第54話 破滅への序曲

 ハウンド小隊の活躍もあってヴィムス達は次々と撃破され、適合者達の勝利も見えてきたが舞は不安を拭うことができなかった。何故なら唯と彩奈への通信に対して返答が無く音信不通状態になってしまっているためである。


「シャトルが・・・?」


 ヘッドセットに手を当てて再び呼びかけを行おうとした舞は飛び去るシャトルの噴射炎を目撃し、嫌な予感で焦りが募っていく。もし無事に敵を撃退できたなら唯達から報告があるはずだがそれも無く、つまりは唯達が敗北して敵は目的を達したので離脱したのかもしれないのだ。


「加奈さん、唯さん達が・・・・・・」


「ああ、心配だな。ここは他の部隊に任せてあたし達も火口に向かうぞ」


 交戦中のヴィムスの頭部を破壊した加奈が舞に頷く。


「無事でいてください・・・!」


 見事なコンビネーションでヴィムスを両断した春菜と麗も合流し、彩奈の足跡をたどるように生命の樹が佇む火口へと駆けていった。




「この先に・・・アレは彩奈か?」


 俊足の猟犬とも謳われる加奈が一番先に火口へと足を踏み入れ、生命の樹近くで座り込んでいる彩奈を見つけた。その近くに唯の姿は無く、加奈はかつて見た同じような光景を思い出して動悸が激しくなる。そう、魔人ヨミによって唯が連れ去られたあの日のことだ。


「彩奈! 大丈夫か!?」


 彩奈の元に駆け付け、その顔を覗き込む。すると絶望で死んだ魚のように光が消えた双眸がゆっくりと加奈へと向けられた。


「唯はどうした?」


「唯は・・・唯は・・・・・・」


 言葉に詰まりながら頬に涙を伝わせる彩奈を見て加奈は全てを察する。


「連れていかれたのか? あのシャトルで」


 小さく頷く彩奈。加奈は嫌な予想が当たってしまったことにただ暗澹たる気持ちになって俯く。


「加奈さん・・・・・・」


「舞・・・唯が攫われた」


 追いついた舞も状況を理解し、怒りに拳を震わせながらも神宮司へ連絡を行う。唯を奪還するためにも早く作戦を立てなければならない。


「私は、また何もできなかった・・・・・・」


「彩奈のせいじゃない。敵が全て悪いんだから、自分を責めちゃいけないよ」


「でも私は唯を守ると誓ったのに・・・また唯が酷い目に遭うかもしれないのに・・・!」


 唯はヨミに捕まった際、心を破壊されるほどの暴行を受けた。人として、女性としての尊厳を踏みにじられたあの時の出来事は今でも唯を苦しめていて深刻なトラウマとなっている。もし再び同じような目に遭った場合、それこそ命よりも先に精神が死んでしまうかもしれないのだ。


「神宮司さんが到着次第、今後の対応を考えることになりましたわ・・・今は一度宿舎へ帰りましょう」


「そうだな・・・・・・」


 加奈は血だまりに落ちていた唯の聖剣を拾い上げ、へたり込んで動けない彩奈に肩を貸してヘリとの合流地点へ足を向けた。






「このコの治療をしてちょうだぁい」


「えっ? 誰なんです?」


 魔道戦艦まで自動航行するように設定したサリアはシャトルのブリッジから出たところで傷だらけの少女を押し付けられた。その意識の無い少女は腹部からの出血で死にかけていて、慌てて杖を取り出して治療術を行使。すると傷は急速に修復されて少女の顔色も若干だが良くなる。


「一体誰なんです?」


「この星で見つけたコよぉ。気に入ったから回収してきたのぉ」


 面倒そうにサリアの問いに答え、治療が終わった少女唯を担ぎ上げた。


「回収? それで何を?」


「私の下僕にするのよぉ」


 メイムは薄気味悪い笑みと共にブリッジへの通路から立ち去り、入れ替わるようにビューリカが現れた。相変わらず甲冑を身に着けていて表情は読めないが、その足取りに上機嫌さが表れている。


「強行偵察の成果はあったのですか?あの女の子以外に」


「アレが生命の樹だと分かったのだからそれが成果だ。後は魔道戦艦の宝庫から生命の樹を制御するために使えそうな物を探せばいい」


「それで、生命の樹を手中に収めた後は・・・」


「貴様が気にすることではない。ただ与えられた職務を全うすればよい」


 そう言い残してブリッジへと入っていく。これ以上質問しても回答は得られそうになく、未だ明らかにならないビューリカの真意への漠然とした不安だけが残っていた。






「状況は把握した。しかし大変なことになったな・・・・・・」


「はい・・・今回ばかりはどうすればいいのか・・・・・・」


 富嶽に魔道保安庁の支援部隊が到着し、神宮司も宿舎にて舞からの報告を受けていた。しかし敵の正体も掴めてない現状では作戦の立てようもなく、神宮司は額に手を当ててうな垂れている。


「何よりも高山のことが心配だ。あいつがどのような扱いを受けているか分からんのがな」


「至急救助に向かいたいのですが・・・・・・」


「宇宙に逃げられてしまってはな」


 観測による追跡の結果、大気圏を越えたシャトルは衛星軌道上に待機している大型魔道戦艦と合流したことが確認された。しかし画像が不鮮明なうえ、強力なジャミング機能を有しているようで衛星レーダーを無効化されて正確な位置や全容は不明である。


「魔女から鹵獲した魔道戦艦は使えないのでしょうか?修復はほぼ完了していると聞きましたが」


「修復は問題なく進んでいる。だがアレに航宙能力や大気圏再突入能力があるかは分からん。それに仮に宇宙に出れても敵戦艦に対抗できるかどうか」


「武装やシャトル以外の艦載機等の情報も欲しいところですね・・・そもそもこのまま地球近辺から離脱されてしまったら御終いですが・・・・・・」


「それについてだがな、私は奴らが再び地球に降りてくると思うんだ」


 確信めいた様子で神宮司が語り出す。


「ミリアがそうであったようにガイアを知る天使族なら生命の樹こそが重要なターゲットになる。実際に生命の樹に侵攻してきたわけで、なんとしても確保したいはずだ」


「あの樹の力があればガイアの文明を復活できるとミリアは言っていたようですし、今回の敵も同じように考えているということでしょうか?」


「おそらくな」


 ミリアの野望とはガイア文明の復興であり、人類はそのための奴隷として扱われる予定であった。神宮司はこのことを引き合いに出しビューリカ達の狙いもそれと同じなのではないかと推測しているのだ。


「そうであるなら次はあの魔道戦艦ごと突っ込んでくるでしょうね?」


「だからこそこちらも戦力を配備しておかねばならない」


 魔道保安庁が有する魔道戦艦は勿論、あらゆる戦力が必要となるだろう。国防軍の協力も不可欠になるに違いない。


「ハウンド小隊には当然だが前線にて主力級の働きをしてもらうことになる。準備は万全にしておけよ」


「はい。しかし彩奈さんが・・・・・・」


「ああ、東山のことも心配だな」


 唯と彩奈の関係性は神宮司とて知るところであり、現在の彩奈のメンタルも気にかけていた。


 だが状況は待ってはくれない。






「ここは・・・?」


 唯は目を覚まして周囲を見渡す。今自分がいるのは見慣れぬ無機質な部屋であり、しかも吊し上げられているのだということもぼんやりとした意識の中で把握する。


「またか・・・・・・」


 どうやら捕まってしまったらしいと唯はため息をついた。かつてのサクヤやヨミのことが想起されて気が滅入るが、どうにか脱出しなくてはと手首に力を込める。


「くっ・・・ダメか・・・・・・」


 唯を吊し上げている気色の悪い触手に魔力を吸われているせいで体に力が入らなかった。これでは肉体強化も魔具を取り出すことさえできない。

 何か使えるものはないかと足元を探そうとして自分が一糸纏わぬ姿であることに気づき、羞恥心から体を隠そうとするが拘束されていては全てが丸見えの状態だ。


「傷がない・・・?」


 ビューリカに刺された痛みは憶えているのだが、腹部には傷などなく他に負傷した箇所もまるで嘘であったかのように無傷である。

 一体何が起きているのか混乱する唯であったが目の前にある扉が開かれたことでそこに視線が向き、入室してきた人物を見て一気に緊張した。


「あらあらぁ、目が覚めたのねぇ」


「アンタはあの時の」


「ちゃんと憶えてくれていたのねぇ。ついでにメイムという私の名前も記憶してちょうだいねぇ」


 繁華街で出会った天使族に間違いないと唯は警戒心を露わにしてメイムを睨みつける。


「こんなことをして私をどうするつもり?」


「いろいろと楽しませてもらうのよぉ」


 そう言ってメイムは唯に近づき頬を撫で上げた。その不愉快な感触に鳥肌が立ち、唯は眉をひそめながら顔を逸らす。


「そんなにイヤがらないでちょうだいよぉ。これから先、私達は共に未来を作っていく仲になるのだからぁ」


「ふざけんな! 誰がアンタなんかと!」


「強気ねぇ。でもそれも今の内だけどねぇ」


 メイムは肩にかけていたバッグの中をごそごそとあさり、奇妙な純白の仮面を取り出した。仮面の右側は大きく欠けて全体的にヒビが入っているので装飾品としては機能しなそうではあるが何の意味があるのだろうか。


「さぁてぇ・・・どうなるか見ものねぇ」


「な、何を?」


「こうするのよぉ」


 狂気じみた笑みを浮かべるメイムが仮面を唯へと押し付ける。すると紫色の魔力が迸り、仮面が唯の顔に吸いつくように取りつけられた。


「うぐ・・・あぁ・・・・・・!」


 苦し気に呻く唯は身を捩らせている。仮面から放たれている魔力が唯の全身を覆うように広がり、それが苦痛をもたらしているようだ。


「これはねぇ、簡単に言えば洗脳装置なのよぉ。取りつけられた者の思考を乗っ取って支配するのぉ」


「やめっ・・・やめてっ!!」


 洗脳と聞いて唯は必死になって抵抗する。確かに脳内がモヤがかかるように白んできたし、このままでは自我を失ってしまいそうだった。

 それから少しの間悶える唯を観察していたメイムだが、上手く洗脳が進まないことに苛立つようにして仮面を唯から取り外す。


「よく耐えたじゃないのぉ。やっぱり割れてしまっているのがイケないのかしらねぇ」


 元々は仮面に欠けなどなかったが経年劣化によってボロくなっていた。それでも機能は失われていないものの、かつてのような完全な洗脳は難しくなっているのだ。


「いくらやっても無駄だよ・・・絶対にアンタなんかに屈したりしない!」


「言うわねぇ。でもそういう強気なヤツを堕とすのが私の趣味なのぉ」


「この変態!」


「睨みつける視線、ゾクゾクしちゃうわねぇ。その鋭い眼光がいずれ私に媚びるような目つきに変わる瞬間が楽しみだわぁ」


 興奮しているメイムは顔を上気させ血走った目で唯を見つめる。その姿に唯は恐怖しながらも、手を拘束している触手を振りほどけないか試すがビクともしない。


「徹底的に調教してア・ゲ・ル」


「くっ・・・!」


「決して抗うことのできない痛み、そして快楽・・・私の極上のテクにいつまで耐えられるかしらぁ」


 細長いメイムの美しい指先が唯の柔肌の上を滑り、逃れられない絶望が振りかかる事実を唯は受け入れるしかなかった。


  

   -続く-

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