第36話 空を穿つ閃光
魔物と交戦する味方の支援を行うべく、ハウンド小隊は激戦区へと急行する。そこでは一進一退の攻防が続いており、どうにも敵の戦列を突破できずにいるようだ。
「ここも敵の数が多い。さっきより慎重にな」
加奈は春菜と麗にそう呼びかけつつも、自分は魔物の集団へと突っ込んでいった。それは無謀というわけではなく、自分の実力をしっかり把握しているからこそできることである。
「まったく、相変わらず血の気の多いヤツね・・・援護するこっちの身にもなってほしいわ」
そう不満を漏らしながら彩奈が加奈の後に続く。口ではそう言っているが、さっさと魔物を倒したいという気持ちは加奈と同じであり、隣を並走する唯と視線を交わしてから連携して魔物の一体を瞬殺する。
「フッ・・・やはり私達の相性は抜群ね」
「当然だよ。私と彩奈は全部がベストマッチだからね」
二人の行く手を阻むものには死あるのみとばかりに敵を蹴散らしていく。
「春菜さんと麗さんはわたくしの直掩をお願いしますわ。こうも乱戦だと、先ほどのように奇襲を受ける可能性がありますので」
舞は戦術ポジションで言うならばスナイパーだ。本来ならばスナイパーには観測手が付いて回り、周囲の状況確認の他、忍び寄る敵の迎撃などを行うこともある。だが舞は自己防衛しつつ敵を狙撃するという高度な戦闘をいつも行っており、それは結構な疲労をもたらす。だからこそ、こうして護衛がいたほうが攻撃に集中できて負担も減るのだ。
「三宅さん、敵が来ているようだけど、いける?」
「もう大丈夫だよ、麗ちゃん」
加奈達が派手に暴れまわっているせいか敵の注意を引きつけ、行軍中の魔物が進路を変更して来る。
今度こそは冷静に対処できるよう春菜は深呼吸し、魔具を構えた。唯の言葉を頭の中で思い浮かべ、自分の命や仲間の命を守ることを優先して考える。
「死んじゃったら終わり、だもんね・・・もう誰も死なせたくないんだから、そのために頑張らなきゃ」
死んだら生き返ることはない。姉のように骸となり、ただ大地に還ることしかできないのだ。
「もし魔人を見かけたらすぐに知らせてくださいね」
「はい、舞先輩」
魔人相手に全く歯が立たないのは理解した。だからこそ今は魔人のような強敵とは交戦せず、唯達に託すのが最良の選択肢だ。
「通常の魔物相手にも油断は禁物ですわよ。危ないと思ったらすぐに退いてください」
実戦で退くことの重要性を身をもって体感した春菜は強く頷き、襲い掛かって来た魔物と対峙する。恐怖はあるが、それでも立ち向かえるのは一人ではないからだ。一緒に戦う麗とはまだ心が通じてないが、魔物を倒すという共通の目的を持つ仲間であり、そういう点では信頼できる。
「こういう敵ならっ!」
ハイスピードで迫る四足歩行型魔物の動きをよく観察し、攻撃のタイミングを見極める。四足歩行型は現実の生物で例えるならチーターやヒョウのような魔物だ。高機動で接近し、人間を喰いちぎる恐るべきハンターだが、防御力には欠ける。突進を回避して一撃を叩きこめれば簡単に致命傷を与えられるのだ。
「私にも敵の動きが見えたっ!」
春菜はサイドステップで四足歩行型の噛みつきを避け、その首元に剣を叩きこむ。一瞬で胴と頭を切り離して絶命させたのを確認しつつ、別方向から近づく敵に向き直る。
「数がいるな・・・」
単体の魔物を処理するのはあまり難しくない。魔物の脅威的な点は物量であり、これをいなせるようになればベテランと言われるようになるが、そう簡単なことではないのだ。
単独では勝ち目はないと判断して春菜は後退する。麗と合流して魔物と対峙した。
「私が敵を引きつけるから、麗ちゃんは敵を側面から討って」
「・・・分かった」
麗にしてみれば、同じ訓練生の春菜から指示されることに複雑な思いを抱かずにはいられない。しかし、今は言う事を聞くことが最善と自分を納得させた。
「行くよっ!」
突撃する春菜に魔物達は注目する。そしてその春菜に襲い掛かるが、回避に専念する彼女にはギリギリで当たらない。
「ここで私の出番ということか」
麗は春菜に飛びかかろうとした魔物を背後から切断し撃破。更にもう一体を側面から真っ二つに斬り裂く。
「ナイスだよっ!」
「こ、この程度なら余裕だ。何も大したことは無い」
称賛の言葉に少し照れながら麗はツンとした返事をする。今まで人に褒められたことなどほとんどないので、どう反応していいのか困っていることは内緒だ。
「新田先輩もさすがだ・・・」
麗が捌ききれない敵に対し、舞の魔力光弾が飛ぶ。そして的確に当て、二人のピンチを救ってくれている。
「麗ちゃん、右っ!」
「チッ・・・」
よそ見をして隙のできた麗の右側から人型魔物が触手を伸ばす。この位置では魔物への射線上に麗がいるので舞からの攻撃は不可能だ。ここは自力で対応するしかない。
「邪魔をするなよっ!」
紙一重で触手をくぐり抜け、人型魔物の懐に潜りこんで腹部に刀を突き刺した。その刺さった刀を振りぬき、魔物は体を歪ませながら崩れ落ちる。
「ふぅ・・・なかなかにキツイな」
いくら鍛えていた麗とはいえ、実戦での心的ストレスと肉体疲労が重なれば長くは保たない。集中力も落ちており、それは春菜も同じで限界も近くなっている。
「そろそろですわね」
この区画の敵が減ったことと、春菜と麗の疲労を見てとった舞は再びハウンド小隊員に集合をかける。
「ここは後続の部隊に任せましょう。我々は町中枢部に陣取っている魔物の群れに攻撃をかけます。そこを殲滅できればこの町での勝利は確実ですわ」
「ようやく敵の本懐を殺れるってことか」
意気込む加奈だが、唯には考えがあった。
「私に次の戦闘を任せてくれないかな?アレで敵を撃破するよ」
その意図を把握した舞だが、簡単に賛同できない。
「ですが、それは唯さんの負担が大きいですわ」
「確かに楽なことではないけど、少しでも早く決着をつけたいんだ」
戦闘が長引けば犠牲者も増えるし、彩奈の身の危険だって増すということだ。だからこそ、唯はすぐにでも敵を倒したかった。
「予想より多いな」
町の中心区画にはこれまで遭遇した魔物よりも多くの数が群れていた。そのおぞましい光景は地獄と言っても差し支えないだろう。
「では、お願いしますわ。友軍にも通達は済んでいて、射程範囲内には人間はいませんから、全力でいけますわ」
「うん」
皆の前に立ち、唯はフッと息を吐いて呼吸を整える。
「何が始まるんです?」
「高山唯の真骨頂ですわ」
それが何なのか春菜には分からないが、ともかくこれから起こる出来事をしっかり目に焼き付けようと、唯の頼もしい背中を見つめる。
「Sドライヴ・・・起動」
唯の左手のガントレットに装着された魔結晶が輝き、その光が唯の体全体を覆った。すると魔力で形成された白い翼が背中から生え、その光景に春菜と麗は神々しささえ感じる。
「先ほどの魔人との戦いでも使用していましたが、アレはSドライヴという特殊装備ですわ。使用者をオーバードライヴ状態にする効果があり、唯さんの場合はオーバードライヴを発現するとあの翼が展開されるのです」
「天使族の魔力ってヤツですか」
「そうですわ。そして、それだけではありません」
唯は構えた聖剣に魔力を集中させ、虹色に輝く魔力の刃を形成した。その光の刃は空高くまで立ち昇り、それはまるで一筋の稲妻のようだ。
「いくよ・・・無限斬りっ!!!!」
一気に聖剣を振り下ろす。光の奔流が地面へと叩きつけられ、魔物達が呑み込まれていく。斬るというよりは消滅させるというのが正しく、これが尋常ならざる攻撃だということは説明を受けなくても春菜には理解できた。
「オーバードライヴでの夢幻斬り・・・この破壊力は普通の適合者では決して真似できないものですわね」
刃が直撃しなくても地面は抉れ、近くの建物は倒壊する。このダメージは表世界にもフィードバックされて大きな被害が出ていることだろうが、破棄された町で誰も住んでいないし、何より魔物相手に手加減などできない。
光が収まり、周囲には静寂が戻る。あれだけいた魔物は消し去られ、残存戦力はもう僅かなものだった。これで適合者達の勝利は決定的となったのだ。
「味方に敵の掃討を依頼しました。わたくし達は唯さんの警護を」
力を使い果たした唯は胸を押さえてその場でうずくまる。これだけの力を使えば肉体への負荷も大きく、暫くは動けない。
「唯、大丈夫?」
「大丈夫・・・と言いたいけど、結構苦しい・・・」
視界が揺らぎ、立つことなどできない。魔物に対して極めて有効な攻撃が可能とはいえ、これを続けていればいずれ唯の肉体が保たない時が来るだろう。
彩奈に抱き起こしてもらい、舞が展開した魔力障壁の中で体を休める。遠くに聞こえる戦場の音が小さくなり、どうやら戦闘の終わりは近いようだ。
「唯は無茶ばかりするからヒヤヒヤするわ」
「ゴメンね。でも、彩奈を少しでも危険から遠ざて守りたいんだ。そのためならこのくらい・・・」
「私の心を守りきれてないわ。こんなに心配させるんだもの」
「あれま・・・」
彩奈の手が唯の頬をすべる。その慣れた手つきに唯は安心感を覚え、眠気さえしてくるが、後輩二人が近づいてくる気配を感じてパッと目を開けた。
「唯先輩、さすがですね。育成所で見た映像よりも迫力がありました!」
興奮気味にそう言う春菜の目には、まるで唯が英雄のように映っている。事実、英雄と呼ばれても当然の活躍をしてきたのだが、唯自身は自分をそう思っていない。
「えへへ・・・そう言ってもらえると頑張った甲斐があるよ」
麗にしてみても、いつもはあまり覇気の無い唯の本気を見て、やはりこの人はただ者ではないと認識を改めていた。
「戦闘終了ですわ。我々の勝利です」
「良かった」
本部からの通信で戦況を確認していた舞が唯に報告する。これでこの町から魔物を排除することに成功し、暫くの間は再侵攻はないだろう。しかし、魔物は無尽蔵に出現するのでその脅威を完全に消せたわけではない。
「これより表世界へとシフトし、帰還しますわ。お二人もよく頑張りましたわね。初陣を無事に生きて帰れたことは誇っていいですわ。ですが、後で反省会を開きます」
「はい」
先輩達に迷惑をかけてしまったことを思い出し、春菜は褒めの言葉を素直には喜べない。むしろ、舞にしっかりと叱ってもらいたいという気持ちであった。
「誰しも失敗はある。それをちゃんと受け止めて次に活かせる人が強くなれるんだよ」
その春菜の心情を察した唯がそう声をかける。こういう時、唯の優しい言葉は身に染みるのだ。
「唯先輩ってモテそうですよね」
「そ、そうかな」
「そういう事が言える人って少ないですし、その優しさは人を惹きつけると思います」
唯の優しさには同意しながらも、
「確かにモテるでしょうけど、その必要はないわ。悪い虫が寄り付かないように常に目を光らせなくては」
彩奈は息を荒くしてそう言う。唯の良さは自分だけが知っていればいいのだと思っているのだ。その様子が面白くて春菜がクスクスと笑い、この戦場後には和やかな空気が流れていた。
こうして春菜と麗の初の戦闘が終わった。反省点はあるけれど、間違いなく自信へと繋がる経験であり、二人はこの初戦を忘れはしないだろう。
-続く-
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