第35話 燃え上がる憎しみの炎

 神宮司からの指令で出撃したハウンド小隊は、もう間もなく戦域に到達する所まで来ていた。廃墟と化した目の前にある都市の裏世界では今まさに人類と魔物が激突しているのだ。


「うぅ・・・」


 張り切ってヘリに乗った春菜であったが、いざ戦場を前にして緊張が高まり手が震える。得体の知れない魔物と交戦することになるのだからそれは仕方のないことだろう。


「大丈夫?」


 そんな春菜に気づいた唯が顔を覗き込みつつ心配する。


「はい・・・でも、ちょっと不安もあるんです。ちゃんと戦えるかなって」


「分かるよ。私も最初の戦いではビビってたなぁ」


 自分の初陣を思い出して苦笑する。思えば、彩奈にはかなり迷惑をかけたものだ。


「まぁ初めては誰でも緊張するものよ。上手くいかないこともあるだろうけど、経験を積んで慣れてくれば怖くなくなる」


「彩奈が珍しく優しい・・・」


 もしかして別人なのではと訝しむ加奈だが、それに不機嫌になった彩奈が加奈の足を蹴る。


「失礼ね。私は優しさの塊よ」


「あたしにも優しくあれ・・・」


「それはアンタの態度が悪かったから。それにね、初陣の後輩に冷たくしてどうするのよ。そんな外道な人間ではないわ」


 彩奈は表情などから冷たい印象を与えるものの、人の情をきちんと持っている。それは加奈だって知っていることだが、こうしてからかうのも日常の一部なのだ。


「麗さんは大丈夫ですか?」


「・・・私は別に問題ありません」


 舞が無言の麗のことを気遣うが、どうやら麗はあまり緊張していないようだ。彼女だって初陣だが、胆が据わっているのか全く動じる様子がない。


「これだけ仲間がいるし、一人じゃないってことを忘れないで。ダメだとおもったらすぐに言うんだよ?」


「はい。唯先輩はお母さんみたいな感じで安心しますね」


「そ、そうかな」


 春菜の震える冷たい手を唯の暖かな手で包んであげる。こういう肌の触れ合いが人の心を落ち着かせるというのは唯がよく知っているし、実際に春菜の震えも収まった。


 それを明らかな嫉妬の視線で見つめる彩奈だが、その感情を抑えて何も言わない。


「もうすぐ着陸ですわ。そこから裏世界へとシフトし、戦列に加わります」


 ランディングポイントから立ち昇る発煙筒の煙はすぐそこまで迫っていた。





 裏世界に設置された簡易指揮所で戦況を聞き、ハウンド小隊は戦闘区画へと急行する。どうやら戦況は芳しくなく、魔物達は未だ健在のようだ。


「これより先に進むと、そこは戦場です。つまり死ぬ可能性がある場所だということですわ」


 いくらベテランであっても、死ぬ時はあっけなく死ぬ。そういう命のやり取りをするのが戦場なのだ。


「ルーキーだとかは関係なく一人の戦士として戦う・・・それがわたくし達適合者なのです。準備はよろしいですね?」


 春菜と麗は頷き、魔具を装備する。彼女達とて、魔物と戦うためにここにいるのだ。その覚悟は充分にある。


「では、行きますわよ。まずはお二人はわたくしの後ろに。近接戦を得意とするお三方の戦いをよく観察してくださいな」


「はい!」





「じゃ、いつも通りの戦法でいくぞ」


 前方に魔物の群れを発見し、加奈は薙刀を構える。


「了解」


 加奈に続いて唯と彩奈が敵に斬り込んでいく。その動きは素早く、いつもの訓練で見るよりもずっと高機動だ。


「後輩も見ているんでな!」


 気合を入れた薙刀の一閃で複数の魔物が散る。そしてすぐに別の魔物に斬りかかり、その人型の魔物を胴から真っ二つにした。


「遅いっ!」


 魔物の攻撃は加奈を捉えることはなく空を斬り、その素早さに翻弄されているようだ。




「加奈先輩、凄いですね」


「加奈さんはまさに切り込み隊長。臆することなく敵の防衛線に突撃し、それを崩すことを得意としているんですわ」


 そして加奈の討ち漏らした敵を駆逐するのが唯と彩奈であり、その三人を遠距離から舞が援護するというのがハウンド小隊の基本戦術である。




「唯!」


「任せて!」


 彩奈の背後に回り込もうとした魔物を抹殺し、唯は次のターゲットを切り裂く。この二人のコンビネーション力は高く、相手の動きを完全に知り尽くしているからこその立ち回りができる。


「敵が多いな・・・」


「けれど烏合の衆よ」


 四足歩行型が彩奈に飛びかかるが、正面から刀で両断されて地面に落ちる。この程度の魔物であれば、もはやハウンド小隊員の敵ではない。だが、油断することはなく、常に敵の動きを観察して的確に対処していく。





 唯達の活躍でこの区画は魔物の数も減り、人類側が優勢になっていた。この調子ならそう時間もかからず敵を殲滅できるだろう。とはいえ、まだ激戦区は残っているのでそちらの援護も行わなければならない。


「舞先輩、向こうから敵が来ます」


「ふむ・・・」


 舞達を側面から襲うように複数体の魔物が接近してくる。いつもなら先行する唯達を呼び戻すところであるが、ここは春菜と麗に任せてみようと判断した。どうやら唯達のいる場所にも敵が増えたらしく、そちらの対応が大変そうなのだ。


「お二人共、行けますか?」


「はい」


 春菜も麗も最初からその気だったようで、かなりのやる気に満ち溢れている。その気持ちを尊重して交戦の許可を出す。


「ですが無理はなさらないで下さいね。時には退くことも大切なことですわ」


「分かりました」


 舞の魔力光弾の援護を受けつつ、春菜と麗は吶喊する。今こそ日々の訓練の成果を発揮する時だ。


「頑張ろうね、麗ちゃん」


「あぁ」


 先に斬りかかったのは麗だ。素早い刀の一撃が四足歩行型の魔物を切り倒す。


「ひとつっ!」


 そして返した刀の切っ先でもう一体の魔物の胴を裂いており、一瞬で二体を撃破した。


「ふたつ!」


「凄い・・・でも、私もっ!」


 後れを取るまいと春菜も敵に対峙する。構えた剣が振りあげられ、人型魔物の肩めがけて振り下ろされた。


「倒した・・・」


 魔物の肩から脇腹まで一気に切断し、沈黙させる。二人とも充分に魔物と戦えていた。

 その高揚感は二人を強気にさせるが、戦場は予想外の困難をもたらすものである。


「空から・・・」


 飛行型魔物の群れが滑空してくるのが見えた。一体一体はそこまで脅威ではないが、数が揃えば難敵となる。


「わたくしが迎撃しますわ。お二人は回避に専念しつつ、近づいた敵を倒してください」


 舞が魔力光弾を撃ちあげ、飛行型魔物を次々撃ち落とす。だが、魔力の消耗が多い攻撃であり、いつまでも保つものではない。

 しかも、敵の援軍はそれだけではなかった。


「ちっ・・・こんな時に」


 ひと際大きいシルエット。間違いない、魔人だ。


「これは厳しいですわね・・・」


 いくら舞でも魔人との近接戦では勝ち目はない。春菜と麗なら尚更だ。


「唯さん、こちらの援護をお願いできますか?魔人が接近しているのです」


「了解。すぐに向かうね」


 ヘッドセットのマイクを通じて唯に支援要請を行った。こういう時、特殊な魔力を持った唯は頼りになる。


「あたしも向かいたいところだが、敵の増援に足止めされちまった。ケリをつけたら急いで行くから」


「無理はなさらないでくださいね」


 少しの時間さえ稼げれば加奈と彩奈も救援に駆け付けてくれるだろう。それまでの辛抱だと、舞は再び魔力光弾を発射する。


「お二人ともこちらへ退避を!」


 勝ち目は無くても敵の足止めくらいはできる。なんとしても春菜と麗を守ることが今の舞の使命であった。




「これが魔人か・・・」


 麗は教科書の中の存在を目にして驚嘆していた。通常の魔物よりも威圧感があり、本能的に恐怖を感じる。その適合者であっても苦戦を免れられない強敵が今まさに迫っているのだ。


「速い・・・」


 舞からは後退するように先ほど指示されたが、逃げられる気がしない。なぜなら相手は大きな漆黒の翼をはためかせて高速で接近しているためである。

 麗は魔物を倒しつつ、舞の元へと合流を急ぐが、


「三宅さん、何をしているの!?」


 春菜は魔人を迎え撃とうとしていた。


「コイツが魔人・・・お姉ちゃんを殺した敵・・・」


 それとは別個体であることは承知しているが、同じ魔人という種を目にして冷静さを失っている。体中の魔力が溢れんばかりに滾り、殺気を振り撒く。

 魔人は春菜めがけて大きな剣を振りかざしてきた。


「当たるわけには、いかないっ!」


 ギリギリでそれを回避し、姉の遺品である剣を横薙ぎに振りぬいた。


「そんな攻撃でなっ!」


 だが魔人には直撃しない。攻撃が大振り過ぎて簡単に避けられてしまったのだ。




「春菜さん、無茶ですわ!」


 舞の呼びかける言葉は聞こえてしないようだ。


「くっ・・・完全にハイになってしまっていますわね・・・」


 恐怖や緊張の他、魔物への憎悪などの感情がごちゃまぜになった上、初めての戦闘で興奮状態も合わさって正気ではなくなっているのだ。これは新兵が陥りやすい症状であり、どうにも制御できるものでもない。

 舞は魔物を処理しつつ春菜の援護を行うが、いつ春菜が殺されてもおかしくない状況となってしまっている。




「うあっ・・・」


 何度か切り結んだ後、魔人の蹴りが春菜を吹き飛ばし、その華奢な体が地面を転がる。魔人との戦闘力には大きな差があり、勝てる相手ではなかったのだ。


「マズい・・・」


 それを見た麗が魔人に斬りかかるも、刀の一撃は防がれ、逆に弾き飛ばされてしまった。

 舞の魔力光弾を容易に避け、春菜に剣を振りかざした魔人の攻撃を誰も止められない・・・


「こんな雑魚など我ら魔族の敵ではない・・・」


 まるでスローモーションのように視界が揺らぐ春菜は動けない。しかし、魔人の攻撃が春菜に届くことはなかった。


「させないよ・・・」


 Sドライヴを起動し、オーバードライヴ状態となって純白の翼を生やした唯が春菜と魔人の間に割って入り、聖剣で斬撃を受け止めたのだ。


「唯、先輩・・・」


「待っててね。今、終わらせるから」


 唯はいつもの温厚な表情ではなく、冷徹な目つきで魔人を睨みつける。


「私の後輩を、貴様如きにやらせはしない!」


 聖剣が一閃し、魔人の腹部を裂く。だが、致命傷ではなく、魔人は距離を取って仕切り直そうとした。

 しかし、それを許さない唯は聖剣を腰だめに構えて一気に距離を詰めていく。


「殺してやる!」


 向かってくる唯に対し、魔人は剣を振りあげたが、


「なんとっ!?」


 その動きを予測し、剣を回避して唯は咄嗟に魔人の横へとスライドするように位置取る。そして、


「私も伊達に戦ってきたわけじゃない」


 剣を握った魔人の腕を切断した。


「こんなヤツに・・・!」


 悔しさを滲ませつつ、ここは撤退しようと魔人は翼を展開するも、


「逃がさないよ」


 そう、唯も飛べるのだ。飛翔した唯はそのまま魔人の胸に聖剣を刺し込み、ビルの外壁に向かって突っ込む。

 そして魔人を勢いのままビルへと叩きつけ、左手に杖を装備。そこから魔力光弾数発を連射して魔人を木っ端微塵に粉砕したのだった。





「春菜ちゃん、大丈夫?」


 大きなダメージを受けて立てない春菜に合わせ、唯は目の前にしゃがむ。その顔つきは先程までと打って変わっており、心配そうに春菜を見つめる。


「ごめんなさい・・・舞先輩に退くように言われたのに、魔人を見て冷静じゃなくなっちゃって・・・こんな迷惑をかけてしまった・・・」


 自分だけでなく、味方まで危険に晒してしまったのだ。唯が来てくれなければ春菜も麗も死んでいたかもしれない。


「そうだね。確かに褒められることではない・・・でも、無事で良かった」


 唯は優しく春菜を抱き寄せた。少なくとも彩奈ならこれで落ち着く。いや、むしろ興奮する場合もあるが・・・


「後で舞から怒られるだろうからね。だから私はあえて優しく・・・ね」


「唯先輩・・・」


「魔人を討つ機会はこれからいくらでもあるよ。だから無理をせず、まずは自分の命と仲間の命を守ることを優先にしてね。死んじゃったらそれで終わりなんだから」


 スゥっと唯の指が春菜の頭を撫でる。それがとても心地よく、春菜は完全に落ち着きを取り戻していた。包み込まれるような包容力の中で、戦場とは思えないほどの幸福感を感じているのだ。


「唯先輩は本当に優しいんですね」


「そんなでもないよ」


 まるで今は亡き姉のような安心を与えてくれる唯に対し、ますます親近感が湧く春菜であった。




「ねぇ、どういう状況なの?」


 唯達の元に到着した彩奈はまるで浮気現場に遭遇したかのような反応をする。


「見りゃ分かるだろ? 唯が春菜を落ち着かせてるんだろう」


 加奈に言われなくても分かるが、果たして抱きしめてあげる必要があるのかと彩奈は問いたいのである。

 そんな目の死んでいる彩奈はさておき、加奈は舞の方が気になっていた。麗に怪我はないか気遣っている舞なのだが、


「舞の反応が薄いな。ああいうのを見たら、いつもなら意味不明なテンションの上げ方をするのに」 


 女の子同士の抱擁を見てもまるで冷静なのである。


「悪くはありませんわ。でも、重要なのはカップリングなのです。わたくしは唯さんと彩奈さんだからこそ良いものだと思っているのです」


「カップリング・・・?」


「そうですわ!! なんでもいいというわけではありませんの。特定の組み合わせがわたくしの血を滾らせるのです!」


「いつもの事だけど、一体何を言っているのかさっぱり分からん・・・」


 舞の趣味を全く理解できない加奈には疑問符しか浮かばない。が、それを彩奈は大きく頷きながら聞いている。


「さすが舞ね。アナタは”分かっている”人間だわ」


「ふふふ・・・彩奈さん、わたくしはいつでもお二人を応援していますわ」


 固い握手を交わす二人の世界に付いていけない加奈は空を仰ぐ。


「ここは平和だナ・・・」



 それから少しして春菜が回復し、すぐに別の戦闘区画に向かう。今度こそは皆に迷惑をかけず、冷静に立ち回ることを念頭に置く春菜であった。


             -続く-

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