第34話 初ミッション、イグニッション!
ハウンド小隊での訓練初日が終わり、春菜と麗は指定された寮へと向かう。第7支部ビルの近くにあるために移動も苦ではない。
「麗ちゃん、今日はどうだった?」
「・・・」
春菜の問いかけに返事はない。麗が不愛想なのは今に始まったことではないので慣れてはいるが、そろそろちゃんと会話してくれてもいいのではと春菜は思う。
「疲れちゃったの?」
「別に、そんなことはない」
ようやく帰って来た返答は小さく、元気さなどは微塵も感じられない。未だに彩奈に負けたことを引きづっており、そのせいでいつもより暗いのだ。
「麗ちゃんは他の訓練生よりタフだもんねぇ。その体力が羨ましいよ」
「そんなの誇れることじゃない。もっと強くならなきゃ、私は・・・」
何か言いかけたが、そこで言葉を区切った。自分のプライドが傷ついたことなど春菜に言っても仕方がないことであり、そもそも弱みを見せたくないからだ。
それでも口にしそうになったのは麗が精神的に弱っている証拠であり、普段は機械のようにクールな彼女だが人間としての感情をしっかり持っていることをうかがわせる。
「今日から共同生活だね。宜しくね、麗ちゃん」
与えられた寮の部屋は二人用で、春菜と麗は暫くの間共同生活をすることになる。それを聞いた時の麗のイヤそうな表情を春菜は忘れない。
「同室というだけだ。生活スタイルは違うわけだし、互いに干渉しないようにしよう」
「せっかくこうして一緒に頑張るわけだし、交流を深めるのも悪くないと思うな」
「その必要はない」
ぶっきらぼうに言い、部屋着へと着替え始める。汗の染みついたジャージのままでは不快だった。
「でも、加奈先輩だって言ってたでしょ? 戦場ではチームワークも大切だって」
「そうかもしれないが、あくまで仕事としてのコミュニケーションが必要だということだろう? 仲良しごっこをするためにここにいるんじゃない」
取り付く島もない言いぐさに春菜は言葉を詰まらせる。どうやったら麗の心を開くことができるのか真剣に悩む。
「先にシャワーを使わせてもらうから」
さっさと浴室に向かう麗の背中を見送ることしかできず、春菜は暗澹たる思いに陥っていた。
翌日、今度は昨日と違って春菜が彩奈と加奈に、麗が唯と舞に訓練をほどこしてもらう。
「なるほど。やはり簡単には麗とは仲良くなれないか」
「はい・・・昨日もほとんど会話できなかったんです」
一人で悩んでも仕方ないと、春菜は加奈に相談することにした。こういう場合、人生の先輩でもある加奈達にアドバイスを貰うのが有効だと考えたのだ。
「まるで昔の彩奈と同じだからなぁ。ああいうタイプは難しい」
「は?同じにしないでくれる?」
「同じだろ? 昔の彩奈はあたしと全然口をきいてくれなかったんだ。唯が部隊に参加してからようやくだったじゃん」
唯が加奈達のチームに加わってから雰囲気が変わったのは事実だ。それ以降、彩奈は徐々に加奈や舞とも会話を交わすようになった。
「まぁ、長いスパンで考えるしかない。いきなりは無理だから、少しづつ距離を縮めるんだ」
「なるほど・・・頑張ります」
「あたし達もいるんだし、あまり抱え込むなよ」
加奈の人の良さがこういう時に役に立つと彩奈は思う。もし自分だったら気の利いたことは言えないので、そういう点は加奈のことを尊敬している。
「じゃ、訓練の続きを・・・」
「待って。春菜さん、アナタに渡す物があるのよ」
「えっ?」
彩奈が魔法陣を展開し、そこから一つの剣を取り出した。
「これは・・・」
「そう。アナタのお姉さん、三宅雪奈さんが使っていた剣よ」
「どうして彩奈先輩がこれを?」
「彼女を看取ったのが私だった。その時に渡されて、遺品としてとっておいたのよ」
そっと剣を春菜に手渡す。姉のことを思い出したのか、春菜の目から自然と涙が溢れた。
「私が持っているより、アナタが持っているべきだと思ってね」
「ありがとうございます。姉の分まで頑張ります!」
「その意気込みはいいけれど、アナタにはアナタの人生がある。気負い過ぎないことね」
彩奈なりの気遣いなのだろう。加奈の真似をしてみたつもりだが、いつもしていることではないのでぎこちなさがある。
だが春菜にはしっかりと伝わったようで、満面の笑みで頷いた。
「麗ちゃん強いね」
「どうも・・・」
思ったよりも麗の戦闘力が高く、唯は内心焦りを感じていた。今は経験の差から唯のほうが上ではあるが、基礎能力の高い麗ならいずれ自分を超えるだろうと分析したためだ。
「キリもいいですし、少し休憩しましょう」
「私はまだ大丈夫です」
「ふふ、無理は禁物ですわよ。これはわたくしの勅令でもあります」
そう言われれば従わざるを得ない。なぜだか舞には逆らえない雰囲気がある。
「これはわたくしお気に入りの茶ですわ。どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
訓練場には似つかわしくないお茶会が始まる。どこからか取り出した湯呑を舞から受け取り、麗はその場に正座する。
「あぁ~体に染みる~・・・」
唯は先ほどまでの緊張感も解けてのんびりと茶を啜っている。その様子を見て、この人は本当に英雄なのかと麗は疑問を浮かべていた。
「麗さん、常に気を張っていたら疲れるでしょう?こうして適度に息抜きをすることも大切なことなんですわよ」
「ですが、戦場ではこんなことしている余裕はないですよね?」
「確かに戦場ではそうですわね。でも、ここは戦場ではないのです。だからこそ休める時に休み、ベストな状態を保つのが優秀な適合者なんですわ」
これがハウンド小隊の考え方だ。これで生き残ってきたのだから、間違ったことではないのだろう。
近くで訓練していた加奈達も休憩に入り、舞からお茶を受け取る。彩奈といえば、他には目もくれずに一直線に唯のもとへと向かった。
「今日はもうこのまま帰りましょう、唯」
「まだ午前中だよ? 帰ったら一杯甘やかしてあげるから頑張ろう」
「仕方ないわね」
嬉しそうに頷きながら唯の隣に座り、汗を拭きとる。
「麗ちゃん、お疲れ様」
「あぁ・・・」
春菜が麗に笑顔で声をかけるも、麗の反応は薄い。それが少し悲しい春菜であるが、こうしてちょっとずつ会話を増やしていけばよいのだと一人で納得していた。
「あの、高山先輩に訊きたいことがあるんですけど」
「ん?何かな?」
一方の麗は気になっていたことを唯に問いかける。
「高山先輩の魔力って特殊なんですよね? それを私達が分けてもらうことはできませんか?」
旧文明時代に存在したと言われる天使族。その人間とは違う特別な種族の魔力は貴重なものである。それを持つ唯から魔力を分けてもらえれば、強くなれるのではという純粋な興味であった。
「不可能ではないけど、それはやめた方がいいよ」
「なぜです?」
「私の魔力はね、普通の適合者には刺激が強すぎるんだ。だから、この魔力を取り込むと肉体に危険な負荷がかかって、最終的には崩壊をしてしまうの」
思い出すはサクヤとの決戦。サクヤは唯の魔力を吸収した結果、徐々に体に不調をきたし、最期は戦闘継続不能に追い込まれた。
「魔女ですら耐えることはできなかったしね」
ポロッと出た言葉であったが、それが麗の興味を引いたことには気づかない。
「魔女? なぜ、魔女が先輩の魔力を?」
それは特に他意のない質問だった。が、それは唯にとっては一連のトラウマを思い出すトリガーである。自分できっかけを作っておきながら、唯は言葉に詰まる。
「それは・・・」
「唯」
察した彩奈は咄嗟に遮った。
「ゴメン・・・」
唯は彩奈に後を任せ、気分を変えるために少し歩くことにした。
「なにか、いけなかったですか?」
「まぁね・・・」
麗がよく分からないという感じに首を傾げ、春菜も同じようにしている。仕方ないので彩奈は自分が説明することにし、唯が遠ざかったのを確認してから言葉を紡ぐ。
「唯はかつて、魔女と魔人に捕まったことがある。アジトに連れ去られて・・・人として、女性としての尊厳を踏みにじられるような酷い暴行を受けた。それが今でもトラウマで心に深い傷を負ったままなの。寝ている時もたまにうなされたりしているわ。それを忘れさせてあげたいんだけど、私でもどうにもならないのよ」
「そう、だったんですか・・・申し訳ありません」
それならマズいことを聞いてしまったなと麗も反省する。さすがに麗とて人間としての正しい感性を持っているから、唯に起きたことが悲惨な事だというのは分かる。
「知らなかったんだもの、アナタが悪いわけじゃないわ。まぁとにかく、その時に魔力も吸い取られ、魔女が自分の目的のために利用したのよ。結果は二人も知っての通り、魔女は死亡したけど破界の日へと繋がることになる」
「なるほど・・・それより、唯先輩、大丈夫でしょうか?」
魔女の話よりも春菜は唯のことが気になり、唯の去ったほうへと視線を向ける。
「私に任せておきなさい」
彩奈は唯の後を追いかけていく。それを見送りながら、人間をこうも傷つける魔物への怒りが湧く春菜であった。
「どう、少し落ち着いた?」
「うん。大丈夫だよ」
それが嘘なのは彩奈には分かる。他人には想像もできないほどあの一件は唯の心を蝕んでおり、平静を装う彼女が痛々しかった。
「麗ちゃん達に悪いことしちゃったな。自分で蒔いた種なのにさ・・・」
「気にすることはないわ」
彩奈は唯の頬を両手で挟み、自分のほうへ顔を向けさせて瞳を見つめる。
「今は私だけを見て。他に何も考えなくていい。私だけを感じていればいいの」
「彩奈・・・」
どんな時も唯を支えるのは彩奈だ。今も生きていられること自体が彩奈のおかげであり、きっとこれからもそうなのだろう。
「昔から言ってるけど、私はもう彩奈なしでは生きていけないよ」
「私だって唯のいない人生なんて考えられない。あなたが傍にいないことも・・・」
この二人だけのフィールドは言うなれば絶対不可侵領域である。何者も介入してはいけない神聖な・・・
「もし、また私が捕まっても、絶対に助けてね」
「当然よ。何度でも助ける。それがこの私、東山彩奈の天命なのだから」
「えへへ・・・そろそろ戻ろっか」
「えぇ」
こんな運命的な相手など他にはいない。唯と彩奈は二人きりの時に感じる特別な気持ちを胸にしまいつつ、皆の所へと戻っていった。
その日の午後、唯達ハウンド小隊に神宮司から新たな指令が届いた。それは魔物討伐のために出撃せよとの内容である。
「というわけで、我々は関東北部の裏世界に出現した魔物討伐に向かいますわ。かなりの数の団体様のようで、現地部隊は苦戦中です」
ハウンド小隊の待機室にて舞が着席するメンバーの前で説明を行う。
「そこにあたし達が救援として行くわけだな」
「はい。いつも通りの任務ですわね」
有事の際に派遣されるのがハウンド小隊だ。
「春菜さんと麗さんも同行を。今回は戦場の空気を体感するのがお二人の任務となりますわ」
「戦闘には参加できないんですか?」
「その時の状況によりますわね。お二人はまだ実戦慣れしてないわけで、混戦状態等の戦況分析が必要な場合は下がってもらうことになります。逆に、魔物に対して我々にアドバンテージのある場合には実際に前線で交戦してもらう可能性がありますわ」
春菜も麗も魔物を倒すために鍛えてきたのだから、このチャンスに存分に戦いたいという欲求がある。
「戦場においてはわたくしの指示に従ってくださいね。でないと死ぬことになりますわ」
「はい」
舞のいつもとは違う気迫に圧倒されて春菜は少し声を裏返しながら返事をする。よく見れば、加奈や唯、彩奈も普段のような雰囲気ではなく、戦士としての顔つきだ。
「では、屋上のヘリまで移動しましょう」
席を立つ加奈達であったが、春菜には疑問が浮かぶ。
「戦闘着には着替えないんですか?」
「あぁ、アレな。春菜達のは隣の更衣室に用意してあるから、それを着てくれ」
「はい。加奈先輩達は?」
「あたし達はコレのままでいいんだ」
加奈や舞達が着用しているのはダークカラーのスーツだ。魔道保安庁職員の多くはこのスーツを纏って勤務している。
「えっ、スーツのままで?」
「どうもあの戦闘着は好きじゃないんだよ。確かに動きやすいんだけど、防御力は低いし、体のラインがはっきり出るし、アイテムの収容スペースもほぼ無いし・・・それにこのスーツは特注品でさ、普通のビジネススーツと違って軽くて動きを阻害しにくい設計なんだ。何よりカッコいいしな」
「カッコイイ・・・?」
春菜にはよく分からない感覚だが、ハウンド小隊員は戦闘着を好んでいないことは分かった。
「うーん、これは着にくいですね・・・」
春菜と麗は準備されていた戦闘着に着替え、集合場所である屋上で加奈達に合流する。
「だろう?」
体にフィットした戦闘着の変な感触に顔をしかめつつ、春菜はヘリへと乗り込む。訓練時にはジャージを着ているが、そちらのほうが断然着やすいと思えるほどである。
一方の麗はさほど気にならないようで、いつものクールフェイスで平然としていた。
「皆さん準備はよろしいですわね? では、出撃」
メンバーが増えたことでより大型のカーゴヘリがチャーターされており、その大きなローターブレードが回転を始めて間もなく空へと飛び立つ。
「やってやる・・・いくら魔物の数が多くたって!」
春菜は自らを鼓舞し、遠ざかる第7支部から目を離す。
訓練生達の初の実戦が近づいている・・・
-続く-
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