第50話 宇宙からの脅威

 無限にも思える広大な宇宙。そこにはいくつもの岩石や天体が浮かんでいて、まさに自然の織り成す神秘的な光景なのだが、明らかな人工物がその景観を乱していた。恒星の光を反射する金属のボディはエリュアが搭乗していた魔道戦艦に似ており、強い威圧感によって宇宙空間でも異質な存在となっている。


「ディメンション・シフト・・・完了よぉ」


 魔道戦艦のブリッジにて軍服姿の妖艶な美女がモニターを見ながら自身の上官に報告する。物腰が柔らかそうな人物だが、腕に巻きつけている鞭を撫でる様子は危険人物そのものだ。


「メイムよ、もう少し目的地近くにシフトすることはできなかったのか?」


「丁度いい重力の歪みが他になかったのだからワガママ言わないでほしいわねぇ。ふふふ、まったくビューリカはせっかちさんなんだからぁ」


「フン」


 ブリッジ中央の指揮官席で腕を組むビューリカと呼ばれた指揮官は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 ビューリカは中世ヨーロッパ時代を思わせる厳つい甲冑と、メカニカルな兜を身に着けていて、まるでコスプレをしているように見えるが本人は至って真面目に着用している。恐らくは防御力を重視した装備なのだろうが、戦場ならまだしも宇宙艦の中でソレを着ている意味はよく分からない。


「あのぅ・・・それで目的の星には何があるんですか?」


 軍服美女メイムの近くで居心地悪そうにしている少女がビューリカに問う。簡素な衣服を纏う彼女こそ普通な格好をしていると言えるも、他の二人が派手であるがゆえに逆に浮いている。


「宇宙に拡散された強力な魔力の中心地があの青い星だ。あそこには恐らく我らが故郷ガイアを発った者達がいる。それを調査する」


 ただの調査で終わらないでしょと少女は内心毒づいた。鎧の奥に隠されたビューリカの凶暴性と独善性を知っているからであり、目的の青い星でガイア民族が文明を再興していると分かれば支配のために侵略する気を隠さないだろう。


「そんなことよりサリア、後部デッキにある突入艇と偵察機のチェックをしておけ」


「この艦で降下するんじゃないんですか?」


「まずは偵察を行い、艦を安全に降ろせるかを確認する。この艦を失うわけにはいかないから慎重に事を進めなければならない」


 サリアはビューリカの指示に逆らうわけにもいかず、分かりましたと一礼してブリッジを出た。サリアの貧弱な力では反抗するなど不可能で、乗員がたった三人しかいない艦の中でパシリとして扱われているのだ。


「遂に旅が終わるのかもしれぬな・・・・・・」


 兜の中で目を閉じ、これまでの旅路を思い返すビューリカを乗せて魔道戦艦は推進機関を再始動させる。その進路は太陽系第三惑星へと向いていた。唯達が暮らす、地球へと・・・・・・


 




 そんな事とは露知らず、唯と彩奈は自室のベッドにていつも通り密着していた。休日ともなれば二人だけの空間と時間を味わっていたいし、これが数少ない幸せなのだ。


「彩奈、ソレちょうだい」


 唯は自分の上に覆いかぶさるようにしている彩奈にお菓子をねだる。彩奈は小包を開けて唯の口元までお菓子を運ぶが、寸前で手を引いてひょいと遠ざけた。


「ふふ、欲しいならもっと媚びるようにねだって。じゃないとあげないわよ」


 いたずらな笑みを浮かべつつ、欲望を剥き出しにする彩奈。唯はぷくーっと頬を膨らませて反撃とばかりに逆に自分が彩奈の上に跨った。


「フーン・・・そうやってイジワルするんだ」


「ゆ、唯?」


「そういう事する人はき・・・・・・」


「嫌いなんて言わないでね!? 今のは冗談だから! ちゃんとあげるから許して!」


 唯の口から嫌いだなんて言われたら彩奈の精神がもたない。今さら必死になって手に持ったお菓子を差し出す。

 その様子を愛おしく感じながらも、唯は淫靡な目つきで彩奈を見下ろした。


「どうしようかなぁ」


「お、お願いよ・・・」


 一転して攻勢に出た唯だがさすがに可哀想だなと思い、彩奈の手に顔を近づけてお菓子を口にする。そして綺麗な栗色の髪の毛を彩奈の黒髪に垂らしつつゆっくりと覆いかぶさっていく。


「今日一日中、私のことをお姉様って呼んでくれるなら許してあげる」


 人差し指と中指でくいっと彩奈の顎を傾け、唯がそう呟いた。


「わ、分かったわ。お姉様」


「”分かりました、唯お姉様”でしょ?」


「は、はい・・・分かりました、唯お姉様」


「結構」


 満足げな表情をしながら唯の手が彩奈の首筋を伝い撫でる。

 何もかもを忘れ、お互いの感覚だけが二人を包んでいく。いつ滅亡するとも知れぬこの世界の中で、少女達は確かに生きている。






 とろけるような唯と彩奈の時間は終わり、翌日、二人は演習場の一角に配置されていた。ハウンド小隊のみならずいくつかの部隊と合同で行われる作戦演習で、来たるべき魔物との大規模戦闘に備えての訓練である。


「しかし暑いわね・・・・・・」


 額の汗を拭いながら彩奈は空を見上げた。上空には雲が一つもなく、一面に青が広がっていて吸い込まれそうだ。


「どうした彩奈、もうへばったのか?」


「は? 私はそんなヤワな人間じゃないわよ」


 茶化す加奈に睨みを返し、彩奈は魔具である刀を担ぐ。


「この休憩が終わりましたらわたくし達は目標ポイントまで侵攻しますわ」


「了解。にしても演習の規模も段々と大きくなっていくね」


「魔物達の脅威に対抗するためにはわたくし達ももっと力をつけなくてはなりませんわ。ミヤビなどの魔人がまたいつ現れるか分かりませんし、この前のような特異な敵が襲ってくる可能性もありますもの」


 先日戦った魔女エリュアは呪いを振り撒きながら空中魔道戦艦に座乗して乗り込んできた。これまでとは異なる手段を用いたエリュアに魔道保安庁は苦戦し、結果的には唯の力によって勝利を勝ち得たのだ。


「そういえばエリュアとかいうあの魔女は今はどうしてるの?」


「魔道保安庁と魔道管理局が共同で保有する魔道犯罪拘留施設の最下層にて拘束中ですわ。厳重な監視といくつもの拘束具で身動きを封じていますので自由はありません。まあ当然の報いですわね」


 舞にしてみればそれでは手緩いと思わざるを得ない。あの魔女のせいで何人もの犠牲者が出たし、何より彩奈を死ぬ寸前まで追い込んだ相手なのだ。大切な友人をそうも傷つけられれば唯でなくても怒りに震えるし、実際に舞は呪いを解き終わった後で魔女を殺してやろうと考えたほどだ。


「あの魔道戦艦を我々保安庁が使うっていうのは本当なんですか?」


 近くで舞と唯の会話を聞いていた春菜が質問してきた。その背後にいる麗も関心があるようで顔だけ舞達に向けている。


「日ノ本エレクトロニクスによる修復作業が間もなく完了するらしく、その後は保安庁の戦力として配備されることになりましたわ」


「なら私達も乗れるんでしょうか?」


「そういう機会もあると思いますわ。わたくしも魔道戦艦には興味がありますし、試運転などでわたくし達も同乗できないか申告してみましょう」


 そんな会話をしている中、ヘッドセットに通信が入った。演習再開の知らせである。


「では皆さん、前進しますわよ」


「了解」


 舞の指示の元、ハウンド小隊員は沼地に似せた地点から移動を開始。予め指定された場所まで徒歩での進軍となる。


「っ!? 敵の攻撃だ! 二時の方向!」


 先頭の加奈にオレンジ色のペイントが施された模擬弾が飛んでくる。岩陰に隠された砲塔からの射撃で、これは魔物が放つ魔力光弾を模しての攻撃だ。

 

「しかも向こうからも!」


 春菜の体を模擬弾が掠める。加奈を撃つ砲塔とは異なる方角からの攻撃で一瞬対応に遅れてしまった。


「油断するな! まだ他にもあるぞ!」


「はい! 加奈先輩!」


 再び飛んできた模擬弾を回避し、その砲塔を見つけた春菜は麗と共に駆けだす。そして至近距離に迫り、砲塔を支える支柱を切断して無力化した。


「先輩達は!?」


 春菜が振り返ると唯達はすでにいくつかの砲塔を沈黙させており、周囲の安全を確保している。


「さすが先輩達は凄いな」


「私達もあれぐらいできるようにならないとな」


「そうだね。もっと頑張らないと」


 ハウンド小隊に参加してからというもの、春菜は自分の実力不足を痛感していた。適合者育成所では好成績を収めていたのだが、戦場においては素人同然に苦戦していたし、唯達がいなかったらとっくに死んでいただろう。しかしいつまでも先輩達に助けられるばかりではなく、自分達でもちゃんと戦えるようにならなくてはと気合を入れる。

 こうして砲塔を撃破しながら進み、目的地のフラッグを降ろすことでハウンド小隊の任務は完了となった。


「一等賞で到達ですわね。他のチームが目標達成するまで待機となりますわ」


 さすがというべきかハウンド小隊が一番乗りで目的地へと辿り着いた。未成年のみで構成されている部隊だが戦闘経験は豊富で、魔道保安庁内でもトップレベルの戦績を残しており、この程度のレベルの訓練なら朝飯前だ。


「今日はもうお勤め終了でいいかしら?」


「集団演習は終わりだが、午後からは普段通りの訓練だぞ」


「ええ・・・早く帰りたいのだけれど・・・」


 拗ねたように唇を尖らせる彩奈に呆れつつ、加奈は薙刀を収容する。


「後輩の良いお手本にならんぞ、それじゃあ」


「過剰労働に抗議する正義の味方として尊敬してほしいわね」


「何を言ってるんだ・・・・・・」


 ドヤ顔で胸を張る彩奈の横を肩をすくめながら通過し、春菜と麗を気遣うように声をかけた。


「よくあたし達の動きに付いてこれたな。かなりの成長を感じるぞ」


「ありがとうございます。でもまだまだ先輩達の足元にも及びません」


「これから鍛えていけばいい。二人なら大丈夫だ」


 軽くウインクをして激励する加奈は大人っぽくて春菜は少しドキッとし、舞が見惚れるのも頷けるなと思う。




 昼食の後、午後は第7支部へと戻って通常訓練へと移行する。


「ねぇ加奈さん。わたくしも近接戦をできるようになりたいのですが」


「舞が接近戦を?」


「はい。敵に近づくことは少ないのですが、もしもという時の自衛のためにも少しはできるようになっておきたいのです」


「そういうことならあたしが教えてやるよ。と言っても薙刀での戦い方しか教えられないけどな。もし剣や刀がいいなら唯か彩奈のほうがいいぜ」


「加奈さんと同じがいいので薙刀で」


 舞は薙刀状の模擬刀を加奈から受け取りレクチャーを受ける。これまで近接戦の練習はほとんどしていなかったので、まるで舞うように魔力光弾を放つ普段の動きとはうって変わってぎこちない。


「やはり難しいですわね」


「最初はそんなモンさ。でも適合者としての基礎ができているし、舞はセンスがあるからすぐに慣れるよ」


「励まし上手ですわね」


「だろ?てか、もし敵に襲われたら無理せずあたしを呼んでくれよ。すぐに駆けつけて死んででも守ってみせるから」


「もう! そーゆーところですわ!」


 顔を真っ赤にしながら左右にブンブン振る舞を不思議そうに見る加奈。


「ああいうのを天然って言うのね」


「だね」

 

 ある意味微笑ましいなと彩奈と唯は二人を見守り、訓練が始まって間もないが休息をとって地面に座り込んだ。


「平和だねぇ・・・」


 これ以上の脅威が現れませんようにと願う唯だが、宇宙からの来訪者は着実に迫ってきている。


    -続く-

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