をされるか・・・・・・」


 メイムの恐ろしさを理解したからこそ唯は同意して頷く。


「分かるよ。あの異常者は怖いもんね」


「ですので私にできるのはこれくらいです。すみません」


「いや助かったよ。そうだ、名前を教えてもらえないかな?」


「私の名はサリアです」


「可愛い名前だね」


 それは素直な感想で、別にサリアにおべっかを使って拘束を解いてもらおうという意思はない。


「アナタはユイさん、ですよね?」


「うん。なんていうか・・・よろしくね」


 よろしくも何もないが、少なくともサリアは害のある人物には見えなかったので友好的にコミュニケーションを取ることにしたのだ。


「ねえ、ここはどこなのかな?」


「ここは私達が乗る艦、ターミナートル級大型魔道戦艦の内部です。艦って言っても海を進む船じゃなくて宇宙船ですけど」


「てことは私は今宇宙にいるのか」


 それにしては重力装置が優秀だなとどうでもいい感想を思い浮かべる。人類が作る宇宙ステーションなどでは重力ブロックすら存在しないし、まるで大気圏内にいるように足が付くこの艦の優秀性は確かではあるが。


「この艦はどこへ向かうの?」


「まだ衛星軌道上にいます。ビューリカさん達の準備が終わり次第アナタ達の暮らす星に降下するそうです」


「地球に・・・何をするため?」


「さあ・・・どうやら生命の樹を手に入れようとしているみたいですが」


「なるほどね・・・・・・」


 こういう状況でも現状を把握しようとする唯の根性は大したもので、それはサリアの治癒により気力も回復したからこそできることであった。


「ところで私の傷を治してくれたのはサリアちゃん?」


「そうです。戦うことも飛ぶこともできない私の唯一の長所が魔術で治療できるという点でして」


「羨ましい力だよ。私にもその力があれば友達の怪我を治してあげられるのにな・・・・・・」


「どういう怪我なんです?」


「その友達は左腕と右目を失ってしまったんだ。それでも戦い続ける強い人なんだよ」


「なるほど。でも私の力は万能ではなくて、約二日以内の傷にしか効果がないんです」


 できたばかりの傷しか治癒することはできず、負傷から日が経ってしまった加奈を治すことはできないらしい。


「そっか」


「でも優しいんですね、ユイさんは。自分がツラい目に遭っているというのに他人の心配をするなんて」


「どうかな。私も結構自分のことや彩奈のことで精一杯なトコロもあるし」


「アヤナ?」


「ああ、彩奈ってのは私の一番大切な人の名前だよ。かけがえのない、誰も代わりを務めることができない女の子。私はあのコがいるから生きているんだ」


 脳裏に浮かぶは彩奈の笑顔。もう一度触れ合いたいあの感触。


「一番大切な人、ですか。私にはそういう相手がいないのでその感覚はよく分からないのです」


「そうなの?」


「はい。ガイアにいた頃は仲の良い友達もいましたが・・・・・・」


「サリアちゃんはガイア出身なんだ?」


 人類を創りし天使族の出身地こそが惑星ガイアでありサリア達もそこに居たようだ。だが遠い昔に滅びたわけで、それにしてはサリアは若すぎるのではないだろうか。

 その唯の疑問を汲み取ったのかサリアが語り出す。


「私達はガイアを発った後、新たな移民先を探して旅をしてきました。旅と言っても基本はコールドスリープ装置で眠っていて定期的に起きるのを繰り返してきたので肉体や精神面ではそんなに時間は経っていないんですけどね」


 そういえばミリアもコールドスリープについていたと言っていたなと思い返し、サリアが若々しい姿を保っている理由に納得した。


「その旅もいよいよ終わろうとしていますが・・・・・・」


「地球を侵略することでね?」


「私はそうしたいわけではないんです!侵略じゃなくて共存したいんです。そもそも私達は地球の方達に頭を下げて受け入れをお願いする立場なのですから。でもビューリカさん達はそうは考えていません。自分達こそが支配者として相応しいと思っているから地球の方達を奴隷にしようとしているんです」


 サリアとて暴力的な解決など望んでいない。だが力の無い彼女ではビューリカやメイムの暴走を止めることなどできないし、仮に逆らったとして瞬殺されるのがオチだろう。


「しかしてこのままでいいの? 例え地球を手に入れても、それこそサリアちゃんは一生奴隷のように使われるだけじゃないかな?」


「そうでしょうが・・・・・・」


「前にサリアちゃんと似た境遇の多恵ちゃんってコに会ったことがある。そのコは非力で、しかも大切な人を人質に取られていたせいで悪いヤツの言いなりになっていたんだ。やりたくもない悪事に手を出して、ただひたすらに命令に従っていたんだよ。そんな多恵ちゃんがどうなったか分かる?」


「い、いえ・・・・・・」


「捨てられたんだよ。あれは私の不甲斐なさが招いた結果ではあるけれど、結局は都合よく使われて最期は・・・・・・」


 目の前でミヤビに刺し貫かれた多恵の姿は唯の記憶にしっかりと刻まれていて、その多恵がサリアと重なって見えたのだ。


「メイム達はサリアちゃんを大切に扱ってくれている?」


「全く・・・・・・」


「なら今こそ行動を起こすべきじゃないかな。地球には強い適合者達がいる。その人達とならメイム達を止めることもできるはず」


 唯の言う通り、このままでは地球を支配したビューリカの都合のいいように使われて生きることになるのは火を見るよりも明らかだ。それならばとサリアは唯の提言通り地球人と協力するのも悪くないと思ったのだが、


「私達を止めるなんて不可能よぉ」


 扉がガチャっと開いて不敵な笑みを浮かべたメイムがサリアに近づく。


「アナタは余計なことを考えず私達の言う事を聞いていればいいのよぉ」


 唯達の会話を扉の向こうで聞いていたメイムはサリアの首を掴んで持ち上げて強く締め上げる。


「や、やめて・・・ください・・・・・・」


「愚かな女に情けは不要よねぇ?」


「うぐ・・・・・・」


 今にも呼吸が止まりそうなサリアを床に叩きつけ、足裏のヒールでサリアの腹を踏みつけた。苦し気に呻くサリアは必死になって許しを乞う。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」


「分かればいいのよぉ。ただし次はないわぁ」


 ようやくサリアへの暴行が終わり退室するように命じ、今度は唯に向き直る。


「よくも私の下僕をそそのかしてくれたわねぇ。もう手加減はしないわよぉ」


「手加減、ね・・・・・・」


「私を怒らせるとどうなるか、その卑猥なカラダにたっぷりと教え込んでやるわぁ」




「私はなんて弱いんだ・・・・・・」


 よろよろと部屋を出たサリアは唯の囚われている独房の扉を閉めてへたり込んだ。そして腹部の痛みを和らげるべく杖を取り出し自らに治癒魔術をかける。


「こんな・・・こんなことじゃあダメなのに・・・・・・」


 唯の言葉は確かにサリアの心に届いていたが、それでもメイム達への恐怖心を振り払うことはできなかった。

 

「ごめんなさい、ユイさん・・・・・・」


 再びメイムによる調教が始まったらしく、扉ののぞき穴から唯の苦悶に悶える悲痛な声が聞こえてくる。その声を締め出すように耳を両手で塞ぎ、体の物理的な痛みではなく心の痛みでサリアは涙を流した。


    -続く-

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