第37話 月下の少女達
春菜と麗の初任務が終了し、第7支部へと帰還する。最初の戦闘としては規模の大きいものであったが、唯達のサポートもあってこうして無事に帰ることができた。
しかし、麗は思い通りに戦うことができず、乱入してきた魔人に対して全く対抗できなかったことで不甲斐ない気持ちに苛まれていた。次の任務ではもっと活躍すべく、帰還してすぐに訓練場にてトレーニングを行う。すでに空は暗く周りには誰もいない。
「ちっ・・・」
気力はあるのだが、消耗した体力が回復していないために上手く動けなかった。魔力で強化された肉体であっても疲労には勝てないのだ。
「今日はもう帰りなさい」
そんな麗に声をかけたのは彩奈だ。いつの間にか近くまで歩いてきており、呆れた様子で腕を組んでいる。
「休める時に休むのは大切なことよ。特にこうして疲れた時は尚更だし、舞にもそう言われたはずよね」
「いつ休むかは私が決めます」
「この部隊に参加している以上は先輩である私達の言うことを聞いてもらうわ。だいたい、そんな状態でやっても意味はない。万全な体調でするからこそなのよ」
彩奈にしては面倒見がいいように思えるが、舞から麗を帰すよう頼まれたからである。それなら加奈に行かせたら良いのではと思うのだが、彩奈の成長のためにもこうしたのだ。
「そうでしょうけど・・・」
お互いに社交的でない人間が一対一で対面すれば微妙な空気になってしまい、探り探りの会話となってしまうが、それでもコミュニケーションを取ることに意味がある。
「私はもっと強くならなきゃいけないんです。休んでいる時間など勿体ないだけですよ」
「どうしてそんなに強くなりたいの?」
「悪いことですか?」
「いいえ、強くなりたい気持ちは大切よ。ただ、アナタの場合は何か事情が違うように感じたの」
唯以外の人間に対してあまり興味を持たない彩奈だが、どうにも麗のことが気になった。それは麗が昔の自分に重なる部分があるからであり、他人事のように思えなかったためだ。なのでこれは唯に対する特別な気持ちとは全く異なるものである。
「・・・東山先輩には関係ないですよね?」
「だとしても話してみなさい。これは命令よ」
「パワハラです」
「私はまともな人間でないのだから、こうもなるわよ。訴えたければ訴えなさい」
どうにも調子を狂わされるなと麗は観念する。
「適合者の力がなければ、生きる意味も無いし、誰も私を評価してくれない。この力があるからこそ私には存在意義がある。弱いままでは価値の無い人間なのだからもっと強くならなきゃダメなんです」
麗は一気に喋って、ハッと我に返る。そして彩奈にこんな事を言ってしまったことに恥ずかしさで顔を赤くした。
「なるほどね。適合者であることに価値があると」
「そうです」
「で、強いからこそ評価されている」
「はい」
その麗の考え方は以前の彩奈と似ている。だからこそ、言えることがあるのだ。
「それは誰が決めたことなの?」
「えっ?」
「アナタが強い適合者でなければ価値が無いと誰が決めたのかと聞いてるのよ」
「それは・・・」
誰かにそう言われたわけではない。
「私が思うに、アナタは自分の価値を自分で限定しているのよ。だから窮屈な考えや生き方しかできない」
「私の何を知ってるって言うんですか」
「そうね。アナタのことはよく知らない。けど、私に似ているから」
「東山先輩に?」
頷き、彩奈は話を続ける。
「昔、私もそうだった。適合者の自分は特別な人間で、適合者であるとういう自尊心を支えにしていたの。自分が誰よりも強いと信じ、それだから生きる価値があるとね」
その遠い目は幼い自分を見ているようだ。
「でも、その考えは変わった。唯と出会ったことによって」
「どうしてですか?」
「唯は私の全てを肯定してくれる。必要としてくれる。そう、例え私が適合者でなくなったとしても、ずっと傍にいてくれる・・・」
そう確信できるほど、二人には固い絆がある。
「唯がいればもう何もいらない。そう思ったら、他の人間からの評価などどうでもよくなったし、自分の新たな生きる意味も見つかったのよ」
「・・・それで?」
「何が言いたいかっていうと、アナタを必要とし、アナタを無条件に認めてくれる人がきっとどこかにいるってこと。だから、自分の殻に閉じ籠らず、自分の価値を決めつけないほうがいいってことよ」
「そんな人、いるわけない。今までだってそうだった!」
これまでのクールな態度から一変し、大きな声で反論する麗に対してこんなにも感情を表に出せるじゃないかと彩奈は感心する。
「だから決めつけるなと言っているの。たかだか十数年生きただけで分かったような事を言うもんじゃないわ。この先、アナタには長い人生が待っているし、その中でこれまでに出会った人数よりも多くの人に出会うのよ?なら可能性だってあるじゃないの」
冷静に諭すような彩奈の言葉を聞いて麗は落ち着きを取り戻す。彩奈の正しさを理解し、これに反抗するのはただの子供と変わらないなと思ったためだ。
「私を認めてくれる人・・・」
「そうよ。まずは春菜さんと仲良くしてみたらどうかしら?」
「三宅さんとですか?」
「えぇ。彼女はアナタと仲良くしたいと思っているようだし、そういう相手の想いを無碍にするのは良くないわ」
今は彩奈の言う事を素直に受け止める麗。思えば春菜は麗とコミュニケーションを取ろうとしていたし、それを無視していたのは間違いないことだ。
「もうすぐ舞からの説教も終わる頃だろうし、迎えに行きましょう」
「・・・はい」
模擬刀を仕舞い、スゥっと呼吸を整えて第7支部へと戻ることにした。彩奈との会話で、何か重い物が取り払われたような気分だった。
「あれ、唯先輩」
ハウンド小隊の待機室から出た春菜は廊下の先に唯を見つける。
「検査が終わって、部屋に戻ろうと思ってたんだ」
「そうなんですね。お体のほうは大丈夫だったんですか?」
「うん。異常はなかったよ」
短期間の間に二度もSドライヴを使ったうえ、最大出力の夢幻斬りを使用したことで唯の体には多大な負荷がかかっていた。実際、唯は戦闘不能に陥ったし、暫くは動くことすらできなかったのだ。それで検査を受けることになり、先ほどまで医務室に缶詰だった。
「春菜ちゃんは舞からお叱りを受けたんだね」
「はい。戦闘は皆でするものだから、戦列を乱すのは皆の命を危険に晒すことだと・・・」
「そっか」
自分には春菜を叱る権利は無いと唯は思う。なぜなら唯自身、彩奈のためならどんなことだってする気だし、そのために春菜のような独断行為を行うこともあるだろうから。
「ねぇ。今から屋上に行かない?」
「屋上ですか?」
「うん。気分転換にはいい場所なんだ」
春菜は唯の誘いに乗って第7支部の屋上へとやって来きた。綺麗な星空は手を伸ばせば届きそうに思えるほど近く感じる。
「風が気持ちいい・・・」
澄み切った空気が肺に浸透することで、唯の言う通り気分もスッキリとする気がした。
「私のお気に入りスポットでね、考えごとがしたい時とかに来るんだ」
その視線は眼下に広がる街に向けられている。慈愛の母のような優しい目は女神のようだと春菜は思った。
「普段の時と戦闘時とでは雰囲気が全然違いますよね、唯先輩って」
「そうかな?」
「はい。いつもは穏やかで優しい雰囲気ですけど、魔人と戦っている時の唯先輩はまさに猟犬のような感じでした」
「猟犬か・・・」
自覚があるわけではないので、そんなに怖いのかと唯は困惑する。
「まぁ・・・それは魔物への憎しみからかな」
「憎しみ、ですか?」
「前に妹の事を話たよね? その死に魔物が関係しているかもって思ったから戦う決意をしたと」
「はい」
魔物関連の話となって唯は険しい表情をする。楽しい話ではないのだが、それにしても強い感情を感じるのだ。
「私のカンは当たっていた。後で調べたところ、妹の死んだ日に裏世界で大規模な戦闘があったんだ。その影響で表世界にも被害がフィードバックされて、それに妹は巻き込まれて・・・」
唇を噛みしめる唯から悔しさが伝わってくる。
「それを知ってから、余計に魔物への恨みや憎しみが強くなった。何としても殺しつくしてやると誓うくらいに・・・」
それは春菜も同じ気持ちだ。大切な姉を殺された恨みは大きい。
「私自身もあいつらに辱められたし・・・絶対に許すことはない」
唯はその過去を封じたいが、どうにも忘れることはできなかった。この先も唯を苦しめることになるだろう・・・
「一人で全てを抱え込んでいたら、今頃自ら命を絶っていたと思う。でも、私には幸運なことに彩奈がいてくれたんだ」
「彩奈先輩が唯先輩の支えになったんですね」
「うん。あのコに出会って人生が変わった。彩奈にために生きようと思えるくらいにね」
「本当に大好きなんですね」
唯は再び優しい顔つきになった。そのことから、唯にとって彩奈がどれほど大切かということかが伝わる。
「ここにいたのね」
屋上の扉が開いて、そこから現れたのは彩奈と麗だ。
「よく分かったね?」
「唯の行きそうな場所くらい把握しているわ」
ドヤ顔で胸を張る彩奈。
「三宅さん・・・その・・・」
そんな彩奈の隣で麗はもじもじとしている。口ごもる麗という新鮮な光景を目にして唯は少し驚く。
「どうしたの?」
「えっと・・・よかったら一緒に帰らない?」
普段寮に帰る時は一緒ではあるのだが、自分のペースで動く麗に春菜がくっついて行くという感じだ。つまり、こうして誘うのは初めてで、春菜はそれが嬉しかった。
「うん! いいよ」
麗と仲良くしたいという春菜の気持ちがようやく通じたと言えるだろう。
「では、お先に失礼しますね」
「また明日ね」
唯はぎこちなくも並んで歩く春菜と麗を見送り、彩奈との二人きりの時間に浸る。
「彩奈が麗ちゃんに何か言ったの?」
「えぇ。ただの気まぐれだけど」
「それでも、ああして二人がコミュニケーションを取ることができたんだからお手柄だよ」
「えへへ・・・」
褒められ、頭を撫でられた彩奈は決して他の人の前では見せない笑顔になる。
「彩奈が二人のキューピットだね」
「本当の天使は唯でしょう?」
「私は天使族の成り損ないだよ。私にしてみれば、彩奈こそが天使だから・・・」
唯は彩奈の頬に手を滑らせ、顎を掴んでクイっと自分の顔に向けさせた。二人の視線が近距離で交差する。
「可愛い・・・どうしてそんなに可愛いの?」
「私よりも唯のほうが可愛いわよ。比べものにならないわ」
傍から見ればバカップルのような会話であるが、今の二人はお互い以外を認識していない。
「春菜ちゃんと麗ちゃんもさ、私達くらい仲良くなったりしてね」
「あの二人が親交を深めるのはいいことだけど、私達の領域までは到達できないわ。私達は特別だもの」
「ふふっ・・・そうかもね」
輝く月が見つめるなか、二人の影は一つに重なっていった。
-続く-
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