第39話 神宮司の憂慮

「広報映像、ですか?」


 神宮司は頷き、概要を説明する。


「我が魔道保安庁は慢性的な人員不足に悩まされている。そこで人材募集の為、PR用の動画を作成し、就職説明会等で流そうと広報課が提案したんだ。特に若者への訴求効果を鑑み、若手の中でも特に活躍するお前達を起用することになったんだ」


「なるほど、それでわたくし達を」


「あぁ。本部から私に同行した広報課の職員が第7支部内にて準備を進めている。それには少し時間がかかるが、今日中には撮影が始まる予定だ」


 また急な話だなと加奈は思うが、魔物に国土を侵略されている現状では悠長なことを言っていられない。だからこそ思いついたら実行に移す必要がある。


「撮影ねぇ・・・何をすればいいんです?」


「インタビュー形式の質疑応答と、戦闘訓練の様子とかだな。特に二木は出番が多くなるだろう」


「あたしがですか?」


「お前はエースだし、その特有の明るさがあるからな」


 先程までと打って変わって褒められた加奈は照れくさそうに頭を掻く。


「ちゃんとあたしの事を評価してくれてるんすねぇ」


「・・・やはりお前の出番は減らすよう進言してくる」


「ちょ、そこまでしなくても」


 第7支部に踵を返した神宮司を追う加奈。その二人の後に続きつつ、よく考えると広報映像に出演なんて恥ずかしいなと思う唯であった。






「髪乱れてないかな?」


「私が整えてあげるわ」


 広報部の準備が整うまで戦闘前とは違った少しの緊張感を漂わせつつ待機する唯達。


「加奈さん、ネクタイが曲がっていますわよ」


「あぁ、そんな気にならんけどな」


「ダメですわ。わたくしが直してさしあげます」


 服装に無頓着な加奈を舞が手直しする。まるで新婚のような二人に春菜が微笑ましそうな視線を送る。


「そういえば、適合者育成所で加奈さんも人気だったよね」


「まぁ強いし、憧れる人は多かったかもな」


 戦闘記録のビデオを見た麗も加奈の強さには惹かれたものだ。


「マジで? 聞いたか、彩奈?」


「なんで私に言うのよ」


「いやな、もっとあたしを敬ってもいいんだぜってことだよ」


「ハァ?アンタなんか敬うくらいなら、適合者辞めるわ」


「どんだけだよ・・・」


 本心では加奈のことをちゃんと評価している彩奈だが、神宮司と同じように素直に言葉にできない。だが、それがある意味二人の仲の良さを表しているのだろう。


「加奈さんには結構ファンがいるんですのよ。しかも、俊速の猟犬という二つ名まであるんですわ」


 それは加奈が得意とする高機動戦闘とハウンド小隊の名を掛け合わせた呼び名で、彼女のファンのみならず魔道保安庁内では有名になっている。


「羨ましいな。神宮司さんは鬼神て呼ばれているし、私も何かそういう呼び名が欲しい」


「唯なら天使族として有名でしょう?」


「なんかもっとこうインパクトが欲しいんだよねぇ」


「ふむ・・・じゃあ、全身性感帯とか」


「それはヤメて」


 珍しく唯が彩奈にダメ出ししており、よほどイヤだったのだろう。


「唯先輩、そうなんですか?」


「そうよ。特に敏感なのは・・・」


 そこまで言った彩奈の口を慌てて塞ぐ唯。魔物との戦い以上に俊敏な動きで、春菜もビックリする。


「もう! 彩奈ったら、後でおしおきだから」


「うふふ・・・期待して待っているわ」


 もはや彩奈にはご褒美であり、妙な笑いと共に笑みを浮かべている。

 そんなやり取りをしていた唯のスマートフォンに着信があり、相手は神宮司だった。


「なんだろう?」


 彩奈から手を離して通話ボタンを押し、要件を聞いて真面目な顔つきになる。


「今から神宮司さんのところに行ってくるね」


「呼び出し?」


「うん。この前の戦闘についてかな」


 そのまま待機室を出た唯を見送りながら、自分も付いていきたいという気持ちを隠せない彩奈を加奈がからかう。


「珍しく付いていかないんだな?」


「神宮司さんが呼び出したのは唯だけだからよ。付いていったら怒られるかもしれないでしょう?」


「彩奈も神宮司さんには勝てないんだな」


「フンっ・・・いつかは神宮司さんをも超えて見せるけどね」






 呼び出しを受けた唯は指定されたブリーフィングルームの一つへと赴き、扉の横に備え付けられたチャイムを鳴らした。


「入れ」


 スピーカーから神宮司の声を聞いてから入室する。スーツを着た唯がこうしていると、さながら就職面接のようだ。


「失礼します」


「あぁ。とりあえず座ってくれ」


 神宮司の目の前の席に座り、緊張した面持ちで相対する。


「急に呼んですまんな。前回の戦闘について話そうと思ってな」


 やはりかと唯は得心した。その内容には見当がつかないが、とりあえずどのような要件か静かに聞く。


「高山の活躍は聞いた。敵の中枢部に打撃を与え、勝利に貢献したようだな」


「は、はい。全力を出しました」


「あの戦場にいた適合者達も称賛していたよ。高山のおかげで命拾いした者もいるしな」


 自分の活躍が皆の為になったのなら嬉しいことだ。唯としては戦場にいた適合者全体というマクロな考えではなく、身近な仲間達のためというミクロな考えのほうが強かったのだが。


「だがな、私は素直には喜べん」


 話の流れから称賛してもらえるのかと思った唯は、神宮司の言葉にショックを受ける。他の適合者にガッカリされたとしても、憧れの相手である神宮司には褒められたいわけで、その理由が知りたかった。


「ど、どうしてですか!? 何かマズかったでしょうか?」


「その戦闘で二度も、しかも短時間のうちにSドライヴを起動し、オーバードライヴ状態になったそうだな?」


「はい・・・」


「オーバードライヴは瞬間的に戦闘力を向上させるが、肉体に大きな負荷がかかる諸刃の剣なんだぞ?そのリスクを理解していないわけではないだろう?」


 教師が生徒に諭すように話す神宮司。その言い方には棘は無く、本気で心配しているのが伝わる。


「勿論です。でも、その後の検査では異常はありませんでしたし・・・」


「だとしても高山の体が心配なんだ。今は大丈夫でも、こんな戦い方をしていたら、いずれは負荷に耐え切れなくなる。事実、二度目のオーバードライヴ解消時に倒れたそうじゃないか」


 オーバードライヴでの夢幻斬りを放った後、唯は心臓の痛みに耐えられず、その場にうずくまった。彩奈達が近くにいなければ、無防備状態の唯は襲われていただろう。


「確かにそうです・・・ですが、そうしなければ春菜ちゃんを救えなかったし、魔物との戦いでもっと被害が出ていたかもしれません」


「高山・・・」


 神宮司は席を立ち、唯の隣へと移動する。そして膝をついて唯と同じ視線に合わせた。


「その判断は戦略的に見て、そして魔道保安庁の適合者としては正しい。真実、三宅の命を救い、敵の戦力を削ることで仲間のリスクを減らしたのだから。だがな・・・」


 まるで優しい母親のような言い方となって言葉を紡ぐ。


「高山は兵器ではない。壊れたからといって、替えが効かないんだぞ。キミのような若者を戦場に送り出している私が言う資格はないだろうが、もっと自分を大切にしてほしいんだ」


「神宮司さん・・・」


「例え魔物に勝てたとしても、自分が犠牲になってしまってはダメなんだ。高山も、皆も無事に生き残って幸せを掴めなければ、それは本当の勝利にはならない」


 神宮司は多くの仲間が散っていくのを見てきた。だからこその気遣いなのだろう。


「二木にも悪いことをしてしまったと今でも悔いている。魔道砲を私が扱っていればと、後悔してもしきれん」


 加奈は試作型魔道砲の爆発に巻き込まれて左腕と右目を失った。そんな彼女を見た神宮司は人目もはばからずに涙を流したし、今もその時のことを思い出す。


「私の言っていることは、魔道保安庁の人間としては失格だ。我々には国民を守るという役目があるし、その為に犠牲を払うのは致し方ないことではある。これからも高山を戦場へと送ることになるし、その特殊な力に頼らざるを得ない状況もあるだろう。しかしな、戦いの中でも自分が生き残る方法を、自分が傷つかない方法を探してほしい」


 それは心からの願いであった。唯にもちゃんと伝わったし、心にしっかりと神宮司の言葉を書き留める。


「本当なら私が戦場に直接行きたいのだが、立場の問題でなかなか・・・まったく、公的な組織になったはいいが窮屈になってしまったもんだよ」


 神宮司の苦笑いという滅多に見られないモノを見て、唯は嬉しくなる。なぜなら、素の神宮司を見ることができたような気がしたからだ。


「神宮司さん、あなたが上司で良かったです」


「そうか?」


「はい。こんなに気にかけてくれる人が上司だから、安心して頑張ることができるんだと思うんです」


「フッ・・・そう言ってもらえて嬉しいよ」


 スッと立ち上がった神宮司はいつものように凛々しく、唯はこの人になら命を預けても大丈夫だと改めて確信する。


「助けが必要な時はいつでも言えよ。必ず助けてやるからな」


「はい。私も、神宮司さんの力になれるよう頑張ります」


 褒められるよりも唯の心は充実しており、晴れ晴れとした気分だった。






「唯、何かいいことでもあったの?」


「うん? まぁね、ちょっとね」


 待機室に戻った唯の様子から、彩奈は神宮司とどんな会話をしていたのかが気になった。


「何を言われたの?」


「要約すると・・・励ましの言葉かな。自分を大切にしながら頑張れーって」


「そうなの」


「神宮司さんに言われると元気が出るんだよ」


 その言葉に明らかに嫉妬心を沸き上がらせる彩奈。


「ふーん・・・私よりも?」


「もちろん、彩奈の言葉のほうが元気が出るよ。当たり前でしょう?」


「えへへ、そうよね」


 彩奈と唯は頬を擦り合わせながらイチャつき、その様子を満面の笑みで見ているのが舞だ。


「あのバカップル具合は衰え知らずだな」


「それがいいんじゃありませんか。あのお二人には倦怠期など存在しないのですわ」


「そりゃ全国のカップルが羨ましがるだろうな」


「ふふ、わたくし達もずっと仲良しですし誇れますよね?」


「ま、まぁ・・・」


 急に顔を近づけてきた舞に同意する加奈。時々、舞は唯と彩奈のように距離感を詰めてくることがあるが、それは不快ではない。むしろ、加奈にとって舞は癒しを与えてくれる存在なのだ。

 そうして時間が過ぎ、ついに広報映像の撮影の時がきた。


「皆さん、準備はよろしいですか?」


「えぇ。いつでも」


 広報課の職員を舞が出迎えて待機室に案内する。


「私は広報課の柳田穂希(やなぎだ ほまれ)です。宜しくお願いします」


「今回はどのような撮影を?」


「まずはインタビューですね。二木加奈さんと、高山唯さんにお話しをお伺いしようと思ってます」


「加奈さんと唯さんですね」


 指名された加奈と唯が立ち上がり、軽く自己紹介した。


「では、さっそく撮影セットを準備したブリーフィングルームへと移動を。あと、衣装も用意しましたので、そちらに着替えてくださいね」


「えっ・・・衣装?」


 普段着用しているスーツで撮影するとばっかり思っていたので唯は困惑する。まさかの戦闘着かと予想するが、案内された更衣室にあったのは想定外の物であった・・・


             -続く-

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