第41話 ミヤビの黒い影
「ただいま帰りました、ミヤビ様」
時雨はうやうやしく頭を下げてミヤビに帰還の報告を行う。特に手柄を立ててきたわけではないが、知らせるべきことはいくつかある。
「それで?」
「準魔人の調整には問題ありませんでした。このまま量産化計画を推進してまいります。それよりも、あの天使族と遭遇しました。ヤツは未だ健在です」
「そうか。まぁいい。この私が直接殺してやりたいと思っていたからな」
唯に敗北し、切り札のカラミティさえ撃破されたことを根に持つミヤビは憎悪の感情を隠さない。ただでさえ恐ろしい魔人だが、まさに鬼の形相となったミヤビに対して時雨は萎縮する。
「この私の計画はあと一歩のところまで進んでいたのだ。それだのに、あの小娘のせいで・・・!」
「こ、今度こそは勝てますよ。そのための準魔人ですから」
「それに、ヒュウガが交渉してくれた協力者もいずれこの地にやってくる。そやつらと共闘し、次こそは人間どもを抹殺してくれるわ」
唯に切断された腕の再生も終わっており、いよいよ反撃の時が来た。カラミティや原田多恵を失いはしたが、それに代わる新戦力を引っさげて戻ってきたのだ。
「しかし、よろしいのですか? その協力者達に手柄を取られてしまうのでは?」
「安心しろ。ただ利用するだけだ。人類に対して優位に立った後、ヤツらも消し去り、この私が全ての頂点に君臨する」
「なるほど。さすがミヤビ様」
「おべっかはいいから、貴様はさっさと準魔人量産の手筈を整えろ」
「は、はい・・・」
時雨はミヤビの部屋から退室し、自らのラボへと向かう。彼女自身は自分を受け入れてくれなかった人類を憎んでいるからこそ、魔人に協力しているのだ。そのために新たな研究に手を染め、邪悪としか言いようのない笑みを浮かべている。
「にしても、この準魔人とやらは?」
ミヤビの指示で外部と交渉していたヒュウガは最近になって帰ってきたばかりで、その間に推進されていた準魔人計画のことは未だよく分かっていなかった。
「準魔人とは魔女サクヤが創ったという新種の魔族です。魔物に魔人の細胞を移植することで魔人の要素を獲得し、形状だけでなく戦闘力も上がるのです」
「ふむ。しかし、それをどうやって思いついたのだ?」
「ミヤビ様が魔女サクヤの配下にいた準魔人の生き残りを偶然回収し、それを参考に私が生産したのです」
負傷して撤退したミヤビは潜伏先近くで準魔人の生き残りを発見した。それを解析し、時雨がミヤビの細胞を用いて準魔人を再現したのだ。
「なるほどな。で、準魔人はどれくらいの数を作れる?」
「それなのですが、元々性能の良い魔物を素体にする必要があり、どの魔物でもいいというわけではないのです。なので一度に大量にというわけにはいきません」
「それは面倒だな」
ミヤビの戦力は大幅に低下しており、現状では不安しかない。もし今襲われたら決して勝ち目はないだろう。
ヒュウガは時雨のラボの端で倒れている一人の準魔人の元へと歩み、静かに見下ろす。
「コイツは?」
「そいつがミヤビ様が回収した準魔人です。サクヤの指揮下にいた」
「そうなのか。えらくダメージを負っているようだが?」
「治癒能力が失われているようなんです」
その準魔人は光の無い目でヒュウガを見上げ、生気の感じられない視線にヒュウガは不快になった。
「ヨミサマ・・・ハ・・・ドコニ・・・」
「何を言っている?」
掠れた声で何か訴えているが、上手く聞き取れない。準魔人は言語によるコミュニケーションが可能だが、完全ではないのだ。
「ヨミという者の名を呟くことがあるんです。それが誰なのかは知りません」
「かつての仲間の名か? まぁどうでもいいことだ」
「そいつもいずれは修復し、戦線に出します」
「使い物になればいいがな」
そもそも準魔人などヒュウガは信用していない。魔人は普通の魔物よりも優秀なる種族だというプライドがあり、その見下されるべき魔物が自分と同じような力を持つことが許せないという気持ちがあるからだ。
「とにかく人間を滅することができれば何でもいい。時雨よ、ミヤビのためにも成果を上げろよ」
「勿論です。人間を消し去ることは私にとっても悲願ですから」
時雨達が撤退した後、唯達の加勢もあって準魔人を含む魔物の軍勢は撃滅された。それから数時間後に魔道保安庁本部から準魔人出現の報告を聞いた調査チームが到着する。
「やぁやぁ。またも大活躍だったようだね」
「佐倉さん、わざわざここまで?」
戦場跡地付近に設けられた臨時拠点にて、唯は佐倉に声をかけられた。こんな辛気臭い場所でもいつもの陽気な雰囲気は相変わらずで、手をヒラヒラと振りながら部屋に入ってくる。
「魔道保安庁から日ノ本に協力要請があってさ。で、私が志願して派遣されたのさ」
佐倉はかがんで地面に横たえられた準魔人の遺体の観察を行う。
「ほうほう・・・これが準魔人というヤツか?」
「はい。佐倉さんは準魔人を見るのは初めてですか?」
「そうなんだよ。以前出現した準魔人の死体は回収できなかったから、その存在を話に聞いただけなんだ。こうして実物を見ることができて良かった」
未知なるモノを目にして研究者としての血が騒いだのか、さっきよりもテンションが上がっている。
「確かに魔人の特徴を持っているね。普通の魔物とは違うってのがはっきり分かる」
「昔戦った魔女サクヤの軍団にいたのと似ています。あれ以来、戦場に現れたことはないんですが・・・」
「ということはサクヤの部下、もしくは協力者が生きているのだろうか」
佐倉は顎に手を当てて考えるが、結論は見いだせない。それよりも目の前の準魔人を調べたくてしかたないらしい。
「一体どのようにして創ったのか非常に興味があるな」
魔物自体の生態が謎ばかりではあるが、それよりもミステリックな相手を回収できたわけで、これまでの研究を元に考察を行う。
「考えられるとしたら、魔人を複製したか、通常の魔物をベースに魔人のデータを取り入れて改造するといった方法で制作したのだろう。翼が小さいし、そもそもの肉体が魔人にしては中途半端な形状をしている」
複数体の準魔人の遺体を細かくチェックしながらそう予測を立てた。唯はそんな佐倉に頷くことしかできない。
「持ち帰って詳しく調べるとするか。まぁなんにせよ、厄介な相手がいるということには違いはない。高山君達の出番が増えるだろうね」
「が、頑張ります」
そんな会話をしている二人に舞が近づき、真剣そうな顔つきで手招きをする。
「ん? どうしたの?」
「見て頂きたいものがあるのです。お二人に」
舞の案内した区画にて、神宮司他数人の魔道保安庁職員がモニターを凝視していた。そこには先ほどの戦闘の様子が映し出されている。
「これはわたくし達に同行した広報課の方達が撮影した映像です。で、これを・・・」
舞の指示で映像が巻き戻され、停止する。
「こ、この人は・・・!?」
「間違いありませんよね。魔人ミヤビの仲間の・・・」
「大里時雨・・・」
広報課は戦場全体を撮影していたらしく、その中で時雨が映りこんだようだ。そのシルエットは小さかったが、拡大して間違いなくそうだと確信できた。
「大里時雨が戦場にいたということは、魔人ミヤビもまたどこかにいた可能性があります。ヤツらが・・・再び戻ってきたのかも」
「仕留め損なっちゃったからね・・・あれから動向は不明だったけど・・・」
ミヤビに対して大きなダメージを与えたものの逃げられてしまった。あの時は唯の魔力残量も少なかったうえ、多恵が瀕死であったから仕方のないことではある。
「あの魔人どもが帰って来たとなれば激戦は避けられないな。デストロイヤーのような化物をまた用意しているかもしれん」
神宮司にしてみても、ミヤビ一派を殲滅できなかった悔しさがあったのだ。だからこそ、今度会った時は必ず仕留めるという闘志を心にしまっていた。
「神宮司さん、準魔人のことを時雨なら何か知っているはずですから可能であれば逮捕してもらって話を聞きたいです」
「佐倉さんも大里時雨のことを知っているんでしたね?」
「はい、同僚でしたから・・・ヤツは危険な人間ですから、疑似適合者のような非人道的な発明をする前に止めないと」
一般人に魔道コンバータを埋め込むことで作られた疑似適合者。その発案者こそが時雨であり、それを許せない佐倉は何としても次なる被害が出る前にケリを付けたいと思っている。とはいえ自分では戦闘はできないので、こうして神宮司達にお願いするほかにない。
臨時拠点の外に出た唯は補給物資の中からスポーツドリンクを取り出し、岩場に腰かけてキャップを開ける。彩奈と加奈、そして麗は周囲の警戒のために駆り出されており、この場にはいない。唯と離れることになった彩奈はふてくされながら渋々出ていき、唯もまた寂しさを感じていた。
「唯先輩、お疲れ様です」
そんな唯の隣に腰かけるのは春菜だ。
「お疲れ。今回の戦闘は調子良さそうだったね?」
「また迷惑をかけないよう頑張りました。でも、まだまだ先輩方のサポートに頼ってしまっているのでもっと精進しないとです」
「ふふっ、偉いね。春菜ちゃんは」
後輩の真面目さが眩しかった。彼女と同じ立場だったとして、そのような返答をできる自信はない。
「そういえば前から聞きたかったんですけど、彩奈先輩とはどうやって知り合ったんです?」
「高校生の時、私がたまたま裏世界に迷い込んじゃって、そこで彩奈と魔物との戦闘に遭遇したのがきっかけ」
思い返せばあの出来事が全ての始まりであった。それからすでに一年半程の時間が過ぎており、懐かしい感覚を覚える。
「その一件から適合者として私も戦うようになって、彩奈とはすぐに仲良くなれたんだ」
「すぐにですか? 私の姉は彩奈先輩と仲良くなるのに結構時間がかかったのに」
「彩奈は人とあまり関わりたくないタイプなんだよねぇ。本当に信頼できる相手としかコミュニケーションを取らないし、心を開くまで時間を必要とするんだよ」
「だとすると、彩奈先輩にとって唯先輩は特別な存在だったということですね。短期間で仲良くなれたのがその証左と言えます」
事実、お互いにそう思っているからこその唯と彩奈の距離感なのだろう。
「私ももっと交流を深めたいと思っているんですけど、まだまだみたいです」
「どうしてもツンケンしちゃう性分でね。決して春菜ちゃんを嫌ってるワケじゃないはずだから、そこは安心していいよ」
「唯先輩がそう言うなら」
彩奈に詳しい唯の言葉なら信頼できるし、姉のように少しずつ分かり合っていけばいいのだと心で納得する。
「彩奈はイイ娘なんだけど、態度のせいで勘違いされちゃうことがあるから、それが勿体ないなと思うんだよなぁ」
「確かに、怖い印象を与えることはあるかもですね」
「そうなんだよね。本当は寂しがりやで甘えん坊ってことは私しか知らないことだし」
「あ、彩奈先輩がですか?」
「うん、二人きりの時はずっと私に密着しているよ。アレでベッドのうえでは私に優しいしさ」
それは大人の言い方だなと春菜は赤面する。唯とはそんなに年齢は離れていないはずなのに、大きく経験が違うような気がした。
「さて、そろそろ私達も巡回の準備をするか。彩奈達のチームが戻り次第、舞と一緒に出る手筈だからね」
「は、はい」
スッと立ち上がった唯の後を追いつつ、この背中に追いつける日はいつ来るのだろうかと考える春菜であった。
-続く-
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