第32話 新たな風

 ミリアとの決戦から一か月が経ち、ようやく魔道保安庁も落ち着きを取り戻してきた。とはいえ生命の樹(いのちのき)の出現などによりまだ調査隊が動いていて、完全に事態が終息したわけではない。

 そんな喧噪をよそに、ハウンド小隊の面々は第7支部の一室で待機状態にあった。先日までは東京の本部にて任務やら生命の樹の調査協力やらで忙しかったので休める時間が少なかったのだ。


「唯の太ももは柔らかくて本当に安らぐわ」


「それはよかった」


 東山彩奈はいつも通り高山唯に甘えて膝枕を満喫する。こうして唯とスキンシップを取るのが彼女の日常だ。


「まったく、二人を見てると世界が危機に陥っているとは思えないな」


「そういう癒しを与えてくれるのが唯さんと彩奈さんですわ。あぁ、なんと美しい光景・・・」


「こっちも平常運転だな」


 デストロイヤーとの戦闘で瀕死の重傷を負った二木加奈であったが、処置が早かったことと、再生手術のおかげですぐに部隊に復帰していた。しかし完全に復調したわけではなく、失われた左腕は機械の義手をはめており右目は黒い眼帯をつけている。なんとも痛々しい姿だが彼女自身はあまり気にしていないようだ。むしろ、激戦の勲章として誇らしく思っている。


「加奈さんは体調には問題ないのですか? まだ復帰して間もないのですから、無理はしないでくださいね」


「体のほうはもう大丈夫さ。戦闘にも充分耐えられる」


「それならいいのですが・・・」


「舞は心配性だな。そこがいいところであるけど」


「だって加奈さんのことですもの。心配するなというほうが無理ですわ」


 加奈が負傷した時、いつもの冷静さを欠くほど新田舞は取り乱していた。


「生きていることはありがたいことだと実感したよ。あの時は本当に死ぬかと思ったからな」


 加奈は義手を外して手入れを始める。この特注の義手は日ノ本エレクトロニクスから支給された物だ。加奈の負傷する原因となった試製魔道砲の開発元であり、その責任を痛感したために作られることとなったわけで制作には佐倉研究員が携わっている。


「そういえば支部長から明日部屋に来るように呼び出されているけど、要件を知ってるか?」


「なんでも、訓練生がわたくし達ハウンド小隊に参加することになったそうですわ」


「訓練生?」


「魔道保安庁の管轄下にある適合者育成所はご存じですわよね? そこから優秀な成績の者が派遣されるとか。急に決まったことだそうですが・・・」


 破界の日以降、魔物と戦う適合者の育成は人類の急務となり、日本政府も急きょ適合者育成所を各地に開設。そこで未来を担う戦力を育てているのである。


「そういうのは前もって言ってほしいよな」


「まぁ今はごたついていますからね。仕方ありません」


「そのウチらに参加するヤツのことは何か聞いてる?」


「いえ、そこまではまだ。詳細は明日ですわ」


「問題児じゃなければいいけど・・・」

 



 翌日、支部長室に呼ばれたハウンド小隊員は平井支部長の前に整列していた。


「新田から話は聞いたらしいな。というわけで、お前達の部隊に実習という形で二名の訓練生が参加する」


「どうしてハウンド小隊なんです?」


「神宮司がそうしたのさ。確かに他の部隊でもよかったのだがお前達特務機動隊について回れば得るものも多いだろうという判断だ。歳も近いからやりやすいだろうとも言ってたな」


「なるほど」


「というわけで、まずは訓練生のプロフィールだ」


 平井がリモコンを操作し部屋にあったスクリーンが起動する。そしてそこに履歴書のようなものが写しだされた。


「まさか・・・」


 その画面の左上には写真が表示されており、唯以外のハウンド小隊のメンバーが反応している。


「一人目は三宅春菜(みやけ はるな)。高山以外は知っているな?」


「もしかして・・・」


 その苗字に聞き覚えがあったから隣の彩奈に唯が問いかける。


「三宅雪奈さんに関係あるの?」


「えぇ。彼女の妹よ。まさか本当に適合者となっていたとは・・・」


 シャドウズ時代、唯が彩奈達の部隊に加入する以前に三宅雪奈という適合者がいた。彼女は戦闘で死亡しており唯との面識はない。


「神宮司さんがあたし達を指名した理由が何となく分かった気がする」


「そうですわね」


 最初は驚いていた加奈と舞だがむしろ早く会いたいという気持ちが高まっていた。


「そしてもう一人だ」


 次の画面に切り替わり黒髪の少女が写しだされる。雰囲気は彩奈に似ていると加奈は思った。


「彼女は黒川麗(くろかわ れい)。実力はあるが、ちと問題もある」


「というと?」


 平井は少し難しそうな表情で答える。


「プライドが高いというか、自分の力を過信しているんだ。しかも協調性がなく、周りの人間と衝突したり連携する気がない」


「なるほど。面倒なタイプのヤツね」


「・・・」


 その彩奈の反応に加奈が静かに顔ごと視線を向ける。


「・・・何よ」


「いやな、昔のことを思い出してほしいんだ」


「昔?」


「あぁ。胸に手を当ててよく考えてみろ。何か思い当たるフシがあるんじゃないか?」


 きょとんとした彩奈がその大きな胸に手を当てるも、全く心当たりがない様子だ。


「全然分からないわね」


「さいですか・・・」


「まさか私が面倒な人間だったとでも言うの!?」


「そのまさかだ」


「ははっ、冗談が下手ねアンタは」


「痛てっ」


 笑いながら彩奈が加奈の背中を叩くがその力が強く、これ以上は命の危機があると悟ってもう何も言わない。


「ともかく二人を頼んだぞ。今日の午後にはお前達の部屋に向かう予定になっている」


「それはいいんですけど、一体何を教えてあげればいいんです? 怖い上司の対処法とか?」


「訓練に付き合ったり、任務に同行させて経験を積ませるんだ。この二人は即戦力になると期待されているからな」


「了解です」


 加奈は頷きスクリーンに視線を戻す。




 昼休憩の時間が終わり職員達はそれぞれの業務に戻っていく。普段なら唯達はここから午後のティータイムの時間となるのだが今日ばかりは中止となった。


「昼寝したい」


「今日は我慢だよ」


「辛い」


「我慢だよ」


 彩奈も唯も眠そうに席でうつらうつらしている。


「二人とも普段から怠けているからだぞ。あたしみたいにキチンと訓練に励んでいればそんな事にはならないぜ」


「アンタみたいな脳筋と違って繊細なのよ私達は。適度な休息が必要なの」


「戦闘時以外はほぼ休憩しているのでは?」


「それは違うわ。私はイメージトレーニングで充分に鍛えられる人間だから、頭の中で自分を鍛えているのよ。あと、昼寝も睡眠学習みたいなもので欠かせないわね」


「嘘が凄い」


「失礼ね。ねえ唯」


「・・・」


 寝ていた。彩奈には我慢だと言っておきながらすでに夢の世界に行っている。


「もうすぐ二人が来るから起こさないと」


「ハァ? この可愛い寝顔を見てそんな残酷なことがよく言えるわね」


「残酷・・・?」


「それはもう人でなしレベルよ」


「えぇ・・・」


 加奈と彩奈がそんなやりとりをしている中、待機室のベルが鳴る。


「あら、到着されたようですわね」


 席から立ち上がった舞が扉に向かい来訪者を出迎える。


「ほれ、起きろ唯」


「んぁ・・・?」


「訓練生が来たようだぞ」


「屯田兵?」


「訓練生!」


 夢から現実に帰ってきた唯は首をフルフルと振って目を覚ます。


「次私の許可なく唯を起こしたら抹殺するわよ」


「こえーよ」


「ほらほら皆さん、お二人が来ましたわ」


 舞の後ろに続いて先ほどスクリーンに写真で映されていた適合者が入室する。少し緊張した様子は初々しい。


「自己紹介をお願いしますわね」


「はい。舞先輩」


 一歩踏み出したのは元気そうな感じの少女だ。雰囲気は加奈に似ている。


「三宅春菜です。魔具は剣を使っています。暫くの間お世話になりますので宜しくお願いします」


「大きくなったな、春菜」


「加奈先輩、お久しぶりです。彩奈先輩も」


「ふん、元気そうね」


 舞や彩奈、加奈にも会えて嬉しそうな春菜を見て唯は少し疎外感を感じる。自分だけ春菜と交流が無かったので仕方ないことではあるが。


「では、続きまして麗さんも」


「・・・はい」


 自己紹介を促された麗は乗り気ではないように前に出る。


「黒川麗です。魔具は刀です。宜しくお願いします」


 春菜と違って全く心のこもってない挨拶を終わりにして下がった。麗にしてみればこんなのは面倒なだけであるようだ。


「麗は外見も彩奈に似ているよな」


「黒髪ロングなら区別がつかないのね、アンタは」


「そんなことないぜ。長く一緒に戦ってきたんだもの、黒髪が何人いても見つけ出してみせるよ」


「オエェェェ・・・」


「なんだその反応!?」


 いつも通りの加奈と彩奈のやりとりだが、それが春菜にとって面白かったようでクスクスと小さく笑う。


「さて、ではわたくし達も」


 舞を始めにハウンド小隊のメンバーも春菜と麗に向けて名乗る。


「で、私が高山唯です」


「注目の的である唯先輩にお会いできて光栄です!」


「えっ? 注目の的?」


「そうです。訓練生の間じゃ英雄ですよ。唯先輩の戦闘も録画で見させてもらいましたが、デストロイヤーに翼をはためかせて斬り込んでいく先輩はまさに天使と言われていましたよ。ねっ、麗ちゃん?」


 麗からの返事はない。


「聞いた、彩奈? まさに天使だって」


 そんな風に言われれば照れもするが自信に繋がる。これまでの戦いは大変ではあったが無駄ではないという自信だ。


「唯のファンが増えると困るのよね。手を出そうとするヤツが出てくるかもしれないもの」


「それはないんじゃ?」


「いえ、油断大敵よ。訓練所に戻ったらこう皆に伝えてちょうだい」


 彩奈は極めて真剣な顔つきで春菜に向き合う。


「な、なんでしょう?」


「高山唯は東山彩奈の所有物なので、お手付き禁止だと」


「しょ、所有物?」


「そうよ。唯は私に全てを捧げるという誓いを立てたのよ。あの戦いの前に・・・」


 思い出されるのはサクヤとの決戦だ。その直前、唯は彩奈へと身も心も全てを捧げると宣言したのだ。


「今思い出してもにやけちゃうわ」


 彩奈はいつものクールフェイスから一変して怪しげな笑みを浮かべている。


「彩奈先輩ってこんな方でしたっけ・・・?昔はもっとツンケンした感じだったような」


「唯に出会ってかなり変わったんだ」


「そうなんですか」


 あまりにも昔のイメージと異なるので、春菜は月日と出会いは人をこうも変えるのだなと感心していたし、そのきっかけとなった唯への興味も増す。


 その唯は麗の前へと移動し、つまらなそうにしている彼女に話しかけてみた。


「麗ちゃんって読んでいいかな?」


「お好きにどうぞ」


「よかった。私のことは好きに呼んでいいからね?」


「はい」


 唯に対してそうも適当な対応をする麗に対して彩奈が何か言おうとしたが、それを察知した加奈が抑える。きっと文句を言うにきまっているし麗のような性格の者にそれは逆効果だと考えたからだ。


「では皆さん、席についてくださいな。今後について神宮司さんから通達がありますわ」


 スマートフォンを取り出し、スピーカーモードにして机の上に置く。そして間もなく通話が開始された。


「全員揃っているな?私から伝える事項は短いがよく聞いておけ」


 スピーカー越しでもよく通る声で、さすが指揮官クラスなだけはある。


「二人の個別訓練の時間を設けてほしいんだが、その際の編成だ。高山と新田が、そして二木と東山がそれぞれペアを組み、三宅と黒川を交代で面倒を見るんだ」


「・・・ん?」


 その編成を聞いて彩奈は疑問符が頭の上に浮かべていた。


「普段は新田と二木、高山と東山で組むことが多いだろうが、ここは連携強化のためにもこの編成でやるように」


「・・・ん?」


 やはり彩奈は理解できないという感じだ。何故唯と離れなければならないのか。


「それとな二木。貴様、後輩に怖い上司の対処法を教えるのかと平井に聞いたそうだな」


「何のことやらさっぱり」


「ほう? 私もな、その怖い上司というものに心当たりがないのでな。できれば教えてほしいんだが・・・」


「通信終了」


 ポチッと通話終了をタップして通信が切れた。


「ふ~。危ないところだったぜ」


「どうやら手遅れのようですわよ」


 舞の示す画面を覗くと、そこには”人事査定を楽しみにしておけよ二木”という神宮司からのメッセージが表示されていた。


「うん、これはヤバい」


 冷や汗が止まらない加奈の近くで、彩奈は唯の手を握っていた。


「唯、陰謀により離れ離れにさせられてしまうわ。こうなったら、二人で世界の果てまで逃避行よ」


「世界の果てってどこなんだろう・・・」


 エース部隊とは思えないメンバーに麗は呆れたように眉を動かす。


「本当にこの人達が世界を救ったの・・・?」


 新たな波乱がハウンド小隊に訪れようとしている・・・


            -続く-

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