第52話 魔道機兵ヴィムス
救急サイレンが鳴り響く街から少し離れた深い森、その中におよそ自然とは似つかわしくない飛行体が鎮座していた。小型のスペースシャトルとも言うべき白銀の胴体は月の光を反射して鈍く輝いており、周囲の暗さと相まって不気味そのものである。
「街は大混乱のようねぇ」
「あの街への偵察で何かあったんですか?」
「アナタには関係のないことよぉ」
シャトルで待機していたサリアに問いかけられるが、メイムはヒラヒラと手を振りながら適当に返答する。わざわざサリアごときに時間を割くのは無駄そのものだとまともに取り合わないのはいつもの事だ。
「サリア、予定を早めることになった。魔道機兵の準備はしてあるな?」
「はい。ですが兵器を使うなど、それは侵略ですよ」
「いつから貴様は私に意見できる立場になったのだ?」
苛立ったビューリカがサリアの手を捻り上げる。
「力なき弱者が強者にモノを言うなど!」
「で、でも!」
再び反論しようとしたサリア。さすがにこのような侵略行為には黙っていられなかったのだ。
だが、
「何様だ!」
言葉を続ける前にビューリカが掴み上げたサリアをシャトルの装甲に向かって勢いよく投げつけた。バキッと乾いた音と共に地面に落ち、サリアは左腕を押さえて呻いている。
「ぐっ・・・」
涙を浮かべながら右手に杖を装備し、完全にへし折れた左腕へと震えながらあてがう。そして小さく何かを呟くと杖の先端から流れた光が腕を包んだ。すると腕は元の形へと修復されて怪我などなかったように動せるようになった。
「その類い稀なる治癒術・・・ソレが無ければ弱小な貴様など生かしてはいなかった。自分の才能に感謝することだな」
応急処置ならまだしも外傷を完全に治癒できる魔術を使える適合者は希少であり、それが力の弱いサリアが生きてこられた理由なのだ。まともな医療など期待できない宇宙漂流生活ではビューリカさえもその能力を重宝している。
「魔道機兵の最後の調整をしてきます・・・・・・」
「早くしろ」
シャトルの中によろよろと入って行くサリアを見送りもせず、ビューリカの瞳は生命の樹へと向けられていた。
「あの樹・・・やはり生命の樹そのものだろうか」
「そう見えるわねぇ。でも、レプリカである可能性もあるわよぉ」
「どちらにせよガイアの名残であることには違いない。準備が完了次第、強行偵察を行う」
「この星の原住民どもは生意気に戦力を有しているわぁ。そうなれば戦闘になるのは必至ねぇ」
「どれほどの実力か確認するのにも丁度いい」
ビューリカは魔道戦艦内で着用していた兜と鎧を身に纏い、来たるべき戦いに備える。点火された彼女の闘争本能が富嶽を荒らす時はそこまで迫っていた。
「ふむ・・・状況は理解した。お前達は臨戦態勢のまま待機だ」
繁華街から宿舎へとんぼ返りしたハウンド小隊は直属の上官である神宮司と緊急会議を行っていた。唯と彩奈が出会った謎の二人組の情報を伝え、今後の指示を請う。
「しかしガイアのことを知る相手か・・・何者かは分からんが、高山と同じ特殊な魔力を有する者なら狙いは生命の樹なのやもな」
「その可能性が高いとわたくし達も思っていますわ。しかし富嶽の周囲は魔道保安庁と国防軍で守りを固めていますし、容易に突破できるものではありません」
「だが敵の総戦力がどれほどのものか分からないのが難点だ。その二人組だけなら対処のしようもあるが、別の戦力を待機させているかもしれないからな」
戦いでは何より敵の情報が大切だ。どのような相手か不明なのでは戦略の立てようもない。
「明日、私もそちらに向かう」
「神宮司さんが来て下されば心強いですわ」
「そうだろう? 油断せずに待っていろよ」
通信が終了し、唯はふぅっと息をつく。みすみす敵を逃してしまったことを悔いているためであり、尊敬する神宮司が来てくれるという安心感からでもあった。
「それにしても天使族の力を持つヤツって意外といるのか?」
「私の他にも多恵ちゃんやミリアといった天使族タイプがいたし、もっといるのかもしれないね」
「まあ数が少ないのは確かだろうけどな。にしても唯が味方で本当に良かったって思うよ」
「私は敵になったりしないよ。サクヤだとかミリアみたいな野望を持っているわけじゃないし、あんな非道なことをする気は毛頭ないしね」
もし唯が敵に寝がえり人類に牙を剥いたなら、それは大きな脅威となり得るだろう。ガイア大魔結晶や生命の樹を起動したという実績からも分かる通り、天使族の魔力は未知で通常の人類や適合者には不可能な作用をもたらすのだ。
「あの、相手が天使族だとしてどうやって戦うんです? 本気状態の高山先輩と戦うようなものなのでしょうか?」
麗が手を挙げて唯達に質問した。最近になって参加した春菜と麗は天使族の力を持つ敵と対峙したことがないので疑問に思ったのだろう。
「天使族と言っても戦闘面で特徴的なのは魔人や魔女のように飛行できるって点だけだと思う。それが厄介なんだけどね」
「確かに地上で戦えないのであれば勝負になりませんね」
「そこは私が頑張るけど、もし私が負けた場合は舞に撃ち落としてもらって地上でトドメを刺すしかないかな」
飛行できるという点は絶対的な差となり、唯が重用されるのはそうした飛行タイプ相手に空中戦を行えるからだ。実際に魔道戦艦制圧戦は唯の飛行能力が突破口を開いた顕著な例であり、ミヤビがコントロールしていたカラミティに肉薄できたのもその能力のおかげである。その唯が敗れたとなれば後は遠距離攻撃が得意な適合者が撃ち落とす他にない。
「唯が負けるなんて想像もしたくないわね」
彩奈が真剣な顔つきで呟く。戦いに負けるということは死に直結することで、唯が死ぬなんて考えたくもなかった。
「私も死にたくはないけど、戦いの中ではどうなるか・・・・・・」
不安げに笑顔を作る唯に彩奈は手を伸ばし、その頬を指でつまんで横に伸ばす。
「もう! そんなコト言わないの!」
「ご、ごめん・・・・・・」
手を合わせて謝りつつも、何故だか胸騒ぎがしてやまない唯であった。
「昨日の事は聞いたよ。災難だったね」
「まったくです。でも潜伏していた敵を発見できたという点では良かったと思います」
「そういうポジティブな考え方は大切だよ。この富嶽周辺の警戒レベルも上がっているし、高山君達が遭遇したという人物の捜索が進んでいるから任せよう」
翌日の朝、仮説研究棟の前で体操をしていた佐倉と遭遇した唯。昨日の事件のことを話しながら今日の予定について尋ねた。
「今日も生命の樹の調査ですよね?」
「その予定だったが、騒ぎのせいで山頂付近は立ち入り禁止となってしまったんだ。それで私達も入ることができないから昨日採取したサンプルの解析でも進めることにするよ」
「そうなんですか。何かお手伝いできればいいんですけど」
「それならサンプルにキミの魔力を流す実験をしたいから手伝ってくれ。午後になったら呼ぶからそれまでは悪いが待機だな」
「分かりました」
と、頷き宿舎に戻ろうとしたのだが、
「な、なんだアレは!?」
ジェットエンジンの轟音が響き渡り、佐倉がその音がする上方に顔を上げて驚いている。唯もその方向を見ると、そこには白銀の装甲に太陽光を反射するスペースシャトルのような航空機が飛んでいた。
「シャトル!? こんなところに・・・?」
「ここの付近に現れたという未確認飛行体はアレのことだな。どうやら味方ではないようだ」
見慣れないシャトルが富嶽山頂に向けて進路を取っているのは誰が見ても明らかであり、その中にあの二人組が搭乗しているなと唯は直感する。
「佐倉さん、研究棟に避難してください!私は仲間と合流します」
「ああ。気を付けるんだぞ!」
「はい!」
隣接する宿舎から出てきた彩奈達と合流し、唯はシャトルを睨む。どうやら山頂への接近に成功したようだ。
「山頂部に急行するためにヘリに乗りますわよ!」
舞の指し示す先では数機のヘリの準備が急ピッチで進められており、作業員が慌ただしく動き回っている。もう間もなく飛びたてるだろうが、それでも僅かな時間が惜しいと唯は策を考えた。
「私は自分で飛んで先行するよ。で、状況を伝えるから」
「敵の詳細も判明していない現状では単独行動は危険ですわ」
「生命の樹に触れさせるわけにはいかないし、急がないと」
「・・・承知しました。ですがわたくし達が到着するまでは無理をしすぎないでください」
舞から魔力の充填された魔結晶を受け取り、Sドライヴを起動。そして純白の翼を展開した。
「唯、すぐに行くからね。舞の言うように無茶は禁物よ」
「うん。行ってくる」
彩奈の頭を一撫でし、唯は地面を蹴って空高く飛翔していく。
「もう間もなく山頂よぉ。雑魚達がきっと抵抗してくるでしょうねぇ」
「だからこそ手間のかかる仕事は魔道機兵にやらせる。投下準備はどうか?」
「いつでもいけるわよぉ」
ビューリカ達を乗せたシャトルは生命の樹がそびえ立つ富嶽山頂付近に滞空し、いよいよ戦闘準備に取りかかった。後部の下部ハッチが開き、何十体もの人型が飛び降りる。
「魔道機兵ヴィムス達は問題なく作戦行動を開始したわぁ。私達も行きましょうよぉ」
「ああ。サリアはここに残ってシャトルの制御を行え」
頷くサリアを残し、サイドハッチからビューリカとメイムも降り立つ。甲冑の騎士と軍服の美女という奇抜な組み合わせはコスプレ会場くらいでしか見かけないものだが、誰もそれを気にかけている余裕などない。
「さて・・・生命の樹を調べよう」
魔道保安庁の適合者と魔道機兵ヴィムスが交戦する中をすり抜けながら二人は生命の樹へと近づいていった。
「アレは!?」
唯もまた山頂へと辿り着き物陰に身を隠す。そしてオーバードライヴを解除し、足りなくなった魔力を魔結晶から取り込みつつ状況を確認する。
「人・・・?」
始めてみるタイプの敵を凝視した。ビューリカ達が魔道機兵ヴィムスと呼ぶその兵器は灰色の体色をした人型で、カーボン製の装甲を身に纏っており頭部には一つ目のモノアイカメラが搭載されている。腕には砲塔が仕込まれていて魔力光弾を発射し、折り畳み式のブレードで近接戦も行えるという遠近問わないオールラウンダーだ。
「やってやるか!!」
魔力を回復した唯はハンドガンを引き抜いて物陰から飛び出し、一体のヴィムスに対して発砲した。しかし確かに直撃したのだが装甲に弾かれてダメージにはならない。
「チッ・・・硬い」
唯に撃たれたヴィムスはブレードを展開してダッシュしてくる。そのスピードは適合者並みで、すぐに距離を詰められてしまった。
「くっ・・・!」
ハンドガンを放り捨てて聖剣を装備し、ブレードを受け止める。そして身を翻してすぐさま反撃を行おうとしたが、ヴィムスはバックステップで聖剣のリーチ範囲から逃れてしまった。
「速いな」
接近して分かったことだがヴィムスのカーボン装甲の内部には人工筋肉が存在しており、つまり有機的な特徴も有している。そのため人間に近い動きを可能とし、生物のような俊敏さを発揮できるのだ。
「手強いけど・・・!」
並みの魔物よりは強いだろうが魔人ほどではない。ならば倒せないことはないだろうと唯は聖剣を構え、ヴィムスの懐へと斬り込んでいった。
-続く-
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