第45話 Make up mind

 ミヤビ達との戦闘で気を失った唯は臨時拠点で応急処置を受けた後、表世界の病院へと運ばれた。

 幸い意識はすぐに回復して検査の結果も特に異常は見つからなかったが、魔人の力を吸収したことは事実で、それがどのような作用を唯の体にもたらしているかは現時点では未知数だ。


「不思議な感覚だったな・・・体が熱くなって、取り込んだ力の使い方が自然と分かったんだ」


「それが魔人を取り込んだことによるパワーアップ現象なのでしょうね。あの魔人の力は唯さんのものとなり、恐らくは任意に発動できるようになったと思われますわ」


「魔人の力か・・・・・・」


 異種族の力を取り込んだことへの恐怖があった。それは以前に唯の力を取り込んだ魔女サクヤの末路を知っているからだ。


「これは推測ですが、心配することはないと思います」


「そうなのかな」


「唯さんは天使族の力を継承せし者ですわ。天使族は人間と魔族を創り出した創造主であり、二つの種族を超える特殊な魔力を宿す種族なのです。魔女サクヤは自身の耐性を上回る強力な力で自壊しましたが、唯さんの天使族の魔力に慣れた体なら異常をきたすことはないでしょう。実際に検査では特に問題はありませんでしたわ」


 極端に言うならば魔族と人間の上位種族が天使族なのだ。だからこそ下位種族の魔族では天使族の力を制御できないが、逆に天使族ならば魔族の力を吸収しても平気なのである。


「舞がそう言ってくれるなら安心できるよ。にしてもあの魔人、ミヤビ達が本格的に動き出したことは問題だね」


「ですわね。姿を現したということは前のように何か企みがあるのでしょうし、それを突き止めて阻止しなければなりませんわ。とはいえ敵の所在は不明ですし、まずはヤツらの拠点を発見するところから始めなければなりません」


 魔人は翼で飛行して逃走することができる。唯のような特殊な人間でもなければそれを追うことは不可能だ。


「しかし配下の魔人を一体撃破し、ミヤビにもダメージを与えることにも成功しましたから時間を稼ぐことはできたと思います。その間に唯さんはゆっくり休んでくださいな」


「ありがとう」


 その特殊な力は魔物との戦闘では切り札のように扱われているが、それだけ唯には大きな負担がかかっているのだ。だからこそ舞は彼女に充分な休息を与えてあげたいと思っている。


「我が新田家が所有する別荘とプライベートビーチをお貸ししますから、皆さんと一緒にそこで休暇を過ごすのはいかがでしょう?」


 フと思いついた案を舞が提示する。彼女が別荘だとかプライベートビーチを保有していようと唯は今さら驚かない。


「それいいかも。でも休みの申請通るかな?」


「わたくしにお任せください。神宮司さんなら聞き入れてくださるでしょうし、もし人事部や参謀部に何か言われたら長官に直訴いたしますので」


「あ~・・・さすが舞だね」


 魔道保安庁内にも新田家の影響力は少なからず存在しているようで、それをいざという時に最大限活かすのが舞だ。唯にとって舞は頼もしい仲間だし、影からハウンド小隊を支えてくれている彼女に感謝している。

 





「ということで、舞の別荘へとやってきました」


「誰に説明しているの、唯?」


 舞の手配した自家用ヘリにて別荘へと足を運んだ唯達。海を一望できる絶景スポットに建てられており、この周囲一帯は完全な私有地になっているようだ。


「舞先輩、私達もお招きいただきありがとうございます」


「いいんですのよ。お二人ももうハウンド小隊の一員ですもの」


 別荘には春菜と麗も同行していた。彼女達は訓練生であるが共に戦場を駆けた仲間であり、舞に招待しないという選択肢は無い。


「でも、こうしてていいんでしょうか? ミヤビという魔人が戻ってきたんですよね?」


 麗としては以前に猛威を振るった魔人を倒すべきなのではと思わざるを得なかった。適合者育成所で魔人の脅威を教えられてきた彼女が少しでも早く事態の解決に乗り出すのが優先と思うのは当然とも言える。


「確かにヤツは倒さねばならない相手だし、私個人としても叩き潰してやりたい。でもミヤビ達の行方は分からないし、無暗に裏世界を探し回るのは体力を消耗するだけになっちゃう。それに命令や要請が無い限り私達は動けないからね。それならこういう時に休んでおくのが得策なの」


 唯が教師のように優しく諭す。


「な、なるほど。確かに上からの指示もないのに勝手に動くわけにはいきませんね」


「そうそう。平職員の私達は命令と職務に忠実でないと」


 世界がしっちゃかめっちゃかになっても所属組織の規律を守り、忠実に仕事を全うするのが古来から続く日本の伝統のようなものだ。だからこそ秩序が守られている面もあるが、堅苦しいのも事実である。


「早く浜辺に行きましょうよ、唯」


 待ちきれないのか彩奈は既に水着に着替えており、浮き輪にゴーグルと完全装備だ。


「そうしようか。夏の海辺に来るのは久しぶりだ」


 彩奈に手を引かれて唯は浜辺へと連れていかれる。それを見送った春菜と麗も用意していた水着へと着替えて二人の後を追った。




「唯、沖まで行ってみましょうよ。辺り一面が海水っていう状況に憧れがあるの」


「私泳げないからなぁ」


 以前訪れたプールで彩奈に泳ぎを教えてもらったものの、全く上達する気配もなく挫折していた。カナヅチが泳げるようになるのは容易なことではない。


「そうだったわね。なら浮き輪をつけて海に入って、沖までは潮の流れを伝っていきましょう。で、戻る時は唯の翼で飛ぶってのはどうかしら」


「おいおい彩奈、どんな発想だよ。そもそも唯を休ませるための休暇なんだし、唯に魔力を使わせるのはNGだぞ」


「じゃあ加奈が私達二人を担いで泳いでちょうだい」


「無茶言うなよ・・・・・・」


 彩奈に呆れの視線を送る加奈だが、こういう軽口を言っていられる平和さを噛みしめていた。唯が倒れた時は冷や汗をかいたし、できるなら自分が全ての敵を請け負い仲間達の負担を無くしたいと思っている。だがそうもいかないのが現状だ。


「ならスイカ割りでもしましょう。加奈がスイカ役ね」


「いや、スイカ役ってなんだよ・・・・・・」


「頭を残して体を砂に埋めて、それを一刀両断ってことよ」


「殺すつもりなの? あたしを殺すつもりなの?」


 普段はカッコよく魔物に立ち向かう加奈も彩奈相手にはたじたじだ。ある意味でこの二人は息が合っており、今ではこうしてボケとツッコミを入れられる仲となった。


「冗談よ」


「たまに本気に聞こえるんだよな・・・まあいいや。それより、勝負しないか?前のプールではできなかった水泳勝負を」


「面倒だし疲れるからイヤ」


「ははーん、さてはあたしに負けるのが怖いんだな?」


「ぶっちぎってやるわ」


 分かりやすい煽りにまんまと乗ってしまった彩奈はストレッチして加奈と並ぶ。闘志を激しく燃やしており、まるで魔物との戦闘前のようだ。


「あまり遠くまで行くのは危ないからな。ここからあの灯台がある堤防までで競うか」


 加奈は左腕の義手を調整しながら顎で灯台の方向を示す。


「いいわよ。絶対に勝ってやるから」


「はっ、それはどうかな? あたしは学生時代に水泳部にスカウトされるくらい速かったんだぜ?」


「余裕をかましていられるのも今のうちよ。ちなみに私が勝つまでやるから」


「子供かよ・・・・・・」


 彩奈も加奈の運動神経は認めており、正直不利だと思っている。だがプライドの問題で負けたくないし、何度もやって最終的に勝てばよかろうなのだという精神で挑むという若干ズルい戦法を考えていた。




 海へと飛びこんでいった彩奈達を見送った唯は砂浜に敷かれたレジャー用シートへと戻る。二人の競争を見ていたい気持ちもあったが、普段あまり会話をしない麗とのコミュニケーションを取れる機会だと考えたのだ。


「麗ちゃんってスタイルいいよね。鍛えた筋肉も相まってスポーティな感じ」


「あ、ありがとうございます。トレーニングは毎日欠かさずやっているので、体作りはしっかりできているつもりです」


「そっかぁ。私も見習わないとね」


「でも、この部隊に来て休むことも大切だということを学びました。激戦を生き延びてきた先輩方が言うなら間違いないって」


「お互いに勉強だね。これだけでも麗ちゃん達が訓練生として参加してくれて良かったって思うよ」


 実際には麗のほうが学ぶことは多い。今までの努力が彼女の自信に繋がっているのだが、実戦ではまだまだ足りないモノがあると痛感していて、魔道保安庁のエース部隊で活躍する唯達を見習おうとその背中を追いかけている。


「あの、高山先輩にお聞きしたいことがあるんですけれど」


「ん?なにかな?」


「三宅さんが私のことをどう思っているか知っていますか?」


「春菜ちゃんが?」


「は、はい」


 珍しく照れくさそうな表情をしながらそう質問する。どうやらかなり勇気を出しての問いのようだ。


「実は前に東山先輩から三宅さんと仲良くしてみたらとアドバイスされたんです。三宅さんも私と仲良くしたいそうだとも言われたんですけど・・・・・・」


「彩奈の言う通りだよ。春菜ちゃんは麗ちゃんのことを気にかけているし、仲良くしたいと思っている。戦場では仲間との絆は大切な要素の一つだし、もっと春菜ちゃんと色々話をしてみたらどうかな」


「そ、そうなんですね。分かりました、三宅さんともっと話してみます」


「うんうん。せっかく休暇を取ったんだし、これをチャンスに距離をもっと縮めてみよ」


 部隊に合流した時に比べて素直になったなと唯は思う。あの時は尖ったナイフのようにツンケンしていて、誰とも関わりを持とうとしなかった。だがこの短い期間の内で様々な経験をして麗は良い方向に変わったのだ。

 そんな会話をしていると、浜辺から彩奈が戻って来た。加奈との勝負は終わったらしい。


「おかえり。どうだった?」


「負けたわ・・・アレに勝つのは無理ね・・・・・・」


 どうやら数回競い、彩奈は全敗して体力も尽きたようだ。


「というか唯、見ていてくれなかったの・・・?」


「えっとぉ・・・」


「見てくれなかったの?」


「・・・はい。ここで麗ちゃんと話していました」


「ふーん・・・黒川さんと・・・ふーん・・・・・・」


 薄い目をして唯と麗を交互に見る。その様子はまるで浮気現場に居合わせた恋人のようであり、何もやましい事はないのに麗は焦りながらあわあわとしていた。


「ちょっと来て」


「あっ・・・・・・」


 唯は彩奈に手を引かれて岩場の向こうへと連れていかれてしまった。そこで一体何が行われるのかは麗の想像のつくところではない。


「あれ、唯さんはどこへ?」


 浜辺で春菜と砂の城作りをしていた舞が飲み物を取りに来て、先ほどまでここにいた唯の姿を探して周囲を見渡す。


「高山先輩なら東山先輩に連れていかれました。あの岩場の影に」


「なるほどなるほど」


 何を納得したのだろう。


「呼んできますか?」


「いえ、今はお二人だけにしてさしあげましょう。本当なら遠くからでも見学させていただきたいところですが・・・ここは我慢です。水を差すわけにはいきませんもの」


「あの、一体何を言っているんですか?」


「お気になさらず。さあ、わたくし達はわたくし達で遊びましょう。あっちで春菜さんと加奈さんが待っていますわ」


 この人も結構不思議な人だよなと思いながら春菜の元へと足を向ける。唯に言われた通り、この休暇で少しでも春菜との距離を縮めようと決心しながら。


      -続く-

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