第47話 魔女の呪い

 唯達ハウンド小隊員が休暇を楽しんでいる頃、敗走したミヤビとヒュウガは魔女エリュアとの合流を急いでいた。思わぬ負傷をしたことでミヤビの戦闘力はダウンしており、このままでは勝ち目はないと判断したのだ。


「しかしいいのか? このままではエリュアに手柄を盗られてしまうぞ?」


「仕方のないことだ。失った私の右脚を再生させるにはまだ時間が必要だし、力を取り戻したらエリュアを討てばいい」


「そうだな。どの道エリュアと合流するのは時間の問題だったしな」


 本来ならミヤビは自軍の戦力が整ってからエリュアと共闘する予定であった。人間との決戦にエリュアの軍を利用し、戦いの後でエリュアに総攻撃をかけて叩き潰すことで真の勝者となろうとしていたのである。


「これが魔道戦艦か・・・・・・」


 ミヤビの眼下にあるのは巨大な宇宙戦艦とも言うべき飛行機で、漆黒のボディには威圧感がある。


「失われた神話時代のモノらしい。以前交渉に訪れた時に聞かされた」


「天使族のモノだったのだろうな。我々よりも遥かに高度な技術を持っていたらしいしな」


「それを使う魔女エリュア・・・厄介なヤツだな。ミヤビ、気を付けた方がいい」


「分かっている」


 魔道戦艦へと着地し、ミヤビ達は開かれたハッチをくぐってエリュアの元へと向かった。




「はるばるご苦労だったねぇ」


「いろいろ報告することがあったからな。手間を惜しむ余裕はない」


「なるほど。それで、ウルスはどうしたのだい?」


「アイツは天使族に殺された。私もこのザマでな。助けることができなかった」


 ミヤビは分厚い鉄骨を杖のようにして体を支えており、喪失した右脚を目線で示した。


「それほど手強い相手なんだねぇ」


「ああ。あの天使族には何度も煮え湯を飲まされた。今度こそは捻り潰したい。そのためにお前の力がいる」


「うんうん。任せてくれたまえよ。ウルスの仇も討ちたいし、作戦を実行に移そう」


「もうこの魔道戦艦は動けるのか?」


「修理は終わっているからね。我が空中魔道戦艦ブレイヴァー号を早速起動させる。キミ達は戦いの時まで休んでいるといいよ。部屋を用意してあるから、この娘達に案内させよう」


 エリュアは傍に控えていた二人の少女へ指示を出す。何故エリュアはこんな人間を飼っているのかミヤビには理解できないが、時雨のように有用な人間なのかと思考を巡らせていた。




「ささ、ここがアナタ達の部屋だよ」


 エリュア配下の人間が偉そうな態度で大部屋の一つを指さす。それが癪に障ったミヤビは苛立ちを隠せない。


「貴様、私は魔人だぞ。劣等種である人間の分際で気安い言葉を使うな」


「はぁ? その劣等種に負けたクセに何偉そうにしてんの?」


「なんだと!!」


 ミヤビは大剣を装備して少女の間近に振り下ろす。床に大きなヒビが入り、その怒りの度合いを表しているようだった。


「ねぇねぇ、私はエリュア様お気に入りのキリネちゃんだよ? こんなことしちゃっていいのかなぁ?」


「そうそう。キリネちゃんと、この私ヒヨリちゃんに手を出すのはマズいと思うなぁ」


 ニヤニヤと二人がミヤビを挑発するが、エリュアの協力を引き出すためには手を出すわけにはいかない。


「今は見逃してやる。さっさと失せろ」


「はーい。行こ、ヒヨリちゃん」


 キリネとヒヨリはくすくすと笑いながらエリュアのもとへと戻っていった。殺意を漲らせるミヤビはそれを見送りながら用意された部屋へと入る。


「ミヤビ、あんな小娘に言わせておいていいのか?」


「人間共との戦いが終わるまでは手を出すわけにはいかん。ここは耐えるしかない」


「だが、その戦いが終わった後は・・・・・・」


「心臓を刺し貫き、そして握り潰してやる」


 魔人であるのに人間如きに好き放題言われた屈辱は決して忘れられるものではない。それは唯に負わされた精神的苦痛に匹敵するものだ。しかし今はまだ我慢の時で、全ては人間との戦いに勝利してからケリをつけようと震える拳に誓っていた。






 休暇を終えた唯達はいつも通りに第7支部にて待機していた。何やらきな臭い動きが魔物側にあったようで、訓練は行わず臨戦態勢での待機である。


「聞いたか? 東北エリアの裏世界でデカい飛行物体を発見したらしいぞ」


「そうらしいね。でも今はどこにいるのか分からないんだよね?」


「ああ。発見した部隊が全滅して追尾できなくなったんだってさ」


 加奈の言う飛行物体はエリュアの魔道戦艦ブレイヴァー号のことだ。東北エリアに出現し、現在の行方は不明だが目撃情報から関東エリアへ向かっている可能性が高い。


「それだけではありませんわ。その飛行物体が目撃された日から東北エリアで謎の症状を訴える人が続出しているんですの」


「一体どんな?」


「肉体が衰弱し、皮膚にまるで赤い亀裂のような紋様が浮かび上がるのです。暫定的に赤裂症(せきれつしょう)と呼称されていますわ」


「それは何かの病気なの?」


 唯は深刻そうに訊く。その赤裂症が何なのか知らないし、彩奈や仲間達にも症状が出るかもと思えば危機感を持つのは当然だ。


「いえ、病原体に侵されているわけではないですし、人類が把握している病気にも当てはまらないものです。ですが赤裂症の方から妙な魔力が検出されたとの報告がありますわ」


 つまりそれは自然に発生したものではなく、魔術に関連した現象である可能性が高い。


「わたくしはその飛行物体は魔族が操る物であり、そこから何らかの魔術を行使しているのではと推測していますわ。言うならば・・・呪いのような魔術を」


「呪いか・・・・・・」


 舞の推測は充分にあり得ることだ。例えば魔女なら変な魔術を使えてもおかしくはない。以前戦った魔女ファルシュは姿を変える魔術を用いていたし、今回も特異な力を持つ敵がいるのかもしれないのだ。


「衰弱するってことは、そのまま死に陥る可能性もあるってことだよね?」


「はい。まだ死者は確認されていませんが、それも時間の問題です。早急に事態を収拾しなければなりません」


「治療法はないのかな?」


「残念ながら。魔道保安庁の上層部は飛行物体との関連を視野に入れて調査を行っていますわ」


 飛行物体の出現と赤裂症の発症が同じタイミングなのは偶然ではないだろうというのが魔道保安庁上層部の考えで、その飛行物体の行方の捜索に着手しようとしていた。


「もし魔術なのであれば完全に防ぐ手立てはありませんし、元を絶つしかありません」


「それに魔術を使ったヤツなら治療法とか解除法とか知っているかもしれないしね」


「そうですわ。被害が広がる前にどうにか解決できればいいのですが・・・・・・」


 唯の中ではミヤビ一派の犯行ではないかという疑念があった。ヤツらが再び姿を現したのは人類に勝つ算段があるからだろうし、それがこの赤裂症なのではという考えだ。


「ん?」


 そんな会話をしている中、舞のスマートフォンにメッセージが送られてきた。どうやら神宮司からの連絡のようだ。


「タイムリーなメッセージですわ。先ほど話していた飛行物体が関東エリアに侵入したようです。我々ハウンド小隊にも出撃命令が下りましたわ」


「飛行物体に接触するのか?」


「いえ、本部からの部隊が来る前の露払いですわ。飛行物体の予想進路に魔物の巣と思われる地点があり、それを制圧して本部の部隊がスムーズに飛行物体と接触できるようにするのです」


 これは遊撃部隊ならではの任務である。できるなら飛行物体を直接制圧したいところだが、ハウンド小隊の人員数では難しいだろう。

 唯達は準備を整え、屋上に待機しているヘリに乗り込んだ。


「なんだろう・・・この感覚は・・・?」


「どうしたのですか?」


「邪悪な気配を感じる。どこからかっていうと、色んな方向からというかあらゆる方向からというか・・・・・・」


「例の飛行物体のせいかもしれませんね」


 唯にも具体的な説明はできないのだが、妙な感覚が体を包んでおり不愉快だった。その原因を突き止めるほどの材料も情報もないので、ともかく与えられた任務に集中しようと思考を切り替える。






「エリュア、首尾はどうだ?」


「至って順調だよ。ブレイヴァー号の調子もいいし、このまま前進あるのみだよ」


「そうか。貴様が振り撒いている呪いとやらで今頃人間共はパニックだろうな」


「そうだろうねぇ。私のヴァイオレーションフルーフは戦わずして人を殺す呪いだ。まあでもこの呪いは確実じゃなくて、全員がかかるわけじゃない。耐性のあるヤツらも結構いるもんだからさ」


「とはいえ少しでも数を減らせればそれでいい。あの天使族も呪いで死んでくれればな」


 ミヤビは唯を直接殺したい気持ちを持っているが今は戦える体ではないし、天使族の力は戦闘では厄介この上ない。なのでエリュアの呪い、ヴァイオレーションフルーフで死んだほうが都合がいいのだ。






「へっ、この程度の敵なら問題ない!」


 裏世界にシフトし、魔物の巣への攻撃を開始したハウンド小隊。斬りこみ隊長の加奈はいつものように薙刀を豪快に振り回して敵を蹴散らす。


「油断は禁物ですわよ、加奈さん。数はそれなりにいますし、囲まれないように注意してください」


「おうよ!」


 巨大戦艦とも言うべき飛行物体を見たいという欲求を抑えつつ、魔物の巣制圧のために戦う。いくら敵の数が多いとはいえども個々の戦闘力でそれを覆せるのがハウンド小隊であり、戦局は優位に推移していた。これならそう時間もかからず勝利できるだろう。


「彩奈、そっちの敵をお願い」


「え、ええ・・・任せて」


「彩奈・・・?」


 どこか調子の悪そうな彩奈を心配しつつ、唯は目の前から迫る敵に向き合う。人型の魔物が掴みかかってこようとするが、唯はそれを回避して真っ二つに斬り捨てる。


「舞、少しいいかな?」


「どうしましたか?」


「なんか彩奈の様子がおかしいんだ。気になるからちょっと後退したいの」


「分かりましたわ。ここは春菜さんと麗さん、そしてわたくしが抑えます」


「ありがとう」


 ヘッドセットで舞の許可を得つつ、唯は彩奈の手を引いて戦域から後退した。そして物陰へと連れ込む。


「彩奈、体の具合でも悪いの?」


「す、少し・・・・・・」


「やっぱり具合悪いんだよね?いつもの彩奈じゃないもん」


 彩奈の表情には影があり、普段の覇気が感じられなかった。その様子のおかしさを感じ取った唯は心のざわつきを抑えられない。イヤな予感が脳内にこびりつく。


「なんか変なのよ・・・特に右腕が・・・・・・」


 そしてその予感は的中していた。彩奈が気にしているような素振りを見せる右腕を掴み、スーツとシャツの袖をまくった。すると、そこには赤い亀裂のような紋様が浮き上がっていたのだ。


「なんで・・・嘘でしょ・・・・・・どうして彩奈に・・・・・・」


 舞から聞いた赤裂症というものだ。それを彩奈が発症している。


「戦いが始まった直後くらいからダルさを感じたわ・・・でも、赤裂症だなんて・・・・・・」


 自らの体に起こった異常に動揺する彩奈は顔面を蒼白にして呼吸を荒くする。それは当然だろう。赤裂症なんてワケの分からないものが降りかかったとなれば冷静ではいられない。


「唯・・・私、死ぬのかな・・・・・・」


「落ち着いて! 大丈夫・・・大丈夫だから・・・・・・!」


 その大丈夫には根拠など全くないが、唯は彩奈を抱きしめて背中をさすってあげる。物理的に接触していいのかと言われてしまうかもしれないが、それでも彩奈を安心させたい一心の唯には他にできることはなかったのだ。


 二人の少女は絶望の魔の手に絡めとられていた・・・・・・


     -続く-

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