第33話 春菜と麗
訓練生である春菜と麗に対してハウンド小隊の概要を舞が伝え、その後一行は訓練所へと移動する。魔道保安庁第7支部ビルの近くにある訓練所は広大で、多数の適合者による演習を行うことも可能だ。
「というわけで神宮司さんに言われた通りの編成で訓練を行いますわ。春菜さんと麗さんの強化が主な目的となりますので、先輩である我々が良い見本となれるよう頑張りましょう」
その舞の言葉に唯と加奈が頷くが、彩奈といえば心ここにあらずといった感じだ。
「彩奈、もう諦めろ。少しの時間だけだしな?」
「うーむ・・・」
納得はしていないが、ここで駄々をこねても仕方ないということは理解している。
「まずはわたくしのチームが春菜さんを、加奈さんのチームが麗さんの指導を行うことにします。明日は逆にして、加奈さん達に春菜さんをお願いすることになりますわ。神宮司さんから次の指示があるまでそうやって訓練を続けます」
「了解」
そうして二手に分かれ、いよいよハウンド小隊による訓練が始まる。
「さて、春菜さんの実力を見せてもらいましょうか」
「はい、宜しくお願いします!」
春菜は元気よく返事をし、魔法陣から木造の模擬剣をとりだして装備する。
「じゃあ私が相手を」
舞に促された唯も模擬剣を装備して春菜と向き合う。唯は対人戦では剣ではなく刀を使うことが多いのだが、春菜の魔具が剣であるためにそれに合わせたのだ。
「では・・・いきます!」
地面を蹴って加速した春菜は唯めがけて剣を振り下ろす。だが唯に攻撃は当たらず、逆に唯が振りあげた模擬剣が春菜を掠める。
「危なかった・・・」
実戦なら今ので勝負は決していたと春菜は悟る。唯の斬撃は春菜を直撃しなかったが、それはワザと外したのだ。模擬剣とはいえ適合者の腕力で振り回されれば人間に大きなダメージを与える。だからこそ唯は春菜が怪我をしないように掠めるだけにとどめた。
「さすがですね」
そのような手加減ができるほど唯には余裕があるというわけであり、春菜自身の弱さが明らかになった瞬間とも言える。
悔しさを感じつつ、春菜は再び唯の目前まで迫った。
「これでっ!」
今度は隙を見せないように横薙ぎに模擬剣を振るうが、容易に受け止められてしまった。そして唯の右脚による蹴りが放たれ、春菜はそれを何とか回避する。
「ダメかっ・・・!」
回避先を読んでいた唯が模擬剣を素早く振りぬき、春菜の握っていた模擬剣は弾き飛ばされた。
「うぅ、やられました・・・」
これが実戦を何度も経験した適合者かと春菜は感嘆したし、実力が大きく離れていて現状の戦闘力では唯を倒すなど不可能だという事実がのしかかる。
「なるほど、春菜さんの力は分かりました」
舞は春菜の模擬剣を拾って手渡す。
「適合者としての基本的な体の使い方はできていると思いますわ。ですが、それだけでは勝てません。相手の動きをよく見て、柔軟に対応することも必要ですわ」
唯は春菜の動きをしっかりと捉え、それに対する的確な反応をしていた。そして攻め込んだ春菜に完璧なカウンターをきめたのだ。
「唯先輩の動きは凄かったです。どうしたらあのように立ち回れますか?」
「うーん・・・慣れ、かな」
「慣れですか?」
「たくさん戦ってるとね、自然とそういう動きが身につくんだよ。私も別に強いわけではなくて、これまでの経験からこういう風に動けば勝てるかなっていう道筋を考えられるの」
ルーキーとベテランの差というのは場数の差が大きい。経験の違いが生死を分けるのだ。唯と春菜では経験値が絶対的に異なっており、それが勝敗を決めたと言える。
「なるほど。なら、経験豊富な唯先輩達に稽古をつけていただければ、そうした実戦向けの実力がつきそうですね」
キラキラとした眼差しを向けられて唯は照れくさくなる。先輩として語ったはいいが、それが恥ずかしくなってきたのだ。
「春菜ちゃんは強くなりたいんだね」
「はい。魔物に絶対に勝ちたいんです。姉のためにも・・・」
その姉というのは雪奈のことだ。唯は実際に会ったことはないのだが、彩奈から聞かされているので知っている。
「お姉さんのため、か」
「仇討ちってやつです。そんな理由で戦うなんてと思われるかもしれませんが・・・」
「そうは思わないよ」
「えっ?」
予想外の返答に春菜は目を丸くする。
「実は、私が適合者として戦うようになったきっかけも仇討ちなんだ。妹の死因に魔物が関係していると思ったから、その復讐のために剣を握った」
「そうなんですか?」
「まぁね・・・詳しくは後で話すよ。とりあえず、今は訓練しようか」
模擬剣をかまえた唯を見て春菜もかまえる。
「はい」
唯に対してなんとなくの親近感を抱いた春菜は、失った姉の面影を唯に重ねていた。
「じゃああたし達も始めるとするか」
加奈は麗に模擬刀を手渡した。
「私は別に一人でも訓練くらいできます」
「そう言うなって。せっかくこうしてチームに参加したんだから。まずは麗がどれくらいのものか知りたいから、彩奈と戦ってみてくれ」
「なぜ・・・」
人との交流など面倒なだけだというのが麗の感性であり、このような合同での訓練など嫌いだ。一人で集中したほうがよっぽど実力もつくと思っており、それを加奈に伝えようとする。
「フン・・・私に負けるのが怖いの?」
「は?」
彩奈の挑発に麗は不愉快そうに眉を動かす。
「彩奈、言い方」
「加奈は黙ってて。ここは私に任せなさい」
「けど・・・」
「ああいうのは挑発するのが効果的よ。私には分かる」
「あぁ! 似た者同士だからか」
加奈の言葉にイラッとした彩奈はひじ打ちをくらわせる。加奈は脇腹を抑えてその場にうずくまり、彩奈は麗の近くにゆっくりと歩み寄った。
「アナタがどれほど強いのか知らないけど、一人でできることには限界がある。そうも傲慢だと実戦で死ぬわよ」
「死にはしません。私はそこらの適合者とは違います」
「それが傲慢だって言ってるの。本当に他と違う特別な適合者など唯だけ。アナタも私もただの一般適合者に過ぎないわ」
この場合の特別という言葉には色んな意味が含まれているが、それよりも自分を否定されたと感じた麗は静かに怒る。
「そこまで言うなら分かりました。瞬殺してあげます」
「そうこないとね」
上手く引っかかったと彩奈は得心する。
「早く模擬刀を用意してください」
「そんなもの必要ないわ」
「バカにして・・・そういうのも傲慢なんじゃないですか?」
「いいえ、これは確固たる自信からよ。この程度の挑発に乗って冷静さを失うような相手など敵じゃない」
それを彩奈が言うのかと加奈は思う。唯関連ですぐに冷静さを失うのは彩奈も一緒であり、人のことを言えないのではと心の中で突っ込んだ。
「怪我させてしまうかもしれませんが、怒らないでくださいね」
「気にすることはないわ。ただし、この戦いで私が勝ったら加奈の言うことを聞くのよ」
「分かりました」
その返事と共に麗は彩奈に斬りかかる。殺気すら感じさせる一撃だが、彩奈は退かない。
「甘いわね」
斬撃を軽く身を捻って避け、続く攻撃も見切った。
「チッ・・・」
上手く当たらないことに舌打ちをし、一度距離を取って仕切り直す。
「この程度?」
「次できめます!」
麗の動きは素早いが、直線的で彩奈には通用しない。唯よりも経験でいえばうえであり、単純な戦闘力も高い彩奈には脅威ではないのだ。
「そうね。これできめるわ」
麗の側面へと回り込み、模擬刀を握った腕に蹴りを入れる。そして麗の手から離れて宙に浮いた模擬刀をバク宙しながらキャッチし、麗の首元へと突き付けた。
「勝負ありね」
「くっ・・・」
「確かに訓練生の中でならアナタは強いかもしれない。でも、まるで教科書通りの動きは実戦では通用しないわよ」
そう言えるのも幾多の魔物を屠り、何体もの魔人と刃を交えた彩奈だからこそだ。
「さて、約束は覚えている?」
「・・・はい」
「よろしい。じゃ、後は頼んだわよ加奈」
急に託された加奈は彩奈に耳打ちする。
「おい、ここまでやっといてあたしに放りなげるなよ」
「アンタのが指導も上手いでしょ?」
「そうかもだけど、魔具が同じ刀の彩奈も必要じゃん?」
「まったく、一人じゃ何もできないのねぇ」
「いや、そういうことじゃないだろ・・・」
こっそり唯の様子を見に行きたかったのだが、仕方なく彩奈はこの後の訓練にも付き合うことにする。加奈にサボりをチクられて神宮司に怒られるのが嫌という理由だが、それはそっと心にしまった。
そうして午後の訓練が終了し、一足先に春菜と麗は帰宅する。彩奈に負けたことを引きずる麗は個人練を申し出たが、加奈が休むことも大切だと返したのだ。
「人に教えるというのは思ったより疲れるな」
もともと教員でもない加奈達は他人を指導すること事態慣れていない。だから手探りに教えるしかないし、麗のような相手では苦労するのだ。
「にしては親身にやってたじゃない」
「麗は扱いが難しいから、寄り添うようにしてやろうかなって。彩奈ももっと距離感を縮めないとダメだぞ」
「難しいことを言うわね。知ってるとは思うけど、私は他人と接するのは得意じゃないのよ」
その点は麗も彩奈も同じだ。違いがあるとすれば、彩奈には唯という存在がいるということだろう。唯と交流を深めたことにより彩奈は昔よりは社交的になった。
「もしかしたら唯なら麗の心を開くことができるかもしれないな」
「そうかな?」
「唯って包容力があるというか、安心感があるんだよ」
それは彩奈が一番感じていることである。
「唯の素晴らしさには同意するけど、あまり深く関わりすぎないでほしいのよね。それで唯がとられちゃったらイヤだもの」
完全な私情である。
「そう言うと思った」
加奈は知ってたとばかりに頷く。彩奈にとって唯が全ての中心であり、そんなことは加奈はとっくに理解している。
「その心配はいらないよ、彩奈。どんなことがあっても彩奈が一番だから」
「唯・・・そうね、私達の絆は永遠よ」
唯と彩奈は指を絡めて手を繋ぐ。そんな二人を見てこれも変わらない良さなのだろうなと加奈は苦笑いしながら、春菜のことについて舞に訊いてみることにした。
「舞達の方はどうだった?」
「こちらは順調でしたわ。春菜さんは以前と変わらず良い娘ですから、特に問題ないです」
春菜の素直さと熱心さはまさに優等生といったところか。だからこそ自分に教えることはあるのかと唯は思う。
「明日以降もわたくし達にできる限りのことを春菜さんと麗さんにしてあげましょう」
舞達も帰宅することにし、明日に備えることにした。
「私は幸せ者よね」
「ふふっ、突然どうしたの?」
夜も深くなり寝ようとした布団の中、彩奈の小さな呟きに唯は可笑しくなった。 二人は相変わらず彩奈の部屋にて同居しており、もう離れて暮らすことなど考えられなくなっている。
「唯と出会えたから私は変わることができたと思う。こんなにも大切な人がいるから・・・」
「そっか」
「だからね、私は思うのよ。黒川さんも大切な人ができれば変わるんじゃないかって。そうすれば良い影響を受けて柔軟になれるはず」
加奈の言うとおり、自分と麗は実際似ているのだ。
「確かにそうかも。ただ、そういう運命的な相手は簡単には見つからないだろうねぇ・・・」
「だからこそ私は幸せ者だと思うの。こうして唯がいてくれたから」
「それは私も同じだよ」
唯は彩奈を抱き寄せ、その温もりを全身で感じる。この感触こそが唯が生きていることを実感できるものなのだ。
静かな部屋の中で、二人の鼓動だけが聞こえていた。
-続く-
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