第49話 血塗れた天使
魔物の群れに追撃されつつも、冷静に魔道戦艦を目指してハイスピードで飛行する唯。敵を引きつけるという使命は充分に達成しており、これなら友軍のヘリも魔道戦艦へ接近できることだろう。
「これが・・・・・・」
目の前に浮遊している巨影は前後に長く、モスグリーンカラーのボディは軍事兵器然としていて、まるでロボットアニメにでも登場しそうな戦艦だ。これを誰がどのように建造したのかは知らないが、今の唯にはそんなことはどうでもよかった。
「どこから侵入するんだ」
見たところハッチなどは見当たらない。どこかにはあるのだろうが、これだけ巨大なのだから探すのに手間がかかる。
背後から迫る魔物に追いつかれては面倒なので、唯は腰のマウントラックからラケーテンファウストを引き抜いてセーフティを解除し、スイッチを押し込んで弾頭を射出した。高速で撃ち出された弾頭は魔道戦艦の側部に着弾し、爆発して装甲を大きく抉る。
「こんな風になっているのか・・・人型機動兵器なんかは、無いか」
内部に侵入した唯は周囲を索敵して敵影がないことを確認、そして小部屋の一つに身を隠した。オーバードライヴが解除され、体内の魔力が残り少なくなってしまったので回復する必要があったのだ。
「どこに行った! 小娘っ!」
唯が隠れた直後、ミヤビが戦艦内部に突入してきてその姿を探し回る。しかし片足が失われているために捜索には時間がかかっているようだ。
魔結晶から魔力を吸収した唯は意を決して飛び出し、聖剣でミヤビに斬りかかる。
「何度も私の邪魔をして・・・貴様だけは絶対に倒す!」
「私だって貴様達を許さない!」
両者の繰り出す刃が交錯する・・・・・・
「皆さん、準備はよろし?」
「いつでも行けるぜ!」
魔道戦艦の上空に到達したハウンド小隊は、搭乗していたヘリから降下した。すでに本部の部隊による上陸作戦は開始されており、いくつもの白いパラシュートが降りていく。
「よっしゃ! 取り付いた!」
金属の装甲の上に飛び降りた加奈はパラシュートパックを破棄して薙刀で魔物を両断する。
「舞も無事か!?」
「ええ、問題ありません。春菜さんと麗さんも降りられたようですね」
春菜達も加奈に続いて降下し、魔具を持って合流する。この激戦に臆することもなく、歴戦の勇士のような顔つきであった。
「唯が待っているはずだ。オーバードライヴ後で体も辛いだろうから、早く合流しないと」
「唯さんはこの先にいるみたいですわね。わたくし達も侵入口を作り、急いで駆け付けましょう」
舞は持ち出したラケーテンファウストを発射して戦艦上部に穴を開ける。
ハウンド小隊員がその穴の中へ降ると、そこは格納庫のような場所であった。
「チッ、簡単には先に進ませてはくれないか」
魔物が十数体現れ、立ち塞がる。これを突破しなければ唯の援護へは向かうことができないし、舌打ちしながら加奈が先陣を切って走り出す。
「待ってろよ、唯。すぐに行くからな!」
三体の魔物を撃破し、更に別の魔物へと襲い掛かっていった。
「ぬぅ・・・!」
片足が無いために姿勢制御がうまくいかず、ミヤビは苦戦して焦りを禁じ得ない。唯相手なら普段であれば互角以上に戦えるのだが、現状では完全に後手に回っている。
「邪魔なんだよ! ここからいなくなれ!」
「人間ごときが・・・!」
プライドの高いミヤビが他者に頼るという事態に陥ったのも全ては唯のせいで、しかもこうして追い込まれていることに怒りと悔しさで顔が歪む。勝ち目が薄いことを理性で理解してはいるが、感情が逃げることを許さない。
「貴様がいなければ!」
力を込めて大剣を振り下ろすが、唯はそれを聖剣で受け流し懐に潜り込む。
「これでっ!」
横に薙いだ聖剣がミヤビの腰を裂き、ミヤビは痛みを感じて後ろに下がる。大きなダメージではないが姿勢を崩されてしまった。
「まだ、この程度!」
「だから邪魔だっつってんの!!」
唯は攻撃の手を緩めず、ナナメに斬り上げる。その斬撃を回避することも防御することもできず、ミヤビは腹から胸部にかけて切り裂かれた。そして斬られた勢いのまま後方に吹っ飛ばされ、唯がラケーテンファウストで開けた大穴の外へと落下していく。
「はぁはぁ・・・先を急がないと!」
トドメになったかは分からないが、かまっている余裕はない。この魔道戦艦内にいるであろう魔女を見つけなければならないのだ。
「ミヤビ!」
戦艦の外で人間の相手をしていたヒュウガは、ミヤビが鮮血を散らしながら落下していくのを見つけ、慌てて戦場から離脱して後を追う。どうやら瀕死の重傷らしく翼をはためかせる力も無いようだ。
「ひどくやられたな・・・・・・」
ミヤビをキャッチして背負い、ヒュウガは魔道戦艦を一瞥して飛び去る。ミヤビなき勝利など意味は無く、もはやエリュアがどうなろうと知ったことではないし、ならば再起のために後退するのが得策だと判断したのである。
「なんだか苦戦しているようだねぇ・・・・・・」
魔道戦艦後方にある広い謁見室のような間にて、エリュアは古びた玉座に座っていた。周囲には物資の入ったコンテナなどが雑多に置かれており、資材庫としても機能している部屋のようだ。
「あの魔人が無能なんですよぅ。人間に何度も苦戦するなんて」
傍に控えていたキリネがくすくすと笑いながらミヤビを罵倒する。彼女は元々ミヤビを快く思っておらず、人間に殺されたならそれでいいと考えていた。
「でも天使族とやらがここまで来たらどうするんです?」
キリネと一緒に笑っていたヒヨリがエリュアに問う。ミヤビを打ち負かしてきた天使族とやらはとても強敵らしいので、いざ相手をするとなれば苦戦は免れられないだろう。以前ならば魔人ウルスが敵を処理してくれていたが、もう彼女はいない。
「心配することはないさ。確かに私は戦闘は得意ではないけれど、魔女なんだよ? 少し人間より強いだけの相手など、蹴散らしてくれるわ。はっはっは!」
「そうですね。エリュア様なら俗物どもなんか簡単に倒せますよね」
「勿論さ。それに、この部屋は魔力障壁で囲っているから簡単には突破できない。壁だって分厚いし、ドアも厳重にロックされているもんね」
と、全く危機感もなくエリュアはドヤ顔で胸を張るが、そんな余裕は一瞬にして崩れ去る。
「な、なにっ!?」
突如正面の壁で爆発が発生し、衝撃波で玉座が倒れた。エリュアはすんでのところで立ち上がって転倒はしなかったが、自慢の防御が破られたので驚きを隠せない。
「あ、アイツは・・・?」
爆煙の中からゆっくりとした歩調で現れたのは唯だ。扉が開かないので最後の一本のラケーテンファウストで壁を破壊して侵入を果たしたのだ。
「お前が魔女か?」
「いかにも」
「ならば呪いとやらを振り撒いたのもお前か?」
「そうとも」
ようやくターゲットを見つけたとばかりに唯の口角が上がる。だが決して目は笑ってはいない。
「ちょっとちょっと!アンタは一体なんなのよ!エリュア様にお前呼ばわりなんて、この無礼者が!」
「無礼者! 無礼者!」
キリネとヒヨリが抗議の声を上げるが、それを唯は完全に無視している。
「あの呪いを解く方法を知っているのか?」
「そりゃあ知っているよ。ヴァイオレーションフルーフは無差別に行使される呪いだからねぇ。それで味方に被害が出たら阿呆だし、解除術くらい心得ているよ」
「それが聞けて良かったよ・・・・・・」
呪いを解除できるなら彩奈を救うこともできるということだ。その事実に唯は心底嬉しくなり、エリュアに向かって再びゆっくりと歩み始める。
「だけど教えてなんかあげないよ?呪いで人間を減らすというのが私が世界を支配するための第一段階なんだからねぇ」
「どうしても?」
「どうしてもだよ。それよりも、私の部下にならない?よく見ればキミは可愛いし、呪いで死ぬような雑魚な人間のことは忘れて私と一緒にきてよ」
「・・・・・・」
その呪いで死ぬような雑魚とやらには彩奈も含まれることになる。エリュアの言葉を聞いた唯は足を止めて俯いた。
「なんかキミは他の人間とは違うようだし見どころがあるよ。だからさ・・・ん?」
誘うエリュアはゾッとして言葉を詰まらせる。顔を上げた唯の目がカッと開かれ、広がった瞳孔はテレビのノイズのような濁りが埋め尽くしており、その混濁した視線を受けたからだ。
魔族すらも恐怖させる圧はオーラとなり、唯の体に纏っている。
「なんなのだ、アイツは・・・・・・キリネ、ヒヨリ。不気味だからヤツを殺しておしまい」
「あいあいさー」
キリネが剣を、ヒヨリが杖を携えて唯に対峙した。唯は強そうに見えるが所詮は一人であり、二人がかりなら負けることはないと慢心している。
「さあて。どうやって始末してやろうか?」
「任せてキリネちゃん。まずは私がやるよ」
ヒヨリは杖を構えて魔力光弾を発射した。舞のモノにも匹敵する高出力な魔力光弾であったが、唯は回避するのではなく思いっきり左腕でパンチを繰り出す。
「はっ! そんなんで防げるわけが・・・えっ!?」
直撃したと思ったが、唯は無傷であった。
唯の左手に装備されたガントレットはそのものが魔具であり、Sドライヴのプラットフォームとして使われるのがメインではあるが、武器としても使用することが可能なのである。そのガントレットに魔力を流し、魔力光弾に叩きつけることで破壊したのだ。
「そ、そんな・・・・・・」
「次は私がいくね!」
近距離戦に持ち込めばと足を踏み出そうとしたキリネだが、突如唯の姿が消えたので立ち止まる。
「ど、どこに・・・なっ!?」
探す必要などなかった。キリネの前に唯は出現し、手刀のように突き出された左手が迫る。
「うぐっ・・・・・・」
予想だにしてない攻撃に反応が遅れ、ガントレットがキリネの胸を貫通して即死させる。ウルスのワープ能力を駆使した技であり、取り込んだその力を唯は完全に使いこなしていた。
「よくもキリネちゃんを!」
叫ぶヒヨリを唯が視線だけ動かしてギロリと睨む。唯の顔の半分はキリネからの返り血で赤く染まっており、無表情も相まって悪鬼のようで天使からは程遠い。
恐ろしくなったヒヨリはジャンプしてコンテナの上へ移動し、そこから杖で唯を狙う。
「・・・・・・」
唯は左腕をキリネから引く抜くと、飛んできた魔力光弾が当たる前にまた姿を消す。
「あぐっ・・・・・・」
今度はヒヨリの背後に現れ、背中から胸部を唯の左腕が刺し貫いている。その突き出された左手にはヒヨリの心臓が握られており、一瞬で握り潰された。
ただでさえ体に負担のかかるワープ能力なのに、それを連発したら普通なら動けなくなる。実際に唯の体は悲鳴をあげているのだが、憎悪と怒りのあまりに狂気とも言える状態の唯は何も感じてはいなかった。
「ば、化物・・・!」
ビビッて動けないエリュアは部下を失った悲しみよりも、自分も同じように殺されてしまうのかと震えが止まらなかった。血塗れたスーツを纏う唯はそんなエリュアを見下ろし、トドメを刺したヒヨリから離れる。
「く、来るな!!」
エリュアの悲痛な叫びも虚しく、コンテナから飛び降りた唯はエリュアに近づいて首根っこを右手で掴み、左手で拳を握る。もはやどちらが魔女なのか分からない状況だ。
「教えろ。呪いを解く方法を教えろ」
「わ、わかったから殺さないでくれぇ!」
そんな脅迫が行われている最中、加奈と舞が部屋へと突入してきた。敵の包囲を突破し、ようやく唯の元へと辿り着くことができたのだ。ちなみに春菜と麗は部屋の周囲で敵を足止めしている。
「唯、大丈夫か!」
「加奈、来てくれたんだね・・・」
「おっと!」
味方の顔を見て安堵した唯はエリュアを放り投げて倒れるが、完全に倒れる前に加奈が両手で受け止めた。
「唯さん、あの敵が・・・」
「呪いを解く方法を知っているみたい」
舞は頷いて尻餅をついたエリュアを見下す。
「待って、待ってくれ! いくらでも呪いを解いてあげるから、命だけは助け・・・ギャッ!!」
命乞いするエリュアの顔にフルスイングされた舞の杖がヒットした。エリュアは地面に転がり、ぶたれた頬を押さえてもがいている。
「わたくしの大切な人達を苦しめた罪は重いですわよ・・・!」
「な、なんて恐ろしい連中なんだ・・・・・・」
この人間達に逆らえば確実に殺されると悟り、エリュアは降伏した。彼女にとって自分の命が何よりも大切だし、生きていれば勝機は掴めると、今は大人しくしておこうと考えたのだ。
エリュアを捕らえたハウンド小隊はヘリで彩奈が入院する病院へと急行していた。まだ戦闘は終わってはいなかったが、残る敵の数は少ないので本部の部隊が駆逐してくれると判断してのことである。
「いい? あの娘の呪いを解いて。もしおかしな真似をしたら、生まれたことを後悔するレベルで痛めつけてから殺す」
唯は聖剣をエリュアの首に当てながら耳元で呟く。これは冗談なんかではなく相変わらず殺意に満ちた目をしており、エリュアはそんな相手に逆らう気などない。
病室のベッドに横たわるぐったりとした彩奈の元へと近づき、エリュアは杖を掲げて何やら唱える。
「ん・・・?」
すると彩奈の顔までも覆っていた赤い紋様は消えてなくなり、閉じられていた目を開ける。
「彩奈っ!!」
唯はエリュアを突き飛ばして彩奈の傍に駆け寄り、服をめくって体からも紋様が消滅したことを確認する。変な魔力も感じないし、どうやら本当に呪いは解除されたようだ。
「唯・・・」
「彩奈、大丈夫!?」
「うん、だるさもないわ」
「良かった・・・!」
あまりの嬉しさに唯は涙を流しながら彩奈を強く抱きしめる。それを春菜達も微笑ましそうに見つめていた。
「ほら、ちゃんと治ったろう?」
「黙りなさい。呪いに苦しむ人は他にも沢山いるのだから、その人達のも解除するのですわ」
彩奈だけでなく呪いを受けて衰弱している人達全員を治療しなければならない。 舞は唯と彩奈の抱擁をしっかりと記憶に留め、エリュアをどつきながら連行していった。
その戦いから数日後、回復した彩奈はようやく帰宅を許可された。久しぶりの自宅の布団は落ち着くし、隣にいる唯の温もりを感じられることが幸せであった。
「ありがとう、唯。あなたのおかげで私は生きているわ」
「彩奈のためなら私はなんだってするよ。命に関わることなら尚更」
優しい慈愛に満ちた表情はエリュアと対峙していた時とは正反対で、本当の天使のようである。
唯達が離脱した後、魔道保安庁は魔道戦艦の制圧に成功して勝利した。呪いもエリュアによって解かれつつあり、人類にひと時の平和が訪れたのだ。とは言ってもミヤビやヒュウガは逃走しており、そう遠くない未来に再び脅威として現れるのは想像に難くない。しかしそれを憂うのは今ではなくていいと、唯の思考から弾きだされる。
「ゆ、唯・・・?」
唯は彩奈の上に跨り、その服を脱がし始める。
「体にあの紋様が残っていたら大変でしょ?だから私が隅々まで確認してあげるからね」
「病院でちゃんと検査して、もう赤い紋様は綺麗に無くなったのを確認済みよ?」
「いいからいいから。心配なの、大切な彩奈のことだから・・・」
唯の指先が彩奈のお腹の上を滑り、下半身へと移動していく。彩奈はくすぐったさに悶えるが、唯はそれを無視して指を動かし続ける。
「私に全部任せてくれればいいからね」
「うん、唯に全て任せるわ」
離別の危機を乗り越えた二人の少女は、夜明けまで互いの存在を感じ合っていた。
-第五章に続く-
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