第40話 再来
撮影セットの用意されたブリーフィングルームへと移動し、唯と加奈の着替えを待つ彩奈達。
「インタビュー形式の撮影は唯と加奈だけなのよね?」
「そうみたいですわ。もしかして、彩奈さんも撮ってほしかったのですか?」
「いいえ。知らない人と話すのはイヤだもの」
唯や舞達となら普通に会話できるが、今まで会ったこともない広報課の人間と上手くコミュニケーションできる自信は無いし、ましてカメラを向けられては口ごもってしまうだろう。
「にしても着替えに時間がかかっているわね」
「確かに、あの着づらい戦闘着でもこんなに時間はかかりませんわね」
「まさか、更衣室で唯が加奈にナニかされているのかも!?」
「そ、それはないのでは」
やはり更衣室まで付いて行けばよかったと後悔しながらブリーフィングルームを出ようとする。着替えだけだからすぐに戻ると思って油断していたのだ。
唇を噛みしめた彩奈がドアノブに手をかけようとしたその時、カチャっと音がしてドアが開く。そこに立っていたのは唯と加奈なのだが、見慣れない衣装に身を包んでいたせいで一瞬誰だか気がつかなかった。
「ゆ、唯!? どうしたの、その格好!?」
「わ、私にもよく分からないんだケド・・・」
もじもじとする唯の姿は間違いなくバニーガール。カジノにでもいそうな漆黒のバニースーツであり、頭にはピョコピョコと動く長い耳がセットされている。
「これで撮影するのか・・・」
唯の隣にいる加奈はくノ一装束だ。スタイルの良い彼女にピッタリとフィットしており、まるで本物のような雰囲気がある。
「お二人ともよくお似合いですわ!」
困惑するメンバーとは対照的にテンションが上がっているのは舞だ。その視線は主に加奈に向けられているのを近くにいた春菜は見逃さない。
「い、いや・・・これはおかしいと思うんだが・・・」
素直に着替えつつも疑問を隠せない加奈は広報課の柳田に疑問を投げるも、
「こういうのはインパクトが大切なんですよ。聴衆を惹きつけるためには、まず見た目で注目を集めることが必要なのです!」
と、一蹴されてしまう。もうこのまま撮影に臨むしかないらしい。
「ではまず高山さんからお願いします」
「わ、私からですか?」
「はい。ささっ、どうぞ」
柳田の示す椅子へと座り、所在なさげに視線を揺らす唯。傍から見たら、これが広報映像の撮影とは思えないことだろう。
「では、私からの質問に答えてくださいね。勿論、カメラ目線で」
「はいぃ・・・」
唯の撮影が始まって間もなく、第7支部長の平井と神宮司が入室してきた。一応、どんな様子かと確認しに来たのだが、唯の格好を見て眉をしかめる。
「アレでいいのか?」
「いや、やりすぎだな・・・」
さすがの神宮司も困惑するほどの光景であった。
「なんていうか・・・アダルティックなビデオ冒頭のインタビューみたいだな・・・」
「あぁ・・・」
「しかし・・・よく見てみると、エロすぎね」
彩奈はスマートフォンのカメラを唯に向けながら呟く。
「まぁ、普通の格好ではないな・・・」
「唯は元々色気があるから、ああいう格好をすると余計にいやらしいことになるのよね」
「そうか・・・? 彩奈が唯をそういう目で見すぎなだけでは?」
加奈は彩奈の感性がよく分からない。
「そりゃあね。でも、実は私よりも唯のほうがムッツリなのよ」
「え? そうなのか?」
「えぇ。澄ました顔して結構なコトを考えているわ」
「へぇ・・・」
どうでもいい情報だなと思いつつ、フと思ったことを彩奈に訊いてみる。
「なぁ、彩奈。唯がアレで撮影するってことは、色んな人に見られてしまうってことだがいいのか?」
彩奈の唯に対する独占欲は加奈も知るところだし、それなら、バニーガール姿の唯を晒すのは彩奈的にどうなのだろうかと気になったのだ。
「そ、そうか!! それはダメよね!?」
唯のエロさに意識が向けられていた彩奈はハッと気がつき、事態の深刻さを認識する。
「あんな姿が放送されたら、唯に欲情した人達がここに殺到してしまうわ!」
そこからの彩奈の動きは素早かった。そのスピードは魔物を相手に立ち回る戦場での彼女以上だろう。
「ちょっと待ちなさい!」
「えっと、撮影中なのですが・・・」
彩奈は唯とカメラの間に割り込んで仁王立ちする。
「よく聞きなさい。唯はこの私、東山彩奈のモノなのよ! アンタ達なんかに指一本触れさせないわ!」
「いや、カメラを止めさせないんかい・・・」
てっきりカメラを破壊するのかと思った加奈だが、予想外なことに唯を自分のモノだとカメラに宣言しはじめた。彩奈らしいと言われればそうなのだが。
「柳田、少しいいか?」
彩奈の乱入によって撮影がストップしたタイミングで神宮司が柳田を呼び出す。強張った顔つきからして恐らく苦言が呈されることだろう。唯達は大切な部下であり、ぞんざいな扱いを受ければ黙っていられないのが神宮司なのだ。
結局唯はいつものスーツへと着替えなおし、再び撮影が始まろうとしたその時、
「緊急入電だ。北関東第4防衛ラインにて戦闘が発生中で、援護要請がきている」
神宮司のもとに友軍からの支援要請が届いた。それはつまり、特務遊撃隊のハウンド小隊の出番である。
「撮影は中止し、現場へ急行する」
すでに屋上にて人員輸送ヘリが手配されており、後はメンバーが搭乗するだけだ。
「あの、我々も同行させてもらえませんか?」
「戦場に?」
「はい。広報に使える映像が撮れると思うんですよ。現場の緊張感とかも伝えるのだって必要でしょう?」
「まぁ・・・いいだろう」
許可を貰った柳田達広報部はすぐにヘリへと走っていく。
「今回は私も向かう」
「わざわざ神宮司さんが?」
「こういう時でなければ前線に出る機会もないからな。私とて戦士だ。たまには魔物を消し炭にしたいのさ」
「ただの戦闘狂なのでは」
加奈は神宮司からチョップを受けて頭を押さえつつ、皆と共に屋上へと向かうのだった。
輸送ヘリにて移動中、現地の部隊からの交戦状況について報告が入ってくる。
「情報によると魔人タイプが多数出現したようだ」
「魔人が多数? そんなことなバカな」
加奈の驚きも最もだろう。破界の日以降、魔人の目撃例や交戦記録は増えているが、それでも一度に多数出現するなんてことはなかった。
「確かに、魔人がそれほどまでに数がいるとは思えん。となると・・・」
神宮司は少し考えた後、ハッと何かを思い出す。
「憶えているか? 魔女サクヤが用意した準魔人を」
正確にはサクヤの配下にいた魔人ヨミが創り出した魔族であるが、その情報は人類側には知られていない。
「はい、魔人に似た新型の魔物でしたね。ですが、アレはサクヤが精製したモノで、以降はどの戦場でも確認されていません」
準魔人はヨミお手製の魔族であるために自然発生はしない。ということは、何者かがヨミのように準魔人を創り出したのだろうか。
「春菜さん達は準魔人についてはご存じですか?」
「適合者育成所の教科書に載っていました。魔人に似た容姿で、言語によるコミュニケーション能力を持っているんですよね?」
「そうですわ。約一年半前、わたくし達が遭遇した準魔人は強敵でしたわ・・・」
思い出されるは破界の日以前の記憶。
「だが、今の私達の敵ではない。どんな相手だろうと叩きのめすのが我々魔道保安庁の適合者だからな」
神宮司は相変わらずの強気の表情を崩さない。そんな指揮官だからこそ、唯が憧れるのだろう。
ほどなくして戦域に近い空間の歪みへと到着して裏世界へとシフト。そこから友軍のもとへと足で急行する。
「味方は苦戦して攻勢に出られないようですわね」
敵の団体がいる側面へと展開したハウンド小隊。そこから敵を急襲し、戦力を削るのが任務だ。
「だからこそ私達の出番だ。敵部隊へと斬りこみ、血路を開く」
神宮司が両手に刀を装備し、ハウンド小隊の面々もそれぞれ魔具を取り出した。
「私達はここでカメラを回していますね」
「あぁ。新田よりも前に出るなよ」
柳田達広報課はカメラをスタンバイし、舞の後ろに陣取る。
「二木、久しぶりに私が戦いの手本を見せてやろう」
「敵に率先して突っ込むだけっすよね?」
「そうだが、やり方の問題さ。私を手本に少しでも早く敵を殲滅できるようにな」
神宮司は一気に魔物の群れへと吶喊し、その両手の刀で斬りかかる。
「雑魚ばかりだな・・・」
そして十数体の魔物を瞬時に撃破し、魔物の鮮血が神宮司の周囲を染め上げた。
「さすが鬼神・・・でも、あたしだって!」
加奈も続いて突撃を敢行。薙刀で五体の魔物を裂いた。
「あのスピードについていけるかな」
「無理をせずに、麗さんと連携しつつ魔物に対処してくださいね」
前回の戦闘でハウンド小隊の戦闘スタイルを知ったとはいえ、まだそれについていけるほど春菜と麗は慣れていない。しかも、今回は最強とも謳われる神宮司までもがいるわけで、そこに追従するのは困難であった。
「アレは・・・」
前方の魔物達とは異なる方角から春菜は何かを感じ取った。
「魔人に見えるな」
春菜と麗が視線を向けた先、そこには魔人に似た敵が多数蠢いており、こちらの脅威に気がついたのか襲い掛かろうとしている。
「来るっ・・・!」
春菜は緊張と共に魔具を構えて迎撃の姿勢をとった。その直後、ハイスピードで迫って来た敵が剣を振りかざし、春菜の魔具とぶつかる。
「くっ・・・力が強い・・・」
「春菜さん、これは間違いなく準魔人ですわ! 一度わたくしの元へ引いてください」
「了解です!」
春菜は前回のように取り乱すこともなく素直に指示に従い、麗と共に後退して舞と合流する。これだけでも成長の証だ。
「神宮司さん、そちらの状況は?」
「準魔人との交戦にはいった。ここは私と二木で対応する。高山と東山は後退して新田達の援護を頼む」
神宮司の指示で唯と彩奈は後退し、舞達の援護に回る。新人とはいえ優秀な二人を含めて五人の適合者が固まっていれば、そう簡単にはやられはしないだろう。
「神宮司さんと加奈さんは二人で大丈夫なのですか?」
「こっちは心配するな。二木は充分に強いし、何より私がいるんだから絶対に勝つ」
その自信は絶対強者の神宮司だからこそであり、この場にいる誰もがその通りだなと納得できる。
「へっ、あたしの強さをようやく認めてくれたんすね?」
「アホ言ってないで目の前の敵に集中しろ」
「へーい」
加奈は嬉しさからいつも以上に軽い身のこなしで戦場に舞う。目標であった神宮司の背中にまた一歩追いつけたような、そんな気がしたのだ。
人間と準魔人の激闘が繰り広げられる中、それを魔物の群れの後ろから観測している者がいた。ボロボロの白衣を纏い、やつれた顔には生気は無い。
「アイツらは・・・また私達の邪魔をするのだな・・・」
魔力で強化された視力により、遠距離であっても戦闘の推移を把握することができた。こうして後方から見ているのは戦闘が不得意だからであり、何よりも命の危険がある前線になど出たくないからだ。
「時雨よ、準魔人とやらが苦戦しているようだが?」
時雨の傍に立つ魔人ヒュウガは眉をひそめて準魔人と唯達の戦闘を静観している。
「問題ありません、ヒュウガ様。あの敵は特別なヤツらですから勝つのは難しいでしょう。しかし、普通の適合者相手には優位に立ち回ることができていましたので、充分に戦力として役に立つはずです」
「ならいいがな。ミヤビも期待しているのだ。悪い報告はしたくない」
「もう見るべきものは見ました。あの天使族がここまで来る前に今日は帰りましょう」
時雨にとって唯は天敵であり、復讐したい相手だ。本当なら今すぐにでも殺しにいきたいところだが、決め手に欠ける現状では返り討ちにされるのは想像に難くない。
「あの天使族とまたぶつかる時が来るだろうな。ミヤビもそれを楽しみにしている」
「アイツを殺せばミヤビ様にとって脅威的な相手はいなくなります。そのための準魔人です」
「ミヤビは他にも打つ手を用意している。じきに人類を滅亡させることができるだろうよ」
かつて唯達に敗退したミヤビ一派が新たな戦力と共に戻って来たのだ。果たして、彼女達は今度は何を企んでいるのか・・・・・・
再びの戦乱の時が訪れようとしていた・・・・・・
-続く-
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