第42話 ウルス飛来

 準魔人を含む魔物の集団を撃破した唯達は第7支部へと帰還した。しかし無事に帰れたという安堵よりも、ミヤビ一派の再来によって再び激しい戦乱が巻き起こることは間違いないという不安感が強く、素直に喜ぶことはできなかった。


「準魔人は普通の魔物よりも警戒すべき敵ですわ。春菜さんと麗さんには対準魔人を想定した訓練を行ったほうがいいですわね」


「それってどういうんです?」


「対人戦を応用する訓練ですわ。相手は人型で魔具とも渡り合える武器を所有していますから、それの対処方や攻略方を訓練の中で学んでいただきます」


 適合者育成所で教えているのは通常の魔物に対する訓練であり、あまり出会うことのない魔人タイプへの対応が指導されることは少なかった。それでも春菜と麗が準魔人とある程度戦えたのは彼女達のスペックが高かったためだ。


「準魔人は他の魔物と同じようにはいかない。コミュニケーションによる連携や、高い知能を活かして状況に柔軟に対応してくるからな。破界の日以前に交戦した時はあたしも苦戦したもんだ」


「加奈先輩でもですか?」


「魔人よりは弱くても数がいるから、どうしても隙を突かれることがあるのさ。まっ、今のあたしの敵じゃないけどな!」


 胸を張って誇る加奈だが、実際に今回の戦闘では準魔人を全くよせつけない強さで圧倒していた。加奈の戦闘力は神宮司ほどではないが、魔道保安庁内でもトップクラスで自他ともにそれを認めている。


「今日はこれで解散としますわ。また急な出撃があるかもしれませんし、よく休んでくださいね」


「だとよ、唯。寝不足はダメだぞ」


 出勤中に眠そうにしていることが多いのは唯と彩奈だ。挙句は舞が用意したソファで居眠りをしていることもある。


「そうだよね。でもね、彩奈が寝かせてくれないんだよねぇ」


「えぇ・・・毎晩のように彩奈がちょっかいかけてんの?」


 加奈の呆れたような目線が彩奈に向く。


「いつ死ぬか分からないのよ?それなら生きているうちに少しでもイチャついておきたいと思うものでしょう?」


「ま、まあ言いたいことは分かるけどナ・・・」


 これまでハウンド小隊では戦死者は出ていないが、適合者というものは常に死と隣り合わせなのだ。唯達も戦い慣れているとはいえ、いつ魔物に狩られるかという恐怖を抱きながら戦場に立っている。


「こんなご時世だもの、欲求に忠実にいかないと後悔することになるわ。ねぇ舞?」


「彩奈さんの言う通りですわ。やりたいことをどんどんやっちゃってください」


「任せなさい。ということで帰るわね」


 彩奈は大きな袋を肩に担いで立ち上がった。


「ん? それなんだ?」


「これは広報課の人に貰った唯用のバニースーツよ。もういらない物だって言ってたから、私が頂いたの」


「えっ・・・? それをどうするんだ?」


「これを唯に着させて・・・・・・後は秘密よ」


 ニヤケが隠せない彩奈のことだから、またヘンな事に使うんだろうなと加奈は唯に同情した。しかし、当の本人である唯は何故か嬉しそうに頬を赤らめている。


「加奈さん用のくノ一装束はわたくしが貰っておきましたから、着たい時は言ってくださいね」


「いや、もう着ないけど」


「そ、そうですか・・・」


 かなり残念そうに舞がガッカリしているが、なんでそんな気を落とすのか加奈には分からない。そんなにコスプレさせたいのだろうかと不思議そうに首を傾げるばかりだ。


「まったく加奈は・・・そういうところよ」


「な、何が?」


「舞の気持ちを無碍にしてはいけないわ」


「えぇ・・・?」


 なんで諭されているのだろうと加奈は困惑する。


「たまには舞の想いに応えてあげないとね」


「唯までそう言うのか・・・」


「彩奈の言うことなら何でも聞く私を見習ってよね」


 ドヤ顔でトンと胸を叩く唯だが、加奈はそれよりもどうしたらそんなに大きく胸が育つのかが気になっている。


「ま、まあどうしてもってなら着てもいいぜ」


「本当ですか!? ありがとうございますわ!」


 その満面の笑みを見たら加奈とて悪い気はしないし、若干乗り気になってきていた。いつもお世話になっているわけで、これくらいならと納得したようだ。


「麗ちゃんもああいうの着たい?」


「私は別に・・・」


「そ、そっか」


 クールな彼女がそんな物を欲しがるはずもないが、唯達のやりとりを聞きながら、麗のコスプレもいつか見てみたいと思う春菜であった。







「騒々しいな・・・」


 趣味というか日課ともいうべきか、いつもの如く瞑想していたミヤビは部屋の外から聞こえる喧噪に呆れて目を開けた。その一つが聞きなれない声であることから、何者かがここへ訪問してきたことを察する。

 少し苛立ったミヤビが立ち上がって顔を拝みにいってやろうとしたが、扉が勢いよく開かれて見慣れない魔人が入ってきた。


「アナタがミヤビか。私はウルス。魔女エリュアに仕える者だ」


「お前一人か? エリュアはどうした?」


「我が主はアナタからの共闘要請を受けてこの地へと向かっていたのだが、乗っている魔道戦艦のエンジンの調子が悪いために遅れてしまっている。そこで私が派遣され、一足早く合流したというわけだ」


 魔女エリュア。現有の戦力では人間に勝てないと踏んだミヤビがヒュウガを通じて共闘を申し入れた相手である。少し前に大陸にて猛威を振るったらしいが、最近になってこの日本へと飛来してきた。


「申し訳ない、ミヤビ。コイツが無理矢理にここまで来てしまって・・・」


「かまわん。しかし、何故先に派遣されてきた?エリュアがいなければ作戦は始められないというのに」


「それは指令を受けたからだ。天使族の力を持つ人間を捕獲するようにと」


「なるほど。あの小娘が目的か」


「そうだ。できればエリュア様の術が行使される前に捕まえておきたいのだ」


 天使族の力を持つ唯は希少な存在だ。どの勢力も他の魔人に対して優位に立つために確保したいと思っている。


「あの小娘は厄介な敵だ。私もヤツのせいで大きな損害を被った」


「エリュア様にとっても障害となる可能性がある。その人間は今どこにいるか分かるか?」


「人間一人の生息地など把握できん。まぁ暴れまわっていればいずれ会えるかもな」


「なるほど、暴れるのは得意だ。では早速行ってくる」


 ウルスはミヤビに背を向けて部屋を出ていった。本当にこのまま出撃する気らしい。


「嵐のようなヤツだったな」


「ミヤビ、アイツに好きにさせていいのか?」


「それは癪に障る。ヤツに同行し、我々もあの小娘探索をするとしよう」


「だな。で、もしアイツが小娘を捕まえたら・・・」


「その時はヤツを殺して小娘は頂く。エリュアには人間と戦って戦死したとでも適当に言えばいい」


 さすが魔人というべきか、悪い考えをすぐに思いついて不敵に笑う。共闘を申し込んだとはいえ、それは利用するためで友好関係を築くためではないのだ。


「時雨には準魔人の量産を急がせろ。再びの決戦の時は近い」






 カーテンの隙間から差す昼の日差しで目が覚めた唯はゆっくりと体を起こす。少し肌寒いのはバニースーツのまま寝ていたからだ。


「そういえば、コレで寝たんだったな・・・」


 肩から胸元にかけて大きく肌が露出しているし、そもそも繊維が薄いので服としての機能は無いに等しい。体に密着してボディラインが丸分かりなのもまるで適合者用の戦闘服に似ているが、このバニースーツで出撃することはないだろう。


「唯、起きたの?」


 彩奈も目を覚まし、唯に甘えるように抱き着いてくる。その暖かく柔らかい感触に唯は口元を緩めた。


「今日は休みだし、このまま寝ていようか」


「うん。唯にずっと密着していたい」


 再びベッドに横になった唯の上に彩奈が跨り、唯の腕を頭の上で組ませて無防備な状態にさせた。


「こんなエロい唯を占有できるのも私の特権ね」


「いつだって私は彩奈だけのモノだよ」


「でも、この姿を私以外にも見せたでしょう? しかも、私より先に加奈に」


 彩奈の指先が唯の露わになった腋から胸元に滑る。それがくすぐったくて唯が身をよじるが、彩奈に押さえつけられて動くことができない。


「そ、それは不可抗力というか・・・」


 着替えが用意されていた更衣室に入ったのは唯と加奈だけだ。即ち、唯のバニー姿を最初に見たのは加奈ということになり、それが彩奈は許せなかった。


「でもダメよ。唯の初めてはなんだって私が欲しいの。それなのに、なんだか寝取られたような気分だわ」


 彩奈の嫉妬深さは人類の中でも相当だろう。


「ほら、加奈は別に私には興味ないしさ」


「分からないわ。もしかしたら影では唯を狙っているかもしれないし」


 そんなことはないだろうが、ともかく彩奈は加奈に先を越されたのが悔しいらしい。


「ゴメンね? また同じようなことがあったら、真っ先に彩奈に見せるから許して」


「どうしようかしら」


 彩奈は唯の胸元から更にスッと指を動かし、なめらかな腹部をなぞりつつ、おへその窪みへと指を入れる。


「どうしたら許してくれる?」


「そうねぇ・・・じゃあここで撮影会をしましょう。その服装で唯にポーズをとってもらって、私が撮影するの」


「わかった。でも、他の人には見せないでね?」


「私が他の人にわざわざ見せると思う?」


「いや、まったく」


 その意味では安心しているが、何かの事故やハッキング等で外部に自分の写真が流出することだけはないように祈るしかない。こんな姿の自分が他人に見られたら恥ずかしさで死ねるレベルだ。


「さて、どんなポーズをとってもらおうかしら」


「おてやわらかにね。あんまりきわどいのは・・・」


「いつも私に裸を晒しているのに、今さらね」


「だってぇ・・・改めてカメラを向けられるとヘンな気持ちになるんだもん」


「その言い方、なんかエロいわね」


 とりあえず一枚撮ろうとした彩奈だったが、カメラを起動したその時、バイブレーションと共に着信が入った。


「なによ、こんな時に空気の読めないヤツね」


 その相手が加奈であったから余計に彩奈の機嫌が悪くなる。唯との二人きりの時間を邪魔されることほど彩奈が不機嫌になることはないと言っても過言ではないのだ。


「なんか用?」


「招集がかかったんだ。先日あたし達が交戦したポイントにまた魔人タイプが現れたらしいぞ」


「そう・・・分かったわ。準備する」


「舞がそっちに迎えを送ったから、後で合流しよう」


 彩奈は深いため息をつきつつ、スマートフォンを置く。


「何かあったの?」


「出撃しなくちゃならなくなったわ。もう迎えも向かってきているって」


「そっか。じゃあ撮影会は中止だね」


「帰ったら一杯撮ってやるんだからね!」


 この怒りでさっさと敵を叩き潰し、唯の写真を沢山撮ると心に硬く誓う彩奈であった。


      -続く-

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