第46話 Night Fever
休暇を取って浜辺にある舞の別荘へとやって来た日の夜、ハウンド小隊員はそれぞれの時間を楽しんでいた。
「加奈さん、どうですか?」
「ああ・・・めっちゃ気持ちいいぜ」
ふかふかなベッドの上で舞のマッサージを受けているのは加奈だ。うつ伏せの状態の加奈に舞が乗り、背筋に手を這わせる。
「なかなかに凝っていますわね。いつも先頭に立って一番戦っているから筋肉に疲労が溜まっているんですわ」
「へへ、それがあたしの役目だからな。舞達を守るためなら、疲れるのくらいどうってことはないぜ」
「あなたは・・・頑張り過ぎですわ」
「あたしより唯の方が頑張っているよ。天使族の魔力を持っていることで大変な目にも遭っているし、プレッシャーだって凄いあるだろうにな。あたしなんかより体を酷使している」
確かに唯は目に見えて戦果を挙げているし、負担も並みの適合者とは比較にならないほど大きい。だがそれを支えている加奈達だって称賛されるべきだし、舞は仲間達をちゃんと評価している。
「唯さんは勿論ですが、皆さんがちゃんと役目を果たしているから生き残れているのです。それは加奈さんだってそうですし、いつもあなたが魔物に突っ込んでいく時、無事にまたわたくしの元へ戻ってこられますようにと祈っているんですのよ」
「舞が祈ってくれているから帰れているんだな。ありがとう」
「い、いえ」
マッサージが終わって加奈がスッと起き上がり、舞と向き合い視線が合う。それが照れくさかったのか、舞は少し赤面していた。
「それにさ、舞が後ろにいてくれるから正面の敵に集中できる。きっとあたしだけじゃなく皆そう思っているはずさ。真に褒められるべきは舞だ」
「そんなことはありません・・・だって、あなたを守ることができなかった」
加奈は舞の目が自分の左腕に向いていることに気づく。どうやら富嶽で重症を負ったあの時のことを言っているようだ。
「これは舞のせいじゃない。誰のせいでもないんだ。強いて言うならあたしの力が足りなかったせいだよ」
「いえ、わたくしがもっと有効打を敵に撃ちこめていれば、試製魔道砲を使わずとも・・・・・・」
そこで舞の言葉は途切れた。なぜなら加奈が優しく抱き寄せたからだ。
「加奈さん・・・?」
「責任感が強いから気にしてくれていたんだな。でも、いいんだよ。自分を責めなくていいんだ」
実際に加奈は誰かのせいで傷を負ったとは思っていない。舞のせいでもなければ魔道砲を作った人達のせいだとも全く思っておらず、悪いヤツがいるとするならそれは魔物などの敵達だと。
「優しすぎですわ・・・あなたは良い人すぎる」
「そういう人間が一人ぐらいいたっていいだろ?あたしはな、自分が傷つくより舞が自分を責めていることのほうが心が痛いぜ」
舞の頬に自然と涙が伝う。理由は分からない。恐らくはこうして加奈の優しさに包まれているからこその涙なのだろう。
「もう少し、このままでもいいですか?」
「いいよ。舞の気が済むまで」
本当の幸せを感じる舞は、加奈の腕の中で永遠にこの時間が終わらなければいいのにと思っていた。
「夏の夜の空気って好きなんだけど、波の音と海風も合わさって最高って感じだね」
「そうだな」
春菜と麗は夜の浜辺で海を眺めていた。自然の中にいるという感覚が全身を覆い、おだやかな波の音に耳を傾ける。
「麗ちゃんも楽しそうで良かったよ。こういうの好きじゃないのかと思っていたから」
「確かに三宅さんの言う通りなんだけど、その・・・メンバー次第では、いいかなって思ったんだ」
「つまり、私達と一緒だから行きたいと思ったんだね?」
麗は小さくコクンと頷く。どうやら少しは親しみを持ってもらえたんだなと春菜を嬉しくなる。
「あのさ、三宅さんは私にどんな印象を持ってる?」
「うーん・・・麗ちゃんは孤高の狼って感じかな」
「孤高の狼・・・・・・」
「他人は頼らず、自力で何でも解決する超クールな人って感じ。でもね、最近は雰囲気が柔らかくなったと思うよ」
「そ、そうか」
適合者育成所では完全に孤立していた麗だが、一方で高い実力もあって孤高の狼と言われていた。
「他人を頼らないのではなくて、実際には頼りたくてもできなかった。それは私が人付き合いが苦手だからだし、強がっていたからってのを今はちゃんと自覚している。全然クールでもないし」
「それを自覚して変わろうとしているのは成長しているって証だよ。麗ちゃんは大人の階段をしっかり昇っているんだね」
「そんな大したモノじゃないよ。でも、ハウンド小隊の人達のおかげで自分の事を見つめ直す機会を得ることができた。それは・・・三宅さんのおかげでもあると思う」
素直な気持ちを吐露する麗に春菜は驚いていたし、とても可愛いとも思った。
「私でも役に立てているなら嬉しい。この部隊で一緒に成長できるといいね」
「うん。一緒に」
「ならさ、そろそろ私のことを名前で呼んでよ」
「名前で?」
未だに春菜のことを麗は苗字で呼んでおり、仲も深まってきたのだからそろそろ下の名前で呼んでほしかった。戦闘時にもその方が咄嗟に呼びやすいし、効率を考えてのことでもある。
「ほら、私にはお姉ちゃんもいたしさ、苗字よりは名前のほうが明確に私を示しているんだなって分かるし」
麗は雪奈に会ったこともないし、彼女が三宅さんと呼ぶ時は間違いなく春菜のことを言っているのだが、それでもそうしてほしかったのだ。
「じゃあ・・・は、春菜さん・・・・・・」
「うんうん。いいカンジだよ。まぁさんづけでなくてもオッケーだけどね」
「春菜・・・って言えばいいか?」
「それで! えへへ、改めて宜しくね!」
「あ、あぁ。こちらこそ」
初めて人と仲良くなれたような気がする麗は、この日の事を生涯忘れることはなかった。
「どうやらあの娘達もうまくやっているようね」
「良かった良かった。あの二人ってけっこうお似合いだと思っていたし、仲良くなって私も嬉しいよ」
「まっ、私と唯の方が超仲いいけどね」
「ふふ。そうだね」
春菜達のいる浜辺から少し離れた岩場の影、そこで唯と彩奈が寄り添って座っていた。ここは昼に彩奈が唯を連れ込んだ場所だ。
「ねぇ、唯。何か悩んでいるんじゃない?」
「えっ?」
「分かるのよ、私には」
「さすが彩奈」
先日のミヤビ達との戦い以降、唯の悩みの種は増えていた。それはミヤビ一派が戻ってきたということだけでなく、自分の事に関してのものだ。
「私は人から更に遠ざかってしまった。魔人の力を取り込んで、もうこんなの人の体じゃなくなってる」
元から備わっていた天使族だけでなく、魔族の力さえ取り込んでしまったことで自分自身への嫌悪感や恐怖感を感じていたのだ。今のところ問題はなさそうだし、うまく利用できれば戦術の幅だって広がるだろうが、それは果たして人間なのだろうかという疑問が頭をよぎる。
「前に自分の力がよく分からなくて不安になるって言ったけど、あの時よりますます不安なんだ。この力があるせいで皆に迷惑をかけたり、災いをもたらすんじゃないかと・・・・・・」
思い出すは破界の日。ガイア大魔結晶が起動してしまったのも天使族の魔力を利用されたからで、自分さえいなければ被害が広がることもなかったのではと考えることもある。しかし例え唯がいなくても魔女サクヤは別の天使族の魔力を有する者を見つけて捕らえていたろうし、いずれは同じ結果になっていただろう。なので決して唯が悪いわけではないが、それでもこの不気味な力を持つ自分に懐疑的にならざるを得なかった。
「唯は人間よ。ちゃんとね」
彩奈は立ち上がって唯の膝の上に座る。そして両手を伸ばして唯の顔を包みこんだ。
「彩奈にお願いがあるんだ。とても酷なお願いなんだけど・・・これは他の誰にも頼めない、彩奈だけにしか」
「言ってみて」
「私がこのまま人間ではなくなったら、正気を失って害悪をもたらす存在になったら・・・その時は私を殺してほしい。彩奈の、その手で」
唯の眼差しが至極真剣で、彩奈はおもわず息を呑む。どうやら彩奈の想像するレベルを超えて思い詰めているようだ。これまでにも唯の心を傷つけるような出来事はいくつも起きており、限界が近づいているのかもしれない。
「彩奈にだったら・・・いや、彩奈にしか殺されたくない」
「本当に酷なお願いをするのね」
「酷いよね、私は・・・大切な人にお願いする内容じゃないって分かっているのに、それでも・・・・・・」
自分に呆れるように唯は眉を下げる。
「少し考えを変えてみましょう。舞が言っていたように、唯の天使族の力は人間も魔族も凌駕するものなのよ?だから魔人の力を取り込んでもそれを内包し、利用できる能力があると私も思うの」
実際に唯はウルスのワープ能力を完全に再現し、ミヤビを凌駕した。
「つまり、自分を強化できたと思ってポジティブに捉えたほうがいいんじゃないかって」
「彩奈の言う通りだね。やっぱり彩奈が居ないとダメだな私は」
「私はいつだってあなたの味方だし、これからもそうよ。でもね・・・もし、もしも本当に唯の言う通りになってしまったとしたら、その時は・・・」
彩奈の手がスッと唯の首に移動し、柔らかく掴んだ。全く殺意のない所作だが、傍から見れば止めに入るべき状況に見える。
「私が、あなたを殺してあげる」
「うん。頼んだよ」
とても歪な関係に思われることだろう。だがこの二人には絶対的な信頼と、決して断つことのできない絆がある。だからこそのこの結論に至るのだ。
「そもそも唯は私のものだし、その生殺与奪権が私にあるのは当然よね」
「だね。全部彩奈に捧げたんだもの、命だって同じだよ」
「ふふふ・・・そう言われると興奮するわ・・・・・・」
首元から更に彩奈の手が下へ滑り、水着で強調された唯の艶めかしいボディラインをなぞった。
「夜は長いわよ、唯」
「覚悟してる」
夜風になびく唯の髪が彩奈の腕に絡みつく。今はただ、二人だけの時間を感じていたかった。
翌日、ハウンド小隊のメンバー達は帰り支度をして新田家のヘリを待っていた。休暇は二日間だけであり、明日には職場に戻らなければならない。
「唯、休めたか?」
「うん。でも、昨日の夜は遅くまで盛り上がっちゃって・・・・・・」
加奈と唯の会話を聞いていた舞は目を輝かせながらうんうんと頷いている。どこに興味を惹かれているのか加奈には理解できないが、舞が楽しそうならいいかと特にツッコミは入れない。
「家に帰ったらちゃんと寝るんだぞ」
「はぁい」
どうせまた彩奈がちょっかいかけるんだろうなと思うが、どうやらそれが二人には必要な時間らしい。加奈は既にそれを分かっているし、その中でも休息はちゃんと取るよう助言する。
今は穏やかな時間が流れているが、まだ彼女達は知らない。新たな脅威が迫っていることを・・・・・・
-続く-
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