第38話 近づくディスタンス

 裏世界での戦闘が終わり、魔道保安庁から寮へと帰る春菜と麗。初めての戦闘後ということもあって強い疲労があるが、それが気にならないほど二人は緊張していた。


「えっと・・・」


 なにせ初めて麗が春菜に一緒に帰ろうと誘ったのだ。あの他者との交流をしない麗がである。


「こうして誘ってくれて嬉しいよ」


 二人はまるで友達のように肩を並べて歩く。


「そ、そう? いつも一緒に魔道保安庁に行って帰っているような気がするけど・・・」


「確かにそうだけど、それは私が麗ちゃんに勝手に付いて行ってるって感じでしょ? でも、今回は違う」


 麗は春菜の笑顔を見て少しドキっとした。これまで親しい友人などいなかったし、こんな近い距離感で会話したことがないから全てが新鮮なのだ。


「東山先輩に三宅さんともっと交流を深めるべきだと言われて」


「彩奈先輩がそういうことを言うなんて昔じゃ考えられなかった」


「そういえば三宅さんは東山先輩を以前から知っているのよね?」


「うん。お姉ちゃんの戦友だったから・・・でも、当時はツンケンした感じで今とは雰囲気が違ったな」


 思い返してみれば、姉が生きている時代に彩奈とはほとんど会話したことがなかった。正直に言えば苦手意識もあったし、再会した時は別人かと思ったほどだ。


「唯先輩が彩奈先輩を変えたんだ。良い方向に」


「東山先輩が言ってたな。高山先輩に出会って考え方も価値観も変わったと」


「羨ましいよね。そういう相手に会えたことが」


「・・・そうだな」


 この広い世界で、沢山の人間の中から運命の相手と出会えること自体が奇跡なのだ。

 麗は彩奈に言われたことを思い出しつつ、いつか自分もその奇跡を起こせるだろうかと胸の内で問いかけて星空に目を向けた。






「ふぅ~・・・自分の家じゃないけど、こうして寝床に帰ってくると安心するね」


「確かに。なんだか久しぶりに帰ってきたような気分」


 戦闘自体は唯の大技もあって短時間で決着したものの、初の実戦で緊張していた春菜達の体感時間は長く、もう何日も過ぎたような感覚だった。

 疲れた春菜はそのままベッドへと倒れ込み、布団の感触に全身を包まれて眠気に襲われる。


「シャワー浴びないと、体汚れてるでしょう?」


「うーん・・・面倒だよぉ」


「フッ・・・あの優等生の三宅さんとは思えないわね」


「皆が私をかいかぶり過ぎなんだ・・・いつもマジメに生きているわけじゃないよ」


 春菜とて人間なのだから、常に優等生でいることなど不可能だ。というより、春菜は自分がマジメなほうだという自覚はあるが優等生などと思ってないし、できれば手の抜けるところは抜きたいというのが本音である。それは唯に近い感性と言えるか。


「育成所ではそれが疲れたんだよな。他の訓練生も教官も私をカンペキな人間だと思っている。でも、実際にはそんなことはない。魔人を見て取り乱すしさ・・・」


「そう。なら、ここでくらいは素のアナタを出せばいいんじゃない?」


「そうだね・・・麗ちゃんはこんな私を見ても幻滅しなさそうだしね」


 ある意味、麗は気兼ねしなくて済む相手なのかもしれない。


「三宅さんは他者の目が気になる?」


「まぁね。良い評価をされたいし、そのために頑張ろうとは思うけど、そのせいで過大評価をされている気がする」


 麗がこうも春菜へ質問するのも、彩奈に言われたことが心に響いているからだろう。


「それで本当の自分を見てもらえないって感じてるんだな」


「かもね。麗ちゃんは私をどんな人だと思ってた?」


「私も三宅さんは真面目な人で、皆の目標となるような人だと思っていた。言うならば、完璧超人のように」


 だが、ハウンド小隊での訓練を経て少し考えが変わった。


「でも、三宅さんも一人の人間だということが分かった。こうやって悩みもあって、頑張っている一人の人間だと」


「そっか。なんだか嬉しいな」


「ど、どうして?」


 春菜がムクりと起き上がり、麗に向けて笑顔を見せる。


「やっと私の悩みを理解してくれた人が現れたからだよ」


「わ、私がか?」


「うん。誰にも言えなかったことだけど、麗ちゃん相手には言えたし、こうして聞いてくれた」


 そう言われて麗は恥ずかしくなって顔を赤らめた。


「べ、別に大したことではない」


「ふふ、ありがとうね。麗ちゃん」


 こうして春菜からお礼を言われたのも彩奈からのアドバイスが活きた結果だ。人からの忠告はしっかり受け止めて、実践するのは大切なことだなと麗は実感する。


「それに、麗ちゃんと話せてよかった。今まであまり言葉を交わすこともなかったから。これからも、こうしてお話できたら嬉しいな」


「三宅さんさえよければ、いいけれど」


「良かった。今度は麗ちゃんのことも聞かせてね」


 そう言って春菜は浴室へと向かう。やはり汗で汚れたままではダメだと思ったのだろう。


「私のこと、か・・・」


 一人残された麗は、自分のどのようなことを春菜に伝えればいいのか考える。少し前までの彼女ならあり得ないが、成長したのだ。




 少しずつではあるが、確実に麗は変化している。間違いなくハウンド小隊の、そして彩奈の功績は大きく、これだけでも実習は無駄ではなかったと言えるだろう。







 翌日、ハウンド小隊員はいつも通りに訓練場にてトレーニングを行っていた。とはいえ、前日に戦闘があったので緩めにではあるが。


「麗、もっと気を抜いていいんだぜ? 疲れているだろう?」


「ご心配ありがとうございます。ですが、一晩寝て回復しているので問題ありません」


 加奈の提言に相変わらずのクールフェイスで麗は答える。


「若いね~。あたしですら完全な状態には戻ってないのに」


「アンタは最前線で暴れまわっていたからね。そりゃ疲れもするわよ」


「おいおい、彩奈。もしかして労ってくれているのか?」


「なわけないでしょ。私が労うのは唯と舞だけよ」


「あたしも含めろよ」


 彩奈はフンとそっぽを向いて視線を移した先、何かに気がついたようだ。


「しかし、数年前より衰えを感じる時があるからなぁ。成人したらもっとそうなるのかなぁ」


 彩奈からの答えはない。


「としたらさ、神宮司さんとかも案外疲れがひどくて栄養剤とか接種していたりしてな。魔物には勝てても歳には勝てない~、って嘆いていたら面白いよな」


「アンタ、死んだわね」


「えっ?」


 加奈が彩奈の見ている方向へ振り向く。すると、すぐ近くに腕を組んだ鬼の形相の神宮司が仁王立ちしていた。


「な、何故ここに!?」


「二木・・・貴様、いつもそうして私の陰口を話しているのか?」


「まさか! 今回はそのぉ・・・冗談のつもりでして・・・普段はそんなこと言いませんよ。なぁ、彩奈?」


 困り果て、冷や汗を流す加奈は彩奈に助けを求めたが、


「いえ、コイツは神宮司さんをいつもバカにしています」


「おい!」


 と、指さしながら神宮司にチクる。


「そうか。いい度胸だな」


「ま、待ってください! 彩奈の言うことはデタラメですよ!」


「ほう・・・」


 神宮司はスッと模擬刀を手に持つ。だがそれが本物の魔具に見えるほど、神宮司本人から溢れるプレッシャーが強い。


「ここで再教育してやる・・・さぁ、お前も武器を手に取れ」


 騒動を聞きつけ、何が起きたのかと唯と舞、それに春菜も駆け付けた。


「どうなってるの?」


「アホが神宮司さんに喧嘩を売ったのよ」


 どうしようもないなと加奈も薙刀の形状をした模擬刀を装備する。


「こうなったら、勝てばいいんだ! いつか神宮司さんを倒したいと思っていたからな!」


「やる気があるのはいいが、それは不可能だ。私を倒せるのは現役時代の美影長官くらいだからな」


「分かりませんよ。これでもあたしも成長したので!」


 加奈は一気に駆け出し、神宮司との距離を詰めていく。並みの適合者ならその加奈の気迫に押されて退くところだろうが、神宮司は一切動じない。


「三宅、黒川。よく見ておけよ」


 一歩踏み出し、神宮司は模擬刀を腰だめに構える。そして加奈が至近距離に接近し、薙刀を突き出してきたのを見て一気に模擬刀を振り抜いた。


「甘いな・・・」


 衝撃波が発生するほどの目にもとまらない瞬撃が加奈を襲う。


「うわっ!」


 その一撃で加奈の薙刀状の模擬刀は弾き飛ばされ、神宮司の模擬刀が加奈の首筋に突きつけられる。


「す、すごい・・・」


 一瞬で決着が着いたことに驚き、春菜は口をあんぐりと開けていた。単純な戦闘力なら加奈はハウンド小隊内で一番強いし、魔道保安庁の中でも評価されているのだ。しかしこうも簡単に勝つということは、神宮司はそれを大きく上回るということになる。


「残念ながら私はまだ衰えてはいないようだな?」


「そ、そうみたいっすね」


 さすがに勝ち目はないと悟った加奈はそのまま全力の土下座の体勢を取った。


「も、申し訳ありません! どうかお許しを~!」


 もはや先輩の威厳もへったくれもないが、命のほうが大切なのだ。


「神宮司さん、加奈さんも反省していますし・・・」


「新田に免じて特別に許してやろう。だが、次はないぞ」


 模擬刀を仕舞い、神宮司は頬に纏わりついたその美しい黒髪をさっと払う。


「さすがカッコいいなぁ。どうしたらあんな風になれるんだろう」


「唯先輩は神宮司さんに憧れているんですか?」


「うん。私もああいうカッコいい大人になりたいんだよねぇ」


 以前から唯は神宮司に憧れており、戦闘スタイルを研究して自分も同じように戦ったりしている。唯が戦闘時でもスーツを好んで着用するのも神宮司の影響だし、中のシャツの胸元を大胆に開けているのも真似してのことである。胸が大きいのでボタンを閉めていると苦しいという理由もあるが。


「こんな可愛い後輩もいるのにな。二木は高山を見習うように」


 神宮司に頭を撫でてもらって嬉しそうにしている唯だが、その二人に対してもの凄い形相で視線を送るのが彩奈だ。


「それより、今回はどうして第7支部にいらしたんですか?」


「昨日の戦闘について報告を聞きたいのと、訓練生の様子の確認にな。それともう一つあるが・・・」


 最後の一つは明言せずに春菜と麗へと向き直り、


「私がハウンド小隊指揮官の神宮司真央だ。普段は本部にて指示を行っており、現場の監督は新田に任せているがな」


 と自分のことを軽く紹介する。


「この部隊に参加すれば学ぶ事も多いだろう。存分に頑張ってほしいんだが、ひとつだけ忠告しておくぞ」


 一体どんな忠告なのか春菜と麗が身構える。


「二木のようなアホにはなるなよ」


「ひでぇことを言う上司だ」


 多分この二人は本当は仲が良いんだろうなと春菜は思う。二人の間にあるのは険悪な感情ではなく、信頼と気心の知れた安心感だと直感したのだ。


「まぁそれはさておき、お前達には新しい任務がある。それがさっき言ったもう一つの目的だ」


「それはどんなです?」


「それなんだが・・・広報映像の撮影だ」


              -続く-

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