第48話 突入、魔道戦艦
ハウンド小隊は急遽任務を中断して帰還し、舞の手配で彩奈は緊急入院することとなった。赤裂症のためか彩奈の衰弱は始まっており、立つのも辛い様子だ。
「彩奈さんは集中治療室に運んでいただきました。現在医師の方に診てもらっておりますわ」
「そっか・・・でも、なんで・・・・・・」
彩奈以外のメンバーには赤裂症の症状は無く、彼女だけが発症しているのだ。
「彩奈に触れた時、なんか変な魔力を感じた・・・アレは普通じゃない」
「やはり魔術によるモノなのでしょうね。例の飛行物体が関東エリアに出現してからというもの、関東で彩奈さん以外にも赤裂症が確認されました。唯さんが出撃前に妙な感覚を覚えたのもその影響なのでしょう」
「魔女か魔人が飛行物体の中で術を使っているんだな・・・」
「その可能性が極めて高いと思われますわね。現在、魔道保安庁では神宮司さんの提言で飛行物体の制圧作戦が立案されましたわ。派遣された本部からの部隊を中心として、わたくし達ハウンド小隊も攻撃に参加します」
「分かった」
唯は頷き、彩奈が隔離されている治療室内部をガラス越しに見つめる。唯自身も憔悴しているために表情は暗く、その目には生気はない。
「舞、今いいか?」
加奈に手招きされて舞は唯の元を離れる。
「どうだ? 彩奈を治してやれるのだろうか?」
「まだなんとも・・・病気でも感染症でもありませんから、具体的な対処法を見つけられていないのです。唯さんが感じたという邪気が赤裂症を引き起こす魔術なのであればわたくし達もその影響は受けているはずで、発症するのも時間の問題かもしれません。あるいは耐性があって、平気なのかもしれませんが」
「なるほどな・・・ともかくあたし達が動ける内に作戦がスタートしてくれることを祈るしかないな」
「本部の部隊の準備は間もなく整いますわ。そうしたら我々も合流します」
「春菜と麗にも伝えてくるぜ」
作戦開始までさほど時間は無いので加奈は春菜と麗に準備をしておくよう伝えに向かう。それを舞は見送りつつ、唯に彩奈と話しておくよう勧めた。
「彩奈・・・・・・」
防護服を着た状態で集中治療室内に入る唯。魔術によるモノに対して効果などなさそうだが、念のためと医師に提案されたためである。
彩奈の赤裂症の進行は速いようで、最初は腕のみに浮かび上がっていた赤い亀裂のような紋様は広がっていて、首を伝って顔の一部にまで到達していた。それに伴って衰弱度も上がり呼吸器を取り付けられている。
「今から任務に行ってくるね。本当なら傍に居たいんだけど、あの飛行物体にこの赤裂症を解決する策があるかもしれないの」
「頑張ってね・・・・・・」
弱弱しい彩奈の声に泣きそうになる。だが、それをこらえて彩奈の手を握った。
「必ず・・・必ず彩奈を救ってみせる。だから心配しないでね」
「うん・・・・・・」
唯は出撃のために部屋を出ようとしたが、彩奈はまだ何か言いたいようだ。唯は顔を近づけて彩奈の言葉を待つ。
「唯に言っておきたいことがあるの・・・・・・」
「どんなことを?」
「これで最期かもしれないから・・・私は、あなたに出会えて幸せだった・・・・・・本当に、ありがとう・・・出会ってくれて、大切にしてくれて・・・・・・」
「最期なんて言わないでよ・・・まだまだ彩奈と一緒にいたいんだから!」
強く握られた手から唯の必死さが伝わる。彩奈はもう口を開くことさえできず、ただ静かに、懸命に笑みを作って頷く。
その瞬間、唯の中で何かがキレた。瞳から光が失われ、悲しいという感情に蓋をするように憎悪と怒りの感情が心の中に渦巻いている。
「待っててね・・・・・・」
目を閉じた彩奈にそう呟き、病室を出て防護服を脱ぎ去る。そしていつものダークカラーのスーツを羽織って舞の元へと戻った。
「唯さん、大丈夫ですか?」
「私は問題ないよ。それより、舞に伝えておきたいことがある」
「なんでしょう?」
「もし彩奈がこのまま死ぬようなことがあれば、その時は私も一緒に逝くから」
「唯さんならそうするでしょうね。わたくしは大切な友人を失いたくはありませんから、あの飛行物体に赤裂症を治すヒントがあることを信じますわ」
唯にとって彩奈は生きる理由の全てである。その彩奈がいなくなってしまったらこんな世界で生きている必要はないし、ともすれば後を追うことも辞さないだろう。
「舞には色々迷惑をかけちゃうかもだけど、許してほしい」
「その心配はご無用ですわ。わたくしは唯さんと彩奈さんの味方ですし、アナタの思うように戦ってください」
「ありがとう」
どんな敵が待ち受けているか分からない。それでも彩奈のためなら唯はどんな手段さえも厭わないし、力の限りを尽くして戦う決意を固めていた。
「作戦目標の飛行物体は魔道戦艦と呼称されることに決定しましたわ。すでに本部の主力部隊が制圧作戦を実行しており、我々もそれに合流しますわ」
ハウンド小隊のメンバー達は第7支部の近くにある空間の歪みから裏世界へとシフトし、用意されていた大型輸送ヘリに乗り込んだ。すでに魔道戦艦と魔道保安庁の戦闘は始まっているらしく、唯は焦る気持ちを抑えながら窓の外を流れる景色を見つめる。
「ですが主力部隊はかなり苦戦していますわ。飛行タイプの魔物が魔道戦艦の周囲で防御を固めており、それに阻まれてヘリが近づけないようです」
「魔物に囲まれたらヘリなんか簡単に撃墜されちまうもんな。しかしどうやって接近すればいいんだ・・・・・・」
「そこで本部から一つの提案があったのです」
舞の視線が唯に向く。どうやら唯の特別な力を用いた戦術を本部は示したらしい。
「ヘリでは無理でも、翼を展開した唯さんの運動性能なら敵を回避して魔道戦艦に肉薄できるのではというものです。そうして敵の気を引き、隙を突いてヘリが接近するという作戦なのですが・・・・・・」
「唯を囮に使おうってのか?そんなの気乗りしないな・・・・・・」
「わたくしだってそうですわ。でも現状で他に有効的な戦術が無いのも事実です・・・・・・」
確かに唯なら飛行タイプの魔物をかいくぐって飛ぶことは可能だろう。とはいえ敵の中心部に向かって単騎で突撃するという特攻そのものの危険な行為であり、舞達は全面的に賛同できなかった。
「やるよ、私」
「唯さん・・・・・・」
「大丈夫。これまでだって修羅場を乗り越えてきたし、彩奈を救う手立てがあるのかもしれないのだから、やる」
今の唯には死や負傷への恐怖など全く無く、その瞳には殺気と憎悪が渦巻いている。だからどんなに危ない任務であれ請け負うし、自己犠牲すら厭わない覚悟が唯にはあるのだ。
「唯さんがそう言うのなら・・・・・・」
その唯の覚悟を覆すことはできないし、これは唯以外にできることではない。こうなったら信じて送り出すしかないだろう。
飛行を続けたヘリは作戦空域に侵入した。窓から目標の魔道戦艦と、その周囲に展開している魔物の姿を見つけて春菜は眉をひそめる。
「魔物の数が多すぎる・・・あれじゃあ唯先輩でも無理ですよ」
飛行タイプの魔物は百体は優に超えているだろうか。さすがにそれだけの数が相手では物量差に負けて唯でもどうしようもないのではと思う。
「唯先輩、無茶ですよ」
「心配してくれてありがとね。でも、いかなくちゃ。彩奈のためにも」
「東山先輩のために・・・・・・」
「彩奈のためなら私はなんだってするよ。この程度で引き下がるわけにはいかないんだ」
唯はヘリのサイドハッチをスライドさせ、腰のマウントラックにラケーテンファウストを2本挿し込む。そして魔力を充填した魔結晶を魔法陣に収容してから身を乗り出した。その綺麗な茶色の髪を風になびかせつつ、魔道戦艦を睨みつける。
「じゃあ行ってくるね」
「未熟な私には何もできませんが、見守っています。どうか無事で・・・・・・」
「うん。高山唯の本気を見ていてね」
唯は春菜にウインクを飛ばし、そのままヘリから飛び出す。そして左手のガントレットを目の前にかかげ、Sドライヴを起動した。
「Sドライヴ・・・力を私に!」
オーバードライヴ状態になった唯の背中から魔力で形成された翼が展開され、バサッと羽ばたいて一気に上昇する。
「すごい・・・あれが天使族の・・・・・・」
魔人をも上回るスピードで飛び去った唯を見送り、その気迫から誰かのために戦える戦士の強さを学ぶ春菜であった。
「結構な数の敵が来ているな・・・ヒュウガ、我々も出るぞ」
「しかしミヤビ、足はまだ回復していないのだぞ?」
「空中戦ならある程度戦える。この戦艦に乗り込まれる前に叩き潰せばいい」
失った片足は治っていないが、それでも敵の侵攻をただ見ているわけにはいかなかった。何故なら、ここで魔道戦艦とエリュアを失うということはミヤビの勝利がまた遠のくことに繋がるからだ。エリュアの呪いが広がり、人間共が抵抗できなくなるまではここを守りきらなければならない。
魔道戦艦の外に出たミヤビは魔物の戦列に加わり、ハタと滞空して妙なプレッシャーが近づいてくるのを察知した。
「むっ・・・あれは!」
間違いない。天使族の翼をはためかせ、接近してくるのは宿敵である唯だ。
「あの小娘っ! 今度こそ叩き落としてやる!」
ミヤビはヒュウガと魔物の群れを引き連れ、唯の正面から突撃していく。
「魔人か」
邪気を纏う敵が魔人であると直感し、唯は舌打ちする。こうも大規模な戦闘なら魔人が出てくるのも想定内だが、空中でやり合うのは分が悪いのでなるべくなら戦艦上陸後に出会いたかった。
「フン・・・貴様には呪いの効果は出ていないようだな」
「呪い・・・? やはり、貴様達が!」
本当なら敵をすり抜けて魔道戦艦を目指す予定なのだが、赤裂症を知っているのなら話は別だ。唯は聖剣を手にしてミヤビに斬りかかる。
「あの赤い紋様が浮かぶ呪いをかけたのが貴様なんだな!?」
「正確には私ではないがな。戦わずして人間を殺せる素晴らしい策だろ?」
「このクソどもが・・・!」
普段の唯の温厚さなどどこかに消し飛んでおり、人が変わったように暴言を口にする。
「貴様が呪いをかけたのでないなら、誰がやった!」
周囲を取り囲む魔物数体を切り捨て、唯は再びミヤビと切り結んだ。激しく火花が散り、唯の怒りが体現されているようにも見える。
「答える義務はないな!」
「そうかよ・・・まあどうせ貴様のような雑魚にできる技とは思っていなかったけどね」
「雑魚だと! よくもバカにしてくれたな!」
唯の挑発に乗ったミヤビは援護に現れたヒュウガに目もくれず大剣を振りかざす。
「あの魔女でなくても術さえ覚えれば私にもできるはずだ! 私は、いずれ世界をも手にするミヤビだぞ!」
「なるほど魔女か」
今その魔女とやらの姿が見えないということは、あの魔道戦艦内にいる可能性が高い。そこで呪いを振り撒いているのだろう。
「だったら貴様に用はない」
「なんだと!?」
唯は魔女に会うべく先を急ごうとしたが、それを許さないミヤビが襲い掛かる。
「行かせるかよ!」
「貴様に用はないと言った!」
ミヤビの大剣をかいくぐり、その肩を足場代わりに踏みつけて唯は飛翔した。もはやこの魔人と戦っても時間の無駄だし、魔道戦艦に乗り込むのが先決だ。
「どこまでもコケにしてくれるな、あの天使族は!」
「ミヤビ、どうする?」
「追うに決まっている! 魔物どもも全部だ!」
「だがそれでは他の人間が・・・」
「ただの人間など後で殺せばいい。ヤツだけは阻止しなければならんのだ!」
「魔物達は唯を追っていったようだな」
「そうですわね。これならヘリも魔道戦艦に近づけます」
唯が魔物の注意を引いてくれたおかげで防衛ラインに大きな隙ができた。それを逃す魔道保安庁ではなく、本部から派遣された部隊を乗せたヘリが魔道戦艦の上空を目指して急行する。そこからパラシュートで降下し、魔道戦艦に上陸するのだ。
「春菜さん、麗さん。準備はよろし?」
「はい! 唯先輩を一人にはできません!」
パラシュートパックを背負った春菜が力強く答え、舞は頷く。
「高山先輩が頑張っているのに、逃げるなんてできない」
「ふっ、気負いすぎるなよ。あたしが先行するから、麗達はサポートをよろしくな」
意気込む麗の肩をポンと叩いた加奈の目にも闘志が宿っている。加奈にとっても彩奈は大切な友人だし、一人戦地に赴いた唯のことだって心配なのだ。
近づく魔道戦艦ブレイヴァー号の威容を捉えながら拳を握りしめて降下タイミングを待ち、必ず駆け付けるからなと誓う加奈であった。
-続く-
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