第44話 死線を越えて

 ウルスはようやく唯と邂逅できたことでやる気に漲る。彼女の主は唯の捕獲を目論んでおり、ついにその目的を達せる時が来たのだと。


「天使族の力がどれほどのモノかは知らないが、この私を倒せるかな?」


「やってやる・・・いくら強い相手だって」


 唯はウルスからくるプレッシャーの強さを感じつつも強気な態度は崩さない。気遅れしたのでは勝てる戦いも勝てなくなるし、絶対に打ち勝つのだという気概が必要なのだ。


「ふっ、気合は充分かっ!」


 ウルスは翼をはためかせて急加速し、唯に肉薄する。そして強靭な脚部を用いて蹴りを放った。


「その程度っ!」


 これまで多くの戦いをくぐり抜けてきた唯はその素早い一撃を冷静に対処し、蹴りを避けて逆に聖剣で斬りかかる。


「甘いな」


 だがウルスも並みの魔人ではない。聖剣の斬撃を長刀でいなしながら反撃に出た。


「チッ・・・」


 唯は攻撃をギリギリで回避し、バックステップで距離をとる。今の短い技の応酬で自分の戦闘力が相手に劣っていることを理解し、だからこそ単純な力押しでは勝機は見いだせないと直感したのだ。


「Sドライヴしかないか・・・」


 切り札であるSドライヴを使えば互角以上に渡り合うことができるだろう。だが、オーバードライヴ中に倒しきれなければ戦闘力がガタ落ちして危険に陥る。もっと相手の戦闘スタイルを把握してから発動すべきか逡巡するが、その迷いは戦場では死を招くだけだ。


「ふんっ、貴様の力はこんなものか!」


 ウルスは自分のほうが優位であることから自信たっぷりに突撃する。あくまで唯を捕獲するのが任務だが、五体満足でとは言われていない。最悪四肢をもぎとっても、あの魔力を生み出せる本体さえ残っていればいいわけで、多少は痛めつけても問題ないのだ。


「このっ!」


 二人の激しい鍔迫り合いは火花を散らし、周囲に衝撃波がとぶ。





「唯を援護したいのに・・・!」


 彩奈は唯とウルスの戦闘を目の端で捉えながらも援護に向かうことができない。なぜなら目の前には魔人ミヤビが立ちはだかっており、この敵を無視することができなかったからだ。後ろ姿を見せればすぐさま斬り殺されるのは火を見るよりも明らかで、唯を助けるためにはミヤビを倒すしかないだろう。


「余所見をしている余裕があるのか!?」


 ミヤビは大剣を構え、彩奈の小柄な体を両断しようと迫る。


「アンタの相手をしている場合じゃないのよ! さっさとくたばりなさい!」


「バカにしているな、貴様! 人間ごときが生意気な!」


 怒りに燃えるミヤビは巨体に似合わないスピードで攻撃を繰り出すも、彩奈とて適合者の中では実力は高く、ギリギリで避けていく。


「ちょこまかと小賢しい!」


 彩奈の反撃で腕を負傷するが傷は小さく、この程度であれば瞬時に回復することができる。


「下等生物の人間は駆逐される運命なのだ。その運命を受け入れよ」


「バッカじゃないの、アンタ。何が運命よ。私にとっての運命とは唯と結ばれる運命だけよ!」


 彩奈もミヤビの鬱陶しさで余計に苛立ち、いつも以上の機動力を発揮してミヤビに追従していた。魔人に対してこうもやり合える時点で彩奈も大したものだが、己惚れることなく刀を振るう。





「彩奈も唯も頑張っているんだから、あたしだって!」


 彩奈の近くで魔人ヒュウガと交戦するのは加奈だ。ヒュウガの巨大な爪による一撃をサイドステップで避けながら薙刀で斬りかかる。


「くっ・・・!」


 薙刀の刃はヒュウガの腰を切り裂き、鮮血が飛び散る。ヒュウガとて魔人の中でも実力派であるのだが相手が悪かった。爪による重たい攻撃こそがヒュウガの取柄なのだがいかんせん隙が大きい。俊足の猟犬と謳われるハイスピードの加奈が相手では分が悪いと言わざるを得ないのだ。


「終わりだな!」


「させるかよ!」


 しかしヒュウガは引き下がらない。ミヤビのためにも負けることは許されないし、魔人としてのプライドだってある。


「卑怯だぞ!」


「魔人の特権だ!」


 不利ではあるが、人間に対して絶対的に有利な点が魔人には存在する。それは翼を有しているという点だ。唯のような特殊な人間以外は翼を持たないので、こうして空中に退避すれば追撃は容易ではない。


「負けられない! 人間には!」


「見下すな!」


 急降下してくるヒュウガの爪と加奈の魔具が掠める。





 そんな味方と敵のぶつかり合う音を聞きながら、唯はこの状況を一人で切り抜けなければと決断を下す。できれば舞の援護を受けたいところであったが、舞は春菜達と共に通常の魔物や準魔人を抑え込んでおり、こちらに来るにはまだ時間がかかりそうなのだ。


「Sドライヴ!」


 叫びと共に左手のガントレットに埋め込まれた魔結晶が光り輝く。そして唯の魔力を増幅させ、瞬時にオーバードライヴ状態になった。


「なんの力っ!?」


 唯の背中に生えた魔力の翼に驚きつつも、これが天使族の本当の力かとウルスは目を見開く。


「いくよ・・・」


 こうなったら短時間で決着をつけるしかない。


「やるようになった!」


 先ほどまでよりも戦闘力の上がった唯の斬撃を回避するウルスだが、反撃する余裕は失われ、このままでは一方的に切り刻まれるだけだ。


「だが・・・!」


 ウルスは長刀で聖剣を受け、左腕で殴りかかった。


「遅い!」


 唯にはその攻撃が見えており、パンチをくぐって逆にウルスの腹部に膝蹴りを叩きこんだ。


「なにっ!?」


「今っ!」


 姿勢を崩したウルスにトドメを刺すべく聖剣を突き出した。このままならウルスの胸部は聖剣に貫かれたはずなのだが・・・・・・


「!?」


 聖剣は虚空を斬っていた。さっきまでウルスのいた位置には何もいない。


「なんとっ!?」


「このウルスには、通用せん!」


 気配はいつの間にか唯の背後に移動していた。長刀を横薙ぎに払うウルスは勝ちを確信したが、唯も必死の防御でなんとか自分の体に刃が当たる前に聖剣でうける。


「やるではないか・・・私の瞬間移動による不意打ちを防ぐとは・・・」


「伊達じゃないんだよ!」


 見たことも無い能力で翻弄された唯であったが、むしろ唯だからこそ対応できたと言える。唯の敵の気配を探知する能力は高く、そのためにウルスの移動先を察知できたのだ。これが他の適合者であったらウルスが背後に移動したことを知る前に殺されていただろう。


「ん?」


 命の危機に陥った唯だが、敵の動きが鈍っていることを察してそれが何故かを勘ぐる。


「その力、連発できないとみえた!」


 ウルスが胸を押さえたのを見てそう結論した。唯が力を使いすぎると心臓に強い痛みが走るように、あの瞬間移動を使うことでウルスの体に強い負荷がかかり、強靭な魔人であっても心臓が悲鳴をあげているのだ。


「いけるっ!」


 相手に回復の隙を与えないためにも攻撃の手を緩めない唯。こうなったらもはや勝負は決したと言ってもいい。


「油断したのか、私は・・・」


 オーバードライヴを発動する前の唯より自分の方が強かったことで勝てると傲慢になってしまった。それが命取りになったと理解したウルスだが、まだ諦めたわけではない。


「我が主のためにも!」


 長刀が弾かれ、絶体絶命の窮地に立たされたウルスは肉体の損耗を無視してもう一度瞬間移動を行う。せめて唯を道づれにできればとの行為であったが、


「さようなら」


 鈍った動きではもはや唯を捉えることなどできず、聖剣の一振りによってウルスの首が飛ばされた。頭部を失った体は地面に落ち、大地に倒れる。






「ふんっ、調子に乗った結果がこれか」


 ウルスの死を目撃したミヤビは彩奈を弾き飛ばしつつ、その遺体の元へと向かう。あの特殊な瞬間移動能力はミヤビにも魅力に思え、遺体から心臓を回収して力を取り込もうとしたのだ。


「邪魔だっ!」


 接近に気がついて迫って来た唯を一蹴し、遺体の傍に到着する。そして胸に手を伸ばし、ウルスの心臓を抜き抜いた。


「これで私も更にパワーアップし・・・」


 ウルスの心臓は光の塊になり、それをミヤビは自分の胸へと取り込もうとしたのだが、


「させない!」


 突撃してきた唯に妨害されてしまった。ミヤビの行為が魔人の強化に繋がることは知っていたし、ただでさえ強敵のミヤビがこれ以上強くなるのを黙って見過ごすわけにはいかないのだ。


「貴様っ!!」


「うっ・・・!?」


 ミヤビの手から零れ落ちたウルスの心臓であった光が唯の体内に吸収され、唯は体の中が熱くなる感覚でその場にうずくまる。


「唯!!」


 ミヤビを追ってきた彩奈は唯の異変を感じ、今にも襲い掛かろうとしているミヤビの前に立ちふさがった。どうやら唯は動けないらしく、オーバードライヴ状態も解けて弱体化してしまっている。このままでは抵抗もできずに殺されてしまうだろう。


「唯はやらせない!」


「やるさ! ここで殺す!」


 幾度となく邪魔をしてきた唯への怒りでミヤビの怖い顔が更に歪む。唯さえいなければ目的を達成できたはずで、ここで息の根を止めなければ今後も害となるに違いないとミヤビは拳を震わせる。


「消えろっ!」


「あぐっ・・・」


 彩奈を力で押し切り、彼女の体勢が崩れた隙に唯へと急接近した。そして大剣を振りかざす。


「唯っ、逃げて!!」


「遅いなっ!」


 彩奈の悲痛な叫びも間に合わず、唯は頭部から両断されるかと思った。しかし、


「ま、まさか!?」


 大剣は空を裂き、地面を叩ききっただけであった。そこに唯はいない。


「バカなっ・・・」


 ミヤビが振り向くと、唯はいつの間にか彩奈の傍にいた。もはや力を使いすぎて意識も朦朧としていたのだが、それでも冷静な思考の残っていた唯は最後の一発のラケーテンファウストを撃ち出す。


「ちっ・・・」


 戸惑って行動の遅れたミヤビの近くに弾頭が着弾し、その爆発で片足が消し飛ぶ。


「こんな、こんなことで・・・・・・ヒュウガ! 帰るぞ!」


 痛みではなく悔しさで眉をひそめるミヤビはヒュウガを呼びつけ、そのまま残存戦力と共に撤退していく。全滅させることはできなかったが、撃退に成功して一応は唯達の勝利でこの戦闘は終わった。


「唯、しっかりして! 目を開けて!」


 唯はラケーテンファウストを撃ってすぐに気を失ってしまった。魔人の力を取り込み、その能力を発動したために余計に体力を消耗していたからだ。


「すぐに臨時拠点へ運びましょう。一刻を争う状態かもしれません」


 駆け付けた舞の言葉に頷き、彩奈は唯を背負って全速力で臨時拠点を目指す。加奈にも匹敵するほどのスピードで、彩奈とて戦闘後で万全ではないのだがまさに火事場の馬鹿力だ。


「すぐに着くから、もうちょっとの辛抱よ!」


 唯が魔人の力を取り込んでしまったことを憂いつつ、今はとにかく急ぐ彩奈であった。


       -続く-

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