第53話 嘆き、そして残光

 ビューリカが投下した魔道機兵ヴィムスと交戦する唯は苦戦していた。何故ならヴィムスは並みの適合者を上回る戦闘力を有しているうえ、機械兵器であるがゆえに負傷への恐怖もなくひたすらに突撃をしてくるからだ。


「けれど!」


 ヴィムスの斬撃を回避し、唯の聖剣が一閃。灰色のカーボン装甲が裂かれ、真っ二つになってヴィムスの機能は停止する。

 しかしその一体を撃破したところで戦いは終わらない。まだ十数体を上回るヴィムスが健在で殲滅しなくてはならないし、何よりも生命の樹を守らなければいけないのだ。


「高山か! ここは私達に任せて、お前は生命の樹に近づいた敵を頼む!」


「了解です!」


 富嶽防衛のために駐在している適合者部隊の要請を受け、唯は戦場を突っ切って生命の樹へと急ぐ。翼を展開すればすぐに到着できるのだが、先ほどまでSドライヴを起動していたために今はクールタイムとなっていて、再使用が可能になるまでには時間が必要なために徒歩での移動ではあるが。




「ふむ・・・やはり本物の生命の樹か」


 生命の樹へと接触したビューリカは表層を一撫でし、幹から体内に流れ込んできた魔力が尋常ならざるものであったために確信する。この樹こそ全ての命を創り出した伝説の聖物なのだと。


「メイム、樹の上層部を調べてきてくれ」


「分かったわぁ」


 命じられたメイムは翼を展開し、巨木の上層を目指して飛翔していく。ビューリカ自身は根元を重点的に調べることにした。


「ふむ・・・だがやはり力を引き出すにはパワーが足りないか。ガイア大魔結晶・・・アレさえあればな」


 生命の樹は起動状態にあるが、その真価を発揮させるにはキーが不足しているのだ。ガイア大魔結晶こそがそのキーであり、だからこそ欠片を手に入れたミリアは生命の樹を用いた作戦を思いついたのである。


「しかし打つ手はありそうだな。一度船に戻って検討するか」


 立ち上がったビューリカはいくらかのサンプルを持ち帰ろうとしたが、敵意を感じ取って魔具を取り出す。そのビューリカの魔具は純白の剣で唯の持つ聖剣と似ている。

 

「よく来たな」


「やはり貴様か」


 ビューリカに強い敵意を向ける唯は聖剣と杖を装備して甲冑の騎士を睨みつけた。


「ここで何をしている?」


「見れば分かるだろう? 我らガイアの民が祀り上げるこの樹に参拝していたのさ」


「とても参拝客には見えないな」


 唯は杖をビューリカに向け、魔力を充填しいつでも発射できるように意識を集中させ、その殺気を感じるビューリカも静かに息を整えて戦いに備える。


「最後の警告だよ。武器を捨て、すぐに投降して」


「それに大人しく従うと思ったか?」


「思ってない。だから・・・倒す!」


 そう言うやいなや、唯の杖から魔力光弾が発射された。的確にビューリカを狙う一撃であったが、ビューリカは剣の一振りで魔力光弾を粉砕してみせた。


「チッ・・・・・・」


「この程度か? 貴様には我々と同じ力を感じたが拍子抜けだな」


 唯は天使族の力を有してはいるが不完全なモノで、ミリアはそんな唯を天使族の成り損ないと評した。対するビューリカの力は完全であり下位互換の唯の魔力光弾など簡単に防ぐことができてしまうのだ。


「邪魔をするなら消えてもらう」


 ビューリカは地面を蹴って一気に唯との距離を詰めた。そして白銀の剣を振り下ろし、唯は聖剣でそれを受け止めるがパワー負けして後ずさる。


「くっ・・・・・・」


 更にビューリカの猛攻は続く。唯は防御と回避で精一杯でもはや反撃を繰り出す隙などなかった。


「しまった・・・!」


 斬撃を受け止めることに失敗し、聖剣が弾かれてしまった。これでは次の攻撃を防ぐことはできず斬り殺されてしまうだろう。


「終わりだな」


 冷徹なビューリカの呟きと共に剣が突き出される。唯の胸を狙った一撃で、このままでは心臓を確実に貫かれるはずであったが、


「ほう・・・・・・」


 唯の姿は消えていた。魔人ウルスから吸収したワープ能力を発動し、瞬時にビューリカの背後へと転移したのだ。

 初見殺しとも言えるこの能力だが、しかしビューリカには通用しなかった。


「いい技だが・・・それでは勝てない」


「なにっ!?」


 横薙ぎに振られた聖剣をビューリカは逆手に持ち直した剣で受け止める。かつて唯がウルスのワープ攻撃を防いだように、ビューリカもまた上手く対処してきたのだ。

 こうなっては唯は圧倒的に不利となる。このワープは起死回生の一手として有効であるが魔力の消費も激しいし、一度見破られてしまったらもう通用しない。


「なら・・・Sドライヴ!!」


 ガントレットを見て再使用が可能になっていることを確認した唯はSドライヴを起動した。ただでさえワープで体に大きな負担がかかっているが躊躇している余裕はない。


「それが貴様の本気というわけだな?」


「そうだよ!」


「そうというならば私も全力でいかせてもらおう」


 ビューリカも翼を展開し、体中に魔力を漲らせた。先ほどまでよりも強い殺気と闘志を振り撒いて唯に襲い掛かる。


「本気でもこの程度か?」


 呆れたようにビューリカは唯を見下す。そもそもの戦闘スペックは違いすぎるうえ、ようやく天使族の本懐を発揮したのに全くビューリカに追従できていないのだ。


「ダメなのか・・・・・・」


「さっきまでの強気な態度はどこへいった?」


 決死の唯の斬撃を軽くいなしつつ返す刃で振り払い、唯は左腕を斬られて血が噴き出す。




「山頂は酷い有様だな」


 ヘリに搭乗してやっとのことで山頂に辿り着いたハウンド小隊は魔道機兵ヴィムスとの交戦を開始していた。さすがというべきか加奈はヴィムス相手にも怯むことなく斬り込み、すでに二体を破壊している。


「唯はどこに!?」


「彩奈、ここはあたし達に任せろ。多分唯は生命の樹辺りにいるだろうから行ってやれ!」


「分かったわ」


 彩奈と切り結んでいたヴィムスを加奈が撃破し、唯の元へ急ぐよう促す。


「待っててね、唯。すぐに行くから!」


 舞の魔力光弾による援護を受けつつ彩奈は全速力で生命の樹へと急行していく。




「どうする・・・どうすればいい」


 今までにないほどの強敵と対峙する唯は勝ち目が無いことを本能的に理解して対策を必死になって考える。だが既に肉体は限界を迎えていて思考も乱れてまともな案は思いつかない。


「彩奈達が来るまで耐えるしか・・・・・・」


 一人では勝ち目がなくとも彩奈やハウンド小隊のメンバーが合流すれば逆転も可能かもしれない。特に加奈の高い戦闘力ならビューリカとも渡り合えるだろう。

 問題は、それまで唯が生きていられるかということだ。


「いい加減飽きてきたな」


 ビューリカは戦いに興奮を覚えるタイプだが、唯との戦闘には全くトキメキの欠片も感じていなかった。であるなら他の敵が来る前に片を付けて、メイムやサリアと合流して退散するべきだなと判断する。


「終わりにしよう。貴様の死によってな」


「そうはさせない! 皆が来てくればお前など・・・っ!?」


 唯の言葉が続くことはなく、代わりに口から出たのは真っ赤な血だ。強い衝撃が体を襲い、全身から力が抜ける。


「う・・・ぐ・・・・・・」


 見ると唯の腹部をビューリカの剣が刺し貫いており、鮮血が周囲に飛び散っていた。視界が揺らぎ、もう唯の意識は消えかけている。


「終わらせると言っただろ」


 甲冑に付着した唯の返り血を拭いながら、ビューリカは静かに呟いた。

 



「この先か!」


 岩場を駆ける彩奈は一体のヴィムスを葬り去り、戦闘音が聞こえてくる火口へと向かう。生命の樹の根元での戦いとなれば唯が関わっているだろうし、ミリアとのかつての死闘を思い返しながらようやく辿り着いたのだが、彩奈の目に飛び込んできたのは唯が甲冑の騎士ビューリカに刺されている場面であった。


「そんな・・・・・・」


 剣を引き抜かれた唯はその場に仰向けに倒れ、握っていた聖剣を落とす。傷口から血が溢れ、唯の体の周りに血だまりをつくっていた。


「貴様ぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!!」


 冷静さなどなく、怒りの咆哮を上げる彩奈は斜面を跳躍して降り、着地と同時にビューリカへと刀を振りかざした。あまりの怒りによってオーバードライヴ状態でもないのに魔力によるオーラを纏わせ、鬼神の如き強烈な一撃を見舞わせる。


「勢いはよし。だが、弱い」


 彩奈の気迫を称賛するビューリカだが怖気ることも後退することもない。加奈ですら受け止めるのは難しいであろう彩奈の斬撃を容易に受け止め、回し蹴りを放って彩奈を蹴り飛ばす。


「彩奈・・・ダメ、逃げて・・・・・・」


 まだかろうじて生きている唯の消え入るような呟きは確かに彩奈の耳に届いた。唯の目にはすでに光はなく、これは彩奈の身を案じる無意識の言葉なのだ。

 

「できない! そんなこと!」


 彩奈に唯を見捨てるなどできはしないし、そんな考えは毛頭無い。死ぬのであれば共に死ぬくらいの意気込みを持っている。


「唯は私の全て・・・ここで失うわけには!!」


「他者に自分の存在意義を委ねるのは弱者のすることだ」


「貴様は強者だとでも!?」


「私は貴様達有象無象の俗物とは違う。同じにはしないでもらいたい」


 そう豪語するだけの実力はあると彩奈にも分かる。彩奈の太刀筋は全く通用しないし、これまで戦ってきた魔人や魔女以上の強さだと直感した。


「ビューリカ、帰りましょうよぉ」


 生命の樹上層部からサンプルを採取してきたメイムが降り立ち、ビューリカに帰還を催促する。それに同意するビューリカは彩奈を弾き飛ばし、唯にトドメを刺そうと剣を振り上げた。


「待って待ってぇ。このコは私が欲しいから殺しちゃダメよぉ。こぉんな可愛いコは滅多にいないんだから勿体ないわぁ」


「・・・好きにしろ」


「ふふふぅ・・・調教しがいがありそうねぇ。久しぶりに腕が鳴るわぁ」


 薄気味悪い笑みを顔に貼り付けるメイムが瀕死の唯を抱えて飛び立ち、近くに滞空していたサリアが制御するシャトルへと向かって行く。


「待ちなさい!! 唯は・・・唯だけは返して!!」


「残念だがメイムは言い出したら聞かないヤツでな。あの小娘のことは諦めるんだな」


「ふざけんな!!」


 再び彩奈の目の前で攫われてしまった唯。それを止めることもできず、ただ見ていることしかできない自分に腹が立つが、飛ぶことのできない彩奈にはメイム達に追いつく手段などない。


「くそっ・・・私にも・・・私にも翼があれば・・・!」


 シャトルに乗り込みが終了したのか甲高いエンジン音を轟かせながら富嶽山頂より離脱を開始していく。ロケットブースターの噴射による残光が周りを照らし、空のその先、漆黒の宇宙へと飛んでいってしまった。


「唯・・・ごめんね・・・・・・」


 大粒の涙を流す彩奈は、ただ無力だ。


   -続く-

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