第51話 邂逅
「すまないね。わざわざ遠出させてしまって」
「いえ、佐倉さんの役に立つならこのくらいなんともありません」
「助かるよ。生命の樹の調査に行き詰っていたから、天使族の特殊な魔力を持つ高山君の手助けはありがたい。今日はキミと接触した枝の反応を確認する」
唯は佐倉の要請を受けて富嶽山へと足を運んでいた。日本一の標高を誇る富嶽の山頂部にはミリアによって再臨した巨大な生命の樹がそびえ立っており、太い幹の上部ではいくつもの枝が生えて虹色の葉を茂らせている。いわゆる天使族の魔力でなければ干渉できないこの生命の樹は厳重に管理され、研究者達によって日々調査されているのだが未だに解析はできていない。
「でも、魔道管理局は私がこの樹に接触することに抗議しているんですよね?」
「そうみたいだ。高山君がこの樹を利用して反乱を起こすことを恐れているんだろう。天使族ならこの樹を用いて未知の現象を起こせる可能性があるし」
そのために唯の富嶽エリアへの立ち入りは制限され、今回のような要請を受けた場合などにしか近寄ることはできないのだ。
「そんな事をする気は無いんですけどね」
「ヤツらは怖いのさ。自分達に理解できない力を持つキミのことがね」
人は理解できない現象に恐れを抱く生き物だ。そして理解できないものを排除し、迫害する性質も持つ。ともなれば唯のことを疎んじて遠ざけようとする者がいるのは不思議ではなく、実際に魔道管理局などからは殺処分するべきだという意見も出ており唯の精神を削っている。
「まあ、英雄とは孤独なものだと言うしな。とはいえ私のようにキミの味方はいるのだからあまり落ち込むな」
ハハハと軽く笑いながら佐倉は目の前にそびえる巨木に向かって歩き出し、唯はその後に付いていく。
「・・・私は英雄なんかではない・・・」
小さな呟きは風に消えていき、誰の耳に届くことはなかった。
「いやぁ~、今日は有意義な一日だった。採集した物を使えば研究も捗りそうだよ。明日も調査するから宜しく頼むぞ」
「はい。お任せください」
夕方まで佐倉に付き合い、ヘリで下山して麓にある仮設研究棟へと戻る。ここは富嶽を奪還して以降に生命の樹調査のために建設された研究施設だ。
「さてと・・・・・・」
研究室に戻るという佐倉と別れ、唯はハウンド小隊の仲間達の待つ宿舎へと入った。研究棟に隣接する宿舎は適合者用に用意されたもので、富嶽警備を担当する部隊員が主に宿泊している。
「唯~・・・・・・」
広い食堂の端、大きなテーブル席で空虚な顔をしているのは彩奈だ。死んだように目からは光が失われ、まるで廃人のように虚空を見つめている。
「少し離れただけでコレだもの重症だな」
「彩奈さんと唯さんは二人で一人みたいなものですから、お二人は一緒にいることで生きている実感が湧くのですよ」
「仲良いのはいいことだけどな。どうしても長期間離れなければならない時がきたらどうするんだ」
その加奈の言葉にガバッと上体を起こして彩奈が反応する。
「その心配はいらないわ。何故なら私と唯がそんな長い時間離れることはないもの」
「お、おう・・・」
そのほうが平和だし、できれば唯と彩奈は離さないほうがいいとは加奈も思っている。だが富嶽山頂は安全確保などの理由から常駐する人員以外の立ち入り可能人数を厳しく制限し、そのために唯以外のハウンド小隊員は待機となった。これは魔道管理局がハウンド小隊自体を危険視していて生命の樹に部隊そのものを近づかせたくないという思惑があってでもある。
「・・・ハッ!! この気配は唯!!」
「わ、分かるのか?」
「間違いない。私の唯センサーが感じまくっているわ!」
彩奈は急に生気を取り戻し、食堂の出口まで駆け抜けた。
「おまたせ彩奈・・・ってうわっ」
丁度食堂へと入って来た唯に彩奈が飛びつき、再会の抱擁を交わす。生き別れの姉妹がようやく出会えたようなしがみつき方で唯も翻弄されている。
「ああ・・・唯の感触と匂い・・・・・・」
「ふふ、待たせたね」
「佐倉さんにナニもされなかった? 他の人にも」
「何もされてないよ。だから安心して、ね?」
母親のような包容力で彩奈を抱きしめ、後頭部を優しく撫でる。それが心地よくて彩奈は目を細めた。
「お疲れ様、唯。こっちは暇で退屈だったぜ」
「ここまで付き合わせちゃってゴメンね。まさか山頂まで皆で行けないとは思わなかったから・・・・・・」
「それは気にしてないよ。仲間が行く所に付いていくのは当然だろ?それよりさ、街へ行かないか?」
「街に?」
「ああ。せっかくだから夜の街を散策するのも悪くないだろ。息抜きも大切だしな」
加奈の提案でハウンド小隊のメンバーは宿舎を出て近くの繁華街へと出かけることになった。職務中ではあるがハウンド小隊は独自行動が認められているのでこういう外出もできる。
「軽い旅行みたいでワクワクするよな」
「そうですわね。いつか魔物達を殲滅したら色んな場所に観光に行くのもいいですわね。その時は付き合って下さいね、加奈さん」
「ああ。舞とならどこへでも行くよ」
その返答に嬉しそうにしている舞の少し後ろを春菜と麗が並んで歩くが、こういう平穏さに慣れていない麗はそわそわしていた。
「麗ちゃん、どうしたの? なんか緊張してる?」
「あっ、いや、そのな・・・こういう風に皆で遊ぶとかやはり慣れなくてな」
「この前海に行ったのに?」
「そうなんだが、今まで一人でいることが多かったから・・・・・・」
「なら今日は楽しもうよ」
春菜が麗と腕を組み、それに驚いた麗はドギマギとしながら狼狽えている。戦闘時は訓練生とは思えないほど冷静な彼女であるが、日常生活においてはウブな少女そのものだ。
「私達も腕組む?」
「うん」
最後尾を歩く彩奈が春菜達に触発されて唯の傍に寄る。そして腕を組み、それだけでなく指を絡めて手を繋いだ。二人にとってこれは自然とできる普通のことで、麗のように慌てることもない。
「そういえば舞から聞いたのだけれど、昨日謎の飛行物体がこの街付近で目撃されたらしいわ」
「謎の飛行物体?」
「ええ。小型機のようなものなんだけど、識別信号も無いし所属不明らしいの。富嶽の警備隊も出動する騒ぎになったらしいわよ」
「うーん。どこかの工作員が乗っているとかかな。富嶽も近いことだし」
「あり得るわね。まったく物騒な世の中よね」
魔道管理局あたりが富嶽監視のために特殊部隊を動かしていてもおかしくないなと唯は思う。どちらにしても危険はどこに潜んでいるか分からず、普段から自分の命や彩奈の命を守るために警戒する必要がある。
「・・・ん?」
「どうしたの?」
フと唯は顔を上げて周囲をキョロキョロと見渡す。なぜなら不思議な感覚を感じ取り、それが天使族のものに近かかったからだ。
「この感じ・・・私に近い魔力を持ったヤツがいる」
「天使族の?」
「多分」
夜の繁華街ということで周りには人が多かったが、その特異な気配を放つ者はすぐに見つかった。その相手も唯に気がついたようで視線を向けてきており、しかも二人組である。
「ほう・・・キミは他の模造品どもとは違う、本物のガイアの民だな?」
「ガイアの名前を!?」
唯達の元へと近寄って来たその二人組の内の一人、高身長で明るい金髪が目立つ女性が見下ろすようにしてガイアの名を口にする。
ガイアとは天使族の出身の星で、現在は滅亡して生き残った者達は宇宙に散っていった。地球にその一部の者が降り立ち、人間や魔物を創り出したというのがミリアが語ったことである。この事は魔道保安庁と魔道管理局の上層部、及び政府高官しか知らない情報で、つまり目の前の人物は只者ではない。
「我々と共に来るか?」
「何?」
「共に来るかと訊いた。ガイアの民なら私に従うのが得策だと警告しておこう」
「そういう勧誘はお断りしているので」
「そうか。残念だ」
対して残念でもなさそうに金髪の女性は身を引くが、その隣にいる穏やかそうな女性がぐいっと唯との距離を詰めてきた。
「アナタよく見たら可愛いわねぇ。お姉さん、アナタのことが欲しくなっちゃったわぁ」
そう言って唯の腕を掴み、手の甲をいやらしく撫でる。
「ちょっと! 許可なく私の唯に触らないで!!」
当然彩奈が激怒し、間に割って入った。その剣幕に穏やかそうな女性は不気味な笑みを浮かべて彩奈の瞳を凝視する。
「生ゴミの分際で私にケチつけるなんて許せないわねぇ」
「メイム、今は無駄に争う必要はない」
「やぁねぇ。せっかく久しぶりに可愛いコを見つけたからお持ち帰りしたいだけなのよぉ」
「お前の戯言に付き合っている暇はない」
メイムに対して呆れた様子の金髪の女性はこの場を去ろうと背を向けるが、
「待って。魔道保安庁の一員として、アナタ達を見過ごすわけにはいかない。連行するので大人しくしてください」
「我々を捕らえると?」
「そうです。ガイアの事を知る不審人物をただで返すわけにはいかないので」
「フッ、威勢はいいな。しかし、貴様の言うことを聞くつもりはない」
金髪の女性は懐から何かを落とした。それがハンドグレネイドであることを瞬時に察した唯は彩奈をかばうようにして抱き寄せる。
地面に落下したグレネイドは眩い光を発し、周囲を太陽のように明るく照らす。それは普通の爆発タイプではなくフラッシュグレネイドで、逃走の隙を作るために使用したのだ。
「くっ・・・!」
唯も彩奈も咄嗟に目をつぶったので視界はある程度守られたが、まぶたをも貫通する強い光のせいで一時的に視力が落ちてしまい、怪しい二人組の姿を見失ってしまった。
「唯、大丈夫!?」
「私は平気。彩奈は?」
「私も大丈夫よ。でも・・・・・・」
唯達の近くにいた人々は目を押さえて地面をのたうちまわっていた。一般人への被害は大きいようで、この一帯は阿鼻叫喚の地獄のように幾人もの悲鳴が響き渡っている。
「唯さん! これは・・・?」
「正体不明の敵にやられた。フラッシュを使って逃走していったの」
「こんな街中で敵が・・・ともかく保安庁に支援を要請しますわ」
舞はスマートフォンで味方に連絡を取り、状況を伝えている。
「唯、どんな敵だったんだ?」
「二人組だったんだけど、一人は金髪の長身でもう一人は私ぐらいの身長で紫色の髪の人間だった。しかもガイアの民のことを知っている」
「クヴィスリングか? でも・・・・・・」
「分からない。けれど、その二人組から私と同質の力を感じたんだ」
「そいつは厄介そうな相手だな。生命の樹が近くにあることだし警戒を強めないとな」
富嶽の近くに正体不明の天使族の力を持つ者がいるという状況は危機的だと言える。その者達が生命の樹に接触したらどのような現象が起こるか分からないし、人類に対して敵対的な思考の持ち主であれば尚更だ。
「どうしてこうも次から次へと変なヤツが現れるんだ・・・!」
唯は周りに倒れている人を救護しつつ、再び出現した脅威に怒りを覚えずにはいられなかった。
-続く-
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